ゲームハドコマデモツヅク
「ひでぇ、また誰かが死んだのか」
少しの悲鳴と大きなため息が車内に立ち込める。
乗客は徐々に慣れてきたのだろう。人が死ぬことに対して。
「いつ帰れるのかね~」「だな、もう1時間近く電車の中にいるぞ」
「君、大丈夫かい?」「ええ、なんとか。ありがとうございます」
「あはは、なんで私だけ生きてるんだろう」
慣れは心に慢心を呼ぶ。それと同時に他者を気遣う余裕も生まれる。
あとは無力感だろうか。自分の力ではどうしようもないという無力感。
車内にはそういったものが蔓延していた。
「おかあさん、暑いよ」「そうね、ここを出たらアイスを食べましょう……」
「……その前に警察だろうが」「早くスマホ直れよ! フェスが終わっちまう!」
車内から漂う気だるい空気を吐き出し、頭からこぼれ落ちてくる汗を拭う。
そして、あまり汚れていないロングシートに腰を掛ける。
俺は生き残った。
それを証明するかのようにスマホの画面には“生存”と書かれていた。
こう見ると天使も可愛く見える。都合がいいもんだ、人の頭ってのは。
「ハハ」
けど、どうして生き残れた。俺は右を選んでしまったんだぞ。
正解は左じゃなかったのか? わからない。
まさか全員が全員、俺を騙したってことはないだろうし。
「あれは一体……」
そもそもあの声はなんだったんだ? 結果的には俺を救った声。
聞き覚えのない声だった。男か女かそれさえわからない、中性的な声だった。
ドラマなら死んだ親友の声が……ってのは鉄板だ。だけど、違うだろう。
あんな声を出せるとは思えないし、出せたらキモい。
「まぁ、いいか」
考えるのはあとにしよう。これで、やっと帰れる。
帰ったらどうするかな。そうだ、まずは光宙の両親と弟に伝えなきゃな。
アイツが死んだってことを……父親が怖いんだよな、弟はブラコンの気があるし。
どう伝えればいいかな。
ありのままを伝えても信じてもらえるとは思えない。
「ん」
電車に乗っていたら、突然倒れてそのまま亡くなった。
心臓発作になったとでも言えばいいのか。けど、首が切れてる説明にはならない。
他には殺人鬼に襲われたとでも言うか、ある意味こっちの方が真実には近い気がする。
何にしろ車内がこんな状況だ。
まず警察とかが来て、その後にマスコミが大々的に報道するだろう。
【狂気!! 車内で起きた凄惨な殺人】
みたいな感じで。
何人死んだかはわからないが、下手すると教科書に載るレベルの事件だ。
……事件なのか? 結局犯人はわかっていない。事故という扱いには流石にならないだろうが。
まぁ、警察がなんとか犯人を捕まえれくれるだろう。
でないと、浮かばれない。光宙も他に死んだ人も、あとはあの狂った女も。
こんな事件が起きなければおかしくなることはなかっただろう。
「ふぅ……」
とりあえず俺は生き残れてよかった。
全身血で濡れているが五体満足だ。感謝しないとな、あの声に。
ありがとう、ミドルボイス。
「光宙」
自分の女と間違われかねない長い髪を触る。
生き残れたからには、ちゃんと実行しないとな。
……ナンパ海岸行きますか! 夏恋さんと香本さんを誘って。
「ふっ」
女子と行ったらアイツに怒られるな。
大人しく1人で行くとしよう。……2人の連絡先ぐらい聞いてもいいよな。
自分のスマホを取り出す。先程と変わらない画面のままだ。
結局数字については何もわからなかったな。最初が“100”で今じゃ“50”に減っている。
最初は残り時間だと思ったが、不規則な減り方からしてどうにも違う。
なら、一体何を表していたのだろう……。
「どうでもいいか、どうでも」
俺は生きている。今はそれだけでいい……。
ロングシートに深く寄りかかる。
そして、目を閉じて体を休ませようとした時に、大きな音が車内から響いた。
‘アイラブユー、その理不尽だって愛してあげたい。キミの全てが私の喜び’
どこかで聞いたようなテンポのいい歌が突然車内の中で流れた。
「おっこれエミポンの歌じゃん」「誰だよ、それ」
そう、エミポンだ。期待の大型新人アイドルとして売り出し中の。
テレビやネットをやっていると必ず目にするぐらいプッシュが強い。
俺は正直うっとおしく感じているが、オリコン上位にいたはずだ。人気はあるのだろう。
でも、エミポンって感じの顔じゃないよな。可愛いより美人系の顔だ。
「おかあさん、私これ好き!」
「ふふっ、振り付けの練習をしてるものね。運転手さんが気を利かせてくれたのかしら」
床から微弱な揺れを感じる。
依然として電車は動き続けているのだろう。だが、止まる気配がない。
どこまで行く気だろう。終点まではそれなりに距離があるけれども。
そもそも運転手は生きているのか? 下手をすると死んでいるかもしれない。
そうすると誰が運転しているんだって話になるけど。
「ったく」
お気楽なメロディーのせいで頭が痛くなってくる。
訳のわからない状況。
これならまだテロリストにジャックされてた方がマシだ。
……中学時代よく妄想したなぁ、学校にテロリストが来る妄想。
拘束された俺とクラスメイト、とりあえず死ぬ先生。
好きな子がテロリストの餌食にされそうな時、俺は鋼の筋肉で拘束を解放する。
自由になった俺は髪に込めた魔力を開放して、モブテロリストを光の刃で叩きのめす。
そして残った親玉が陳腐なセリフを吐きつつ、一対一のタイマン!
激しい肉弾戦の中で何故だか光る髪、俺は結局怪我もしないまま、テロリストを叩きのめして好きな子は――――。
「はぁ……」
そういやあの子どうしてんのかな。確か芸能系の学校に行ったんだっけか。
卒業式で告白しようとしたら、まさかの年上と付き合ってる情報を聞いちゃったからな。
結局告白もしないまま初恋は終わった。
「…………」
いかんいかん。
過去を忘れるために、髪を左右に振る。
そうすると血の匂いがぶわっと周囲へ広がったように感じた。
人の感覚というのは都合がいい。もう血の匂いにも慣れてしまった。
「すぅ」
普段吸っている空気の味となんら変わらないように感じる。
そんなことはないはずなのに。
「アホらしい」
自分の考えを吐き捨てていると、スマホから着信音が聞こえた。
俺だけじゃないようだ。周囲から様々なメロディが鳴っている。
チャイムの音にシンバルの音、それにピアノの音、爽やかな波の音まで聞こえる。
おそらく各々着信をカスタマイズしているのだろう。
本来なら心地の良い音なんだろうが、混じり合うとどこか不気味だ。
「終わらない、か」
不協和音、現実はどこまでも続くらしい。
鳴り止まない音の中で、頭の痛みを我慢しながらスマホの画面を見る。
『ツギノゲームヲハジメマスカ?』 50
『ハイ』 『イイエ』
300