表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/27

仇討ち

「2人揃って左か」


 俺は顎に手を置きながら考えた。

 これはそういうことだろうか。


「うん、間違いないと思うよ」


 夏恋(かれん)さんは小さく頷いた後、そう言った。

 小柄な見た目も相まって小動物みたいだ。


香本(こうもと)さんも間違いはない?」

「ええ、左を押したわ」


 こちらをしっかりと見つめながら、彼女も頷いた。

 あと何人かに聞く必要があるけど、今考えていることは正解な気がする。

 と、そうだ。2人には悪いけど、あれを聞かせてもらおう。


「辛いことを思い出させて悪いんだけど、もう1つだけ聞いていいか?」

「……うん、いいよ。蒼汰(そうた)君の助けになるなら」

「まっ、知り合っちゃったワケだし、協力するわ」


 2人共自らの手を強く握りしめながら、頷いてくれた。


「ありがとう、なら聞かせてもらおう。

 2人の友人だったユミちゃんっていう子は、どっちを押したかわかる?」


 どちらもすぐには返事がこなかった。

 夏恋さんは視線を下に向けながら、香本さんは唇を噛み締めながら、無言をたもった。

 聞くべきじゃなかったか、けど知っておきたい情報だしな。

 俺は何も言わずに待っていると、1人が口を開いた。


「右、だったと思う。

 右手で持ちながら右端を押してたように見えたわ。

 ……ユミ、ゴメンね。左側が正解だってわかってれば」


 香本さんは気付いたらしい。

 左側が生き残るための選択肢だということに。


 両手で顔を隠しながら香本さんは泣いていた。

 咽び声にこもった感情は、悲しみだけのように聞こえる。

 悪いことをしたな。けど、これで俺は生き残れる。


「ユミより先に私達が画面のハイを押したんだけど、その時は何も問題なくて」


 夏恋さんが代わりに説明をしてくれた。

 彼女も辛いだろうに……心情を理解しながらも俺は話を続けた。


「というと周りの人もまだ死んでいなかったのか」

「し……うん、そうだね。停電が起きて少しパニックになってるだけで」

「そうか」


 2人はかなり運が良かったんだろう。

 何も情報がない中、二者択一(生か死か)の選択で、見事に正解を当てられたのだから。


「ありがとう、2人のおかげで何とかなりそうだ」


 俺は1人ずつ頭を下げた。

 それを見て、夏恋さんは悲しみを顔に浮かべながら微笑んでくれた。


「助けになれてよかった。これ以上人がいなくなっちゃうのは悲しいよ」

「……そうだな」


 香本さんも夏恋さんに続いて返事をしてきた。

 顔を俯かせたままだが。


「どういたしまして。折角助けたんだから、アンタも生き残りなさいよ」

「ああ」

「あと!」


 力強い言葉に俺は体をビクッとさせてしまった、恥ずかしい。

 顔を上げた彼女はまだ涙を流している。

 けれど、こちらを見る瞳には強い意志があるように感じられた。


「“だった”じゃないから!」


 どういうことだ、と聞き返そうとする前に、


「ユミとはまだ友達なの。死んでるとかそういうの関係ないから!」

「……そうだね。私達これからも友達だよね」

「あったりまえ!」


 俺は少し口元を緩めながら、すまない、と彼女達に謝った。


 

 

「蒼汰君はこれからどうするの? もしよければ一緒にいてくれると……」


 上目遣いで夏恋さんはこちらを見た。

 暗くてよく分からないが、頬も染めている気がする。

 ……ただの願望か。


「チョット、カレン!

 まぁ、男もいた方が便利そうだし、アンタが居たいって言うなら」

「すまない」


 2人の誘いを俺は断った。


「もう少しだけ人に話を聞きたいんだ。申し出は嬉しいんだが」


 血に濡れた手で髪を触る。

 情報は集められるだけ、集めたほうがいい。それも早い内に。

 ……あと何となく光宙にも悪いしな。

 女子2人と一緒にいるんだぜってこと知ったら、怒ってあの世から帰ってきそうだし。


「そっか……残念だな。何かあったらまた頼ってね」


 眉毛を目元へ落としながら、彼女は頬を人差し指で撫でた。


「ありがとう、そうさせてもらうよ」


 いい子だな、夏恋さん。

 あと香本さんも。視線を彼女の胸もとい顔に向ける。


「悪いな」

「恩義を感じない男って、サイテー」


 そっぽを向きながらそう言われてしまった。

 

「……感じてはいるんだがな。そうだ、あっちの車両には行ったか?」


 近くの扉を指差す。

 さっきから気になってはいた。別の車両はどうなっているのかと。

 ここと同じ状況だろうとは思うが、もしかした日常的な風景が広がっている可能性もある。


「あっ、まだ行ったことないよ」

「別の車両に行こうっていう考えがわかなかったわ」


 案外近くにあると行こうと思わないのかもしれない。

 何が起こるかわからないしな。ゾンビがいるって可能性もある。

 

 俺は自分の考えに内心笑ったあと、


「なら開けてみようと思う。いいか?」

「うん! まだ困ってる人がいるかもしれないもん」

「いいんじゃない、逃げれるかも知れないし」


「よし」


 返事を聞いたあと、俺は扉を開けるために近づいた。

 2人の視線を感じながら扉の取っ手を掴み、力を入れる。 

 スライドさせると無事に扉は開いた。


「ふう」


 もう一枚か。

 連結部分に足を踏み入れると強い揺れを感じる、

 そのせいだろうか、気分が悪くなってきた。頭が重い。 


「チョット大丈夫?」


 俺が次の扉を開けずにいたせいだろうか、香本さんが声をかけてきた。

 女子の前で情けない姿は見せられないか。

 なんたって俺はクールガイだしな。


「ああ、大丈夫だ」


 眉間に置いていた右手を扉の取っ手に移す。

 そして力を入れて、さっきの要領で開く、はずだった。


「…………」


 開かない。

 もう一度同じ動作をするが、開かない。

 嘘だろ? 男子の平均より筋肉がないとはいえ、扉の1枚ぐらい開けられるだろ。

 というかちょっと前に開けられたんだし。


「ふんっ」


 更に力を込めて扉を開けようとするが、開かない。

 どうする……後ろの2人はおそらく不審がっているだろう。

 素直に白状してもいいが、もう少し粘りたい。

 扉から視線を一度逸らし、後ろを向く。


「気になっていたんだが、どうして長袖なんだ?」


 まさかお嬢様学校とはいえ、長袖の制服だけってことはないだろ。

 半袖とまではいかなくても七分袖ぐらいはあってもいいはずだ。


「うわっ、知らないの? アンタ彼女いないでしょ。

 女子の間ではこれが流行りなの。半袖もあるけどダサいから皆着ないのよ」


「うう……私は半袖でいいと思うのになぁ。暑いよ」

「ダメだよ、カレン! 変な男に捕まらないようにオシャレしないと」

「関係あるのかなぁ……」


 心を抉られた俺をよそに2人はペチャクチャ喋っていた。

 焦りから油断していたか。まさか自分からボロを出すハメになるとは。

 

「はぁ」


 うわっ知らないの? からのアンタカノジョイナイデショー

 のコンボは不味い。好みじゃないとは言え、可愛い女子から言われるとダメージが……。

 まあ、夏恋さんから言われなかっただけマシだな。俺の目に狂いはなかった。


「彼女の10人や20人はいるから……」


 苦し紛れにボソッと呟く。勿論そんなにいない。というか1人もいない。


「ええっ!? 蒼汰君そんなに彼女いるんですか……?」

「カノンそんなにいるわけないでしょ。……いない、わよね?」


 俺の悲しい独り言は聞かれていたらしい。

 いるわけがない。2人とも純粋だな。

 香本さんは見た目と内面に差がありすぎる。これがギャップ萌えか。


「2人とも血で汚れずに済んでよかったな」


 返事はせず、適当な言葉を返した。

 扉は今だに開く気配がない。方法を変えるべきか。

 取っ手から一度手を離し、扉の向こうにある別の車両を見るために窓を覗き込む。


「ん?」


 暗くて何も見えない。

 いや、暗いというよりも空間が黒で押し潰されたような感じだ。

 扉の先には車両すらないんじゃないかとさえ思ってしまう。


 だが、そんなことはないだろう。

 何かしら存在はしているはずだ。この連結部分がそれを証明している。


「ふっ」


 気を取り直してもう一度扉を開けようとするが、やはり開かない。

 ……仕方がないか、正直に言って協力してもらおう。

 俺が後ろを向き、2人の元へ戻ろうとした時、


 コツコツコツコツ

 ぴちゃぴちゃ


 ハイヒールが床を強く踏む音と液体が跳ねる音が聞こえた。

 この音は、俺はこの音を知っている。


「夏恋さん、香本さん!」


 連結部分から急いで抜け出し、慌てて2人の元へ戻った。


「ど、どうしたの?」


 返事はせず、音のする方へ顔を向ける。

 まだ姿は見えないが音は確実に近づいている。


「これから狂った奴が来る。落ち着いて避けろ」

「ちょッ、それどういう意味。それに避ける場所なんてないんですけど」


 ここは比較的少ないが、床に転がっている死体や首のせいで動けるスペースはあまりない。

 けれど、


「椅子の上なら空いている。もしそいつが来たら立ち上れ」

「わ、わかった」


 一応脅しはしたが、問題ないだろう。

 ただ猪突猛進に進んでくるだけだ。当たったところで死ぬことはないはずだ。

 と思っていたが、


「ふふっ」


 つい笑ってしまった。

 さっきの女が見えたと思ったら、その手には鈍く光る物を握っていた。

 おそらくあれは……まさか現実でこんな光景を見るとはな。


「ケンタケンタぁ好きぃ、愛してるのぉお。だから早く帰ってきてええケンタぁ!」


「えっ、えっあの人は一体」

「確かに狂ってるわね……なんかこっちに来てない?」


 驚いてはいるが2人は冷静だった。

 刃物の存在に気づいてないんだろう。


「来てるみたいだな」


 何故だか知らないが、他の乗客には目もくれずこっちへ走って来ている。

 どうしてだ、どうしてこっちに来る。もしかして俺のせいか。

 どうすればいい。


「あの女ネェ! あいつが私からケンタを奪ったのネエ! 許さない」

「えっ、私ですか。ケンタさんという方は……」


 夏恋さんを指差しながら必死の形相で女はこっちに来ていた。

 ハイヒールを履いてるくせに速すぎるだろ。


「夏恋に何する気!? これ以上こっちに来るな!」


 夏恋さんを庇うように、香本さんが前に出る。

 男らしいがそれだとまずい。


「くっ」


 作戦なんてものはない。

 2人を庇う為に近くのロングシートへ押し倒す。


「きゃっ」


 可愛らしい声を聞きながら、2人の体を覆う。

 そしてほんの可能性にかけて、あの女の前へ足を伸ばした。




「ヘブッゥううう」


 壁にぶつかる大きな音と汚い声が聞こえた。

 俺の足に引っかかったのだろうか、あの女は転んでくれたらしい。


「ふぅ……無事か?」


 腕の中にいる2人に声をかける。


「だ、大丈夫だよ」

「よかった、香本さんは?」

「ふぇっ、あっ、大丈夫……ってここまでする必要あったわけ?」


 ここまで……?


「ああ」


 言われて気づいた。

 2人をがっしりと抱きしめていたことに。

 む、意識したらモヤモヤしてきた。


「悪かった、すまない」


 何もなかったかのように、2人を離す。

 ……女子特有の柔らかさとか匂いがあったな。

 もう少しだけ……まずいまずいスケベが顔に出る。


 頭から邪念を振り払ったあと、あの女(光宙の仇)を見る。


「…………」


 扉にぶつかり気絶したのだろう。ピクリともしない。

 もしかしたら死んだのかもしれない。

 俺は女に近づいた。


「その人大丈夫かな?」


 夏恋さんがこちらに来ようとするのを手で制す。

 襲われそうになったのに心配するのか。俺には到底出来そうにない。

   

 さっき消えたはずの怒りの炎がまた腹に蓄積されていくのを感じた。


「やっぱりナイフか」


 右手で握りしめいていた女のナイフを取り外す。

 ナイフには血がこびり付いていた。地面の血で濡れたのだろうか?

 それとも……


 俺は別の可能性を想像し、腹から全身へと熱がどんどんと伝わる。


「な、ナイフ!? じゃあもしかしてそれでカレンを?」

「多分な」


「許せない、カレンが何をしたっていうの」

「落ち着いて、ハルちゃん。何か事情があったんだよ」


 宥める夏恋さん。

 だが、声には悲しみが感じられた。

 それが当然の感情だろう。


「…………」


 俺はナイフを握り締める。

 今ならこの女を殺せる。心臓に一刺ししてしまえばいい。

 こいつは今殺しておかなきゃ、また害を振るうかもしれない。


 だが、と思う。

 俺にはそこまで怒る理由があるだろうか。

 光宙の首を蹴られたことに怒りを感じ、夏恋さんを傷つけようとしたことに怒り、

 他人を傷つけたであろうことに怒った。


 3つの怒りが俺にはある。

 けれど、所詮は他人事だ。俺に対する直接的な被害はない。

 今回のことだって彼女達を庇わなければ、危険はなかった、だろう。


「……」


 ナイフが何かの光で反射して、俺の顔を一瞬写す。

 まるで別人だった。

 顔の色は青白く、眼は濁っていた。まるで死んだ人間のようで。


「ひも状の物はあるか?」


 ナイフをポケットにしまったあと、そう声を掛けた――――

 

 




  

 




  


 

今回の話のタイトルを変更するかもです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ