『運試し』 “100 → 50”
「なぁ、海いかね!?」
電車内に設置された柔らかくチープなロングシートに深くもたれかかる。悪くない感触だ。
気を抜き休んでいると、明るく間抜けな声が隣から聞こえてきた。
夜なのに元気だな……というか海ってこいつバカか。
俺は優しさからその言葉を無視して、窓越しから外を眺める。
繁華街から住宅街へと向かっているせいだろうか。
怪しいネオンの光達は消えていき、目に優しい光がぽつぽつと増えてきた。
「ん」
あのコンビニを通り過ぎたってことは、あと20分ぐらいか。
まだ時間はあるな、俺は目を閉じ体を休めようとした所で、
「海だよ、海! 行こうぜ~女の子誘ってさ」
俺の体を揺すりながら、やかましい声が横からキンキンと聞こえてきた。
これは寝れないな。俺は諦めてポールに肘を乗せ、頬杖を付きながら幼馴染を見た。
「光宙、夜なのに元気すぎるだろ。
むしろ電気属性だから夜は元気なのか、ん?
俺は勉強漬けで疲れたよ……」
「ピッピカチュウ!」
「…………」
俺は黙って頭を叩いた。
「いたっ、なんで叩くんだよ。ノってやったっていうのにさ」
ツンツンした髪型のせいで痛かった。
俺の手に3のダメージ。
「そのノリが今の俺には果てしなくウザい」
「ひどくね!? ならわざわざ普段呼ばないあだ名で呼ぶなよ」
こいつ漢字のせいで、中学時代からずっとあだ名が電気ネズミだからな。
俺は哀れに思えて本名で呼んでいた。
……本人はピカチュウと呼ばれて喜んでるから、哀れむってのもおかしいか。
まあ、いい。どうせ眠れないならノっていこう。
俺は得意のボケをかました。
「えっと、あなたの名前はなんでしたっけ?」
「まさか、覚えてないのか? 勉強のやりすぎでボケたか!?」
「んなわけあるか……
思い出した……! あなたの名前はジ●ニャンね!
あんな古臭い電気ネズミと間違えちゃってごめんなさい」
十八番の記憶喪失ネタだ。
これで笑わなかった奴はいない。
俺は茶色いツンツン頭を見下ろしながら自慢げな顔を浮かべた。
「……つまらないぞ」
嘘だろ?
奴の冷酷無情な言葉に心を痛めた。
……嘘なわけだが。これで笑った奴はいない。
ことごとくすべる。もはやすべり芸だ。
女子の前では死んでもやりたくない。
「お前の中ではな」
せめてもの抵抗として俺はボソッと呟いた。
視界が霞んで見えるのは気のせいだろう。
腕で顔を拭ったあと、車内を見渡した。
ラッシュの時間を過ぎたせいか、全員席に座れている。
「皆、死にそうな顔をしてるな」
OLにリーマン、女子高生、どいつもこいつも生きているとは思えない。
闇に囚われし存在といったところか……
はっ、俺は中二病はとっくのとうに卒業したはずだ!
くそっ、疲れてるせいでついやっちまった。
「…………」
実際はそんなことはない。
スマホを凄い勢いで叩くOL、ゆっくりポチポチとスマホを触るリーマン、画面を見せ合ってる女子高生。
幸せかどうかは知らないが、ちゃんと生きた表情をしている。
スマホをシャカシャカ振り回してる人なんてのもいた。何やってんだろう。
「ほぉ」
また車内を見回していると騒がしい女子3人組を見つけた。
騒がしいのは嫌だが、そこは重要じゃない。1人可愛い子がいる。
視線で勘付かれないようチラチラと見ていると、
「蒼汰どこ見てるんだ、ってなるほどな」
隣に座っている光宙がニヤニヤとしながら言ってきた。
視線を向けすぎてたな、これは。
「あの子マブくね?」
俺は恥ずかしさを誤魔化すため、冗談っぽく言った。
「あー確かに。あのおっぱいちゃんか」
「いや、違う。ショートヘアの子だ。
あと、公共機関の中でおっぱいなんて言うな」
「蒼汰だって言ったじゃん!」
「ガキか、指摘する時は許されんだよ」
「えっ、マジか。ならおっぱいちゃんのことは何て言えばいい?」
「巨乳ちゃんだ」
グッドポーズをしながらそう言った。
ふぅ、クールキャラで売ってるのに俺は何をやっているんだ。
こいつだしいいか。それにしても確かにデカイ、けど好みじゃないな。
「巨乳ちゃんか~、ってそんなことより海だよ、海!」
「折角突っ込まないでやったってのに、お前ってやつは」
クロールのポーズをしながら元気よく言う。
幼馴染として、ここは現実を突きつけてやらなきゃな。
俺はわざとらしく溜息を吐いたあと、頭を掻きながら言った。
「俺達は高校三年生、そして大学受験をする。
ここまではいいな?」
「おう」
「で、だ、今は受験で最も大切な時期、夏だ。
しかも夏期講習の真っ最中。
そして、お前はバカ、ここまでいいな?」
「おう……おう?」
頭をかしげながら疑問に思っているが、無視する。
「一緒の大学行くんだろう? 正直あそこは俺ですら厳しい。
俺よりバカなお前は滅茶苦茶厳しい。一日でも休むもんなら、合格率は10%落ちる!」
予備校の受け売りをそのまま使う。
光宙が一緒の大学に行くとか言わなければ、こんなこと言わないんだが。
「そんなにか!? ……う、でも海行きてえよ」
「俺だってな正直海に行きたい。グラサンしてナオンを一日中眺めていたい。
けどな、それ以上にお前と一緒の大学に行きたい。光宙お前だって同じだろう?」
偽りなき本心だ。
幼稚園から高校までずっと一緒だった。
大学は離れ離れになると思っていたが、こいつが一緒の所に行くと言ったとき嬉しかった。
「ああ! 俺もまだ蒼汰と一緒にいてえ」
マズイ、今思ったんだけどこのやり取りホモ臭い気がする。
周りがボソボソとこっち見て言ってるよ……うわ、あのグループまで。
こいつの声デカイからなぁ。
「だ、だろ? なら海はやめておこう」
早く話を打ち切らないと居た堪れない空気になる。
光宙お前もこの空気に気づけ!
俺は目線で気づくように仕向けるが、全然気づいていなかった。
とりあえず別の話題を振ろうとしたら、
「けど、海に行きてえ! 高3の夏は今年で最後だぞ!」
これである。
今までのやり取りはなんだったのだろうか。
俺はお手上げのポーズをしたあと一言。
「バカ」
「お、この海とかどうだ?」
スマホをこっちに見せてくる。
「いいんじゃね」
面倒なので適当に返事をした。
結局押し切られちゃったよ。
こいつの押しの強さマジハンパない。
女子が押し切られてオッケーするわけだ。
……別れる原因も押しの強さだったりするわけだが。
「うひょー、別名ナンパ海岸だって! ここにしようぜ」
「女友達連れてくんじゃないのか……?」
「考えてみたら、この時期にオッケーくれる子いないだろ~」
無駄に冷静だった。
自分のことについてもそれぐらい冷静だったらいいのに。
ふぅ……ナンパか。
「それに、お前と行くならナンパも成功するだろ」
「なにその自信。ナンパなんてしたことないぞ」
「経験なんていらないだろ! 蒼汰は中身スケベだけど、外見はクールでイケてるしな」
「スケベじゃない。中身もクールガイだぞ」
「女の子の前だとな」
こいつ中々厳しいこと言うよな、事実だけど。
女子にはクールキャラで売ってる。もう中二病とはおさらばだ。
……クールキャラは中二病説が囁かれているが、そんなのは無視だ。
「中身は置いといて、身長すげえ高いし、顔シュッとしてる、髪長いのに似合ってるし」
「一歩間違えると悲惨なことになるけどな」
中学時代の反省で見た目には気を付けていた。
独りよがりの格好、ダメ、ゼッタイ。
「そんなお前がいるんだ、間違いねえ!」
元々大きい瞳を更に大きくし、力強く言った。
「なんだか行ける気がしてきたわ。やってやるか」
大抵こういう時は失敗するのだが、まあいいだろう。
どうせやるのなら楽しむ。それだけだ。
「あっでも」
「なんだよ?」
「最近太ってきたよな」
そう言い俺が着ている白いシャツごと腹を掴む。
「おいバカやめろ」
これ以上ホモと間違われる行為はいけない。
俺は光宙の手を払いのける。
「ぷよぷよだな、ちゃんと痩せとけよ~」
「へいへい」
確かに太ったんだよな。
受験太りだろうか。
「じゃあ、あとはいつ行くかだな。蒼汰はいつ行ける?
俺はいつでもオッケーだぜ」
夏期講習がある日に行こうぜ! って言ったらどうなるんだろう。
喜んでオッケーするんだろうな。と思いながらスマートフォンを取り出す。
「どこが空いてるかな、うん?」
スケジュールアプリを起動させようとした所で画面が暗くなった。
処理落ちか? 安物を買ったのは失敗だったな。
再起動させようと電源ボタンを長押ししていると、
「あれ、消えっちゃった」
光宙は頭をかしげながら、スマホを見ていた。
「お前も電源切れたのか?」
「ああ、って蒼汰もか」
互いに驚きあった瞬間――――
車内の光は消えた。
「えっ、いきなり電車の電気消えるとかありえなくない?」 「ねー」
「うわああああ、クエスト中だったのに! 素材ゲット出来てたのに!」
「電車が停電とは珍しいですね」 「そうですね、地震でもあったのでしょうか?」
光が消えたこともあり、車内は騒然としていた。
電気が消えるなんて、地震でもあったのだろうか。
「停電なんかね? 電車動いてるみたいだけど」
確かにそのようだ。
ガタン、ゴトン、ガタン
電車が動く音が聞こえる。振動も確かに感じる。
けれども、景色は全く見えない。まるでトンネルの中にいるようだ。
車内が暗いせいだろうか。
「そうかもな。にしてもお前は驚かないな」
「問題ないだろうしな~」
光宙は昔から能天気というか度胸があるよな。お化け屋敷に行っても平然としてるし。
俺はそのあたり羨ましいと思っている。
表情には出さないが、今も驚きとほんの少しの恐怖が胸の中にあった。
「スマホ……再起動したみたいだな」
光が俺の手を照らす。
とりあえず何かあったのか検索してみるか、と思ったら、
『ゲームヲハジメマスカ?』 100
『ハイ』 『ハイ』
という文字が表示されていた。
黒い背景に赤い文字とコテコテな作りだが、正直怖い。
ウイルスにでも感染したのだろうか。
それに選択肢がハイしかない。もはや選択とは言わないな。強制じゃないか。
触るのも怖いし、光宙に調べてもらうか。……100ってなんだろう
「光宙、悪いんだけど」
「あっ蒼汰なんか変な画面になっちゃったんだけど」
お願いしようと思ったら、こいつも同じだったらしい。
俺に画面を見せてくる。パッと見た限り、作りは同じだ。
「お前もか」
「ってことは蒼汰もか。うーんとりあえず押してみよう」
「いや、やめておけ――――
と言い切る前に、俺の親友の首は
なくなっていた。
豚の鳴き声のような悲鳴があちこちから聞こえてくる。
血が俺の顔と服に降り注いだ。この血は一体だれのだろう――――
お読み頂きありがとうございます。