宝石屋の少女
今日もまた朝から磨き続ける。珍しく今日磨いているものは宝石ではない。靴だ。
突然少女が、
「そろそろ違うのも磨いてもらいます」
そう言ってこの靴を渡してきた。
靴は宝石とは磨き方も、使う道具も違ってくるので覚えるのが大変だ。いま磨いている靴は男物のブーツだが……もちろん客のものではない。それにしても……少女は一体どこからこういったものを買っているのだろうか? わざわざ磨くために? また謎が一つ増えた。
その少女は今もいつもと同じように宝石を磨いている。ただ、今磨いているものは客から頼まれたものではなく店から頼まれたものらしい。まあ、店も客の一部であるだろうが。
そろそろ取りに来るそうだが……いったいどんな人がくるのだろう?
「アリア。きてやったわよー!」
メイド服を着た快活そうなショートカットの髪の少女が扉を壊さんばかりの勢いで入ってくる。
「あなたは相変わらずうるさいですね」
「アリアは引き籠ってばかりじゃなくたまには外に出なさいよ!」
「余計なお世話です。エイルこそたまには静かにしたらどうですか?」
二人は仲好く? 会話をしている。で、誰なんだろうこのメイド服の少女は?
「すまん、ちょっといいか? そっちのメイド服の少女を僕にも紹介してもらえるとありがたいんだけど……」
アリアとメイド服の少女は顔を合わせしばし沈黙したあと、
「誰? こいつ、あんたのペットかなんか?」
「いえ、私の奴隷です」
「いや、お前らひどくないかっ!?」
いきなりペットや奴隷扱いって……
「冗談です。彼女は言っていた宝石店の店長ですよ。でエイル、彼はこの間からここで働いています」
ああ、彼女がその言っていた宝石店の人なのか。なんというか……思ったより幼いんだな。
もっとごついのを想像していた。思ったよりなんかこう……可愛らしい感じだな。
「あんたが人を雇うなんて珍しいわね。どういう心境の変化?」
「ちょっといろいろありましてね」
「そうなの? で、頼んでおいたものは?」
「それなら倉庫に。私はこれを磨いているから彼に案内してもらって」
あれ? 僕が案内するのか。
「じゃあ早くいくわよ」
そういってメイド服の少女は歩き出した。
けれどそっちは倉庫の方向じゃないんだけど……
「倉庫はそっちじゃないでしょうエイル?」
そうアリアが指摘するとメイド服の少女は、はっと気づいたように顔を赤くして
「わ、分かってるわよ。あんた早く案内しなさい」
彼女を連れて倉庫に向かう。特に会話もなく歩いていくとふと少女が僕に聞いてきた。
「ねえ? あんたはアリアの何なの?」
「僕はただの手伝いさ。彼女に助けてもらったからね。恩を返したくてね」
「そう……よく分からないわね」
「よく分からないって?」
「なんであんたみたいなポンコツを雇ったか、よ。今までアリアが人を雇ったことはないのよ?」
ポンコツとは失礼な……
「それより君は彼女とどんな関係なんだい?」
「私? そうね……ただのライバルよ」
素っ気なくそう言われる。ライバル……? どういうことだろう。
「宝石店、としてよ。私の店でも宝石を磨く仕事はしていたからね。それが***の店ができてから客が減ってね」
そういうことだったのか。さっきの様子を見ているとそれだけでもない気がするが、なんとなく聞くのは憚られた。そんなことを話している内に倉庫に着く。
えーと、渡すものはどれだったけな……
「これでしょう?」
彼女の方が先に見つけた。だけれど彼女の身長には厳しそうだ。彼女はそれを取ろうと腕を伸ばす。
「僕が取るよ。無理しないで」
「大丈夫よ、これくらい。んっ……よし、ってうわぁ!?」
いわんこっちゃない! 彼女は宝石が入った箱と一緒に後ろに倒れそうになる。
僕は急いで彼女を受け止める。痛い……
「大丈夫?」
そう腕の中の彼女に問いかける。けれど返事はなく呆然と僕を見ているだけだ。
どこか怪我でもしたんだろうか? 一応、頭を打ったということは無いと思うんだけれど。
しばらくしてからいきなり、
「っ!? は、早く離しなさいよ!」
「いやだって……危なかったし」
彼女は僕を振り払うようにして離れる。あれだけ元気なら大丈夫かな?
心なしか顔が少し赤い気もするけど……
「私は大丈夫よっ! それより貴方は大丈夫なの?」
「僕もこれといった怪我はないよ。 心配してくれているの?」
「ばっ、バカ! そんなわけないでしょ! ただ、私をかばったせいで怪我をしてちゃ、悪いと思っただけよ……」
思ったより優しいところもありそうだ。少し安心した。
ありがとう、といったらますます顔を赤くして
「は、早く戻るわよっ! 目的の物も見つけたんだし」
そう言って足早に戻り始める。照れているのだろうか? まあ、僕も戻るとしよう。
この調子だとまた彼女がこけたりしそうな気がする。
僕のその予感は当たり、この後三度も彼女はこけるのだった。
「では、また」
「そうね、機会があったらきてあげるわ!」
「どうせまた注文するんでしょう?」
「うっ……」
彼女は頼んでいたものを受け取って帰った行った。そういえば何を頼んでいたんだろう?
「私が作ったアクセサリーなどを彼女に買ってもらっています。それにしても貴方……
意外と女たらしなんですね」
なんのことだろう? どうして今そんな話が出てくるのだろうか。
「しかも自覚がないとは……はぁ」
大げさにため息をつき、冷ややかな目でこっちを見てくる。一体僕が何をしたというんだろうか? したことといえば……エイルと倉庫に行ったことぐらいしかないが。
まあ、面白い子だったな。今度機会があったらエイルの店にも行ってみるとしよう。