失った僕
僕はもう何も考えられない。これからどうしたらいいのだろうか。
彼女を失ってからだ。それからただ呆然と送る日々。
そんな時、とある人から『磨き屋』というものを紹介された。
その人によるとここでは大切なものを磨いてくれるらしい。
その店は町の隅にあった。店の前の看板には
『あなたの大切なものを磨きます』
そう書いてあった。
その店の扉を開ける。
中には一人の少女が椅子に座り本を読んでいた。
少女は本を読むのを止め、僕の方を見る。
「お客さん?」
「ああ、知人に紹介されてきた」
「そうですか。私は貴方の大切なものを磨きます。貴方の大切なものはなにですか?」
大切なもの……勿論彼女だ。だがその彼女はもういない。
もう帰ってくることもない。
この少女に話して何が変わるというのだろうか。どうせ無駄なことだろう。
そんな思いを抱きながら僕は少女に大切だったものについて話し始めた。
僕は孤児院で育った。孤児院の前に捨てられていたそうだ、彼女と一緒に。
僕らはその孤児院で成長していった。
ここには似たような境遇人達がいて、皆で支えあって生活していた。
そんな中でも不思議と彼女と一緒にいることが多くなった。
一緒に捨てられていたせいかもしれない。
彼女と一緒にいると安心できる。自分が生きていることを実感できる。
このままずっと一緒に入れたらいいな。幼い頃の僕はそう思っていた。
だけれど彼女は重い病気を患わっていた。
彼女は時々、苦しそうに咳き込む。
その度に僕は
「大丈夫?」
そう聞いた。だけど彼女はいつも笑いながら
「大丈夫だよ。気にしないで」
そう言った。幼い僕でも彼女が嘘をついていることぐらい分かった。
そんな彼女に僕は約束した。
「僕が必ず助けてあげる。君を救ってみせる。だからずっと一緒にいよう」
「ありがとう! でも無茶はしないでね?」
彼女はそう言い嬉しそうに微笑んだ。
僕は彼女とずっと一緒にいるため、彼女を助けるために医学を学んだ。
必死で勉強し続けた。
青年になる頃にはそこそこ名の知れた医者になっていた。
孤児院を出る、そんな歳になった。僕は彼女と一緒に暮らすことに決めた。
彼女もそれを受け入れてくれ、どれからは彼女と二人で暮らし始めた。
それから二人で暮らす日々はとても楽しかった。
しかし彼女の病気はだんだんと悪くなっていった。
そんな中、彼女は町で花を売りにいく。僕は何度も止めたのだが、
「君が頑張っているだし、私も頑張らなきゃ」
彼女はそう言って聞かなかった。
僕は彼女の病気を治すための方法を必死に探した。
だが見つからない。このままでは彼女と一緒にいられなくなってしまう、彼女が死んでしまう……
そう悩んでいたとき、彼女は倒れた。
僕は僕ができる限りの手を尽くした。だが、彼女は助からなかった。
僕は彼女を助けられなかった。助けられなかったんだ……
彼女は最後に僕にこう言った。
「ありがとう。君のおかげで私は幸せだったよ」
そういって彼女は捨てられていた時からずっと持っていた綺麗な青い宝石の着いたネックレスを僕に渡した。
そう彼女は言ってくれた。嬉しかった。彼女は幸せでいてくれたこと、それが僕のおかげであることが。でも僕はこれからどうしたらいいんだろうか。
僕は一番大切なものを失った。僕は彼女がすべてだった。
それを失った僕はどうしたらいいんだろうか。
医者は止めた。彼女を救えなかった、なのに続ける意味も感じなかった。
しばらく何も考えず呆然と町を歩くだけの日々。そんな時、僕はある人からその店を紹介された。
『磨き屋』
そういった僕の過去を他にも細かい事まで少女に話した。まあ、話したところでどうにかなるものでもないだろう。案の定、彼女は目の前で眉を寄せて悩んでいる。
「あなたはこれからどうしたいんですか?」
ふと目の前の少女がそう問いかけてくる。
これからどうしたい? 僕はどうしたいんだろう。というかそれが分からない。
僕は彼女がすべてだったのだから。その彼女を失ってしまったんだから。
「そうですか。では彼女に聞いてみましょうか」
彼女に聞いてみる、とはどういうことなんだろう。どうやってもう居なくなって
しまった彼女に聞くというのだろう。
少女が僕の持っている彼女から貰ったネックレスに手を当てる。僕の意識がだんだんと薄れていく。目を開けると、目の前に彼女がいた。
死んでしまったはずの彼女。助けられなかった彼女。僕が愛した彼女。
その彼女が目の前にいる。いきなり彼女は謝る。
「ごめんね。私のせいでここまで苦しませて」
彼女は何を言っているんだろう。謝るのは僕の方だ。彼女を助けられなかったのだから。
僕は彼女との約束を果たせなかったのだから。
「ううん、私は君のおかげで生きている間、楽しく過ごせた。君と一緒に過ごせて幸せだったんだよ。君がいなかったらきっとこんなに楽しくなんてなかった。幸せじゃなかった。
でも……ごめんね。先にいなくなってしまって」
それを助けられなかったのは僕のせいだ。一緒にいられなかったのも僕のせいなんだ。
だから謝る必要なんてない。
「君のせいじゃないよ。あの病気は仕方がなかったの。そうなる運命だったんだよ。
私のことは気にしないで、というのは無理かもしれないけどあなたは生きて。それが私の君に対する最後のお願い。私は君が笑顔でいてくれないと安らかに眠れないの」
そういって彼女は微笑む。昔と同じように。彼女の願いがそれなら叶えてあげたい。
でも、そのためには彼女がいないと……
「私はそのネックレスの中にいるよ。ずっと君と一緒にいて、君を見守っているよ」
彼女はそういう。でも……そんなの屁理屈だ。彼女がいなくなったことには変わりがない。
「もう、君は仕方がないなぁ」
彼女は少し呆れながら僕に近寄り、唇を重ねる。
突然のキスに驚く。彼女の柔らかい唇の感触が僕の唇に伝わる。
「もう時間もないしね。じゃあね……いままでありがとう!」
まだ、まだ待ってくれ……まだ話したいことがたくさんあるのに……
そこで僕の意識は途切れていった。
「……っ」
僕はたまらず彼女の名前を叫ぶ。彼女はそこにはいなかった。
目の前には少女がいるだけだった。
今のは……確かに彼女だった。僕のよく知る、僕が助けられなかった、あの彼女だった。
「どうでした。貴方がこれからどうしたいかは決まりましたか?」
これからどうしたい……いや、もう決まっている。
これ以上彼女を悲しませるわけにはいけない。彼女の分まで生きていこう。
それが彼女を助けられなかった僕の責任なんだから。
「決まったようですね。良かったです」
目の前の少女はそう言った。
「ありがとう」
僕は少女にお礼を言う。恐らく、彼女に再び会えたのは少女のおかげなのだろう。
おかげでこれ以上彼女を苦しませることもないだろう。
それから僕は少女の仕事を手伝うことに決めた。
僕は少女のおかげで前向きになれたのだから。彼女をこれ以上悲しませることがなくなったのだから。その手伝いを僕もしたいと思ったのだ。
少女も快く、とはいかなかったが承諾してくれた。
さて、この店には次はどんな客がくるのだろうか。僕みたいな悩みを抱えた人なら解決してあげたい。きっと彼女も応援してくれているだろう。
そんな僕の首にかかっている綺麗な青い宝石はこれからは輝くだろう。




