接触禁止法
小説家のたまご様の「たまごの物語、テーマ:西暦3015年」に投稿し、掲載して頂いた掌編です。
西暦3015年。
東京湾上に作られた超高層都市『オーエド』は300階建ての中央タワーを中心に、200階建てのサブタワーが7つ連なっており、各タワーがグリーンフロートと呼ばれる緑の陸地によって結ばれていた。
西暦2999年に起きた第8次世界大戦以降、現実世界で人と人が接触する行為はテロや戦争の危険性を助長するという事で『接触禁止法』により禁止された。そのため、オーエドで生活する人達は『バーチャルワールド』と呼ばれる仮想空間上でアバターを使い、娯楽や生活に必要な出来事をこなしていた。
食べ物等は全て機械によって自動的に供給されており、生身の体が病気や怪我をした場合のみ、政府に許可を貰う事で病院へ行く事ができた。しかし、その際も他の人間との接触を防ぐため、顔を全てスモークガラスで覆うヘルメットを着用する事が義務づけられていた。
『オーエド 第3タワー 第11棟 203号室』
この部屋に住む"ハルマ"という少年は同じ第3タワーにある病院で生まれ、それから16年間をこの部屋の中だけで過ごしてきた。両親は生まれてすぐに起きた第8次世界大戦によって死亡したらしく、その顔を見た事はない。そんなハルマは教育システム『ユキチ』によって義務教育を受けている。これは数百年前の大学の教育に相当するだけの教育を在宅のまま受けられるシステムだ。
ハルマの部屋に、教室内の映像が映し出される。
「今日もミハネは出席してるかな」
ハルマは15歳の時からユキチで同じように授業を受けていた同期の"ミハネ"という女性に好意を寄せていた。好意を寄せるキッカケとなったのは、彼女が使用していたアバターが可愛かったという事もあるが、彼女もまた第8次世界大戦で両親を失っていたという事が大きい。共に両親を戦争で亡くしているという境遇はハルマにとって、何か特別な運命のようなものを感じられたのだ。
「ミハネ、おはよう」
「おはよう、ハルマ君。今日もよろしくね」
アバターの吹き出しに表示されるチャットの文字が2人の主なコミュニケーション手段だ。過去に何度かボイスチャットも試みたが、2人とも声が中性的で似ているという話以外は恥ずかしさから話が弾まず、最近はしていない。
卒業まであと半年ほどとなった昼休み。彼女とのチャットが盛り上がり、お互いの今後の話になった。
「もうすぐ義務教育課程も終わるね。ハルマ君は卒業後はどうするの?」
「俺は軌道エレベーターの監視要員に選ばれたよ」
「そうなんだ。私は第2タワーにある病院の食事の献立を手伝う予定なの」
「そっか。でも、第3タワーに住んだまま、オンラインで業務を行うんでしょ?」
「ううん。衛生的に直接管理しなくちゃいけないらしくて、就職したら第2タワーに移り住むと思う」
「そうなんだ」
ハルマはその話を聞いた時に、絶望的な思いがした。実は、近いうちに"病院へ行く"と政府に嘘をつき、現実世界でミハネと会おうと思っていたからだ。同じタワー内ならなんとか会う事ができると思っていたが、別のタワーとなると話は別である。別タワーへの移動は、仕事などで必要がある場合以外は許されていない。もし、ミハネが第2タワーへと引っ越してしまったら、もう二度と会う事はできなくなるかもしれない。ハルマはそれまで溜め込んでいた思いをミハネにぶつけた。
「ミハネ、今度の日曜日に会わない?」
「会うって、バーチャルワールドのどこで?」
「いや、現実世界でだよ」
「現実で!?」
「2人とも、同じ時刻に病院に行くと言って許可を貰うんだ」
「でも、捕まったら重罪よ。バーチャルワールドでならいつでも会えるんだし……」
「ミハネは俺に直接会ってみたいと思わない?」
「んー……」
「たしかに、今はバーチャルワールドでデートをし、結婚をして、体外受精で子供も作るのが当たり前だけど。俺は現実に会う事のほうが大事だと思う」
「私もそうは思うけど」
「ミハネもそうだと思うけど、生まれてから一度も生身の人間の顔を見た事が無いなんて嫌だろ? 俺はミハネの顔をこの目で直接見てみたいんだ」
「たしかに、アバターしか見られないのは寂しいね」
「ミハネが第2タワーへ引っ越したらもう二度と会えないかもしれない」
「……会って後悔しない? 私可愛くないし」
「俺だってかっこよくないよ。それに、俺は……ミハネの事が好きなんだ」
「ハルマ君……ありがとう。嬉しいよ」
「もし、俺の気持ちを受け止めてくれるのであれば、会ってほしい」
「分かった。でも、どこで会うの?」
「第3タワーの第50棟の展望台の場所は分かる?」
「うちの近くだし、バーチャルワールドでよく見に行くから分かるよ」
「あそこから見える夜景は綺麗らしいね。ミハネと一緒に見たいと思って、前から調べてあるんだ。バーチャルじゃなくて、現実で一緒に見よう」
「うん。楽しみにしてる」
それから2人は病院へ行く日時を政府に申請し、許可を貰った。そして、2人は待ち合わせの場所へと向かう事になった。
次の日曜日。ハルマは携帯端末を使い、ミハネに音声で呼びかけた。
「ミハネ、聴こえる? 今、第50棟のエレベーター前に居るよ」
「うん。聴こえるよ。私はもう展望台に着いてるんだけど。時々、警備ロボットが行き来してるの」
「もしそいつらに、他の人間と会話しているところがバレたりしたら逮捕される。気をつけて」
「うん。ハルマ君、早く来てね。私待ってるから」
「あぁ、もう少しだよ。待ってて」
ハルマはエレベーターに乗り、展望台へと向かった。エレベーター内には他にも複数の人間が乗り合わせていたが、全員ヘルメットを被っているし、会話をする事はない。そんな人間の状態を一緒に乗り込んでいるエレベーターロボが監視している。
「展望台です」
エレベーターロボの声がする。ハルマは急いでエレベーターを降りた。
エレベーターから20メートルほど先にある展望台の前にミハネと思われる1人の人間の姿があった。
「ミハネ、ミハネだね!?」
ハルマはミハネのもとへと駆け出す。
「そこの2人、接触を今すぐ止めなさい」
途端にその行為を見つけた警備ロボが近寄ってくる。
「ハルマ君!」
「ミハネ!」
2人は警備ロボを無視するようにお互いの居るほうに走り、抱き合った。
「ハルマ君、良かった。会えて……」
「ミハネ。直接、こんな風に会話ができるなんて……嬉しいよ」
「私も。それにしても私達、ホント声がよく似てるね」
「あはは、そうだね」
2人は抱き合ったまま笑う。そして、ハルマはそのまま自分のヘルメットを脱いだ。すると、ハルマの顔を見たミハネの笑い声が止まる。
「……」
「どうした?」
ハルマの問いかけにミハネは何も答えずに、ヘルメットを静かに脱いだ。カコンッ。地面に落ちるミハネのヘルメット。ヘルメットを脱いだミハネの顔を見たハルマは驚きで声が出なかった。
ミハネの顔は、鏡で見る自分と瓜二つだったからだ。
「一体、これは……」
西暦3015年。第8次世界大戦によって人口が激減した人類は核汚染に耐えられる遺伝子をコピーし、同じ性能の人間を生産していた。そのため、性別以外は顔も声も同じコピーされた人間しかこのオーエドには住んでいなかった。
警備ロボが運転する車の後部座席で手錠をされて並ぶ同じ顔の2人は、現実を受け止め切れない複雑な表情をしたまま連行されたのだった。
この話は、元々長編用に思い描いていた世界観を掌編用に変えて作りました。本来は、このような結末を迎える予定ではなかったのですが、小説家のたまご様の企画において文字数が3000文字と限られていたため、こういった結末にしてみました。
1000年先の未来という事で、なかなか想像は難しいのですが、恐らくこういった世界が訪れていてもおかしくはないような気がします。そのような場合、人間がロボットに管理され、姿かたちさえ一律になっているとしたら、人間とは一体なんなのか、と考えてしまいます。