第09話 酒場会議
「おい!フリッツ!冒険科なんて聞いてないぞ!」
「あん?何だ藪から棒に。何科がいいとか言ってなかったじゃないか」
「うっ、まぁ、それはそうだが・・・俺は、商人になりたかったの!」
「いいじゃねぇか、もう計算できるんだし。商人なんざいつでもなれらぁな。それに、戦う力があったほうが商人としても安心だろ?まぁ座れよ」
「あぁ、おう・・・じゃなくて!俺は平穏に暮らしたいんだよ!冒険科なんてどうせあれだろ、迷宮潜ったり荷物担いで何キロも山走らされたりするんだろ!」
「あぁ、そうらしいな。俺は学園に通った事はないからわからんが・・・いい体力作りになるじゃないか。ってことはあれか?もう迷宮には潜ったのか?」
「だから!今!それを回避する為に必死になってるんだよ!!」
俺は今、酒場で昼から暢気に飲んでいるフリッツの元に抗議しに来ていた。商人科に申し込んでくれとは言ってなかったが・・・商人になりたいとは道中で語っていたと思う。
「無表情の治療医が嬉々として話してくれたよ・・・学生でパーティ組んで迷宮踏破訓練とかあるらしい。次はどんな症状になるのかな・・・だとよ!俺は怪我しに入学したんじゃねぇ!!」
「いやぁ、いい線いくと思うけどな・・・そんなに嫌なら科替えればいいじゃねぇか」
「科替えるには入学金の半分・・・つまり金貨15枚が必要なんだよ!そんな金ねぇよ!」
「あー、そりゃ災難だな・・・まぁ、お前ならできるよ」
「この野郎・・・」
がはは、と笑いながらエールを煽るこいつに殺意が芽生えそうだ。
「残念ながら俺も金貨15枚なんて大金無いから弁償もできん。すまんな。卒業位ならできるだろ?最悪学園やめて商人になればいいじゃねぇか」
「せっかくお館様が金出してくれたのに、退学しましたなんて言ったら・・・立つ瀬が無いだろ」
「お前も妙な所で律儀だからな・・・そんなにキツいか?」
「いや、まぁ訓練で行く層なんて魔物はほぼ出ないから余裕だろうが・・・多少モンスターとの戦闘を体験するって位だろうしな。ただ、このままズルズル冒険者になるのが嫌なんだ」
「まぁ、確かに高学年の課題で迷宮に潜って死ぬ奴もいない訳じゃないからな」
「やっぱり死者は出るのか・・・」
「なぁ、なんでそんなに冒険者が嫌なんだ?」
「あ?そんなもん当たり前だろう。誰が好き好んで命の危険のある冒険者なんてやりたがるよ」
「お前位の歳の男の子は大体冒険者に憧れるもんなんだがなぁ。途中の村でもよく子供が俺たちの話を聞きに来てただろ?大体の男は子供の頃冒険者に憧れ、成長するにつれて現実を見て諦める。本当になる奴もいるが、大体はFかEで諦める。才能か、気概のある奴か、それ以外にできる事のない奴だけが残ってランクが上がっていく。お前は才能の方だと思うんだけどな」
そう言われると、確かにそうかもしれない。俺も生前は冒険者に憧れて魔法を見様見真似で少し覚え、身一つで飛び出して冒険者になったんだったか・・・
「うーん、まぁ、確かに・・・いや、俺はそんな命の危険があったり安定しない収入の職業・・・生き方?はしたくないんだよ」
「そう言うがお前、ちゃんと理解してるのか?」
「あん?」
「自分の髪の色の事だよ。商人だって軌道にのればいいんだろうが、最初の内は博打みたいなもんだぜ?継ぐ店がある訳でも、技術があるわけでもない。学迷都市ははまだ偏見の薄い方だが、地方の街じゃ見ただけで街に入れてもらえないぜ?」
「それは、学園で技術なりなんなりを身に着けてだな、どこかに奉公して・・・」
「雇ってほしいって奴が大勢いる中でわざわざ忌み子を取る物好きがそんなに居ると思うか?学園の商人科は大体大問屋の息子とかが多いから野に出る人材としては少ないが・・・基本的に商人は客商売だぞ?」
「うーん、じゃあ行商とか・・・」
「行商も途中で魔物は出るは山賊は出るわで命の危険だらけだ。それに、仕入れたり売り捌くにも入れない街の方が多いんだぜ?」
「それは来た時みたいにフードでも被ってれば・・・」
「子供で俺らがいる時とは訳が違うんだ。入口で検められない訳ないだろう。運よく入れたとしてだ、下手すりゃ憲兵やら町人から追われるぜ?」
「う、うーん・・・」
フリッツの言う事も一理ある。確かに俺はこの髪の事をそこまで真剣に考えてはいなかった。マーナー家の人たちもそうだが、今まで俺の周りには表だって忌み子としてなじって来る人はいなかった。
「ここに来る時、途中のカルガの街で滞在予定を繰り上げて出発した時があったろ?」
「ん?あぁ、そういや一泊だけの時があったな」
「あれな、おかみさんがフードから覗くお前の髪を見て忌み子だって気づいて、追い出されたんだよ」
「え・・・?」
「不吉を呼ぶから出て行ってくれって言われてな。まぁ、一泊だけは何とか認めさせたが・・・この街で何か悪さをするつもりなら憲兵に突き出すぞ、ってな」
「な、なんだそれ・・・」
まさか自分の知らない所でそんな事態になっていたとは思ってもいなかった。
生前を含めて自分以外の忌み子をあまり見たことが無いというせいもあるかもしれないが、改めてこの髪色についての問題を認識した。
「なぁ、イース。どうしても商人になりたい!ってんならお前の選択だ、もう止めないがよ・・・せめて、自衛ができる位の力を身に着けてくれ。お前の髪の毛の問題は、一生ついて回るからな」
「わかった、わかったよ。おとなしく冒険科に行けばいいんだろ。最初からさっきの理由を言ってくれればおとなしく考えたのにさ」
「頑固なお前がそうそう考えを変えるか?まぁ、時間も無かったしな。冒険者でも魔物と戦わずに特殊な技能を売りにする奴や、採集で生計を立てる奴もいるから、まぁその気になればそれなりに安全で安定した収入も得られるさ」
「俺は素直だよ・・・なぁ、フリッツ。俺が認めなかった時はどうするつもりだったんだ?下手したら金貨30枚弁償しろって言われてたぞ?」
「そん時はそん時でしょうがねぇと思ってたさ。お前ならそんなことは言わないだろうとも思ったけどな。それに、商人科がいいとは言われてなかったし」
「う、なぁ、確かに商人科がいいとは言ってなかったな・・・なぁ、なんでそこまでして俺を冒険科に?」
「向いてると思ったのは本当だ・・・あとは、まぁ、個人的な事情というか・・・」
「個人的な事情?」
「コイツはイースと弟を重ねてんのさ」
「ばっ、おい、マイム!」
ふと声のした方を見ると、丁度マイムが酒場に入ってくる所だった。
「昼間から飲むのはまぁいいけど・・・なんだい、イースに何も出してないじゃないかい。おっちゃん!エールと酒以外の飲み物、それと肉!」
「あ、俺もエールおかわり」
「はいよ」
注文を受けた髭面の男―おそらく店主―が奥へ引っ込む。
「まったく・・・で、どうしたんだい?コイツは何も考えてないように見えて口だけはうまいからね、気を付けるんだよ」
「あぁいや、まぁ内容は一理あるからいいんだけど・・・弟って?」
「おいイース」
「あぁ、それね。いいじゃないか別に減るもんでもなし」
「はいお待ちどう」
「おっ、きたきた」
席に着いた俺達の元へジョッキ3杯と、そして焼いた肉と野菜を絡めた何かの料理が運ばれてきた。
その皿から香る肉の香ばしい香りとジョッキになみなみと注がれたエールにマイムは頬をほころばせる。
「グビッグビッ・・・プハーっ!相変わらずここのエールは絶品だね!泡が違うよ、泡が。ほら、イースも飲みな」
「あぁ、ありがとう・・・じゃなくてフリッツに弟がいるのか?」
俺はマイムを見習って同じくジョッキに手を伸ばし、杯を傾ける。
マイムが適当な頼み方をするから何が来るかと思えば・・・果汁を水で割った果実水だった。柑橘類の爽やかな香りと主張しすぎない甘さが心地いい。
俺も久しぶりのエールを飲みたいな・・・7歳じゃ流石に出してくれないか。
「んー、まぁ、正確にはいた、だけどな」
「いた?」
「まぁな。随分前に死んだからな」
「そうか・・・で、その弟がなんだって?」
ここまで来たら話した方が良いと思ったのか、フリッツはどこかバツの悪そうな顔をしながら話し始める。
「いやな、まぁ弟がいたんだが・・・俺の弟もお前と同じ、忌み子だったんだよ。とは言っても、お前ほど露骨な色じゃなくて、村のみんなと少し違うくらいだったけどな」
「露骨っておい」
「ははは、すまんすまん。しかしおれの弟の場合はお前と違って庇護してくれる奴もいなくてな。小さい村だ。皆との違いはすぐにわかる。俺や両親とも色が違ったしな。それでも、弟は冷遇されながらも成人を迎えた」
「確か商人になって兄貴を支えるって言ってたんだってね?」
「あぁ、俺は冒険者に憧れて。弟も最初は冒険者を目指してたんだが、身体が少し弱くてな。商人になって裏から俺を支えるんだと言っていた」
「へぇ、いい弟じゃないか」
「あぁ・・・だが、村の中で店を開ける訳もなく、何とか近くの街で奉公し始めたんだが・・・やっぱり髪色の事が原因なのか、街で暴行されて死んでな・・・だからって訳じゃないが、お前にも自衛位はできるようになってほしかったんだ。才能があると思ったのは本当だぜ?」
「そうか・・・そんなことが・・・」
「アタシもイースは冒険者に向いてると思うよ。なにより、そんなに負けん気が強くて商人なんて出来やしないよ」
「負けん気?あぁ、前に言ってたアイアンキングでのことか?」
「そう。やった事も凄いけど、7歳であの髭面のドワーフに食ってかかれる子はそういないよ」
「俺が才能あるっていったのは、さっきのカルガの街での事だな。お前、夜に宿抜け出したろ」
「えっ、そ、そんなこと・・・ないよ?」
「まぁ、無事に帰って来たからいいんだが・・・お前、抜け出す時に影歩使ってなかったか?」
「影歩?」
「なんだ、知らないでやったのか・・・お前が抜け出す時、多分気づかれないようにコッソリ出て行ったと思うんだが、その時にお前が使ってた歩き方のことだよ」
「へぇ、抜け出してたのかい。全然気づかなかったよ」
「まぁ、マイムはそういうのに鈍いからな」
「鈍いとは何だい!それにしてもなんでそんなコッソリ行ったのさ?何してたかお姉さんに言ってごらん」
「お姉さんってタマかよ・・・ガッ!」
マイムはフリッツの方を向かずに、ジョッキでフリッツの頭を殴る。お姉さん怖い。
「いやぁ、明日には街出るぞーって言われたから・・・街の見学と、美味しいものがないかちょっと見に」
「そんなもん言ってくれればついて行ったのにさ」
「滞在が短くて忙しそうだったし、部屋に居ろって言われると思ったからさ」
「まぁ、普通はそう言うわな。その歳で色街に行く訳でもないだろうから放っておいたが」
「放っとくんじゃないよ!何かあったらどうするんだい!」
「はいはい、まぁ次があったら気を付けるさ。で、その時お前が使ってたのが影歩っていってな、気配を絶って足音も消す歩き方、というか動き方なんだ。普通はレンジャーとかアサシンが使う技能だな」
「確かにあいつらと組むと静かで気持ち悪いね」
「使いこなすには結構技量がいるらしいんだが、お前は普通にやってたしな。その歳でできるのは凄いと思ってたんだが、知らずにやってたんならもっと凄いな」
そんな名前だったのか、あの歩き方。自分で編み出したって訳じゃないが、昔シュザードが忍び寄って後ろから声をかけて驚かす悪戯してるのを見てやってみたんだよな。あれ技を使ってまでわざとやってたんだなぁ。
「いやー、こう、何つーの、あふれ出る才能のせい、かな?」
「そんな才能あふれるお前なら冒険科くらい余裕だよ。あそこの冒険科卒業すると自動的にEランクもらえるらしいからな。せせこましい街の雑用やらなくて済むぜ」
「あー、雑用ね。金貨30枚支払ってそんな程度なのか?とも思うが」
「他にも何かオマケつくんじゃないか?俺も前に迷宮の中で学生PTを助けて、その時にチラっと聞いた位だからな」
冒険者ギルドに登録して冒険者になる場合、基本的には誰でも登録ができる。Fランクから初めて依頼をこなした実績で上がっていくんだが・・・Fランクの以来は町中でできる依頼ばかりで、害虫駆除だの草むしりだの、どうでもいいものの配達だの・・・そんなのばっかりだったなぁ、確か。その辺は今もかわらないのか。
「まぁ何にせよ、イースの回復祝いと入学祝いを兼ねて、昼だけど今日はパーっといこうか!勿論フリッツ持ちで」
「俺持ちかよ。イースはまぁいいがお前も出せよ」
「おやじ!肉いっぱい!」
「あいよ」
肉いっぱいて。
「ま、何か困った事があれば言えよ。ここに居る間は助けてやるよ・・・格安でな」
「金取んのか!」
「そりゃまぁ俺達冒険者だしな?依頼には金かかるさ。冒険科なら授業で迷宮に潜った素材とかでバイトしなくてもある程度はたまるんじゃないのか?住まいも寮だろ?」
「ちょっとフリッツ。馬鹿な事言ってんじゃないよ。もちろんタダでいいよ。気軽に遊びに来なよ、イース。依頼でいない時もあるかもしれないけどね」
「あぁ、ありがとう」
「しかしお前と喋ってると7歳って気がしないな。ついうっかりお前の分もエール頼んじまいそうだ」
「俺はエールでも別に」
「ダメだよ!そんな小さい頃から飲んでると、コイツみたいに馬鹿になるよ!イースがその可愛さを失ってこんなになるなんて耐えられないよ」
「んだと」
「はいはい、夫婦喧嘩はやめてくれ」
「「夫婦じゃない!」」
こうして俺は丸め込まれ、晴れて冒険科に通う事になった。