第05話 馬車に揺られて
俺は学迷都市に向かう馬車に揺られながら、留学の切っ掛けになったパーティーを思い出す。
暗殺者メイドの火魔法を分解する時、ちょっと炎に巻かれてかつらが燃えたらしい。服も少し。
しょうがないよな、生まれ変わってから初めて・・・慣れない身体で約8年ぶりに使ったんだからさ。
かつらが燃えたせいで俺の銀髪が明るみになり、俺はなんだかんだでめでたく追放―留学となった訳だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・イース、お前にはどこかの地方都市か国外に留学してもらう事となった。エリーの為に、その知識に磨きをかける為にも色々学んで来て欲しい」
「カインドル様、お気に病まずとも結構です。あの場で私の髪が明るみになったのは自分のせいですから」
「しかし、お前は当家の為を思って・・・」
「いいんです。起こってしまった事はどうしようも無いですし、暗殺者侵入の管理責任もうやむやになりましたし・・・代わりに忌み子を囲っていたという汚名がついてしまいましたが」
「忌み子などと・・・!イース、お前の髪は確かに白い。だが、私を含め、マーナー家の者は誰もお前を忌み子などと思った事は無い!」
「カインドル様・・・ありがとうございます」
俺の銀髪が明るみになったおかげで?暗殺者の件はうやむやになり、毒を盛られた子供の実家、フランクベル家―なんでも代々騎士の公爵家で法衣だが由緒ある家だそうだ―との話し合いだけで落ち着いたそうだ。
まぁ、そうなる様に俺も忌み子の噂とかを後付で流したりしたけどな。
肝心の目的や首謀者はわからず仕舞いだったとか。尋問の前にあの暗殺者メイドは自害したそうだ。
ちゃんと捕虜の管理をしろ・・・と言いたくなるが、辺境領の私兵にそこまで望むのは酷だろう。
「が、領民の心理を考えると、お前をこのまま領内に留める事はできん・・・今までの様に屋敷から一歩も出なければ何とかなるかもしれないが、お前が成長すればそうもいかないだろう」
そりゃそうだ。俺だって第二の人生を一生軟禁なんて嫌だよ。
「そこで、お前には偏見の比較的薄い都市に留学となるが・・・すまない、私の力が及ばないばかりに」
「あ、頭をお上げ下さい、カインドル様・・・留学という形を取って頂けただけでも感謝しております。それに、私も外を見てみたいですし、いい機会です」
「外を、か・・・お前には不自由ばかりかけて済まない。生後まもなく親元から・・・カルノから取り上げただけでなく、屋敷の外にも出してやれなんだ。」
何だかんだで母は乳母として来ていたし、父はマーナー家の筆頭家臣の為、よく屋敷に居た。言う程会ってないという訳ではないが・・・俺は普通の子供じゃないからな。
「そういえば、屋敷の外に出た事も無い割に、お前はあんな闘王術や魔法をどこで・・・」
「え、えーとそれは・・・そ、そう!お嬢様の魔法の授業を見ている時に、何かに語り掛けられていたような、脳裏に浮かんできたような・・・」
「ふーむ、前に話したと思うが、お前の本来の魔力は膨大らしい。丁度お前が生まれた時に逗留していたエルフのゲシュペリス殿の精霊魔法で魔力を抑え込んでいるのだが・・・その魔力や掛かっている精霊魔法のせいかもしれんな」
「そ、そうですね、私にも正直何が何だか・・・」
元魔王で生前の記憶も持ってます、なんて言ったらさらなる面倒事が起きかねない。ごまかせたかどうかは微妙な所だが、まぁなんとかなっただろう。
「それで、お前の留学先だが・・」
「あ、留学先でしたら迷宮都市がいいんですが」
「迷宮都市・・・?あぁ、学迷都市か。なんでまたあんな所を」
「学迷都市?」
「ん?あぁ、今から数十年前はお前の言うように迷宮都市と呼ばれていたそうなんだが、その後王立学園が移転してきてな。今では学園と迷宮で学迷都市と言うんだ。しかしどこでそんな昔の名前を・・・」
「と、図書室にあった本に書いてあったんです!迷宮都市なら冒険者なんかが多く、迷信とかあんまり信じてる人は少なそうですし、食い扶持なんかも確保できるかなーと」
「確かに古い本も多いからな。イース、聡明なお前の事だからわかっているとは思うが、知識というものは量と共に鮮度も大事なのだ。留学先では情報収集が必要になる場合もあるだろう。そんな時は、生きた情報を手に入れる様に心がけなさい・・・屋敷の外に出た事のないお前に言う事では無いかもしれんが。むしろこの状況でそこまでの聡明さを誇るお前が優秀だと私は思うぞ」
「ありがとうございます、肝にめいじます」
「では、お前が希望するなら留学先は学迷都市シャラザーンにしよう。お前が言う様に冒険者も多く、人口が多いので働き口には困らないだろうし・・・何より、王立学園があるしな」
「はい、ありがとうございます」
カインドルは俺が街の仕事をすると思っている様だが、俺は迷宮に潜る気マンマンだ。そっちの方が早く、多く稼げるしな。
まぁ、魔法を満足に使える様になればだが・・・
迷宮・・・いや学迷都市なら、実力主義の冒険者が多い関係上、忌み子とか迷信はそこまで気にしない奴の方が多いはずだ。
実際俺も気にしなかったしな。絡まれはするだろうが、むやみに迫害されるよりはマシだ。
今回は平穏に生きると決めているが、金がない事には何もできない。
最初は迷宮にもぐり、もとでを溜めて何か商売でも始めればいい。うむ、素晴らしい人生設計だ。
「うむ、そうだな。留学という形を取るんだ、お前には王立学園に入学してもらおう」
「うぇっ、王立学園に・・・ですか?そんな王立なんてところ、貴族もいっぱいいて髪の事でまた色々あるんじゃ・・・」
「王立学園とはいっても、平民の方が多く通っている。下級クラスは無料で受講できるしな。もちろん貴族もいるが、少数なので問題にはなるまい。貴族の子女は普通家庭教師が付くものだが・・・王立学園に居るのは変り者・・・いや、事情が・・・その、細かい事は気にしない貴族が多いからな」
「全然安心できません・・・」
「そう言うな。それに、お前には王立学園で好きな科で好きな事を、お前の今後の人生の為になる事を学んで来て欲しい。将来的にはミーナの為にも、我が領の為にも呼び戻すつもりでいるが・・・万が一という事もあるしな。学費についても気にするな」
ここに戻って来れない事もあり得るってことか。俺は戻れなくてもいいんだが・・・ここに愛着が無いと言えば嘘になるが、こだわるつもりもない。ミーナと会えないのはちょっと寂しいけどな。なんだかんだで手のかかる妹みたいなもんだし。
「留学なのだから当然だが、お前は無料のクラスではなく、学園の通常クラス・・・学科は問わないが、本入学してもらう。勿論、入学金は私が出そう。そこで知識、技術を身に着け、その髪でお前を判断した奴らを見返してやれ。それに、うまくすればその身に宿る膨大な魔力を使いこなす事ができるようになるかもしれん」
「本入学ですか。そこまでして頂くのは」
「いいか、イース。お前は賢く、聡明だ。ミリーや私の7歳の時とは雲泥の差だ。しかし、お前はまだ7歳なのだ。子供は大人に甘える権利・・・いや、義務がある。こんな事になってしまい心苦しいが、頼れる所は頼り、大人を使ってやれ。その方が大人たちも喜ぶ」
「カインドル様・・・かしこまりました。ありがとうございます」
「なに、お前はカルノの子だが・・・私も息子の様に思っている。不便を強いて・・・私は・・・っ!」
「私ごときに勿体ないお言葉です、カインドル様。私は・・・」
「だめ~~~~~~!!!!」
「っ!ミーナ!?」
叫び声が上がった方を見ると、スカートの裾を強く握りしめ、ボロボロと泣いているミーナの姿があった。
「だめなんだもん!イースは私の騎士になるんだから、いなくなったりしないんだもん!!」
「ミーナ、これには色々と事情が・・・」
「やだやだやだやだやだやだ!!」
「ミーナ!イースだって辛いんだ!私も辛い!だがイースの命を守るには」
「だめだめだめだめだめだめ!!イースはずっと傍に居てくれるって言ってたもん!!」
ミーナは涙を流しながら駄々をこねる。
「ミーナ、これはイースの為なんだ。このままイースがここにいれば、人間らしい生活はできまい・・・生きながら死ぬのと同じになってしまうのだぞ」
「私がイースを守るもん!みんなに髪が白くたってイースはちょっと気難しくて、気取り屋で、色々な事知ってて、眠れないときはずっと手を握っててくれて、料理もうまくて、やさしい子なんだって皆に教えるから大丈夫だもん・・・ぐすっ」
「ミーナ・・・」
そういうとミーナはぐずぐずと少し静かになりながら泣き続ける。
「お嬢・・・いや、ミーナ。5年か、10年か・・・いつになるかわからないが、俺は必ず帰ってくる」
「ぐすっ・・・ほ、本当に帰ってくる?」
「あぁ。必ず帰ってくる。だからミーナも俺が帰って来た時に胸を張って迎え入れられるように、貴族の勉強ちゃんとするんだぞ?」
「べ、勉強ちゃんとしてれば早く帰ってくる・・・?」
「あぁ、ミーナが頑張れば、俺も早く帰って来れる様に頑張る。だからほら、これが最後じゃないんだ、笑って送り出してくれ」
「うん・・うん、わかった。イースに負けないくらい頑張る」
「よし、いい子だ。まぁ、今日出発する訳じゃないから、まだ何日かいるさ」
「うん・・・じゃあこれから出発までは毎日一緒に寝てあげる。それで、イースがちゃんと頑張って帰ってきたら・・・わたしのお嫁さんにしてあげるわ!」
苦笑するカインドルを横目に、俺はミーナの寝室まで引きずられ、出発までの夜を抱き枕として過ごすこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「しかし、カインドルも俺に膨大な魔力があるのを知っていれば、うまく領内に軟禁してイザという時の戦力に使えばいいのに・・・って、魔法を教えられる人材がいないからか?人柄的に思いついてもしなかったのかもしれないが。人としてはともかく、貴族としてはどうかと思うが・・・まぁ辺境領だからいいのかな」
強力な魔法使いは、いわば決戦兵器だ。一人いるだけで広域攻撃魔法や天候操作等、戦場の趨勢を決める時もある。
魔力の使い方を学べとか、いずれは呼び戻すとか言ってたから、頭の隅ではそういう考えもあるのかもしれないが、あれはどちらかというと、その内故郷に帰れるようにしてやるぞ、って感じだもんなぁ。
「坊ちゃん、なにブツブツ言ってんだ。まだ馬が怖いのか?」
「やめな、フリッツ。この位の男の子はからかわれるのを嫌がるもんさ・・・イース、これからの事が不安ならまた後でお姉ちゃんが一緒に寝てやるから安心しな?」
「へっ、子供とはいえ男だぜ?誰がそんな筋肉に抱かれて喜ぶかよ」
「フリッツ、ちょっと動くんじゃないよ。その首はねてやる」
「はいはい、2人ともじゃれ合いはその辺にしておいてくれ。もうすぐ最初の街、というか村に着くんだろ?色々準備があると思うんだが」
「はいはい、ったく。これじゃどっちが子供かわからねぇぜ」
「ふんっ、寿命が延びたな、フリッツ・・・イースに感謝しな。久しぶりの宿なんだ。あとで髪もすいてやるからね、イース」
「俺がブツブツ言うのは癖みたいなもんだから気にするな・・・フリッツ、俺は平民だから坊ちゃんじゃないって言ってるだろ。あとマイム、一緒には寝ない。髪も自分でやるからいい」
「なんでさ!もっとこう、甘えてもいいんだよ?アタシをお母さんだと思ってさ」
「その胸じゃな・・・」
「どうやら村に着く前に決着をつける必要があるようだね、フリッツ」
「あー、もう、ほら!準備して!」
この二人はフリッツとマイム。カインドルが雇った2人パーティの冒険者だ。パーティー名は忘れた。
なんでも、ある程度シュトロック領での実績があり信頼できる冒険者で、ちょうど学迷都市に行こうとしていたらしい。
当初は護衛をつけて乗合馬車を乗り継ぎ、学迷都市まで行く予定だったが、この2人の話を耳に入れたカインドルが指名依頼として要請したらしい。
乗合馬車だと、学迷都市まで早くても1年はかかる。王都をたどるルートしかないからな。しかし、自分たちの馬車で学迷都市を目指せば、三か月もあれば着くだろう。
費用的にも護衛付で1年乗合馬車に乗るくらいなら、こっちの方が安上がりだし、そのまま2人が護衛となる。2人の目的地も学迷都市だから、報酬もそこまで高くないだろう。
話を聞いたところによると、報酬は幾ばくかの金銭と、この馬車だそうだ。俺を学迷都市に送り届ければ、この馬車が自動的に2人のものとなるわけだ。うまいことやるな、カインドル。
この2人は冒険者らしく、俺の髪色・・・というか迷信を気にしない。へー、珍しいな。程度だった。
しかし、困ったこともある。パーティの片割れ・・・マイムがやたらと俺に構いたがる。
初めて会った時なんかは可愛い!とか言っていきなり抱きしめられたからな。あれは体中の骨が砕けるかと思った。野宿の度に俺を抱いて寝ようとしたり、髪を梳かしたがったり、正直めんどくさい。
この若さで2人ともCランク冒険者だっていうから、腕はいいんだろう。この2人を見ていると仲間に手を焼いた前世を思い出し、懐かしくなる。
また冒険するのも悪くないか・・・いや、もう俺は平穏に生きるんだ。どこかの街で店を開いて、可愛い奥さんをもらって・・・問題は何の店をやるかだな。行商は魔物や盗賊が面倒だからなぁ・・・
俺は輝かしい将来を考えながら、2人を促して見えて来た村に向かった。