第04話 お嬢様初の社交界
どうやらかつらを被ればどうにかなると思っていたのは俺だけでは無かったらしい。
「イース、お前もこれを被って明日のパーティーに出席しなさい」
「お館様?私はただの家臣の息子ですが・・・」
俺はこの時7歳。エリーお嬢様の8歳の誕生日を明日に控えた夜だった。
いくらエリーと仲が良いとはいえ、貴族のパーティーに俺が出れるか。しかも、いきなり第三者と接するのがパーティーってどうよ。普通のガキだったらムチャ振りもいいところだぞ。
明日はエリーの8歳の誕生日、つまりエリーが貴族の子女として社交界デビューをする日だ。
平民には15歳の成人位しか年齢は関係ないが、貴族は大体8歳で社交界デビュー、15歳で成人らしい。
「大丈夫だ。まだ正式ではないとはいえ、お前はエリーの傍付きだ。今の内から社交界に慣れておいて損はない。お付きを連れてくる位は普通だから気にするな」
「しかし、私は対人経験も少なく、エリーお嬢様の足を引っ張りかねません。パーティーの場に出るという事はそれなりの作法も必要ですし・・・」
「問題ない。礼儀作法の授業は横で見ていたお前の方が優秀だったと聞いているぞ?パーティーの出席者だって8歳かそこらのひよこ達だ。そこまで気にする事もあるまい・・・それに、私にこんな受け答えをしている時点でお前はそこらの貴族の子よりもよっぽどしっかりしているから、安心しなさい」
不安に思ってねーんだよ、めんどくさいんだよ。
「しかし・・・」
「それに」
「それに?」
「これでお前が社会に受け入れられるかどうかのテストも兼ねている。まぁ、髪がバレなければ問題は無いと思うが・・・結果如何でお前には遠くへ留学してもらう事になる。ちなみにカルノも承諾済みだ」
「・・・・・・かしこまりました。謹んでお受け致します」
「・・・うむ、エリーをよろしく頼む」
相手がガキならまだ何とでもできるって事か。確かに貴族の当主共のいる場で俺の髪がバレたらやっかいだろうしな。
そう言うカインドル男爵の顔には苦々しいものが見える。忌み子とはいえ、ここ数年家族として過ごした俺にこういう物言いをするのが心苦しいのかもしれない。
大丈夫だよ、カインドル。殺されないだけ・・・だめでも追放ではなく留学という形をとってくれるだけお前の愛は感じてるよ。
俺としては普通に領を出てもいいんだが・・・まぁ、何だかんだでエリーと離れるのは少し寂しいけどな。
ま、エリーお嬢様の晴れ舞台だし、なんとかしますよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ほほ、本日はお、お集り頂まして、誠にありがとうございましゅ!本日は・・・・・・」
俺はエリーのガチガチに上がった挨拶を斜め後ろで聞きながら会場を見渡す。あーあ、スカートの裾掴んじゃって・・・
エリーの上りようはまぁ、わからなくもない。会場には30人は下らない人数がおり、当たり前だが皆の視線がエリーに集まっている。
集まっている貴族の子女達は同じ8歳から高くても10歳程のようだ。
男爵令嬢のパーティにしては人が多い方だと思う。カインドルって何か役職でもついてるのか?
娘の晴れ舞台にと張り切って集めただけかもしれないが。
エリーを助けてやりたいが・・・この状況で手を握ったり頭を撫でてやるわけにもいかないしな。
「・・・それでは皆様、どうぞ楽しんでおくつろぎください!」
エリーの挨拶が終わると、会場は拍手に包まれる。
エリーも緊張してはいるが、それなりに興奮しているようでご満悦だ。
俺は檀上から降りて来たエリーの手をそっと握り、ねぎらいの言葉を掛ける。
「お疲れ様です、エリーお嬢様。よく頑張りましたね」
「ふ、ふんっ!この位、私には余裕よ!」
「はいはい、よく頑張りました」
エリーの頭を撫でると、憮然とした表情で口をすぼめる・・・が、これは嬉しい時の顔だな。
「きょ、今日の夜は私のお祝いとご褒美に一緒に寝てあげてもいいわよ・・・その時は頭ももっと撫でさせてあげるわ」
「あー、えぇ、ありがとうございます」
こういう時は逆らってもロクな目にあわない。
素直に一緒に寝たいって言えよ・・・いやでもさすがにこの歳で同衾は・・・7歳と8歳だったら別にいいのか。
頭をなでられて落ち着いたのか、エリーは出席者の間を男爵と俺を引き連れて挨拶してまわる。
だめだ、今目の前で喋ってるガキがどこの貴族の何男とか全然わかんねーわ。
さすがにエリーはみっちり1ヶ月メイド長から教え込まれただけあって覚えたらしいが・・・でも覚える用の絵と実物違い過ぎね?
それに野郎共がエリーに熱い視線を送っているのがわかるが・・・それなりに可愛いしな。何故か女の子の視線を感じる様な・・・あぁ、白髪が珍しいのか・・・って今はかつら被ってるんだった。
そんな事を考えながらふと当たりの様子を見ると、グラスの落ちる音がして、会場がざわつき始める。
「うっ・・・あがっ・・・!!」
「キャーーーーー!」
「ふ、フランクベル殿!!」
「だ、誰か、医者を!!」
イースが音のした方を見ると、高そうな服で着飾った少年が一人、泡を吹いて倒れて―ってヤバいじゃねぇか!!
マーナー家の執事―インベルさん―が駆け寄り、応急処置をしている様だ。
あの倒れ方と症状は・・・毒、だな。
マーナー家のパーティで毒殺なんて起きたらどんな誹りを受けるか・・・とりあえず診察しに行こう。
しかし当主ならともかく、息子を毒殺しても・・・マーナー家の失墜狙いか?政敵とか全然聞いてないからなぁ。
俺は考えながらも倒れた少年に近づく。
「失礼」
「な、なんだお前は・・・いいから医者を」
「うるさい、少し黙れ」
「なっ!ふ、不敬であるぞ!!」
騒ぐ別のガキをとりあえず無視し、俺は診察を始める。
今は封印のせいで一般人程度の魔力しかないが・・・まぁ、この位なら何とかなるかな?
「『エグザミネーション』」
俺は診察の魔法を使い、毒素を読み取る。これは・・・ヒ素か。
こんな劇毒を使うってことは、完全に殺しに来てるな。
とりあえず知ってる毒物でよかった。俺の知らない毒ならそもそも診察できないしな。
まずは解毒しないと、責任問題でマーナー家が潰れかねん。
「『デトックス』」
解毒の魔法を唱えると、倒れていた子供―フランクベルだったか?―の顔色がみるみる回復し、呼吸が正常に戻る。
念のために解毒できたかを再度診察する。
「『エグザミネーション』」
診察の結果、ヒ素は身体から除去されたようだ。
何とか封印中の今のオドでも魔法は賄えたようで、安心する。
でも毒殺なんてわかりやすい事を・・・やはり責任問題でマーナー家を狙ったのか?
まぁ、まだ一つやる事が残ってるな。
「な・・・あ?もしや、魔法・・・?で、でも、詠唱が・・・」
文句を付けて来たガキをまたも無視し、俺は最後の魔法を使う。
オド残量が心もとないが・・・なんとかするしかないな。
「『ディテクト』」
そう、毒を盛ったのなら、まだその犯人はまだ何らかのヒ素が付着した物を持っているはずだ。
証拠品になるのですぐに捨てるだろうが、迅速に対応したのでまだ持っている可能性は高い。
探知の魔法を使うと、ヒ素の反応はフランクベルが持っていたグラスとは別に、会場外につながる扉付近にいるメイドのポケットからも反応が出た。
まだモノを持っていたか・・・というか、会場で入れたのか?探知魔法は白魔法の中でも秘儀に近いから、普通の暗殺者・・・というのも変だが、一般人が想定していなくても無理はない。おおかた、逃げおおせる途中に燃やすかどうにかして完全処分しようとしたのだろう。
だがしかし・・・運が悪かったな。マーナー家の・・・というより俺のいる前でこんな事を起こして。
貴族は好きじゃないが、俺でも世話になった人達に恩義を感じるくらいはするさ。
「おい!そこのメイドを捕えて逃がすな!そいつは犯人と関わり合いがある可能性が高い!!」
「なっ!」
「えっ・・・お、おい、おとなしくしろ!」
「おい、なんだ、待て!」
俺に示されたメイドは驚愕し扉から逃げようとするが、扉付近の番兵達に道を塞がれ、こちらに向かって突進してきた。
普通なら他に退路を探そうとするんだが・・・この暗殺者は二流だな。
貴族の子弟を人質にでも取ろうと思ったのか一目散に会場の中央に向かってくるが、その時には俺も暗殺者メイド目がけて駆け出していた。
メイドが走りながら俺に何か―暗器か?―を投擲してくるが、顔面に向けて放たれたをれを首を傾けて避ける。
予備動作が丸見えだ、素人め。
「なっ!」
暗殺者メイドが驚く隙に俺は奴の懐に潜り、服を掴む。
確か、こんな感じ、だったか?
俺は昔の仲間、闘王ニスタリアの姿を思い浮かべながらうろ覚えの技を再現する。
あいつはじゃれ合いだと思って俺に絡んできていたんだろうが、マジ死にかけた事が何度もあるからな・・・こんな時くらい役に立ってもらわないと。あのクソ猫め。
確かこう、引付ながら重心を移動し、相手の勢いを利用して、投げ飛ばす!
「ばかな、こんなガキが・・・っ!」
「あれはまさか、闘王術、投げ折り!?」
視界の脇でカインドルが騒いでいるのが目に映る。
暗殺者メイドを投げたはいいものの、勢いがつきすぎて着地してしまった。
本来は投げて床に叩き付けた後に追撃するエグい技なんだが・・・見様見真似じゃこんなもんか。
「こうなれば・・・『魔素よ。汝を燃やし、敵を焼け―フレイム!』」
暗殺者メイドは魔法の素養もあるのか、火魔法を俺に向けて放つ。
結構な魔力を込めたのか、投げた後の体勢で伏せている俺には避けられそうにない大きさだ。
カウンターマジックする魔力も無く、防御魔法を張る魔力もない・・・が、魔力が無いなら作ればいい。
俺は迫りくる炎に身をさらし、残り少ない魔力で火魔法に干渉する。
マナ・レストレイション!!
「いやぁぁああああ!!・・・あ、あ?」
「イース!!・・・むぉ?」
「なっ、消えた・・・っ!?」
「残念だったな。精進しろ、二流。もっとも、次があればだが―『エレクトリック!』」
「ガッ!!」
遠目からは俺が炎に巻かれた様に見えたんだろうが、エリーとカインドルが悲鳴を上げ・・・た後にすぐ不思議がる。
炎に巻かれたと思った俺が五体満足でそこにいるんだから無理もないが。
魔法が消えた―消されたと分かったのは魔法を使った本人以外にはわからないだろう。
俺は火魔法を分解した魔素―マナを俺の支配下にある内に流用し、電撃魔法に変換する。
事情聴取の為に死なない程度に威力を弱めた魔法で意識を奪わなきゃいけないしな。
こういう時は電撃が便利だ・・・難易度は高い魔法だけど、意識を奪うにはもってこいだ。相応に火傷も負うが、死にはしないだろう。
暗殺者メイドにしてみれば、不気味なガキ―俺の事だ―を炎に巻いて殺したと思ったら魔法が消え、銀髪を揺らしながら手に電撃を纏って微笑んでいたってのは理解できない状況だろうな・・・って、銀髪?
俺の視界の端に入る銀色に気づいたと同時に、周りのざわめきが耳に入る。
「い、忌み子・・・忌み子だ!!」
「なんて髪・・・死を呼ぶ子供よ!!」
「あ、お、恐ろしい・・・」
これは、パーティー出席者が死ぬのと同じくらいの騒ぎになるかもしれない。