第34話 フェアリーロード
「よし、じゃあ人が通れる位の大きさの洞が開いている木を探してくれ」
「わかったわ。みんな、探しましょ」
「おう」
俺達は火山都市ヘファイトス郊外の森にやって来ていた。
妖精界に入るフェアリーロードの入り口を探す・・・正確には開く為だ。
「イース!あったぞ!」
「どれどれ・・・おぉ、これなら良さそうだな」
ゲインの見つけた樹には、縦1.5メートル、幅0.8メートル程の洞が開いていた。
「これが、妖精界への入り口?」
「いや、これは正真正銘ただの木さ。俺も仕組みはよくわからないが、樹の洞にしか入口が作れないらしい・・・よし、全員紐で縛ったか?」
「えぇ」
俺達6人は互いの身体を頑丈な紐・・・縄で縛り、はぐれない様にする。
「妖精道はこの人間界と妖精界をつなぐ不安定な空間だ。道を逸れたり、踏み外したりすると一生さまよう事になるから、絶対にはぐれるなよ」
「・・・ごくっ」
「えぇ・・・肝にめいじるわ」
「へっ、大丈夫だよ」
「それがそうでもないんだ・・・これから妖精を呼んで道案内してもらうつもりだが・・・妖精たちは悪戯好きだ。妖精道を通っている間はあの手この手ではぐれさせようとするだろう」
前世でもそれでひどい目にあった。妖精の悪戯は無邪気なものから、生死にかかわるものまで色々だ。
「特に、妖精界はあいつらの住処だから、そうそう簡単には入れてくれない。幻覚や錯覚を使って騙してくるから、俺の背中だけを見て決してわき目をふらないように。決して後ろを振り向くな」
「イースがここまで注意するなんて・・・みんな、油断しちゃだめよ」
「よし、じゃあいくぞ・・・『隣人よ、盟約に従い我らを誘え・・・我が名はシュティール。妖精杖アマデウスが主なり』」
俺は他の皆に聞こえない様に、小声で妖精を呼ぶ。前世の名前だの妖精杖だの聞かれれば、元魔王だってバレるだろうしな。
絶対の秘密という訳でもないが・・・できればバレたくない。
「・・・何も起きないわね?」
「おかしいな・・・『おい!聞こえてるんだろう?悪戯好きの小妖共!』」
「・・・まぁ、妖精ってのは統べからぬ七王達だって本当に会ったのか怪しいって位の存在だからな」
「これが駄目なら何か別の方法を・・・」
「・・・ざんねんイース」
「いやちょっと待てって!たぶん大丈夫だから!『おいこら!応えろ!ティターニア!』」
(くすくすくす・・・)
(あは、見てよあの必死な顔・・・あははっ)
(人間ってやっぱりせっかちだよねぇ~)
「・・・おい、何か聞こえなかったか?」
「何か、囁きの様なものが・・・」
「はぁ・・・隠れてんのか・・・出て来いよ」
(ぷーんだ。僕たちは小妖なんかじゃないもん)
(そうだそうだ!)
「どっから聞こえてんだ?」
「不思議な声・・・」
何やら周囲から囁きとも木の葉の擦れる音とも聞こえる音が聞こえる。
「はぁ・・・『フラッシュ!』」
「キャウッ!」
「マビィッ!」
俺がフラッシュで強い光を放つと、どこに隠れていたのか、俺の頭の上と、リズの胸の谷間で目を回す妖精達が居た。
俺の頭の上はともかく・・・何うらや・・・いや、何て所に隠れてやがる。
「な、何するのさー!せっかく呼び声に応えて出てきてあげたのに!」
「出てきて無ぇだろ。そうやってすぐ人をおちょくりやがって」
「あー!ひっどーい!」
「イース、次にやる時は一言掛けてくれ・・・」
「目が・・・」
「一声掛けたらこいつらにもバレるだろ」
「あくどい!」
「仲間諸共なんて、さすが人間汚い!」
目を回しつつも妖精はピーチクパーチクと囀る。
おい、いい加減頭から降りろ。
「これが妖精・・・?かわいい・・・」
「かわいいだと!?」
「これでもお前たちよりも年上だぞ!」
「誇り高きティターニア様の一族だぞ!」
胸の谷間で吠えるな。
「ご、ごめんなさい」
「ふんっ!許してやるもんか!お前はその胸を我々の寝床として提供するがいい!」
「木に括り付けて寝床にしてやろう!覚悟するがいい!」
「え、えぇーっ!?」
「こいつらの言葉は真に受けるな・・・こら、そろそろ俺の頭から降りろ」
「ふん、お前の髪も中々居心地がいいぞ。前とはちょっと髪質が違うな」
「そうだな、ここもあったかくて居心地がいいぞ。人間、お前の姿ちょっと変わったな?」
リズの胸と俺の頭の上で囀る妖精。小さいのにやかましいんだよな、こいつら。
「はぁ・・・妖精ってのはもっとこう、神聖なもんかと思ってたが」
「・・・小さいだけで、街の子供とかわらんな」
「皆さん、妖精は神の遣いとされる事もあるんですよ」
「神?何だ、そんなの知らないぞ」
「神?俺達の長は女王だけだぞ」
「そ、そうなんですか?」
「人間は自分の都合の良い様にしか考えないからなー」
「浅ましいからなー」
「そ、そんな・・・」
カイが何やら現実を知ってしまったようでがっくり来ている。
妖精なんてこんなもんだよ。
「で、道開いてくれないか?ティターニアの所に行きたいんだ」
「いやだ!こんなひどい仕打ちをしておいて!」
「いやだ!久しぶりに遊んでくれるのかと思ったらこんなことをして!」
「ところで、ここにお礼のブラン花の蜜がたっぷり詰まった壺があるんだが・・・」
「「わーい!」」
俺が小壺を取り出して蓋を開けると、今までじゃれていた妖精2人がまっしぐらに壺を目指し、その中の蜜をむさぼり始める。
「んぐ・・・これは、なかなかだな!」
「もがもが・・・これは、甘いな!」
「喜んでもらえた様で何よりだ・・・で、開いてくれるのか?」
「仕方がない・・・盟友の頼みならば案内しよう」
「仕方がない・・・英雄の頼みならば案内しよう」
妖精は蜜で手と顔をベトベトにしながら真面目な顔を作る。
この締まらなさが妖精なんだよなぁ。
「英雄?」
「なんだ、知らないのか?」
「なんだ、話していないのか?」
「まぁ、そんなに言いふらす様な事でもないし・・いいじゃないか」
「この人間は、昔我らが里を襲った邪悪を退けたのだ!」
「この人間は、昔我らが里を襲った猛威を退けたのだ!」
「邪悪?」
「妖精の里を救った英雄ってか・・・ほんと、お前ぇ何モンなんだ?」
「邪悪って、なに?」
「「猪だ!」」
「・・・猪、ね」
「何か、調子狂うわ・・・」
猪ね。間違っちゃいないけど、あれは猪と言うかオークキングだったぞ・・・まぁ、ただの猪だと思ってくれた方が都合がいい。
「ほら、食い終わったら案内してくれないか。ちょっと時間が無いんだ」
「むぅ、もっと食べたい」
「ぬぅ、もっと遊びたい」
「今度また持ってきてやるから・・・頼むよ」
「・・・いいだろう、準備はいいか?人間共」
「・・・いいだろう、今度は遊べよ?人間共」
「あぁ」
「開け、帰郷の扉、客人を連れてきたぞ」
「開け、異郷の扉、稀人を連れてゆくぞ」
妖精たちがヒラヒラと舞うと、ただの洞だった所が発光して波打ち、奥にうっすらと青とも緑ともつかない光で満たされた森の道が見えた。
「「さぁ、参られよ。異郷の客人達よ」」
「行くぞ。さっきの言葉を忘れるなよ?」
「お、おう」
「えぇ・・・行きましょう!」
◇◇◇◇◇◇
俺達は洞をくぐった後、不思議な色に輝く森を歩いていた。
「幻想的な風景ね・・・」
「あぁ、これだけの森なのに、生き物の気配が全く無いぜ」
「どれだけ進んでいるのか、時間がどの位経っているのか、感覚が掴めませんね」
「そういう所だからな。あの森だって本当の木かどうかわからん。言った通り時間の流れが違うんだ。急ぐぞ」
「ま、待って、イース。さっきの妖精たちは?」
「さぁ。どこかに消えちまったよ。あいつらは気まぐれだからな」
「いっ、イースタルさん!何か、首筋に獣臭い湿った息が・・・!」
「幻覚だ。気をしっかり持て。振り返るなよ?」
「うぉっ!何だこりゃ・・・足元がぬかるんで・・・」
「幻覚だ。何ともないからさっさと歩け」
「うそ、あれは・・・お婆様!?何故こんな所に!」
「リズ!幻覚だ!道を踏み外すな!こんな所に知り合いが居る訳ないだろう!!」
「で、でも、あれはどう見ても・・・」
「カイを見習え。わき目もふらずに歩いてるぞ」
「ふっ、この手の幻覚は、煙草で慣れてるからな」
そう言って先導する俺の目の前にも、次々と幻覚が現れる。
ピルグリム、シュザード、ニスタリア、ハルート、ガイン、そして、ジュリアンヌ・・・
懐かしい顔ぶれだ。まるで、そこに居るかの如く俺に笑って語り掛けてくる。
幻覚だとしても、こいつらの顔をもう一度見れるとは・・・思ってもみなかったな。
大丈夫、今度はきちんとやるさ・・・護ってやるよ、お前の面影を残す、この娘も・・・
そうして仲間を励ましながら進んでいると、森の切れ間から殊更に強い光が見える。
数日間歩いた気もするし、数分しか歩いていない気もする。しかし、どうやら終わりが近づいたようだ。
「もうすぐ着くぞ。気を引き締めて・・・」
「もうすぐ着くぞ。もう大丈夫、ほら、後ろを見てみろよ」
「えぇ・・・えっ!?」
「こりゃぁ・・・何だ!?」
「くらい・・・」
「馬鹿っ!今のは俺の言葉じゃない!騙されるな!」
まさか、俺の声色を使って騙すとは!前はこんな手の込んだ事しなかったぞ!!
何人か振り向いてしまった様なので、仕方なく俺も振り向き、みんなを促す。
後ろを見ると、今まで延々歩いてきた道や森は無く、暗く空虚な闇が広がる世界があった。
「出口はもうそこだ!走れ!」
闇から蔦の様な触手が何本も伸びてきて、俺達を闇に引きずり込もうとする。
くそぅ、前回はタリアのせいでこうなったが、今回もまたこんな事になろうとは!
「急げ!あれに捕まったら一生次元の狭間を彷徨うぞ!!」
「え、えぇ!」
「あうっ!」
「シャル!」
職業柄か、あまり身体を使うのに慣れていないシャルが遅れ、触手に足を掴まれてしまう。
杖で突いて外そうとしているが、杖は触手を素通りしてしまって効果が無いようだ。
どうする。前回の経験からして、魔法も効かない・・・まてよ、闇?なら、クアエシトールなら何とかできるかもしれない!
ミスリルは魔を祓う。可能性に掛けて俺はミスリルの剣に魔法を付与してシャルの足に絡みついた触手を払う。
「『アディショナル・マジック―フラッシュ!』うぉぉぉ!おらぁっ!シャル!走れ!!」
「う、うんっ!」
「イース!」
「くっ!このっ!」
ミスリルのおかげか魔法の効果か、触手を斬る事に成功した俺は、時間稼ぎに迫りくる触手を剣で切り裂いていく。
だが、いかんせん数が多く、次々と俺の身体に絡みついてくる。
「『フラッシュ!』・・・だめか、ぐっ、くそっ!」
「イース!」
「だめだリズ、行くな!」
「でも!」
「何の為にイースが残ったと思ってる!シャルロッテもだ!」
「このままじゃ・・・!」
そんな顔で見るなって・・・何とかするからさ!
とはいえ、もう殆ど身動きも取れないし・・・あれに賭けてみるか。
この闇に効くかどうかもわからない。そもそも、今の魔力量で使えるか・・・いや、試さないで次元の狭間を彷徨うのは御免だ!
「『魔素よ、魔素よ。我が呼び声に答え、我が意をかの敵に示せ』」
俺が詠唱する間にも、触手は次々と絡みつき、ついには俺の姿を覆い隠してしまう。
これは流石に詠唱しないと使えないからな・・・
「いやぁ!イースぅ!」
「シャル!だめっ!イースを信じて!」
「『汝は虚無。万物の意味を滅し、混沌へ帰す崩壊の光―ニヒリスティック・ゼロ!』」
俺が呪文―発動語を唱えた瞬間、一瞬黒い光が迸り、絡みついていた触手と迫っていた触手がボロボロと崩れ落ちる。
しかし、闇の奥からはまた新しい触手が次々と伸びてくる。
「ぐっ、身体が・・・えぇい、動け!」
「イース!」
軋む身体を引きずりながらリズ達の元へたどり着くと、リッツが俺の手を引き、妖精道から引き上げる。
妖精道の出口となった木の洞から触手が数本飛び出すも、あまり外に出れないのか洞から1、2メートル程をのたうち回って妖精道に吸い込まれて消えた。
後に残るのは、来た時とは形の違う木の洞と・・・一面に咲き乱れる花の平原だった。
「何とか、着いたな・・・」
「イースぅ!」
「うわっぷ!なん・・・お、おい、泣くなよ、シャル」
「だって、イース・・・いーすぅ!!」
「はいはい、よしよし」
俺にしがみついて泣くシャルの頭を撫でてあやしながら、俺は久しぶりに妖精界の風を頬で感じていた。