第03話 考える葦
俺の名はイースタル・レグス。
シュトロック領主であるカインドル・シュトロック・マーナー男爵に仕える家臣筋、レグス家の長男だ。
生前は魔王と呼ばれたりもしたが・・・まぁ、今の俺にはあまり関係ない。
原因はわからないが、おそらく前世で死んだ際に記憶を持ったまま転生した・・・らしい。
さすがに鏡に映る俺を見れば、認めざるを得ない。
今度こそ平穏にくらしてやるぜ!と親のスネをかじる気マンマンだったが、どうやらそうすんなりともいかないようで。
ちょっと今までの状況を整理してみよう。
まず環境。
ここシュトロック領はミッドガルズ王国―昔の仲間の実家だ―の辺境にある。領自体は男爵領と思えない程広いが、街はそんなに無く、ほぼ手つかずの自然らしい。
ちなみに俺の命を救った旅エルフ、柊に寄り添うゲシュペリスはその自然を調査する為に来てたんだとか。何の調査かは知らん。
今回の俺の父はその領主に仕える家臣筋、筆頭家臣らしい。
俺にレグスという家名があるのは、なんでもご先祖様が功績をあげた褒美に賜ったらしい。名前だけで貴族になった訳じゃないけどな。
貴族のしがらみも無く、農民よりも豊か・・・俺大勝利!と思ったけど、まぁ、しがらみはある。
それは置いといて・・・
次に現状把握。
どうやら今は前世から約50年程後世らしい。
転生したにはズレてないと言うべきか、転生した割には時間が経ち過ぎというか・・・まぁ、微妙な時差だ。
前の仲間も何人か生きているかもしれないが、死んでいてもおかしくない。
俺の事を知っている者もいそうだが、そこまで多くは無い。そんな微妙な時差。
もっとも、今の俺を見て魔王シュティールだと気付く者はいないだろうが。
無邪気を装い、我が家のメイド―貴族ではないがそれなりに裕福なので、メイドを雇っている―のケリィに聞いたところ、どうやら魔神は俺と差し違えとなり、討伐されたらしい。
ちなみにケリィは御年19歳。女ざかりってやつだ。俺が生まれるという事で雇ったらしいから・・・当時は15歳か。成人してすぐ雇われたんだな。
生まれてずっと俺やお嬢様の面倒を見ているので、歳の離れた姉としか感じないが・・・まぁ、美形だと思うが、色々と隙が多いので、普通の子供では興味を持たないような事でも疑わずに答えてくれる。ケリィマジ便利。
当時、俺達のパーティ、ブレイブ・ピースのメンバーが魔王、剣王、闘王などと呼ばれ始め・・・今では俺達の事を統べからぬ王達とか、七王とか呼ぶらしい。こっ恥ずかしいわ!
ともあれ、俺達の活躍?により魔神は討伐されたらしいが・・・何故か魔物は減らず、それどころか普通の動物達が急に魔物になる病気?が発生したらしい。
邪神討伐に俺達を差し向けた高名なエルフ(笑)でも原因はわからなかったとか。まぁ、その邪神との戦い―邪神討伐やら、七王戦役と呼ぶらしい。戦役じゃなくね?―のおかげで、動物の魔物化、魔物病の心配はあるものの、ある程度平和になったらしい。
エルフといえば、森の王ことシュザードはエルフだったから、まだ余裕で生きてるんだろうな・・・機会があったら会いに行くのも面白いかもしれない。
最後に俺自身。
今年でようやく4歳になった。
ゲシュペリスとやらが言っていた様に、俺には膨大な魔力―オドがある。それこそ、生前と変わらないくらいに。というか、かわらないのだろう。
ただし、この身体が幼いというのが致命的だった。曲がりなりにも生前は仲間のおかげで並み居る死線をくぐって来たので、肉体的にも魔力的にも世界トップクラスの戦闘力だった・・・と思うが、4歳児の身体にこの魔力は毒でしかない。
とりあえず、2歳になってある程度身体が動くようになった際、体内の封印を掛けなおした。正確には改変、かな。
ゲシュペリスの掛けた封印は精霊魔法という事もあってか、2歳の時点で妖しくなっていた。
とはいえ、2歳の身体で魔力―オドを使って魔法を使おうもんなら生まれた時の二の舞になる。
そこで、俺は魔法を使わず、既に掛かっている精霊魔法をベースに体内の魔力封印を改造することにした。
魔力を抑える為に魔力を使って死んだらただのバカだからな。
元の封印は俺自身の魔力を使い、俺の魔力全体を抑え込むざっくりとした作りのものだった。
詳細な診断をする時間も無かっただろうし、魔力が大きい位ならこれでも十分なんだろう・・・残念ながら俺の魔力はゲシュペリスの予想を超えていたようで、正直壊れかけだ。
俺自身の魔力を使い、体内の魔力、魔素を抑え込むという基本方針はそのままに、封印を三層に分けて役割をあたえる方向で調整した。
まず中核封印。これはこの封印のくびきともいう部分で、魔力を抑え込む力は無い。全体的な構成と、効果の中心を定めるようなものだ。
その外側、第二層が主格封印。この部分が主に俺の魔力を抑え込んでいる。が、これだけではまだ心ともない。
そこで、第三層の外殻封印。これは俺の体内のマナを封印用に取り込む役割と共に、主格封印だけで抑えきれなかった魔力を更に押し留める役割を持たせた。
これにより俺の魔力はほぼ一般人と同レベルにまで落ち込んでいる。第三層の外殻封印を限定解除すれば、ある程度のマナが使える様になるだろうから、命の危険の時はこれをか解除すればいい・・・という素晴らしく考え抜かれた封印だ。
もっとも、今の身体では外殻封印を解いただけで死にかねないが・・・
そんな改造をしたせいか、もはやこの封印は精霊魔法とも、黒魔法とも呼べない何かになっている。まぁ、分類できなくても効果を発してくれればいいんだよ。
何はともあれ、これで身体的には平穏に暮らす一般人としてのスペックを獲得したわけだ。
「でも、問題もあるんだよなぁ・・・」
そう、問題は俺が筆頭家臣の長男ということと、魔力のせいか生まれつき髪が白く、白髪・・・というより銀髪ということだ。
前世の時代も髪色が特殊な者は忌避される傾向にあったが、特にこんな辺境では忌み子として良くて追放、普通は殺してしまうらしい。
なんでもその地に不幸を呼び込むとか。俺の見立てでは変な魔法作用も無いし、完全な迷信だが・・・それを周りが正しい事として捕えているのでどうしょうもない。
まぁ、殺されそうになったら流石に抵抗するがね。ちなみにこれをケリィから聞き出した際、ケリィが泣き崩れてしまったのでマジで焦った。ケリィのせいじゃないよ。
ここの領主であるカインドルは俺が強大な魔力を持っている事も知っているせいか、殺されそうになったり放逐されるという事は無く、お嬢様の傍付きをさせられているが・・・見たところ、殺しはしないまでも放逐するかどうか悩んでるみたいだ。
まだ俺が幼いという事と、魔力の事、筆頭家臣の長男である事、お嬢様がおそらく俺を気に入ってる事なんかを総合的に考えて・・・迷ってるんだと思う。
カインドルは貴族の中では比較的まともで理性的だが、髪の白い俺を囲っている事を領民が知ったら暴動が起きかねない・・・と思う。
ある程度育ったら出ていくからそんなに気を病まないでいいよ、カインドル・・・と言いたい所だが4歳児の俺がそんな事を言い出したら、それこそ忌み子扱いされそうなので、大人の前では良い子にしてる。
え?屋敷の外?そんなの出た事ないよ。そもそもここレグス家じゃなくて領主の館だし。
俺の存在を知っているのは領主一家と、うちの家族、それにごく僅かな使用人のみだ。
生まれたての時は毛も薄いせいか銀髪とは気づかなかった様だが、少し成長して毛が銀色であることに気づいたらしい。
自分で言うのも何だが、酷くおとなしい子供だったろうから、より一層不気味だろう。
そのせいか、1歳にもならない内に俺は領主の一家に引き取られ、お嬢様と姉弟の様に育った・・・と思う。
「イース!イース!ずっと座ってないで、きちんと玄関から帰って来て!」
「ん?あぁ、お嬢様、今ちょっと現実逃―じゃない、真理の追究に忙しいから、放っておいてくれ」
「ちょっと!ダメよ!イースはおとーさん役なんだから!仕事に疲れてボロボロになって帰ってこなきゃ!!」
そう、俺は今、領主の娘、エリー・マーナーのお守りでおままごとの真っ最中なのだ。
ちなみに領名であるミドルネームは領地持ちの貴族当主にしかつかない。貴族でも領地の無い法衣はつかない。めんどくせぇ。
肉体年齢的には4歳同士、かわいいもんなんだろうが・・・中身が違いすぎるからな。
何が悲しくて元魔王の俺がおままごとなんてせにゃならん。
しかもボロボロになって帰ってくる父って、なんか可哀想じゃない?
「私の方がおねーさんなんだから、イースは私のいう事をきくの!」
お姉さんっつっても3か月だろうがよ。そもそも俺の中身はお前の親父と同じくらいだぞ。それに、いう事を聞かせたければお姉さんよりも主人である事を前面に出すんだよ。まぁ、そんな奴には従わないがね。
「それにイースはいつもむずかしい事言って私をごまかすもの!今日はきちんとおとうさんしてもらうからね!」
「おぉ・・・丸め込まれてる自覚はあったんですね、お嬢様。流石です」
「そ、そう?えへへ・・・じゃない!何か違う!」
最初はこのお嬢様のおつむが弱いのかと思っていたが、よく考えてみれば4歳児なんてみんなこんなものかもしれない。
父が筆頭家臣で領主の娘と歳が近く、俺の母が乳母・・・ということは、必然的に俺もお嬢様のお守をさせられるわけだ。めんどくせぇ。
「それに、二人の時はお嬢様じゃなくてエリーって呼ぶって約束したじゃない」
「約束というか、お嬢様が一方的に決めつけたというか・・・」
俺の中身は大人なので、立場というものを理解している。怒られない程度に子供という立場を利用はするけど。
「イース、今日は何を考えてたの?」
「そうだな、平穏な生活という慎ましやかな目標にいきなり躓いた世の無常を噛みしめている所だ」
「むじょう?噛むの?それおいしい?」
「うーん、おいしくは無い。どちらかというと苦い、かな?」
「にがい!にがいのきらい。そんなの噛まないでおままごと、しよ?」
エリーは・・・お嬢様は素直になると容姿も相まって相応にかわいい。子供的な意味でだぞ?
素直になったエリーには勝てず、しぶしぶながらも俺は疲れてボロボロになった父親になるべく、立ち上がる。
まぁ、髪は帽子なりかつらなりで何とかなるだろう、と思いながら。