第23話 卒業
「・・・と、いう訳だ」
「なるほどのぅ」
俺とリズの2人は、学園長への報告に来ていた。
残りの4人はミスリルを加工できる職人がいるか、街に探しに行っている。
武具にするにも、各人に分けるにも、加工できなきゃ無理だからな。
「イースや、お主その指輪・・・というか、土の精霊王の加護がどれだけ凄いものかわかっとるか?」
「んー、まぁ、凄い事できるんだろうなーくらいかな」
「はぁ・・過去に精霊王の加護を受けたものは、儂の知る限りおらん。恐らく、地形をも変えうる神に等しい御業を使えるじゃろう・・・それも数回」
「別に地形とか変えようと思わないし・・・」
「はぁ・・・とにかく、その指輪の事は他言無用じゃ」
「そのつもりだよ。こんなものが世間に知れたら、どんな厄介ごとになるか」
学園長は頭痛をこらえる様に目をつぶり、こめかみを押さえる。
頭が痛いのはこっちだっつーの。
「あの、学園長。ご助力ありがとうございました」
「いやいや、気にするでない。これもセコイアのお導きじゃ。たまたまそなたらが予言を引き寄せただけで、儂はただ仲立ちしたに過ぎん」
「それでも、ありがとうございます。この先の道筋が立ちました。イースも、ありがとう」
「いいよ。俺もこれで晴れて卒業だしな」
「おぉ、そうじゃったな・・・ほれ、卒業証と冒険者証はもう用意してある。これでお主は卒業じゃ」
「え、こんなあっさり?もっとこう、感慨深いこう・・・何かないのか?」
「お主らならやり遂げると思っておったからの。普通なら学年毎にまとまって卒業するから式があるが・・・お主は体質改善で引き延ばしていただけだしの」
「まぁ、そりゃそうなんだろうけど・・・」
「そうそう、もう卒業したんじゃ。迷宮の中の部屋は今日中に引き払ってもらうぞい」
「えぇっ!?今日!?」
「お主は体質改善の特例で実質卒業を引き延ばしていただけだしのぅ。不用品はこちらで処分してやるから、必要な物だけ持ってゆけぃ」
「ちょ、そんな横暴な!」
「ほっほ、冒険者なんぞその日暮らしよ・・・ある程度蓄えもあるじゃろ?それで宿屋にでも泊まれ。ミスリルの事も考えると蓄え程度じゃないかもしれんがのぅ」
「が、学園長、それはあまりにも・・・」
「いいんじゃよ。ほれ、これじゃ」
そう言うと学園長はEと書かれた冒険者プレートと、剣と杖、書を模したモチーフにドラゴンが絡みつくペンダント、それに使用感のある深い青の布と杖を取り出す。
「このペンダントが学園卒業の証じゃ・・・まぁ記念みたいなもんじゃがの。本来なら卒業者には己の性質に合った品物―冒険者ならば武具一式が贈られるんじゃが・・・お主の卒業は読めんかったからの。儂のお下がりで我慢せい」
「お下がり!?」
「ほれ、とっとと行けぃ。明日にはあの家ごと埋めてしまうのでな。はよう取って来い」
「ちっ、最後までこんなかよくそじじい!まぁ、世話になったのは事実だ。死ぬ前に一度くらいは顔を店に来てやるよ」
「ほっほっほ、老いぼれたとはいえまだお前さんよりは長生きするわい」
「またな!・・・セコイアの守護者イーリアス!」
「達者での・・・イースタル・レグス」
唐突すぎる展開に目を白黒させているリズを連れ、学園長室を出る。
あのくそじじいは言った事はやる。本当に明日にはここ数年住んだ迷宮の家が潰されるだろう。
「あの、イース、いいの?あんな別れで」
「いいんだ。あのじじいは素直じゃないからな。湿っぽいのが駄目なんだろうさ」
「何か孫を見る目って感じだったもんね」
「孫?はんっ、だったらもうちょっと甘やかしてもらいたかったね・・・金貨30枚払った餞別がこんな襤褸じゃ・・・あん?」
「どうしたの?」
「・・・じじい、お下がりってのはこういう事か。本当に素直じゃねぇな。ふふっ」
「さっきもらった餞別?」
「あぁ・・・これは、セコイアの守護者イーリアス・・・ハイ・エルフが若い頃にでも使ってた装備なんだろうな。ミスリル糸が編み込まれた・・・これは白虎の毛かな?ローブに、おそらく世界樹の杖・・・ふっ、とんでもねぇな」
「ミスリル?白虎?世界樹!?それにハイ・エルフってどういうこと!?」
「まぁ、道すがら説明してやるよ・・・とりあえず俺は家の貴重品をまとめて集合場所の酒場に行くから、そこで落ち合おうぜ」
「ちょっと!ちゃんと説明してもらうからね!!」
俺はわめくリズを引き連れ、5年も通う事になった学園を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「で、そっちはうまくいったみたいだな?」
「あぁ、おかげさまで卒業だ。俺も今日からお前らの仲間入りだよ」
「Eか。規則とはいえ、その装備、あの実力のEランク冒険者なぁ・・・」
「あんまり装備の事言いふらすなよ」
「だってなぁ?お嬢とリッツの旦那の装備が壊れてる今、一番いいもん着けてんのはお前だしな。いくらに・・・」
「それ以上言うと殴るぞ?」
「おー、こわ」
それなりに苦楽を共にしたせいか、軽口を言い合える仲位にはなったな。
パーティーか。昔のあいつらは・・・シュザード以外皆死んでるだろうな。
せっかく卒業したし、ミスリルが売れれば金も心配ないからシュザードに会いに行ったり、昔の装備を探しに行くのもいいかもしれない。
「装備といえば、ミスリルを加工できそうな職人はいたか?」
「職人さんは見つかりませんでした。加工技術が無いというより、ミスリルを溶かせる設備・・・炉が無いそうです」
「炉かぁ・・・ただ割るだけも無理なのか?」
「色々聞いて回ったところによると、割るのも難しいそうです」
困ったな。俺の取り分で武器でも作ろうと思ったんだけど。
まぁ、杖あるから最悪はいいんだが・・・せっかくだから短剣かナイフくらい欲しいな。
「ミスリルを加工できる設備と職人を聞いたところ、王都に行かないと無理だそうで」
「確かに王都にまで行けばなんとかなりそうだが・・・遠いな」
「えぇ。それに、我々は王都になるべく行きたくないんです」
「なんで?」
「それは・・・苦い思い出というか、何というか・・・」
「私達にそんな時間は無いわ。次の精霊王に会いにいかなくちゃならないのに、わざわざ王都まで帰るなんて」
帰る、ね。
帰ったら実家に引き戻されるとかかそんなところだろうな。
「そうなるとリズの胸当ても直せないな。あれミスリルとアダマンタイトの複合板だろ?」
「えぇ、最悪剣とリッツの槍は出来合いのものでも・・・って、わかるの!?」
「ん?そりゃぁ質感とあの耐久性を見る限りそうとしか考えられないだろ。何かの属性軽減効果もあるだろ?」
「み、ミスリルと・・・アダマンタイトォ!?」
「ゲイン!声が大きいわよ!!」
「・・・イース、アダマンタイト製の武具を見たことがあるのか?」
「あぁ、昔ちょっとな。アダマンタイトはミスリル程じゃないが強度があり、粘り強く防具に適している。ミスリルはその強度と魔法的な特殊効果がなじみやすい特性から武器、防具に広く使われる、だろ?立てに学園主席じゃないぜ」
「主席だったんですか」
「一応ね」
「ミスリルもそうだが、アダマンタイトなんて普通の冒険者じゃまずお目にかかれないぜ・・・それこそA級冒険者が血眼になって探すくらいのモノだぜ?お嬢、お前さん一体・・・」
「・・・これはお父様が15歳の誕生日に下さったものなの」
「リズは当時からお転婆だったからな。心配した父親がせめて命を守る様にと授けたんだ」
「へぇ。すると、そのリズと幼馴染のリッツとカイもいいとこのお坊ちゃんか?」
「ははは・・・なかなか否定はしづらいですね」
「まぁ、物腰やら装備やらから貴族だとは思ってたけどよ・・・」
「・・・故あって家名は明かせん。すまん」
「へっ、いいよ。今更お前らがつまらない事で嘘をつくやつらだとは思ってねぇからな。貰うもんは貰ってるしよ」
「すみません、皆さん」
「私は気にしない」
「さすがシャル!ありがとぉぉぅぅぅぅう!」
「・・・暑苦しい」
リズがシャルに抱き付き、ほおずりを始める。
仲の良い姉妹・・・に見えなくもない。
どちらかというとリズがシャルを可愛がりたがりで、シャルはそれを面倒に思いつつも仕方ないなぁという感じでされるがままになっているようだ。というより、拒否したりやめさせるのが面倒なだけと見た。
「とりあえず、どうしましょうか」
「そうだなぁ。全部売って金で分けるにしても、これだけのミスリルを買える商会がここにあるとは思えないし・・・一体金貨何枚になるやら」
「売るのは問題ないわ。私の伝手で、王都から買える商会を呼びつけるから」
「さすがお嬢。それだけの商会を呼びつけられるとはね」
「流石にこっちに来るまで時間はかかるけどね。ただ、この先を考えるとミスリルは我々の武具にしたいわ。もちろん、各人の分の使い道は自由だけれど・・・私は剣をミスリルで打ち直して、防具を直す。リッツは・・・槍、ミスリルにするわよね?」
「あぁ。また砕けられたらたまらん」
「お前らの武器も相当な業物に見えたけどな」
「確かに業物だけど、限界はあるもの。またああいう非常識なものが出てくるかもしれないと思うと、ね・・・」
確かに前衛にとって武器が壊れないというのは重要だろう。
フリッツとマイムも壊れるのが嫌だから大剣を使ってるとか言ってたしな。
「なるべくそんな状況に陥りたかぁないね」
「・・・とにかく、次の目的地までの間に何とか加工できる職人を探さないと」
「なるほどね。って、別の精霊王の居る場所わかってるのか?」
「えぇ。ここと次の目的地は文献で調べたわ。わかっているのはここシャザラーンの迷宮と・・・火の精霊王のおわす、ゴブス火山よ」
「ゴブス火山なぁ・・・また辺鄙な所に。まぁ精霊王が人里に居るってのはあんまり想像つかないが」
まだそこに居るのか。生前、馬鹿どものせいでピクニック気分でゴブス火山まで火竜を狩りに行き、うっかり火の精霊王と遭遇して一時期使役にしてたのは内緒だ。
「そんな訳で、ゴブス火山までにミスリルを加工できる職人を探さないと」
「職人の皆様にお話を伺いましたが、ミスリルを加工できる程の腕と、設備を作る様な偏屈・・・いえ、ひたむきな職人はドワーフ位だそうです」
「ドワーフだぁ?いねぇよ、そんなもん。それこそエルフみてぇにに自分の里から出て来ねぇじゃねぇか」
加工できる職人が見つからないと、自分の分け前もらえなさそうだな。面倒な。
って、ドワーフ?何か引っかかるな・・・ん?
「・・・加工できる職人、心当たりがあるかもしれない。設備があるかどうかはわからないが」
「マジかよ!?」
「イース、本当!?」
「あぁ。俺が入学当時、ここに来る時にコートフォルムって街に寄ったんだが・・・そこの鍛冶屋がドワーフだった」
「ドワーフ・・・イースお前ぇ、ほんと年齢の割に妙な経歴してやがるな」
「ほっとけ!」
「褒めてんだぜ?」
「じゃあイース、その街まで案内してもらっていい?そこに商会も呼んで今回の清算をするわ」
「あぁ、いいよ。乗りかかった船だし、俺もミスリルの何か作りたいしな」
「決まりね!ところでイース」
「何だ?」
「指名依頼・・・というか、直接依頼を受ける気は無い?」
「直接依頼?」
「えぇ。直接依頼っていうのは・・・」
「あぁいや、直接依頼自体は知ってる。俺に何を?案内ならそんな事しなくても、今回の一件の一環ってことでやるぞ?」
指名依頼は名のある冒険者や馴染みの冒険者に依頼者が直接指名をして依頼するシステムだ。
通常の依頼は冒険者ギルドを通して不特定多数に依頼が掲示され、どの冒険者が受けるか、そもそも冒険者が依頼を受けてくれるかはわからない。
指名依頼は名指しで冒険者を指定する分、イエスノーがはっきりわかるが、依頼者が指定する分かなり割高になる傾向が多い。
直接依頼は指名依頼の一種で、冒険者ギルドを通さない依頼だ。
何度も依頼を受けている冒険者と顔なじみになって頼むケースもあれば、公にしたくない依頼を秘密裏に・・・なんてこともある。
直接依頼はギルドを通さない分、冒険者ランクの査定に関係無いし、全て自己責任だ。
当然、その性質上依頼額も更に割高になる。
そもそも俺みたいな駆け出しも駆け出し―今日が冒険者デビューだ―に何を依頼するというのか。
「んー、まぁそれもそうなんだけど・・・ねぇ、イース」
「だから何だよ」
「貴方、私達と一緒に来ない?そのドワーフが居るって街の先も」
「えぇ・・・?」
「そうね、端的に言うと、私は貴方が・・・イースが欲しいわ」
お嬢様の言うセリフじゃねぇ。