第02話 再誕
―うーん、何だ?暗いな・・・
「はい、元気な男の子ですよ」
「よくやった!ミーナ!」
「えぇ・・・ありがとう、あなた・・・・・」
―暗いけど、誰かの声が聞こえる・・・って、魔神は、みんなはどうなったんだ!?
「む?泣かないな・・・まさか、死産・・・」
「これ!滅多な事を言うんじゃないよ!こういう時はね、こうするのさ」
何やら重力が下から上にかかりまるで逆立ちをしている様な感覚になる。
―何だ?何が起こって・・・吊るされたのか?
パァン!
―いっでぇぇぇぇえええええええ!!!
「オギャァ!オギャァ!ギャァァアアアアア!!!」
「これで良し。ちゃんと泣きましたね。あとは経過を見て・・・首が座る様になれば一安心でしょう」
急に入って来た光に目をしばたたかせ、涙で滲んだ目に映ったのは・・・エプロンをして俺の足を持って逆さに吊るしているババアだった。
―ケツが痛てぇ!何だ、このババァは!悪魔か!?
涙の滲んだ目で周囲を探ると、いかにも出産しましたという様な女が一人に、オロオロしている情けないおっさんが一人。メイド服を着たメイドが一人。そのままか。そして目の前に悪魔のババア。
何となく察しがつくが、信じられないというか、認めたくないというか・・・
―もしかして俺、生まれ変わったとか・・・?ははっ、まさかな。
―おい、ここはどこだ。俺はどうなってる。
「オギャァ!アギャギャブゥ・・・アギャァ!」
「お、何だ、さっそくお喋りか?うちの子は天才かもしれんな」
「そうですね・・・親はみんなそう言うんですよ」
「ん?何か言ったか?トミ婆」
「いいえ、何も」
―呂律が回らない!なんだこれ!
いつの間に正常位に戻されたのか、気づけば俺は母親らしき女に抱かれ、目の前にははだけられた胸―オッパイがあった。
「はい、オッパイでちゅよ~。ごくごくちまちょうねぇ~」
―やめろ!赤ちゃん言葉で話しかけるな!っていうか自分の手で抱えきれない位の乳が目の前にあるとかシュールだわ!
「アブゥ・・・んぐんぐ・・・」
「おぉ、飲んだぞ」
「この様子なら元気に育ちそうですねぇ」
「アバァ・・・ングゥ・・・」
―まぁ、腹減ってるから飲むけどさ。何故か興奮しないし・・・身体が赤ん坊だからか?それにしても、なんつーか、身体に力が入らねぇ・・・
「ん?どうした?おねむなのか?」
「んー、何か眠いっていうのとは違う様な・・・」
その時、カツカツと静かな足音が二つ、この部屋に迫って来たのに気付き、メイドが扉を開ける。
「おぉ、カルノ、生まれたか。おめでとう」
「これは、カインドル様・・・もったいないお言葉です」
「良い。筆頭家臣のお主にも子供が生まれたのだ。これで丁度良くミーナにエリーの乳母もさせられるしな。何より子供が生まれるというのはめでたいものだ」
「ありがとうございます、カインドル様」
カルノ、と呼ばれたこのおっさんが俺の父だろうか。
筆頭家臣ということは、この入って来た第二のおっさんが貴族か何かだろう。下品で無く、程々に高級感のある仕立ての良い服装をしている。
後ろのローブの人物は・・・何やら雰囲気がこの中で異質だ。なんというか・・・世捨て人っぽい。
俺の・・・というかカルノの視線に気づいたのか、カインドルと呼ばれた貴族(暫定)はローブの人物を紹介する。
「ん?あぁ・・・この方は、我が領に逗留中のゲシュペリス殿だ」
「お初にお目にかかります。柊に寄り添うゲシュペリスと申します。この度はご子息が生まれたそうで、おめでとうございます」
そう言うとローブの人物―ゲシュペリスはフードを取って挨拶する。
その相貌はひどく整っており、輝く金髪から尖った耳が顔を出していた。
―エルフ?
「あぁ、これは・・・ゴホン!失礼。カインドル・シュトロック・マーナー様に仕えております、カルノ・レグスと申します。柊に寄り添うゲシュペリス様の祝福に感謝申し上げます」
「カルノは私の筆頭家臣でして、ミーナの・・・妻の出産にあわせて暇を取っていたのですが・・・目当てのものはございましたかな?」
「私の事はゲシュペリスで構いません。ここは森では無いのですから・・・そうですね、見たところ、あの赤子の様です」
ゲシュペリスはそう言うと、目を細めて俺を見る。
森から出てきてるエルフってことは、旅エルフか・・・珍しいが、全くいない訳でもない。でもどうしてこんな所に・・・というかヤバい、マジで身体から力が抜けていく・・・
「目当てのもの、とは・・・」
「あぁ、ゲシュペリス殿が当領に逗留し始めたのは先月からだが・・・先程打ち合わせの際に、強大な魔力を感じ、原因を探りたいというので一緒に魔力の発生源に向かっていたら・・・たどり着いたのがここという訳だ」
「強大な魔力、ですか」
「えぇ。人間のあなた方にはわかりづらいかもしれませんが、その赤子は強大な魔力を・・・っと、まずいですね、失礼」
ゲシュペリスはそう言うと、無遠慮に俺に近づいてきて何事かを唱え始める。
「『場に満ちる精霊よ。魔素を糧とし、彼を守る檻を築いておくれ―フンッ!』」
ゲシュペリスはそう唱えると、淡く光る右手で俺の腹を鷲掴みにする。
その途端、腹の中で何かが渦巻くのを感じ、気持ち悪くなる。
精霊魔法ってのは最後に情緒が無いから嫌いなんだ。
フンッ!って何だよ、フンッ!って。掛け声じゃねぇか。
まぁ、精霊魔法は発動語いらないんだけどさ・・・
「ウブゥ・・・アギャァ!オウォ・・・」
「・・・これで良し。彼がある程度成長するまでは保つでしょう」
「ゲシュペリス様・・・何を?」
俺は脱力感が軽くなった身体で何となく察せたが、周りの人間はそうでもないらしい。
まぁ、魔法の素養がありそうな奴、一人もいないもんな。
「あぁ、彼は生まれつきとても魔力が大きいようで・・・身体が耐えきれずに死にかけていたので、ちょっとした封印を」
「死にかけて!?」
「そ、それでは・・・」
「あぁ、もう大丈夫。その大き過ぎる魔力、つまりオドを封印する魔法を掛けましたから・・・ある程度成長するまでは大丈夫でしょう。あとは、成長してから自らの魔力を制御できるように教えてあげれば、命の危険は無い・・・と思いますが、ここまで強大な魔力を見たのは初めてなので、何とも言えません」
「それは・・・ありがとうございます。なんとお礼を申せば良いか・・・」
「私からもお礼申し上げる、ゲシュペリス殿。筆頭家臣の子が死産となれば、他の者の悲しみも大きい・・・ゲシュペリス殿が逗留していたのは不幸中の幸いというものだ。よかったな、カルノ」
「はい、カインドル様も、ゲシュペリス様も、ありがとうございます・・・」
「ありがとうございます」
そう、俺は(恐らく)転生した矢先に死にかけていたのだ。
―いやー、流石にこの混乱した頭で魔法使えないし・・・というかある程度身体が成長しないとたぶん使えないし、このエルフが居てよかったわ。マジで。
―新しい親父も貴族じゃなく、ただの平民よりはいい暮らしみたいだし・・・めんどくさく無く、それなりの暮らしができる・・・俺勝ち組じゃねぇか!今度こそ平穏にくらしてやるぜ・・・
そう思いつつ俺は新しい身体の求めるがまま、眠りに落ちていった。