第16話 邂逅
「くっ、何だ、この階層は・・・なんでこうも罠ばかり!」
私達は今、中層とは思えない程の高度な罠に手こずっていた。
落とし穴に始まり、刃や網が飛び出す罠、はては方向感覚を狂わす罠まで。
とても自然発生したとは思えない罠ばかりだ。
「お嬢。道具の消耗が激しい。今回は一旦これで引き揚げよう」
「ここまで来て・・・せめて下層への変わり目位は確かめたいのに!」
「だめですよ、リズさん。ここはまだ最初です。ここで無理をする必要はないでしょう」
「最初だからこそ、足踏みしている訳にはいかないでしょう!」
「お嬢!冷静になれ!」
「でも!」
「リズ、この罠は明らかに迷宮から自然発生した罠の類ではない。人工的すぎる。つまり・・・」
「つまり何よ!」
「・・・我々以外の何者かが仕掛けた罠だという事だ。我々を狙って来たのか、それとも無作為に冒険者を狙う迷強盗か」
迷強盗とは、迷宮という人目の無い特殊な環境を利用して冒険者から金品を奪う強盗のことだ。
迷宮内は人目が少ない上に魔物や迷宮の作り出した罠による人死にも多い為、何かあってもわからないという訳だ。
迷宮内であっても強盗や殺人はもちろん罪に問われるが、本人が生き残る以外に立証する術が無いのである。
「・・・ふぅ、いいわ。少し落ち着いた。確かに、これまでの罠は人為的すぎる。学園長の話だと、こちらはもう数十年前に閉鎖された裏迷宮という事だけど・・・」
「封鎖されていても、俺達の様に入ろうと思って入れない訳じゃない。まぁ、ほとんど人が来ないから、迷強盗かどうかは少々疑問だが」
「おう、リッツの言う通りだ。とにかく、この先にも罠があるとしたら、今の装備じゃ心もとない。罠用の道具はそんなに持ってきてねぇからな」
「わかったわかった。ひとまず戻りましょ。対策を立て直さないと」
「・・・話、終わった?」
「えぇ、一旦戻る事になりそうですよ、シャルさん」
「じゃあ、お風呂、入りたい」
「えぇ、同感だわ。こうも埃っぽくちゃね・・・お風呂でサッパリして出直しよ」
「お風呂の為に戻る訳ではありませんが・・・」
彼らは迷宮の宝を狙いに来た冒険者だろうか。
槍を持った長髪の偉丈夫な青年に、意匠の凝った胸当てを着ける剣士の少女。ぶかぶかのローブを纏い、長い杖を持った少女に盗賊の様な粗野な男。神官服を着込んだ少年の姿もある。
役割でいえば均整の取れたパーティに見えるが、人となりがちぐはぐな様にも見える。
「・・・ん」
「どうしたい、シャルの嬢ちゃん」
「何か、変な感じ」
「変な感じ?」
「魔法使いの直観は馬鹿に出来ねぇ。お前ら、気ぃ張りな」
「言われなくても!」
「すんなりと帰れ無さそうですねぇ」
「無駄口を叩くな、カイ」
しばらく警戒を続けながら迷宮を戻る一行。
20分程だろうか。警戒しながら歩みを進めていた一行は、樹がまばらに生えた広場に出た。
「・・・とりあえず中層の入り口には戻れたみてぇだな」
「上層に入る前に少し休憩していきましょう」
「・・・つかれた」
「何も起きませんでしたね」
「何も起きないに越したことはない。が、警戒は怠るなよ」
「わかってますよ、なんせここは迷宮ですからね」
武器は手放さずに座ったり樹に寄りかかりながら休む面々。
盗賊風の男が焚き木の薪を用意している。
準備を待つ間、神官服を纏った少年が大きくたわんだ樹の根に腰かけた。
「ここは食える魔物が少ない。次は食料も多めに持ってこないとだめだな」
「荷物ばかり増えるわね・・・何とかならないのかしら」
「それが迷宮というものだろう。荷運びでも雇うか?」
「そうねぇ、信頼できて、安いポーターがいれば・・・」
「ポーターも命がけだ。そんなに安かぁねぇぜ。特に、パーティメンバーを罠にかけて成果だけかっさらわないような信頼できるポーターだとな」
「・・・そうよね。貴方達も安くないものね」
「へっ、その値段に見合った仕事はしてやるよ。なぁ、シャルお嬢・・・お嬢?」
盗賊風の男がローブの少女に目を向けると、少女は何かしらの言葉を集中して呟いている様だ。
「『魔素よ、汝は滴る水球なり―ウォーター・ボール』」
「シャル!?」
「カイ!」
「おっと!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
ローブの少女の杖の先から放たれた水球が、一直線に神官風の少年に迫る。
少年が慌てて身を屈めると、水球は少年の頭上を飛び越え、少年の背後に迫っていた火球とぶつかり、ブシュゥと音を立てて水蒸気が辺りに立ち込める。
偉丈夫の青年は、水球が放たれたと同時に槍を持ち、神官風の少年の方へ駆け出していた。
「離れろ、カイ!槍炎牙!!」
「うわっ、ちょ、ちょっと!」
「グォォォオォオォォォ!!」
偉丈夫の青年が槍に炎を纏い、神官風の少年が腰かけていた樹に突きを繰り出す。
すると、槍の一突きを受けた樹が突然動き始め、樹の幹に顔の様な模様が浮かび上がる。
「トレント・・・いや、マギ・トレントだ!魔法対抗準備!」
「もうやってる」
「来た時は動く素振りも見せなかったってのによ!」
「た、助かったよ、シャルさん」
「いいから補助・・・また馬鹿が一人突っ込んだ」
「うぇっ!?ちょ、リズ!」
「先手必勝!」
長剣を持った少女がマギ・トレントに斬りかかる。
身体強化を行っているのか、その動きは速い。
一息に斬りかかろうかと見えたその時、少女の足元から樹の根が盛り上がり、行く手を阻む。
「こんなものでっ!止まると思うかぁぁあああ!!」
「リズ!!」
「これで・・・えっ!?」
少女は盛り上がった根を踏みつけ、跳躍する。
その跳躍の勢いのまま、マギ・トレントの幹を一刀両断・・・とはいかず、少女の剣は幹に刃2つ分が食い込んだあたりで止まってしまった。
「ゲギャギャギャァ―グギャァ」
マギ・トレントはそれをあざ笑うかの様にどこからか声を出す。
今の声が呪文なのか、少女の頭上、マギ・トレントのいくつもの枝先にそれぞれ火球が生まれ、少女に狙いを定めた。
「『主よ、世に満ちる聖霊達よ―』」
「だめだっ、間に合わねぇ!」
「リズ!剣を手放して避け―」
「剣《これ》は駄目!」
剣を持つ少女が火球を覚悟―このぐらい耐えて、お前ごと燃やしてやるわ―したその時、手の中にあった剣の柄が物凄い衝撃と共に離れていく。
少女の目に映ったのは、どこからか放たれたロープ付きの丸太―おそらく罠だろう―が飛来し、5メートル程吹き飛ばされたマギ・トレントだった。
「あっ・・・?」
「えっ・・・?」
「あー、やっとかかった。今日は何故かことごとく罠が壊されてたからなぁ・・・何か知識の高い個体でも生まれたのか・・・うん?」
吹き飛び、幹が裂けたマギ・トレントに歩み寄る人影と目が合う。
そこに居たのは、この国では珍しい柔らかそうな銀髪を揺らす、可愛さが残る中にも一角の凛々しさが垣間見える、一人の少年だった。
◇◇◇◇◇◇
「するってぇと何か、この罠は全部お前が仕掛けたのか!!」
「何だ、俺の罠をことごとく壊しやがったのはお前らか!!」
「俺達を狙うたぁいい度胸だ!よく姿を見せたもんだな!あぁ!?」
「狙うだぁ?知るか!勝手にこんな所に入ってきた上に濡れ衣着せやがって!ここは立ち入り禁止区域だ!」
「ちょ、二人ともやめてください!」
「事情が分かるまでは放っておけ。まだ敵ではないと決まった訳では無い」
「んだとこのノッポが!お前ら本当に礼儀知らずだな!!」
「お、落ち着いて下さいぃぃ!!」
「・・・ぷっ、あはははは」
「・・・あん?」
「・・・んん?」
盗賊風の男―他の面々を見る限り、盗賊では無さそうだが―といがみ合っていた俺の耳に、呆けていた少女の笑い声が入る。
「いやー、熱いのを覚悟した途端に目の前からマギ・トレントが吹っ飛んで行くなんてね。中々面白い経験をしたよ。で、一応君に助けられた・・・のかな?」
「知るか。俺の所からはトレントしか見えなかったんだ。まぁ、結果から言えば助けたんだろうが・・・礼どころかいちゃもんをつけられるとはな」
「んだとこの!」
「まぁまぁ。こちらは助かったし、面白かったからいいわ。仲間が失礼をしたわね。私はエリザベート。リズでいいわよ」
「・・・イースタル・レグスだ。とりあえず、事情を聞く前にトレント採取していいか?消えちまう」
「レグス?そんな貴族・・・うん?トレントには魔石以外使える所は無いと思うけど・・・」
「あるよ。あいつを採らないと、うちの薪がもう無いんだ」
「ま、薪?」
「あぁ。迷宮の外に取りに行くのは面倒でな。家からここが一番近いんだ。死んだら乾くしな、あいつら」
「う、家というのは・・・」
「ん?まぁ、ここじゃぁ何だしな。招待してやるよ。扉が見えるだろ?あれが家だ」
「め、迷宮の中に住んでやがるのか!?」
「まぁ、出会いは最悪だが・・・ようこそ、わが家へ。招かれざる旅人達よ」
驚く少女たちを尻目に、イースタルは優雅とも取れる動作で一礼した。
エリザベートの略称がリズ・リザ入り混じっていた為、改稿。
誤字脱字は自分じゃ中々わからないんですよね・・・