第14話 ハイ・エルフ
「さて、イースタル君。君は何故ここに呼ばれたかわかりますか?」
「んーまぁ、何となく心当たりは・・・」
俺は今、模擬戦を終えてキーリス先生の教員室まで来ていた。
教員室は各教師の私室であり、研究室だ。もちろん、ここに住んでいる訳ではない。
何気に初めて入るな、教員室。研究成果とかもあるから、生徒でもおいそれと部屋には上げないのかもしれない。
研究によっては危ない物も多いだろうしな。
ざっと部屋を見渡すと、部屋の壁一面に並んだ書架に本がズラリと並んでいる・・・かと思いきや、机の上に本が積み重なっていたり、書架の中段に何やら曰くがありそうな魔物の頭蓋骨が並んでいたりと、雑多な感じだ。
先生見るからにズボラそうだもんな。
おっと、先生にすごく見られている。思い当たる理由を言えってことか?
「首を折ったり、あの魔法とか、ちょっとやり過ぎた・・・って事ですかね?」
「ちょっとどころではありません」
「はぁ、すいません・・・」
『実捥ぎり』だって、本来は首を倒しながらひねってねじ切る―それこそ実をもぎる様に―技の所を、折るだけにしといたんだから、手加減はしてるんだけどなぁ。
「あの技量を見るに、貴方とあの3人には実力差がありすぎる。もっとやりようがあった筈です。とはいえ、冒険者は自己責任です。下手に手加減をして、自らや仲間が危機に陥るのでは冒険者失格ですので、まぁ首はいいんです。褒められもしないですが」
「ですよね」
十分な配慮をしたしな。首折った位なら回復魔法ですぐ治るだろう。
「問題は、最後の魔法です」
「はぁ」
「イースタルさん、貴方は今、世界に詠唱破棄して中級魔法を使える魔法使いが何人存在するか知っていますか?」
「んー、何十人かはいるんじゃないですか?」
「正解は、5人です」
「ご・・・!?」
少なっ!
前世の頃はもっと居たと思うんだが・・・西の賢者とか、宮廷魔術師長とか。
「少し前、社交界で辺境領に魔法を無詠唱で操る悪魔の子がいるという噂が一時流れましたが・・・噂の元は貴方ですね?イースタルさん。シュトロック領出身、詠唱破棄、そして銀髪・・・またいつものくだらない作り話の類だと思っていましたが、もしかして無詠唱でも魔法使えるんですか?」
「まぁ、初級魔法なら・・・」
「そうですか・・・はぁ」
本当は中級だろうと上級だろうと無詠唱で使えるけどね。魔力があれば。
「貴方は全属性持ちです。その幼さで中級魔法が使える事も・・・まぁ、領主様の元で育ったと聞いていますから、英才教育の結果とすればまだ納得はできます。しかし、詠唱破棄と無詠唱はまずい」
「まずいですか?」
使えるんだもん、しょうがないだろ。第一もう詠唱なんて覚えてないわ。
「えぇ、とても。国や大貴族から士官の勧誘が激しくなるもはまだいい方です。身体は一つしかありませんから、断った所から刺客を放たれたり、ちょっといい雰囲気になった女性が実は自分を打ちに来た殺し屋だったり、買い物の度に狙撃されたり、外交問題の種になったり、宗教がらみの勧誘に悩まされたり、戦闘狂に就職先まで付きまとわれたりします」
「は、はぁ」
妙に具体的だな。実体験・・・なんだろうな。ってことは、先生も詠唱破棄できるのか。
「ふぅ・・・とにかく、世間に詠唱破棄できると知られると面倒事が増えます。特にあなたはまだ若い。これから、人前では詠唱破棄、ないし無詠唱での魔法行使はお勧めしません」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、模擬戦であれだけの生徒が見ていたので、もう手遅れかもしれませんが・・・そもそも、貴方の魔力は適性検査の結果、魔法を使えない一般人程度の魔力量でした。それで身体強化と中級魔法を放てるという事は・・・魔力運用効率が桁違いです。正直、私が教えを乞いたい位ですよ。正直に言いましょう、貴方は天才です。私に教えられる事ってあるんですかね?」
「そんな事言われましても・・・」
「ほう、昔は賢者を継ぐ者なんて呼ばれて天狗になっていた若者も、今では謙虚になったもんだの」
「ん?」
「学園長・・・」
俺と先生が話していると、唐突に扉が開き、一人の老人が入ってくる。
キーリス先生の口振りからすると、この爺さんが学園長なんだろう。
「もう荒事は沢山だといって儂に泣きついてきたのが遠い昔の様だわい。歳は取りたくないの」
「が、学園長。生徒の前でそんな話はやめて下さい」
「ほっほっほ。昔の自分を見る様で放っておけない、といったところか」
「学園長!」
急に入って来た爺さんは、キーリス先生をいじって笑う。
やっぱり、さっきみたいな事があって、この学園で匿ってもらった感じか。で、戦闘狂はついてきて一緒に教師になってしまったと。なんじゃそりゃ。
「ほれ、取り乱すではない。お前の教え子の方がよっぽど落ち着いておるわ」
「う・・・ぬぅ」
「もしかすると、人生経験ではそちらの生徒の方が上手かもしれんがね」
爺さんの言葉を聞いて、俺は心の中で気を引き締める。こいつ・・・俺の事に感づいているのか?
いや、それよりも、あの白髪から覗く尖った耳・・・エルフ?いや
「・・・ハイ・エルフ?」
「ほう、どうしてそう思うね?」
「その耳かに空いた穴の痕・・・それはハイ・エルフを示す耳飾りの痕だ。だから・・・いや、痕ということはもうハイ・エルフではない?」
ハイ・エルフとは、エルフの統治を行う一族の事だ。エルフより優れているという訳ではなく、あくまで種族的にはただのエルフである。
シュザードに聞いた話だと、一定期間毎にエルフの各族長の推挙によって決まるとか。人間でいうところの大統領一家みたいなもんか。
「ほう、人族の幼子とは思えない知識量じゃの。これはあながち的外れではないやもしれん」
「が、学園長、ハイ・エルフだったんですか・・・?」
「おや、言ってなかったかの?まぁ、今はその子供の言う通り、ただの変り者のエルフじゃよ。おぉ、儂としたことが。自己紹介がまだじゃったの。儂はセコイアの守護者イーリアスという。ここの学園長をしておる。君は、入学式に居なかった噂の子だね?」
「あぁ、どうも・・・私はイースタル・レグスです。その、的外れではない、とは?」
「うむ。古い友人から、辺境に英雄の器が居ると聞いてな。まだ赤子で生き延びるかどうかもわからない、とも言っておったし・・・昔からその手の事をよく言うので話半分にきいておったが、今回は奴が正しかったようだとな」
「古い友人・・・ひょっとして、柊に寄り添うゲシュペリスさんですか?」
「そうじゃ。なんじゃ、記憶があるのか?」
「いえ、お館様・・・領主様や父から、私の命の恩人だと言い聞かされていたもので」
「ほう、礼を知る良い大人に育てられた様じゃな」
まさか、そこで繋がるとは。まぁ、確かに神樹の森の外にいるエルフは数も少なく、変り者が多いが・・・エルフ同士に交友があったとしても不自然ではないな。
それにしても、セコイアの守護者・・・どこかで聞いたような・・・あっ!前世で魔神の住処を預言しやがった高名(笑)なエルフじゃねぇか!
なんでこんな所で学園長やってんだよ!
「学園長、どこから聞いていたんですか?」
「最初からじゃ。詠唱破棄で魔法を使う生徒がいると噂を聞いての。どうやらキーリスの生徒とわかったので、扉の外で登場するタイミングを計っておったのだ」
「学園長・・・」
扉の外で聞き耳を立て、そわそわする老人・・・うん、おまわりさん、こっちです。
「ゴホン!とにかく、人の口に戸はたてられん。今は起こってしまった事よりも、これからの対策を練る方が建設的ではないかね?」
「まぁ、それはそうですが・・・」
「そうさのぉ、面倒事に巻き込まれても自衛出来るように、鍛えるしかないかの?」
「むぅ・・・やはり、そうなりますよね、はぁ」
「えー・・・」
巻き込まれるのもう確定なの?
「私はここを卒業して、小さな店でも開いて平穏に暮らしたいんですが」
「無理じゃな」
「無理です」
「そんなに無理ですか・・・」
「見たところお主は様々なものを引き寄せる星の元に生まれたようじゃ・・・これからも確実に何かあるじゃろう」
そんなに力いっぱい否定しなくてもいいじゃないか!
魔神の住処を当てたように、セコイアの一族は予言というか、何となく未来がわかる時があるらしい。
その一族の―しかも、字からしておそらく長。なんでこんな所にいんの?まじで―にこうまで言われると・・・いや、予言はあくまで予言。絶対の未来じゃないんだ!
「学園の生徒である以上、導くのは儂ら教師の役目。見た所、ゲシュペリスの封印も―むぅ、これは奇怪な。なんじゃこれは。あいつ、何をしよった」
ある程度ゲシュペリスから話を聞いているのか、学園長は俺の魔力の事をわかっているようだ。封印は俺が改変したせいです。ごめんなさい、ゲシュペリス。
「封印とは?」
「あぁ、お主は知らんのか。この小僧はな、生まれつき強大な魔力を持って死にかけておったので、儂の知人が魔力を封印したんじゃよ」
「おい爺、勝手にバラすな」
もうこの爺に遠慮はいらないと思う。なんというか、前世の西の賢者と同じ匂いがする。
「なんじゃ、キーリスはお主の担任で、これからの協力者じゃぞ?この位は言っておいた方が話が早かろう」
「協力者って・・・また私に何か悪巧みの片棒を担がせる気ですか」
「ほー、もう刺客は沢山だ!誰も信じられない!助けてくれ!と泣きついてきた可愛い小僧はどこに行ったのかのぅ?」
「うっ、ぐ・・・ぜ、ぜひ協力させて下さい・・・」
「最初から素直にそう言えばいいんじゃ」
キーリス先生がいつもどこか疲れているように見える理由が分かった気がする。
「そうじゃのぉ・・・イースタルだったか。お主、退寮じゃ」
「は・・・?」
「えぇー!?」
おいくそじじい!さっきまでの導くだ何だは嘘かよ!
「そう邪険になるな。ここを出ろという事ではないわい」
「学園長、どういうつもりですか?」
「小僧の魔力が少ないのは、身体が強大な魔力に耐えられない為、封印しているからじゃ。その魔力を十全に扱える様になれば、相応の自衛もできるじゃろうて。なに、賢者を継ぐ者として名高いキーリスが認めた天才じゃ。そこさえ解決できればどうにでもなる」
「それは、まぁ・・・ですが、それがどうして退寮になるんです」
「そ、そうだよ!住むところ無くなるなんて困るわ!」
「まぁ、落ち着け。魔力を封印せねばならんのは、身体が膨大なオド―魔素に耐えられないからじゃ。ならば、身体を魔素にならし、耐えられる様にすればいい。第一段階としては魔素の濃い所で生活して、身体を慣らす、といったたところじゃ」
「だからそれが・・・」
「つまり」
「・・・つまり?」
「お主、今日からダンジョンの中に住めい」
「「えぇー!?」」