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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
一章
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死霊の群れ(後)

「くそっ、なんだってこんなことに!」


 タマスは悪態をつきながら隊の先頭を走っていた。その傍らには北門で見張りをしているはずの兵士が。全ての事情を聞き、たった二人で北門の外側で待ち構えていることを知り、大いに焦っていた。

 門の閉めかたを知っているのかも怪しい。下手したら既にやられて町中に死霊が浸入しているかもしれない。


 既に日は沈み、辺りは暗くなっている。前回は日没してから姿を消したというが今回も同じとは限らない。相手は死霊だ。夜こそが本領を発揮する時間帯なのである。


「だれだか、知らねぇが持ちこたえててくれよ」




「って、まさか、どういうことだ!」


 たどり着いたタマス達は思わぬ光景に目を白黒させていた。死霊達は確かに進行してきていた。それも半数は実態を持たない代わりに意思を持つ上級死霊であるようだった。

 十を越える上級死霊。はっきり言ってタマスが率いる連合隊では太刀打ちできない。

 そんな化け物であるが未だに北門の外にいた。

 たった一人の人間に足止めされていたのである。それは素朴な服を着た少女であった。俊敏に動く彼女は次々と死霊たちの膝を攻撃してこかしている。


 ツケウも最初はその早さに目で追うのがやっとであった。しかし、慣れてくるとその服に見覚えがあることに気づく。

 まさかと思った。この町で売っているのだから誰が着ていてもおかしくない。でも彼女は線が細くて魔法も使えなくて――。


 その時、その少女が死霊から離れて一瞬動きを止めた。それは紛うことなきあの少女であった。


「やっぱりヒトエちゃんなの?」

「なにっ!? あの魔法も使えないひ弱そうな嬢ちゃんがあんなスピード出せるわけ……」


 言葉では否定するものの、タマスにもあの少女がヒトエにしか見えなくなっていた。


「くそ! なんでいい、加勢すんぞ! 銀装備持ちや光魔法使いは上級死霊に当たってくれ!」


 確認は終わってからでいい。タマスは思考を死霊駆逐に引き戻した。彼の号令の元、三人一組を最低単位としたチームで突撃を開始する。上級死霊は三人でも危険であるが少女が膝を崩してくれる。その隙を突けば最低限の被害で駆逐できるであろう。


 タマスはツケウとチョデを引き連れて手頃な上級死霊に向かって斧を振りかぶった。直後ツケウの魔法が斧に当り、真っ白に輝かせる。光の補助魔法により、対魔性能を付加したのである。

 これで実態を持たない上級死霊も叩き割れるはずであった。


「なに!?」


 しかし、渾身の力を込めたその一撃は空を切り大地に突き刺さる。回避されてしまったのだ。いや、その表現は正しくない。上級死霊は回避したのではなく、闇に溶け込むように消え去ったのである。それは他の上級死霊も同じだったようで残った個体は普通の死霊のみ。そしてそれらも逃走を開始していた。


 指揮者が撤退させているのだ。喜ぶべきか、喜ばざるべきか。今日は勝利であろうが、事件はまだ続く。なんとも言えない感情にタマスは舌打ちした。


「倒せるやつだけ倒して深追いはするな!」


 それでも可能な限り冷静に指示を出した。


「これで一安心かな」

「油断するのはまだ早いですよ」


 気の早いチョデを嗜めるツケウも既に意識はあの少女に向いていた。タマスは苦笑いを浮かべるが、彼女の気持ちはわからないでもない。大量の上級死霊を生身で手玉にとるとはどういうことなのだろうか。だから背中を押すことにした。


「心配なら行ってこい」

「いいんですか?」

「いいから言ったんだ。後はチョデに働いてもらう」

「ええっ!?」


 チョデが抗議の声をあげるがスルーした。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて行ってきますね」

「あぁ。周囲の警戒は怠るなよ」


 ツケウは駆け出した。あの少女の元へと。

 その少女は体力を使い果たしたらしく、へたり込んでいた。敵が逃亡しているとは言え、あまり感心できない。やはり素人のようだ。


「まったくもう後で説教ですよ」


 ギルドの新人職員の研修を任されることの多いツケウの血が騒いだ。けれど、同時に穏やかな笑みを浮かべていた。


 ――無事でよかった。


 その時、逃走する死霊の一体が攻撃を受けて吹き飛んだ。ちょうど座り込んだ少女の背後へと。


「ヒトエちゃん!?」


 ツケウは瞬時に風の針を飛ばす。それは彼女の持つ最速の魔法であるが攻撃範囲は控えめである。死霊の頭に直撃するも吹き飛ばすには至らなかった。

 振り返った少女。彼女はやはりヒトエであった。その表情は驚愕に染まっている。それはそうであろう、力を使い果たしたところに死霊が現れたのだから。

 虚ろな瞳の死霊が砕けた拳を握りしめた。リミッターの外れたその一撃をもろに受ければどうなるかわかったものでない。

 もう、ツケウの魔法では助けられない。


「逃げてぇぇぇぇぇッ!」


 無慈悲な拳が降り下ろされ、破砕音と共に飛沫が舞った。


 土の飛沫だった。


「あれ?」


 死霊はヒトエの横の大地を砕いていたのだ。正確には転んで狙いが逸れて、大地を砕いた。足元には黒い棒状のものが落ちている。


「危なかったー。油性ペンがなかったら即死だったよ」


 冷や汗を拭うヒトエはツケウを見つめるとにぱっと笑った。ツケウも口角をあげかけたが、死霊がピクリと動くのを見逃さなかった。


「ヒトエちゃん! トドメをッ」

「えっ? えっ?」


 わたわたしたヒトエはとっさに油性ペンを拾って握りしめると、そこから無防備にさらされた後頭部を拳で殴り付けた。それがトドメとなったようで死霊は動かなくなった。


 油性ペンは必要なかった。


 ほっと胸を撫で下ろしたツケウは自然と笑顔になったがすぐに凍りついた。ヒトエが倒したはずの死霊、その姿が消えたからだ。代わりに落ちていたのは黄土色の小さな石。

 それは大地の破片ではない。魔物を石にした魔石であった。


「まさか、魔力もないのに魔石化を? それも詠唱なしに?」


 簡単な魔法は訓練次第で詠唱を必要とせずに発動できる。ツケウも風の中級魔法の一部までは無詠唱である。

 しかし、魔石化は土の上級魔法の中でも難しい部類に入るのだ。また、戦闘後に使うので無詠唱を練習する人もまずいない。それを無詠唱で行ったらどうなるか。


 また、ヒトエは死霊の足止めで元々目立っていたところにツケウの悲鳴でさらに目立った。かなりの人数が今の光景を目撃していたのだ。

 さらにツケウの魔力なし発言も多くの人に聞かれてしまった。


 静けさが戻ったはずの北門周辺にひそひそ話で憶測が飛び交う。

 ヒトエは状況が飲み込めず、魔石を拾ってツケウにどうしてらいいのと無垢な視線で問いかける。


 そんな姿を見ていた一人の男がぽつり呟いた。


「ありゃあ聖女様だ。魔力ゼロで魔石化を行うなんて神の所業さ」


 静かな空間だっただけにそれはよく響いていた。至るところから同意の声が上がる。それは次第に膨れ上がり、いつの間にか聖女コールとなっていた。


「せ・い・じょ!」


「せ・い・じょ!」


「せ・い・じょ!」


 最初は何が起きたかわからず困った様子だったヒトエ。少しして意を決したように立ち上がる。そして自分の体を抱くように両手を交差して穏やかに表情で目を瞑った。


 それはまさしく聖女であった。聖女のポーズであった。彼女のエンターテイメント心がそのポーズをとらせたのだろうか。


 北門の周辺が今日一番の歓声が湧き起こる。


 後にヒトエが「なんでこうなった」とぼやく事になる、聖女誕生の瞬間であった。

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