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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
三章
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超子猫2

「不用意に飛ぶんじゃない!」


 戻ってくるなりコーリッヒに叱られた。引きこもりに叱られるとはなかなか稀有な体験ではないだろうか。


「ごめんごめ――」

「むっ!?」


 その男が次の瞬間に弾き飛ばされているのはさらに稀有な体験だが。

 戦場では一瞬の気の緩みが命取りとなる。


「大丈夫!?」


 ヒトエは一度受けたからわかる。

 あの直撃はヤバい。


「隠れろヒトエ!」

「了解!」


 崩れた家の下から指示が飛ぶ。コーリッヒは無事だった。さすが頑丈である。

 しかし、危機は継続中。ヒトエは指示に従い、瓦礫に背を向けすぐさま隠れた。冷たいようだが正面から受け止める手だては無いのである。そして超子猫は追撃のためすでに狙いを定めていて、助けようと瓦礫を掘り返せば巻き添えをくらってしまうのだ。


「おら、デカブツこっちだ!」


 離れた場所で走っていたオンテが別の瓦礫の山を蹴飛ばして崩す。

 耳をピクリと反応させた超子猫は放った猫パンチの軌道を変えて瓦礫ごとオンテを薙ぎ払った。


「へっ、どこ狙ってやがる!」


 猛ダッシュでかわしたオンテは更に挑発しながらコーリッヒの埋もれた山から超子猫を遠ざける。


 ヒトエがすぐさま瓦礫に飛び付くと、すぐにコーリッヒは這い出てきた。ヒトエが撤去したのはサッカーボールぐらいの石一つである。なんとも助け甲斐のない男だ。


「それで、どうすりゃあいいんだよ!?」


 オンテは猫ラッシュを掻い潜りながら叫んでいる。鎧がボロボロのコーリッヒとは違い、一度も攻撃を受けてないからか、まだまだ元気そうだ。


「まだ次の作戦は決まらねぇのかよ!」


 そう、ヒトエに一番求められているのは頭脳労働。ただ倒すだけではなく、生け贄とされたソーカを救い出さねばならない。直接攻撃を控えてもらっているのも、怪我がソーカにフィードバックするのを恐れてのこと。

 能筋のオンテは特にフラストレーションが溜まっていることだろう。

 でも、それももうすぐ終わるはず。作戦は決まっている。


「まずは南門の向こうに連れ出すよ!」

「わかったッ!」


 いい返事をくれたオンテに対してコーリッヒが苦言を呈した。


「南門までどれだけの距離があると思っているのだ!」


 超子猫の一歩は人間にとっては何歩だろうか。十歩二十歩はゆうに越すだろう。町の半分が壊滅することは目を瞑るとしても、誰かしらが途中で捕まってしまうことを危惧しているのだ。助けられるかもまだわからないソーカのために誰かが犠牲になるなど本末転倒。であれば倒した方がいい。

 それがコーリッヒの言い分だった。


「それなんだけど」

「考えがあるのか」

「うん、だからオンテさんと合流しよう」

「ならいい。…………それでオンテはどこ行った?」


 猛烈に南門まで一直線にダッシュしていた。真っ向勝負の追いかけっこである。


「あれじゃ捕まっちゃうよ!?」


 オンテは単純細胞であり、最初の作戦の“安全を確保しながら逃げる”ことと“南門の外まで誘き寄せる”の両立を許さなかった。というか最初の作戦はもう忘れたのだ。


 超子猫がちょちょいと様子見の細かな二連打を放つ。ずっと逃げ隠れていた獲物だから警戒しているのだろう。

 でも、オンテは避けられなかった。いや、避けなかったのではないだろうか。避けたら南門から遠ざかる。そんな純粋なアホの子なのである。


 真横に吹っ飛ばされたオンテは大きな建物の壁を突き破った。


「オンテさん! あと、洋服屋さんも!」


 あの店はいつも通っている言わば常連の店だ。

 大切なものを二つ、いや三つも失うわけにはいかない。


「コーリッヒ君、手伝って!」


 ヒトエはチート能力を発動させた。


 それは黄緑の長い棒だった。すらりと伸びるその先端には動物の尻尾を連想させるふわふわな黄緑の穂がついている。

 正式名称はエノコログサ。


 いわゆる猫じゃらしだった。


 ただ超子猫相手では普通の猫じゃらしでは心許ない。人間の片手に収まるようなサイズでは見向きもしないだろう。

 そこでヒトエが作成した猫じゃらしは超巨大だった。超子猫が五十から六十メートルあるのだから、猫じゃらしは三十メートル。ヒトエ試算ではこれがベストなのだ。


 ベストなのだが、この大きさを作成したのはレベルが上がったとは言え無茶だったのか、体力がごっそり持っていかれた感覚がある。


 フラついたヒトエはコーリッヒに猫じゃらしを託した。


「これで、あのにゃんこをじゃらして……」

「承知し――重い!」


 増したのは大きさだけではなかった。重さも超が付くほど増していた。特に持ち手となる茎が、全荷重を折れずに支えるため、極太になり密度も増している。


 だからオンテと二人ががりで振ってもらおうと思った。しかし、彼女はショッピングで夢の中だ。

 さすがのコーリッヒでも一人では支えるので精一杯らしい。


「やっぱ私も手伝うよ!」


 ヒトエも茎を掴んで力を込める。


 さて、知っているだろうか。一円玉を手の上に乗せると重さを感じられる。しかし、スマホを乗せた状態でさらに一円玉を乗せても大半の人は違いを感じられない。百グラムちょいに一グラム増えたところで、雀の涙なのだ。


 ヒトエのパワーを一とするなら、コーリッヒはいくらだろうか。

 乙女としてはか弱い方がポイントが高いだろうが、今はムキムキ乙女が求められる状況なのだ。今のヒトエはあまりにも無力だった。いてもいなくても誤差でしかない。


「うおおおおぉ!」


 コーリッヒが気合いを込めて先端を揺すった。ヒトエは触れているだけ。

 申し訳なく思ったその時、視線を感じた。そして強い風が吹く。

 ずっとお座りしながらチョコチョコ動いていた超子猫が伏せたのだ。お尻だけは高くあげており、尻尾をフリフリさせている。

 その視線はわずかに動く猫じゃらしの先端に注がれている。


 ――釣れた!


「よし、ここからどうするのだ?」


 超子猫の今までとは違う行動にコーリッヒも手応えを感じたようだ。あとは――


「逃げながら南門まで行くよ!」

「……持ったままか?」

「持ったまま」


 コーリッヒはまだ健在な冑の中で顔を青くした。力を振り絞っても揺するのが限界だったのだ。持って逃げるのは、例え火事場の馬鹿力が発揮されても厳しい。


「これを棄てて別の場所で召喚することは……」

「今の私じゃ力尽きるね。体力消耗激しいんだ」

「別の作戦は……」

「ないよ」


 ヒトエはキリリと言い放った。

 なにか他の手はないかとコーリッヒはぶつぶつ考え出す。そんな猶予は無いのだが。


「コーリッヒ君! 来るよ」


 超子猫が穂先目掛けて飛びかかってきた。全体重が込められたタックルは穂先を破壊し、下にいるヒトエたちを押し潰してしまうだろう。


 ヒトエは猫じゃらしを動かそうとしたが動かなかった。

 なにかがおかしい。ヒトエはここでようやく気付いた。


「もしかしてコーリッヒ君でもいっぱいいっぱい?」

「……すまん」

「ううん、私こそ気付けなくってごめんね」


 今から逃げてもあの巨体に潰されてしまう。

 判断ミスによって完全に逃げるタイミングを逸した二人は動けず、その様子を呆然と見上げる事しかできなかった。

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