犯人
「さぁ、行こう!」
「それは困るな」
狙ったのだろう。気勢を削ぐタイミングでその男は現れた。前触れもなく最初からそこにいたように背後に立っていたのだ。
黒いマントを正面であからさまに閉じており、意地でも顔を出したくない、というアピールをしているようにヒトエは見えた。
「せっかく、心がへし折れてくれたと思ったのだがな。いとも容易く立ち直るとは」
「お陰さまでね。それより、あなたこそ大丈夫?」
「なにがだ?」
「なにってそりゃあ――」
背後に横薙ぎを放たんとするコーリッヒが突如出現した。お株を奪う瞬間移動ではなく、ただの高速移動である。
「体の心配だよ」
気合いの掛け声から放たれた銀の一文字は空を斬った。
黒い冑の覗き穴がヒトエの方に向けられる。じろりとした非難の目線だった。
「私がなにも言わなくても避けてた」
「その通りだ」
ヒトエの言い訳を肯定した黒マントはコーリッヒの背後に現れる。そしてギザついた刃のナイフを取り出したのだが、
「そんでもって、私らの勝ちだね」
「むっ?」
いつの間にか床に敷いてあった二枚の板が起き上がって男を挟み込んだ。なにやら粘着物質が塗ってあるようで、男がもがいてもびくともしていない。マントだけを脱ぎ捨てようにも素手である両手まで塞がれているのでどうにもならないらしい。
「とりもちか!」
男は悔しそうに叫んだ。
バランスを崩して倒れてなお、緑の糸を引かせ格闘しているのが実に面白い。
ヒトエはにっこりとして「御名答」と告げ、そして付け加える。
「とりもちには腐臭が凄い草をブレンドしてあるよ」
「なに!? うおっ臭っ」
臭いに気づいてしまった男は悶絶し、落ちたナイフがキィンキンと音をたてる。
「ちなみに木の板のトラップはトラウサギの原理を利用したよ」
「トラウサギ?」
隣で油断なく見据えていたコーリッヒが疑問の声を出す。トラウサギが伝わらなかったようでヒトエはチラリとフィンキーの顔を見たが、彼も首を横に振る。オンテは言わずもがなである。
「みんな勉強足りないね。トラウサギは狩猟に使われる罠で」
「それはトラバサミだ」
「えっ」
息も絶え絶えだった男の指摘。
生まれる妙な間。
ヒトエたちの背後では超子猫が暴れ続けている。
「……そう、とも言うね」
そうとしか言わない。
「なにはともあれ捕獲したよ」
「ヒトエ、油断するな。こいつは瞬間移動する。このぐらいじゃ止められんだろう」
コーリッヒの警戒は正しいだろう。
けれど赤面しているヒトエは首を横に振った。
「大丈夫だよ」
「どうしてそう言いきれる」
「予習済みだから」
ヒトエはスマホを作成し、皆に見せつける。
「ここに色々書いてあるの」
ラモビフトの巣で、ツヅラからのメッセージを読んだ後、他にもなにかないか一通り読んでいたのだ。
「例えば……」
事の推移を見守っていたフィンキーに悪寒が走る。
「待ってヒトエ!」
だが、そのお願いは届かない。
「夜、牢屋の中で雰囲気君が泣いていること」
「うわぁ言わないでぇっ!」
フィンキーは崩れ落ちた。
ヒトエの毒牙は次の獲物に向かう。
「逃げた時、コーリッヒ君が『任せたぞ、ヒトエ』ってキリッとした表情で言ってたことも」
コーリッヒは恥ずかしさに顔を隠した。もともと冑で殆ど隠れているのだが。
「それでオンテさんは……」
ここでヒトエは言い淀んだ。
「えっと……」
「なんでもドンとこい」
なぜか期待されている。オンテの目が爛々としている。
でも、ヒトエは言わねばならなかった。
「なんかあったっけ?」
「ぐふっ」
オンテは見えないボディーブローで体がくの字に曲がる。一番ダメージが大きかったらしい。
「というわけで予習ばっちりなのさ!」
ヒトエの周囲に立っているものは一人としていなくなっていた。完全勝利である。
男がカカカッと笑った。まだ臭いとりもちに挟まれているのに、心のゆとりを取り戻したようだ。
「それもチート能力なのかな。してやられたよ。私の能力の秘密までばっちり書かれてたわけだ」
「いいや、書かれてないよ。書かれていたのはコーリッヒ君との戦闘で瞬間移動っぽい能力を使ってたことだけ」
「ふむ?」
興味深そうに眉をつり上げた、気がする。まだマントに包まれていて、その顔は窺えない。
剥いでもいいのだが、ヒトエはまだその時じゃないと考えていた。
「コーリッヒ君がリスクか制約があるって言ってたじゃない? それを推測したんだよ」
「ほぉう」
「あなたの能力には少なくとも三種類ある。長距離、短距離、召喚タイプの三つがね」
長距離は場所を知る必要があり、なおかつその場に敵がいてはならない。また距離に応じてクールタイムが存在する。
短距離は見える範囲であり、相手の意識の外でなくてはいけない。
召喚は目印が必要。
また、他人を同伴させるには体に触れておかねばならない。
「まぁ、こんなところかな」
「なるほど、どれだけの情報が書かれているのかは知らぬがよくもまぁ考えたものだ。だがそれで、どうやって私の能力を封じたのだ?」
ヒトエは、さぁね、と首をかしげる。
とぼけているわけではない。
「考えてくれたのソーカさんだからね。知るわけないじゃん!」
ヒトエは予めソーカが立ててくれていた作戦を実行しただけ。臭くなるアレンジを加えてはいるが。
そもそも、この小説に書かれている文章を読んだだけではあの能力は判明しない。ソーカだからこそ、その答えにたどり着くことができた。
「ねぇ、“お爺さん”、つづらがね、『犯人がわかった』って書いてたんだよね」
「む?」
急に話が変わり男が戸惑う。
なんの関係があるのか。
だが、大いに関係があった。
「最初はね、この死霊事件の犯人は私の知り合いの誰かかなって思った。でもね、それだったらつづらは教えてくれるはず。あの子は腹は黒いけど友達の命を賭けて犯人を自分で捕まえちゃおうとはしないからね。
だから私が警戒しても意味のない人物、つまり犯人は私の知り合いじゃないんだよ」
喋りながらヒトエは男に近づいた。
「でも関わりがあった人物ではある」
「なにが言いたい」
「この死霊事件の犯人はあんただよ!」
ヒトエは男のマントを剥ぎ取った。
現れたのは目出し帽。まだ素顔が見えないが、忘れようもないその帽子。この男こそが――
「地球で私を刺した殺人鬼!」
そして、目出し帽も剥ぎ取った。
「そして、四聖が一人、ジャンパー!」
つまり彼の能力が判明したのは、ソーカが四聖の研究者であるからこそというわけだ。
死霊事件の犯人にコーリッヒやフィンキーは絶句している。
そんな中、ヒトエには気がかりが一つあった。四聖は有名人であるが彼の顔を見たことがないのだ。町の広場にあるイージス像のように、どこかしらにジャンパー像があるかもしれないが、それを見た記憶もない。
だから、念のための確認を行わねばならなかった。これで人違いだったら恥ずかしすぎる。
「だよね?」
できるだけ可愛らしい声を出してみた。
緊張の一瞬。
男は観念したのか誤魔化す必要性を感じなかったのか、そうだ、と、やけにあっさり認めた。その上でヒトエに訊ねる。
「私を殺さないのかね?」
「うん」
即答した。
思うところは無いでもない。大切な人たちと離ればなれになってしまった。
けれど、そのおかげで新たな大切な人たちとも出会えた。これも事実なのだ。
「それに私は普通の女子高生だよ。するわけないじゃん。行こ」
三人に声をかける。もう話は終わりだ。かなり時間をロスしてしまった。
超子猫はずっと暴れていたわけで、城なんかは既に形が残っていない。
これ以上の被害を出さないためにも。
コーリッヒとフィンキーが立ち上がる。コーリッヒはなにか言いたそうだったが、言わないと決めていたようで、なにも言いはしなかった。
「オンテさん?」
なぜかいまだに横たわっていた。ヒトエの精神攻撃を食らった状態のままだ。
「まさか?」
そのまさかだった。
オンテは眠っていたのである。ショック疲れと退屈な説明の相乗効果でぐっすりだ。さすがは大物であった。
フィンキーが擦って起こすと「あっ、話、終わった?」と目を覚ました。寝起きはいいようで十秒ほどでしゃっきりとする。
「よし、あらためて行こう」
「最後に一ついいか?」
この男は何度邪魔をすれば気がすむのだろうか。
「お手短にね」
「あぁ」
その時、周りの三人の姿がかき消えた。この場にいるのはヒトエと男だけ。
男は勝ち誇ったように笑う。
「死ね」
落ちていたナイフからピンクのジャージを着た少女が出現する。そして一直線にそのナイフを心臓めがけて突きだした。
「……そっかぁ、通りで雰囲気君もコーリッヒ君も私を犯人と疑わなかったわけだ」
口の端から赤いものが垂れるのも気にせず、呑気にその少女の顔を観察するヒトエ。たしかにその少女はヒトエと似ている。いや、ヒトエであった。さらに厳密に言えば死んだときのヒトエである。
背中にはナイフが刺さったままであり、ジャージの一部を黒く染めていた。
「つづらが言ってたもんね。私が姿を消したって。私は魂だけ転生したのにおかしな話だよ」
消えた体を男がずっと操っていたというわけである。
「体、目当てだったんだね」
サイテー、っと冷たい視線を男に送る。
けれど男は意に介さなかったようだ。
「そうだ。ライールを復活させるには聖女の肉体と聖人の魂が必要であった。聖人聖女とはすなわち地球人。なら地球から持ってくればいい。私にはそれを可能とする力があった」
「なるほどねぇ……。でもさ、」
ヒトエは語気を強める。
「メイクぐらい落としてくれたっていいじゃんか!」
ヒトエの目の前に立つ、地球の体のその顔は世にもおぞましきゾンビであった。いわゆるゾンビメイク、リアルを追求しすぎて一般人ならトラウマレベルである。
あの日のヒトエはツヅラとご飯を家で食べる予定であった。だから驚かそうと気合いをいれてゾンビになっていたのだ。
まさかその姿でずっといたとは屈辱である。
「そんなことより最期の言葉はそれでいいのか? 二度目の死だぞ? また新たな世界に転生出来るとは限らん。憎悪の言葉と共に絶望してくれよ」
「は?」
なに言ってんの、と思ったが違和感から口を拭ってみて納得。袖が赤く染まっていた。
「あぁ、とっさに血糊使っちゃったんだっけ」
息を吸うように血糊を吐くのがヒトエの悪戯精神である。
その足元にはナイフが落ちていた。
「コーリッヒ君は言ってたよ。『同じ手は通用しないってね』。三人が消えたのはその魔法具、鉄壁マントの効果でしょ?
指定した対象の姿を消す効果なんだよね。それで分断しても無駄だよ」
前の対決でも姿を隠すときに使って、すぐさま破られている。もう一度使っても、もっと早く看破されてしまうのだ。
割れる音共にコーリッヒが二人のヒトエの間に現れた。手でゾンビヒトエの拳を受け止めている。
「勝ち誇ってないで捕縛しろ」
「あいあいさー」
チート能力発動。ゾンビヒトエは、ゾンビ柄の拘束服に身を包まれ身動きがとれなくなった。
最後に、ナイフをコーリッヒが踏み砕き勝負は完全決着を迎えたのだった。




