王女
「オンテが王女様? まてまて、それはないだろう。私は会ったことがあるぞ? 骨格からして別人だ」
「そうだね、ぼ――私もお転婆って聞いたけど背の低い美少女って聞いたよ」
ソーカもフィンキーも信じられないようだった。
オンテがフリーズしているから、それが何よりの証拠でもあるのだが。
信じられないのは立ちはだかるコーリッヒも同じようで――
「謀ろうとしても無駄だ。たしかに王女様と髪色や髪質は似ている。だが、そんなにゴツくはないっ!」
「へえ」
地雷を踏み抜いた。固まっていたオンテから表情と目の光が消え失せる。気にしていたらしい。
ヒトエからすればオンテはゴツイというよりグラマラス。コーリッヒの目は節穴だなぁ、と思ったが口には出さなかった。その方が面白そうなのである。
重くなる空気に沸き立つ殺気。それでもコーリッヒは平然としていた。命のやり取りを幾度となく乗り越えてきており、このぐらいは何てことないのだろう。先手を許してやるとばかりに仁王立ちである。
真実を真実と認識したらどうなるか見ものだね。
ほくそ笑むヒトエにオンテがこっそり耳打ちしてきた。
「……いつから気づいてた?」
「確信を持ったのはヒオさんとデートしたあの日だよ」
食堂で見せてくれた、行儀のいい大食いは親子瓜二つだった。
ちょっと世間知らずなところも似ている。オンテの破天荒はこの延長線にあるんじゃないかと推理できた。
「他にも怪しいところがいくつもあったね」
城を退屈そうに歩く姿は初めて来た人には見えなかったし、王様の前でも多少態度がふてぶてしかった。これは破天荒というより、自分の家で父親に接する態度だとすれば納得できる。
ソーカに指名依頼を出したこともおかしい。死霊事件の被害者であるとはいえ、町に来たばかりの無名の冒険者。そんな人にわざわざ仕事を依頼するだろうか。
そしてもう一つ、ヒトエに出された王様からの指名消化にオンテを紛れ込ませたのも王女だった。しかし、姿を現そうとしなかった。これもおかしいだろう。
「つまり、城に行った日には既に気づいていたのか?」
「そうなるねっ」
悪戯を生業としているので、そういうのには敏感なのだ。
「私がおしとやかで純情で可憐な王女だって気づいてたなんて」
「ごめん、それは知らなかったよ」
聞き耳をたてていたソーカをちらりと見た。王女としてのオンテに会ったことがある彼女なら真実を知っているはず。
すっ、と、目を逸らされた。少なくとも二つは欠けていそうだった。
「まぁ、わかったよ。王女としての私ならコーリッヒを抑えられるもんな」
そう言うとオンテは前に一歩出た。
「作戦会議は終了か?」
「あぁ、そうだよ。終わりだ」
怒っている。オンテは先程のコーリッヒの発言にまだ怒っている。
「そうか、その前に一つ言わせてくれ」
そう言ってコーリッヒはヒトエの目を見た。
「……やはり、犯人には見えんな」
「いくぞ!」
オンテは駆け出した。恐らく、コーリッヒは言いたかった一つを言っていない。
「まぁ、私が犯人じゃないと思うけどここに来たら捕まえざるをえないとかそんな感じのことだよ。そんで作戦タイムをくれたのは本気の自分を倒す可能性を少しでも高くするためかな」
ズバリその通りであった。
「そんな心配しなくていいのに」
オンテは本物なんだから。
「身体強化魔法解除!」
オンテの体が赤いオーラが弾けるように放出される。衝撃でフィンキーが尻餅をつきかけたので、ヒトエはとっさに踏むとおならの音が出るクッションを差し込んであげた。ばすん、と豪快な屁の音。そしてクッションと言っても厚みがないのでフィンキーはお尻をしこたま打ちつけた。
だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。オーラの放出に合わせて、オンテの体が縮んでいたのだ。
これはマズい。
ソーカとヒトエとコーリッヒがそう思ったのはほぼ同時だった。そして動き出したのもほぼ同時だった。
「これを纏えっ!」
「服っ!」
「すみませんでしたッ!」
懐に隠していた黒ローブを巻き付けたソーカ、子供用の服を作成するヒトエ、そして床に頭を叩きつけたのがコーリッヒだ。
その中心に立つ人こそオンテの真の姿。
おしとやか、純情、可憐。
というよりは、背の小さな勝ち気な美少女と言ったほうがしっくりくる。
「いつつ、いったいなにが?」
お尻の痛みに悶えていたフィンキーだけが状況の変化に取り残されていた。
彼からすれば、オンテがいた場所に燃えるような赤髪の少女が突然現れたように見えたことだろう。
「本当にオンテがテンハ様だったんですか……」
「隠していてすみません」
全てを目撃していたソーカまでもが唖然としていた。テンハ王女となったオンテはなんだか寂しそうであった。ヒトエたちの前だけでは一介の冒険者でいたかったのかもしれない。
「オンテさん……」
「私はもう動けそうにありません。行って、目的を果たしてください」
オンテはローブの下は裸同然。ヒトエから受け取った服を着る間に騒ぎを聞きつけた兵士が来るかもしれない。フィンキーのチート能力があればやり過ごせるかもしれないが過信してはいけないだろう。一刻も早く地下牢へ向かうべきだ。
ヒトエは無意識に作成していた、左手のスマホと右手の小さめなデジカメでローブの下でもぞもぞするオンテと土下座騎士を激写するのを止めた。
「オンテさん、ここは任せたよ」
「はい」
「丁寧口調かわいい」
「ありがとうございます」
「それと、今度一緒に冒険しようね。行ってきまーす」
ショボくれたオンテの顔に花が咲いた。元気のない破天荒なお転婆王女なんて、らしくないのだ。
「はいっ、行ってらっしゃい!」
ヒトエ達を見送り、大広間に残ったのはオンテとコーリッヒの二人だけとなった。
さすがは最強の武器の一角である権力。彼を釘付けにしてヒトエ達はまんまと城の地下牢に潜入を果たした。
大仕事を成し遂げたが、まだすべきことは残っている。
「コーリッヒ」
オンテの冷たい呼び掛けにコーリッヒは体を震わせた。
おしとやかで純情で可憐な王女様が怒るとどうなるのか。彼はこのとき初めて知ることとなるのだった。