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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
一章
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死霊の群れ(前)

 タマス率いるギルドの冒険者と兵士の連合隊は町の外で作戦会議を行っていた。前回とは違い、今回の目的は死霊駆逐のため、かなりの人数が集まっている。

 町のため、金のため、仕事だから。理由は様々であるが一応に真剣な表情をしてタマスの話を聞いていた。


「――以上だ。質問は、っと来たな」


 タマスの視線の先、そこにはオレンジを塗りつぶす漆黒の集団が行進してきていた。彼らが近づくにつれ大地が震える。かなりの人数だ。


「敵は想定通りの数だな。よし、武器をとれ! 彼らはもう死んでいる! 遠慮はするな!」


 タマスの鼓舞に皆は武器を掲げて雄叫びをあげる。


 そして戦いは始まった。




 戦況は連合隊が圧倒的に有利であった。

 この死霊からは生前の知性が欠落している。その分、リミッターが外れてパワーを増しているが、それもまた弱点だ。肉体の強度は変わってないのだからその力は諸刃の剣となり、攻撃を繰り出す度に自身をも傷つけていく。

 対する連合隊はチームを組み、各個撃破で安全に対処していた。一人が囮となり、仲間が背後から斬りつけることで今のところ被害は出ていない。


「おかしいな」

「タマスもそう思いますか」


 タマスが鎧を着た死霊の剣撃を盾でいなす。そうして出来た隙にツケウが背後から鎧の隙間である関節目掛けて風の針を飛ばし行動不能にし、もう一人のギルド職員がトドメをさす。完璧なチームプレーで兵士の死霊を葬り、戦いはこうして順調であるのにタマスもツケウも言い知れぬ不安を抱いていた。


「お二人とも考えすぎじゃないですか」


 唯一、楽観的なのは若い職員であるチョデだ。剣の腹をぽんぽん手で叩くその様からは余裕がにじみ出ている。これが彼の最大の欠点である。なまじ実力があるために苦労した経験もなく、油断しがちなのだ。


 あとで説教だな。

 そう考えたタマスであったが思考をすぐさま戻した。


「問題は」

「指揮者の不在ですね」

「あぁ」

「指揮者?」


 チョデが首をかしげるのを見て、二人はため息をついた。


「あのなチョデよ。ギルド職員なら魔物の特徴を覚えておけよ」

「事件の流れもですよ」

「特徴? えっと死霊は生者の魂が魔物化した存在で意思が弱いと自らの体に宿る。で、事件の流れは……」


 チョデはハッとした。


「そうか。彼らは連れ去られた人たち。つまり死霊化させた黒幕がいる! それが指揮しているはずなのに来てないからおかしいんだ!」

「正解だ」

「いいえ、三角ですよ。ここに連れてくるまでは指揮者はあの中にいたはずです。それは先ほどの足並みの揃った行進から見て確実でしょう。あれほどの統率がとれるなら組織だった戦闘が可能なはずですが……」


 ツケウの指摘通り、今の死霊達は見つけた先から適当に拳か武器で殴りかかっているだけ。お世辞にも組織的とは言えない。


「じゃあ、指揮者はどこに?」

「それが問題なんだよ。ここにいる数は行方不明者の数と大差ないんだ。陽動にしちゃおかしい。単騎の戦闘力に自信があんのか?」


 タマスは悩みつつも次の敵をしっかり見据え斧を担いだ。ツケウもそれに続く。


「単独であれば、城に残る騎士長の敵ではないでしょう。チョデ、後ろに回りますよ」

「あいさー!」


 二人が離れたところでタマスは冒険者風の槍を持った死霊に一気に接近した。死霊は大男の突然の突進に反応しきれず、持っていた武器を打ち払われた。さらに体勢を崩しており、タマスであればそのまま仕留めてしまえる。しかし、彼はそうしなかった。


「タマス?」


 ツケウは不審がりながらも、すぐさま死霊の首をハネた。これが一番確実なのである。そして、足元に転がってきた生首と目があい息を飲んだ。


「まさか……」


 それは見知った冒険者であった。命懸けの仕事である以上、こうした結末を迎えてしまうのは仕方ないことである。ギルドに勤めて五年以上経つツケウもそれはきちんと理解はしているし、どれだけ悲しくても割りきってはいる。

 だから驚いた理由もそこではなかった。ツケウがここまで反応した理由、それは彼が半年以上前に違う町へ旅立っていたという事実であった。


「タマス!」

「あぁ、こいつらは陽動だ! 指揮者のやつ、他の町でも人をさらってやがったのか!」


 迂闊だった。ここいる殆どが消息不明となった人達で、人数もほぼその通りであったためにその可能性を失念していたのだ。


 タマスは急いで足の早いメンバーを中心に隊を編成した。目指すは反対側にある北門だ。町には門が二つしかないので、強襲をかけるならここに近い南門よりもあちらだろう。どちらにしよ町中を突っ切った方が早いので南門を通るが。

 そしてタマスは敵の狙いがなにかをなんとなく理解していた。

 恐らく、城地下にある――。


「タマス、サブマスターにここの指揮を委任してきました。参りましょう」

「了解だ」


 ツケウの報告を聞いたタマスはすぐさま出発するのだった。






 ――北門。

 こちらは草木があまり生えておらず、遠くには雪を頭に被った山々が見える。南門と比べて小さなこの門はあまり使われていない。北は凶悪な魔物が多く資源は少ない、旨味の少ない地であるからだ。

 本来であれば二人ほどの兵士が常駐しているが、とある男の指示でここにはいない。その男は門の前で腕を組んで首をかしげていた。


「おかしいなぁ。集合場所はここだったはずなのにまだ誰も来ない。緊急事態だぞ。準備くらいさっさとすべきだろう」


 その男こそ自称勇者であるフィンキーであった。まだ頬に黒い痕が残る彼は南門と北門を間違えていた。それで人が来ないのを準備が遅いせいだと思い込み、自分が見張ってるからと、二人の兵士とも言いくるめて呼びにいかせたのだ。ギルドは北門から遠い。その兵士は行ったばかりなのでしばらく戻ってこないだろう。

 当然連合隊がここに来るはずもなく、背後に控えるヒトエと二人きりとなっていた。


「これはこれで僕の素晴らしさを見せつけるチャンスか」


 自身に満ちあふれるフィンキーはきらりとした笑顔で振り返り、ヒトエにウィンクを飛ばした。両目が閉じるタイプのウィンクであった。


「ありがとうございます」


 それでも今のヒトエには十分らしく、蕩けた表情で両手を合わせて嬉しそうにしていた。

 恋する乙女とはこの事だ。

 そんな彼女に再度両目を閉じて謎ウィンクを飛ばしたフィンキーは前を向いて満足げに腕を組み、鼻の下を伸ばしてうんうんと頷く。この顔なら百年の恋も覚めそうだが、生憎ヒトエからは後頭部しか見えてなかった。




 しばらくしてフィンキーが異変に気づいた。ぬるぬると現れた黒い点が近づいてくるのだ。


「おいおい、来ちゃったじゃないか」


 それは足並みを揃えた三十ほどの黒きオーラを纏った集団。一見して人間であるようだが、どことなく輪郭がぼやけている。そして色の悪い顔にはギラギラとした怒りの表情が張り付いていた。


「仕方ないなぁ」


 そんな相手に対し、フィンキーは飛びっきりの笑顔を浮かべて両手を広げる。ショーの始まりだと言わんばかりである。


「さて、ショーの始まりさ」


 言った。


 そしてフィンキーは勿体ぶるように前に出て瞳を大きく見開いた。碧眼が赤に侵されていく。

 次の瞬間、強烈な風が吹いた。フィンキーから吹き出ているようであり、彼の長い髪は穏やかに揺れるのみ。しかし、フィンキーの目の前では嵐のように砂ぼこりが舞い、死霊の集団に打ち付けていた。

 その光景にフィンキーは高笑った。狂ったように笑った。


「所詮、人間などただの人間にすぎないのだ!」


 勇者にあるまじきセリフである。そしてなお笑うのだった。


 程なくして吹き荒れた風が収まると腕を組み直す。その動作は洗練されていてヒトエが「素敵……」と漏らすほどであった。


「これでよし、と」


 フィンキーは大きく頷くと踵を返してゆっくりと北門を潜り、町に戻っていった。


 一人、そこに残ったヒトエは未だに蕩けた表情をしていたが、次第に真顔に戻っていく。


「は? なにこれ」


 そして、意識が完全に覚醒した彼女の目に映ったのは、すぐそこまで迫る死霊の集団であった。

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