応援
宣言をかましたヒトエであるが、そう簡単に逃げられる状況ではない。
ツケウに捕まえる気がないとはいえ、はいどうぞと逃がしてはくれない。それに一緒に来ている冒険者達は普通に捕まえようとしているだろうから、自力で逃げる必要がある。
その彼らは今、ラーくん達やオンテと戦っていた。死霊との戦闘も想定していたのだろう、オンテと打ち合っている一人の冒険者なんかは、かなりの実力である。
ここにもう一人くらいが加われば、オンテは敗色濃厚になるが、そこはラーくん達の援護が活きていた。
ヒトエが指示したフォーメーションAのAはあざと可愛いポーズのA。
ラモビフトが駆除対象となるのは、気性の荒さが原因の一つである。群れるなんてもってのほか、ラーくん達はレアケースなのだ。普通のラモビフトは、時に仲間同士でも戦ってしまうほど普段からふんふん息巻いている。
だから冒険者の大半はラモビフトをただの魔物としてしか見ておらず、彼らの魅力に対する抵抗力が低い。そこを突くフォーメーションだった。
暇な時間を用いてヒトエが一匹一匹の個性に合わせて仕込んだ、あざといポーズ。集団で繰り出されたそれは、多種多様な可愛さを冒険者に叩きつける。
逃げ場はまぶたの裏しかないだろう。そのまぶたの裏だって、可愛さが焼き付いてしまえば意味をなさなくなる。残像効果のようにラモビフトがふんッ? と、首を傾げたその姿が浮かんでしまうのだ。
何人かの冒険者は、新発見とも思えるラモビフトの魅力に、武器を落として膝を屈した。厳つい顔がデレデレに溶けてしまっている。戦闘続行は無理であろう。
それを見た一人の冒険者は舌打ちするが、彼だって決して無事とは言い難い。フォーメーションAにより、敵対心を大分削がれてしまい、武器を握る手も緩んでしまっている。
そこへフォーメーションDだ。Dは大地を蹴り飛ばせのD。あざといポーズをとっていたラモビフトは突如、一斉におしりを向けた。そして後ろ足で地面を抉るように蹴り飛ばし、土のつぶてを冒険者にぶつけ出した。自慢のジャンプを支えるその脚力によるその威力は防具の上からダメージを与えるほどではない。一人、鍛えようがない急所に直撃して悶絶しているが。
それでも冒険者は足止めされていた。なんだか胸が痛むのだ。防具に守られているので物理的ダメージではない。
先程まで、愛嬌を振り撒いていたあの存在が急に土をぶつけてくるのである。なにかして嫌われてしまったのか。初孫に「じいじはヤッ」と拒絶されたような精神的ダメージで動けなくなっていた。
中にはラモビフトの魅力が通じていない者もいるが、そちらは巨大化したラーくんが体を張ってくれていた。毛玉と化すほどの毛は刃を受け止める天然の鎧となり、守りに専念しているが、数人の冒険者を一度に相手取っても負けていない。
とはいえ攻め手に欠けている。このままでいたら、頑張るラモビフト達の体力が尽きて一気に捕まってしまうだろう。
それはラモビフト達もわかっているようで、リーダーを初めとした頭のいい何匹かはヒトエに、逃げて、と目で訴えかけてくる。
ツケウの当てる気のない攻撃の隙間を縫って、ヒトエはやだよ、と首を振り返す。彼らを見捨てるなんてできない。逃げるなら皆でだ。
それには唯一手の空いているヒトエが打開しなければならない。
「ツケウさん、先に謝っとくよ。ごめんね」
「えっ?」
「生着替えターイムッ!」
二人を取り囲むように、四方をポールで支えられた、白いカーテンが出現した。ヒトエの仕業である。
「ヒトエちゃん、なにを……」
「ぐへへへ……」
悪い顔をしたヒトエは怯えて後ずさるツケウに襲いかかる。もう謝ったのでなにしても大丈夫、そんなヒトエの超理論の犠牲となったツケウは悲鳴をあげる間もなかった。
「な、何が起きてるんだ?」
理解の及ばぬ事態に冒険者達も戦いの手を止める。その隙にラーくんが三人ほどのしていたがラモビフトの敵なので仕方のないことだろう。
空き地は静かになった。
木の葉が風に揺れる音に混じり、衣擦れの音が聞こえてくるような気がした。
ヒトエが生着替えと叫んだのは全員が聞いている。あの中でなにが。
想像していることは皆一緒だろう。
「た、確かめてくるぜ」
「お、おい!」
一人の冒険者が邪に鼻の下を伸ばしてカーテンに近づいていく。わかっていて開放するつもりだ。
さすがに見逃せないと、オンテが止めようとするが、目の前で銀色線が描かれる。
「まだ、戦いの途中だろう? 横槍が入ったが最後まで闘ろうぞ」
「おっさん……鼻血出てるぞ」
「やるな」
キリリと手の甲で鼻を拭っているが、オンテはなにもしていない。したのは彼の想像力である。
そんな隙に、邪な冒険者はカーテンに両手をかけていた。これから起きるであろうハプニングに胸を高鳴らせ、深呼吸、そして一気に開こうとした。
「む? 継ぎ目がねぇぞ?」
ヒトエが元々継ぎ目などつくっていなかった。なにせ、作成と消去を任意で行えるのである。出入り口など不要なのだ。
だが、彼は邪だ。この程度で諦めるなら小悪党止まりである。入口がないのなら作ってしまえばいい。男はギルドから支給された聖銀の剣を高く掲げた。
死霊を倒してくれと願われたその剣が、真っ白なカーテンを切り裂く。
「この変態がぁっっっ!」
オンテの罵倒が偉く気持ちいい。
そんな余韻に浸る男の目の前に出現したのは金属製のカーテンであり、死霊を両断するための聖銀の剣は真っ二つに折れていた。
これが死霊と戦った結果ならギルドも何も言わないだろうが、私欲に駆られた結果なので弁償は免れない。そね値段は言わずもがな。彼の借金生活がこの瞬間から始まったのだ。
だか、彼も邪だけあって転ぼうがただでは起きない。鉄製のカーテンに穴が開いているのを発見した。彼の夢はまだ終わってなかった。
バレないようそっと中を覗く。だが、考えても見てほしい。金属と金属をぶつけたのだから大きな音がして確実にバレている。そして改めて言うが、このカーテンはヒトエが作成している。穴は意図的に作ってあるわけで。
男の目に、強烈な刺激物が飛びかかる。
サバイバルマスター、ソーカが教えてくれた植物の汁であり、目に入っても害はないのにひたすら痛い。水で流しても半日は目を開けられないという拷問に最適な一品なのだ。
ヒトエが上から顔を出す。
「行儀よく待っていれば見れたのにね。御開帳!」
白い布のカーテンと、金属のカーテンが光の粒となって消える。
そこには恥ずかしそうにするツケウが立っていた。
両手には黄色いポンポン。
そしてオレンジの上下に身を包む。白い文字で謎のロゴがあしらわれた上はノースリーブ、下は膝上十センチ以上のミニ、真ん中は極めつけのヘソ出しである。
そう、この衣装とは――
「チアガールだよ!」




