再会2
この世界においてニフォンという木はサバイバルにて役立つ。強度は申し分なく、抗菌作用が強くて表面がすべすべしており、枝先がフォークの代用品として使えるのだ。持ち手に滑り止めとなる浅い傷をつけるのがポイントである。ソーカからの受け売りであるが。
そんなニフォンで作った二股フォークで抹茶色のパスタをくるくる巻き、口に運べば、きゅしゅっきゅしゅっと軽快な音。一噛みごとに、濃い緑の味が広がっていく。そう、このパスタはパスタのようでパスタでない。ルデンという植物の蔓であり、ちょっと苦めだった。しかし、ヤシに似た赤い木の実、スクションサの実の酸味の効いたジュースと合わせると抜群で、さっぱりすっきり美味しく頂ける。これもソーカが教えてくれた。
「ご馳走さまでしたー」
あれから数日、ヒトエは穴蔵生活を満喫している。
ここはラモビフトの巣。ラーくんが立ち止まった空き地に、入り組んだ縦穴があり、底から横に高さ二メートル半ほどの洞窟が広がっていた。
床には干された草が敷き詰められており、消臭効果があるらしいそれのおかげで、快適に過ごせている。これは綺麗好きなラーくん達の知恵だ。隔週で入れ換えるらしい。昨日はちょうどそのタイミングだったらしく、いそいそと運ぶ姿はキュンとした。
ヒトエとソーカが手伝ったのですぐに終わってしまったのが残念だったが。
今日は特に用事もないのでラーくん達とモフり合う予定だ。実のところ連日モフなのだが全く飽きない。特に毛並みがいいのはラーくんとラーちゃんで、その肌触りはふわっもふっなのだ。素敵すぎた。
今日も楽しみだなー、と干し草にぼふりとダイブする。
「元気になりすぎじゃないか?」
「んむ?」
ソーカがそう言うのも無理ないことだろう。食べてすぐ干し草の上でのんきにスマホをいじりだす姿は、数日前に親友を想って泣いていたヒトエと同一人物には到底見えない。
それにも理由があるわけで。
「いやー、ボーッとしながら色々見てたらつづらからのメッセージ見つけてさ」
ひとえへ、というタイトルのアレである。
「つづらが犯人わかったって言ってるし、どうにかこっちに来ようとしてる。腹黒いツヅラだもん。平気かなって。今ごろこの世界のどこかでここへ向かってるかもって思ったらやる気が出てきた!」
「やる気があるって言う割にはゴロゴロしてるような? 犯人を探しには行かないのか」
ヒトエは心外だよっと起き上がり、人指し指を立てる。
「安全第一!」
ヒトエのやる気の方向は生きて再会すること。コーリッヒ級の強さを持つという死霊の主と戦うなんて、命がいくつあっても足りなそうなことはごめんなのだ。
「まぁ、いいけどな。私は出掛けてくる」
「はぁい、気を付けてね」
ソーカはこの周囲を探索することが日課となっている。今日も黒ローブという怪しい出で立ちでラモビフトの巣から出ていった。
お土産を楽しみにしつつ、近くにいたラモビフトを捕獲するのだった。
かきゅりとする昼食を頂いた午後。一匹のラモビフトが猛ダッシュで戻ってきた。
『ラモテー、ラモテー! 表にニンゲンがきとりゃす!』
「人間? 何人ぐらい?」
『数えらんねぇ!』
ヒトエの危機パラメーターが急上昇する。
ラモビフトの大半は五を越えた辺りで沢山と表現するのは最近の会話でわかったことである。ここにいるラモビフトの数を聞いたら当然『いっぱい』と数えるだろう。
となると外には六人以上の人間がいるということで、しかも追っ手の可能性がある。
ヒトエは恐る恐る顔を出してみると、血色の悪い八人ほどの人間がうろうろなにかを探しているようであった。もう一目見ればわかる。
「死霊だ……」
なんでソーカさんがいないときに限って!
心の中で毒づくヒトエは、巣に戻ってラモビフト達に告げた。
「あの数じゃ安全に逃げ切れない。迎撃するよ」
本当はヒトエ一人でなら逃げ切れるが、ラモビフトを見捨てるなんて選択肢はない。
ラモビフト達はヒトエの決意に鼻息で答えた。
この数日、ダラダラ過ごしていたが無為にではない。
ヒトエはラモ帝となった。これは称号の面からだけではなく、ラモビフトにそう認められたのだ。であるなら、指揮をとる必要が出てくるかもしれない。だから彼らの個性の把握に努めたのだ。
それから連携の確認などをし、今やヒトエを頂点とした戦闘スタイルを確立しつつあった。
それを見たソーカは驚いていた。曰く、ラモビフトにしては個性と能力が高過ぎる。もしかしたら変種のラーくんの影響ではないか、と、
ヒトエの悪戯とラモビフトのモフパワーが合わさり、死霊に牙を向く。
ヒトエにもラモビフトにも牙はないのだが。
死霊達はヒトエ達を探していた。主からの命令である。見も心も死んでいるようなものなので反感もなく、ただひたすらに足を使って探し続ける。
巣のある空き地を見つけた偶然であった。ただ真っ直ぐ歩いていたらたどり着いたのである。しかし、彼らの虚ろな目はラモビフトの巣をまだ発見していなかった。巣の入り口の縦穴は窪んでいて林のフチからでは見えないのである。
だが、真っ直ぐ歩いていればたどり着くわけで。先頭の死霊がついにその穴を見つけた。
その瞬間、一匹のラモビフトが垂直に飛び上がった。彼はジャンプ力に優れたラモビフトで、背中には小さなラモビフトが乗っていた。これぞリフトラモビフトだ。
「フンフンフンッ」
上に乗ったラモビフトは手先の器用であり、簡単な道具であれば使える。そんな子にヒトエが託した道具は透明な石ころだった。
「フンーッ!」
鼻息の勢いとは裏腹にヘロヘロとした勢いで死霊達の上空を透明な石が通過する。
それにつられて死霊八体共に上を向いた。その内の一体は背が高く、掴めると判断したのだろう手を伸ばした。
一陣の風が吹く。
「残念でした」
次の瞬間、死霊達は同時にすっ転んだ。その足には草で編まれたロープが巻き付いている。
「なにか秘密がありそうな石ころに気をとらせておいて、実はその辺で見つけたただの石ころって悪戯だよ!」
そこから一気に八体十六本の足を結びつけて、こかしたのである。
だが、ヒトエは一つの勘違いをしていた。
このまま簀巻きにして無力化してから、攻撃力の高い巨大ラーくんに倒してもらおうと考えていたのだが、死霊達の首が次々鋭利な風の刃でもって飛ばされていく。
あまり直視したくない光景だったのだがもろに見てしまいウエッとなったが耐えた。頑張った。
そして風の刃を放った主を見る。
その風魔法をヒトエは知っていた。
会うのは数日ぶりであった。
偵察していたラモビフトが言っていたことを思い出す。
ニンゲンきとりゃす、と。
死霊は元人間だが人間ではない。ラモビフト目線では全くの別物なのである。それを失念していたヒトエはこうして出会ってしまった。
「久しぶりだね、ツケウさん。元気だった?」
「はい、元気でした。ヒトエちゃんはどうでしたか? と、聞くまでもないようですね」
ヒトエの足元には巣から勝手に出てきたラモビフト達が群がっていた。幸せすぎる。
対してツケウはムサいおっさん達に囲まれていた。可哀想だ。
この差はなんなのか。それはツケウが教えてくれた。
「ヒトエちゃん、あなたを捕まえにきました」




