ギルド
似たような石造りの家々とは一線をかくす建物。オレンジの夕日に照らされたそれはまるで砦のようだった。そこへ武器を担いだ厳つい面構えの冒険者達が活発に出入りしている。
入口横には区切られたスペースがあり、中型から大型のヒトエが知らない生物が思い思いに過ごしていた。人を見ても平然とあくびする個体も。
「あれって飼われてるのかな」
「そうですね。冒険者さんのパートナーです。けれど戦闘訓練しているでしょうから、迂闊に触らない方がいいですよ」
「う、そうなんだ」
ヒトエはもふもふした生き物へと伸ばしていた手を引っ込めた。
機会があったらもふもふしたいな。
ヒトエのしたいことリストが一つできた瞬間だった。
さて、ヒトエがやって来たこの建物はギルドである。職員の説得に根負けして魔力測定だけしにきたのだ。あくまで測定するだけ。登録はするつもりはない。させられても働かない。安全ぬくぬくこそ至高なのである。
「お邪魔しまーす」
金属製の分厚い扉を開けると、正面のカウンターにいる大男と目があった。
「あ、ぶたこびっと」
「だれが、ぶたこびっとだ! あとツケウなんだその格好は!?」
「垂れウサミミ森ガールだそうです」
職員ことツケウは、どうですか、とくるりと一回転した。スマイルもどことなく自然である。気に入ってくれているようでなによりと、ヒトエは満足そうに頷いた。ツケウは今、ヒトエが選んだ服を着ているのだ。
そしてヒトエも衣替えをして、町娘Bっぽくなっていた。素朴ながら味があって満足している。
これらはギルドの経費として購入した服で、ギルドに足を運ぶ代わりに服を買ってもらう、ウィンウィンの関係となるべく交渉した結果だった。
ヒトエもさりげなくクルリと回ってみる。しかし、誰も反応してくれなかった。
それも当然。端から見れば、田舎者がギルドを物珍しく見学しているだけ。服を披露しているとは一緒に買い物したツケウでさえ気づけなかったのだから。
反対にツケウは大人気で、部屋の端にある掲示板前にたむろしている冒険者たちからヤジが飛んでいた。
「いいねー、いいねー。それも似合ってる」
「そんな格好で森にいたら死ぬぞ!」
「ガール?」
「ツケウさん、かわいいっ」
それに伴い一人の人生が終わってしまった。ツケウは風の魔法を得意としていたのだ。魔法を発射した後の彼女の営業スマイルは眩しかった。
「ありゃ掲示板弁償だな。ツケウ」
「お金は貢いでもらって潤沢にありますので半分きっちり出します」
「そうか」
残り半分は、掲示板に突き刺さった男に払わせる気満々だ。苦笑いのぶたこびっと似の大男はこれ以上は追求するつもりはないらしく、ヒトエに視線を戻した。
「よぉ、あんたが魔法使いか」
「魔法使えるかわかりませんがヒトエです! 受付嬢ならバイトします!」
突き刺さる姿を見てほっこりとした笑顔を浮かべていたヒトエは、大男に向き直り顔を引き締め敬礼した。
「受付は間に合ってる。んじゃあ、これに手をつけてくれるか」
カウンターの下から取り出したのは黒い石板だった。なにやら複雑な模様が両面に刻まれている。カウンターにはそれ専用だろうか窪みがあり、石板をそこに差し込んで立てる。
ヒトエは言われるがまま手をぺたりとつけてみた。ひんやりとしていて気持ちいい。……ひんやりとしている。……なにも起こらずただひんやりとしている。
「む?」
「タマス、逆向きってオチはないですよね」
ツケウも確認するが向きはあっているようだった。
「つまりは、だ」
「ヒトエちゃんには魔力ナシということですか」
「そうなるな」
二人は残念そうにヒトエを見た。これには抗議せざるをえない。
「ちょっとムリヤリ引っ張ってきておいてそれはないでしょ! 私の『魔法使えるかもウフフ』って期待を返して!」
「とは言ってもなぁ」
大男タマスとツケウは困った顔で視線を交わす。そしてヒトエに視線を戻すと突然吹き出した。
ヒトエが物凄い変顔を繰り出していたのだ。
タマスが豚鼻をぶごっと鳴らしてしまったぐらいの威力だった。ツケウも瀕死で、得意の営業スマイルを維持できずに手で顔を隠してしまっている。
なかなかの成果にヒトエはご満悦だった。鏡の前で日々訓練した甲斐があるというものである。ちなみに変顔は全十三種だ。
怒った風を装っていたのもこの顔を打ち込みたいがため。変顔は予期せぬタイミングにやるからこそ効果的なのである。
親友曰く、ヒトエの変顔で腹筋を鍛えられる、だそうだ。
二人が復活するのを待ってからヒトエは話を戻した。
「まぁ、さ、ぶっちゃけた話、魔法が使えるとは全く思っていなかったんだよ」
――レベルアップの時も魔法関係の表記はなかったし。
「だから、怒ってないよ。服も買ってもらったし。ギルド員にはなれないけど貰っちゃっていいんだよね」
「えぇ、迷惑料だと思って貰ってください。似合ってますよ、ヒトエちゃん」
「……ツケウさん大好き!」
突然誉められたことにビックリしたヒトエは照れ隠しも兼ねて抱きつく。そして気づいてしまう。ツケウが隠れうんたらであると。かなりのボリュームであった。
あと抱きつくくだりは二度目である。服を買ったお店でもやらせてもらった。だからツケウの包容力も大きさもすでに知っていたのだ。二度目でも飽きない。ヒトエはうりうりと頬で堪能する。
「なら、あの魔石はなんだったんだ?」
「拾ったよ」
タマスの問いかけにヒトエはうっとりしながら答えた。背中からいくつもの羨望の視線が突き刺さるが無視である。
「なるほど、誰かさんが魔石にしたはいいが何かあって拾えなかったのか」
納得しながら頷くタマスの表情が曇る。その何かに心当たりがあるようだった。
実際はそれは見当外れなのだろうがヒトエは黙っておくことにした。ぶたこびっとが魔石化した原因はチート能力の可能性が高い。けれど、ただの【悪戯するのに困らない能力】で何故そうできたかはよくわからない。もしかしたら別人が魔法をかけた可能性もあるが、それは違うとヒトエの勘は告げていた。女の勘は当たるのである。百発六二中である。
「あのヒトエちゃん? そろそろ仕事に戻らないと……」
「そっかー」
業務の妨げをするつもりはないヒトエは名残惜しかったけれど素直に離れた。
その時、ギルドの重い金属扉が勢いよく開け放たれる。
「また死霊が出たぞ!」
ギルド内がざわついた。空気も一気に張りつめる。タマスやツケウは表情を引き締め、指示を出したりと行動をはじめていた。
ぽつんと取り残された形のヒトエである。
「帰った方がいいかな」
どこへ、という質問は無粋だ。彼女に帰る場所などないのだから。
転生してまだ初日だからだろうか、自分が世界から切り離されているような感覚にちょっとしんみりしてしまう。
そんなヒトエの肩にぽんと手が置かれた。
振り向くとそこには金髪碧眼のキラキラとしたオーラを放つ男。サラサラとしたロン毛。スッと高い鼻。金色の装飾で輝く真っ白な洋服。今書かれた頬のぐるぐる。
絵に描いたようなイケメン要素で、全くイケメンでなかった。二度書くがイケメンではない。ぐるぐる無しでもせいぜい雰囲気イケメンだった。
「お困りかい、子猫ちゃん」
魅惑のボイスにヒトエは目を見開いて驚愕する。
「この世界に猫がいるなんて……」
「君は何を言ってるんだ」
子猫と聞いたら反応せざるを得ないほどヒトエは無類の猫好きである。
洗練されたスタイル。軽やかな足取り。冷ややかな眼差し。猫パンチ。もふもふ。にゃー。
どれをとっても素晴らしい。
耳では垂れウサ派だが、ペットは犬派だが、喫茶店やペットショップでてしてしされるなら猫派なのである。
総合するともふもふ小動物好きなのだ。
「動物はいいよねぇ……」
「そろそろ空想から帰ってこないか? ベイビー」
「赤ちゃんも可愛いなぁ。それで何ですか? ナンパなら海へ行ってください。船に乗って沈むといいですよ」
「急に目付きと声が冷たくなった!? いやね、子羊ちゃんが死霊事件についてなにも知らなそうだったから説明してあげようかと思って」
「説明モブでしたか。ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
「……なんだか悪口を言われたような気がするけどまぁいいよ」
雰囲気イケメンが語りだした。
ここ数ヶ月、人が失踪する事件が多発していた。手がかりはなく、昼夜問わず忽然と姿を消していく。解決すべくギルドが中心として捜索したが何一つ見つかることはなかった。事態を重く見た王家や貴族も兵を投入するも結果は同じ。それどころか冒険者や兵士といった実力がある者も消えていくようになってしまった。
そして数日前の夕刻、ついに大きな事件が起こった。
町近くにある草原の一角に人間の集団が出現したのだ。そう、彼らこそが失踪した人々であった。
だが、どうも様子がおかしいという。肌には血の気がなく、目は虚ろ、そして軍隊のように一子乱れぬ姿で行進してくるのだ。
ギルドマスターのタマスは危険だと判断して、実力者を選抜して迎えに向かわせたところ案の定戦闘になったという。
それは激しいものだったが、日落ちると彼らは忽然と姿を消したという。
「そのことから夕闇に潜む死霊だと判断されたわけさ」
語り終えた雰囲気イケメンはきらりとした笑顔で歯を見せつけた。真っ白な、いや真っ黒になった歯であった。
「まさか、タマスさんがここの偉い人だったなんて……」
「話のキモはそこじゃないよ!?」
いつの間にか持っていた油性ペンのキャップを閉めたヒトエは目眩を覚えた。まさか、ギルドのトップがぶたこびっとのような大男だとは夢にも思わなかった。人は見かけによらないものである。
「ま、それはともかくとして子馬ちゃん」
咳払いをして落ち着きを取り戻した雰囲気イケメンはまた笑顔を浮かべた。薄っぺらい笑顔である。嫌いな笑顔だなぁ、とヒトエが思っていると、彼の碧色のすんだ瞳が赤みを帯びて輝く。
「僕の戦いっぷりを君に見ていて欲しいんだ」
「はい、雰囲気イケメンさん」
「ふふん、僕の名前をもう知っていたのかい。そう、僕はフィンキー・イケメ、勇者さ」
「さすが勇者様、いい名前だね。あら? きれいなお顔が汚れてるよ。ハンカチはあったな」
ポケットを探るヒトエの瞳は虚ろなものであった。