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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
二章
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逃亡のその先

 ソーカにお姫様だっこをされ、人気の少ない路地裏を駆け抜ける。イケメンに連れ去れるなんて、普段であればご褒美だが、今ばかりは違うだろう。ヒトエは焦りに焦っていた。


「ちょっ、ソーカさん!」

「状況を飲み込めないだろうから一つだけ。私たちは指名手配されたらしい。逃げるよ」

「それは知ってるからぁぁぁぁぁっ」


 厳密にはソーカまで手配されているとは知らなかったが。

 それよりも降ろして欲しかった。これでは逃亡犯のそれである。

 冤罪が真実の罪となる前に。そんなヒトエの思いは届かない。


 ソーカは逃げることでいっぱいいっぱいのようで、それが極限の集中力を発揮し、ヒトエの声やラーくんの鼻息すらも耳に届かなくなっていた。とりあえず黒い垂れウサミミをつけて、髪をガジガジし始めていたラーくんを落ち着けさせる。


 髪の毛の危機が去ったソーカは後ろをチラリと見て舌打ちした。心なしか走るスピードもあげたようだ。


「やはり、このぐらいじゃ撒けないか。ゆっくり話す時間も無さそうだ」


 なんだろうと、ヒトエも後ろを見るとコーリッヒが追いかけてきていた。デジャヴである。鎧のガシャガシャが聞こえてくるような気がしてくる。実際は私服なので、そんな音は聞こえないのだが。路地裏を疾走する彼のプレッシャーはとてつもないものだった。


 足を止めたら殺られる。


「ソーカさん、ダッシュッ!」

「任せろ!」


 冤罪が真実の罪となる前にとは、なんだったのだろうか。そして、ソーカの耳はなんと都合のいいことか。


 ヒトエの声を受け、さらなるスピードアップを果たしたソーカ。それでもコーリッヒは引き離せない。


「こっちは空を飛んでるってのに化け物かっ!」

「えっ?」


 言われてみればたしかに、上下に揺さぶられるあの感覚がない。思えば、あんなに会話していたらヒトエは舌を噛んでいたはずだ。足は黒のローブに隠されているが、激しく動いている気配がない。ホバークラフトのように僅かに浮いて滑るように進んでいるらしい。


「ソーカさん魔法使えたんだね」

「あぁ、そうだね、来るよ!」

「はわっ!?」


 ソーカが大きく左にずれると、圧縮された空気が右手の空間を切り裂いた。


「安心して斬られろ! 切れ味がいいからすぐにくっつく!」

「あいつ、捕まえる気ゼロでしょ! 犯人だと思ってないとか言ってなかった?」

「すまないな。逃げたら斬る。騎士としてそう教え込まれている」

「融通聞かせろ引きこもり野郎!」


 コーリッヒはそれは出来ないとばかりに更に斬撃を飛ばしてきた。ソーカはギリギリのところでかわしている。でもそれは魔力がつきるまでのことだろう。対するコーリッヒの体力は無尽蔵だ。引きこもりゆえに蓄えられた気力もあり、地の果てまで追いかけてきそうである。


「ヒトエ、なにか出来ないか? こっちは追い付かれないように飛ぶので精一杯だ」

「実はもうやってるんだよね」


 既に開き直ってしまったヒトエは、やけくそぎみに、ピアノ線を張り巡らせたり、まきびしを撒いたり、油とライターでボンとかやっている。

 それをことごとく真っ二つにしているコーリッヒだ。


「同じ手は通じないぞッ」


 今も、ヒトエが作成した王様を模した銅像を真っ二つにした。もし無事に捕まったら王様に報告せねばならない。捕まったら無事ではすまないから、捕まるわけにはいかないのだが。


「じり貧だよ。どうしよう」

「外に逃げる手筈はすでに整っているんだ。彼をどうにかすれば、安全に町から脱出できる」

「手際がいいけど大事なところがなっちゃないよね」

「すまない。まさか引きこもり騎士が外出するとは思っていなかったよ。しかも、サングラスをかけていたからあれがコーリッヒだとは気づかなかった」

「普通の外出は初めてらしいからねぇ。家から城に引っ越ししたときも、狭い箱に入って移動したって言うし」

「つくづくな男だな。あいつは」


 ソーカは飛んでくるそれらを回避しながら苦笑いを浮かべた。

 そんな中、ヒトエはふと気づく。いや、思い出す。


「ソーカさん、どうにかなるかもしれない。次の曲がり角が勝負だよ」


 そして、その勝負の時はすぐさま訪れる。


 ソーカが直角に角を曲がり、少し遅れてコーリッヒは最短距離でそれを追う。コーリッヒは何が来ても対応する自信があったからこそ、そうしたのだろう。

 そして、それは仇にはならなかった。別にヒトエは何かを仕掛けたりしていなかったのである。


 ただ、仕掛けを解いただけ。


 コーリッヒの目に突然の太陽光が襲いかかった。


「ぬぁっ!? また目がぁッ!」


 刺すような苦しみから手で覆ったコーリッヒの顔から黒く怪しげだったサングラスが消え失せていた。ヒトエが能力解除したことで光の粒子となったのである。

 曲がったその先、遥かなる空の上から、太陽の光が無防備となったコーリッヒを直撃した。あまりのことに

 前後不覚となったコーリッヒはそのまま逃げ去るヒトエたちを追うことは叶わなかった。


 ――かに見えた。


「行ったか……」


 あれだけ苦しんでいる様子であったコーリッヒは手を外して平然と歩きだした。まるで太陽光など目に入っていなかったようである。否、入ってないのである。なぜなら、彼は追ってる最中、ずっと目をつぶっていたのだから。太陽の光で悶絶したのは演技だったのだ。


「同じ手は通用しないと言っただろう」


 今日一日でサングラスは体の一部のようにフィットしていたが、ヒトエが作ってくれた道具だとはほんの一時だって忘れはしなかった。

 もちろん、デートの護衛の最中は攻撃される恐れなど抱いてなかった。

 が、逃亡中となれば話は別。サングラスを消してくることはわかっていたので予め目をつぶっていたという訳だ。


「さて、逃してしまったと報告せねばな」


 しかし、コーリッヒは追おうとはしなかった。まだ気配をとらえているので追い付くのは容易い。でも、そうはしない。

 理由は単純だ。


 ヒトエが逃げたから。


 それだけで理由としては十分なのである。

 彼女には彼女なりの理由があって逃げたのだろうとコーリッヒは確信を持っていた。そして、事件を解決してくれると。

 自分をこうして日の光の元へ来れるまでに変えてくれた聖女様だからこそ、そんな信頼を抱いたのだ。


「任せたぞ、ヒトエ」


 信頼した表情で遠ざかる気配に背を向ける。王様や王妃様も理解してくれるだろう。騎士長だけには怒られるかもしれないが、それぐらいは甘んじて受けるつもりである。




 コーリッヒから全幅の信頼を受けているヒトエはというと、


「やばぁ、逃げ切れちゃったよ」


 物凄く落ち込んでいた。逃げたくて逃げた訳じゃない。攻撃された辺りで変なスイッチが入ってしまったのである。


「済まなかった。まさか、保護してくれるつもりだったとは夢にも思わなかった」


 土下座せんばかりの勢いで頭を下げるソーカに、やっちゃったもんはしょうがないよ、と慰めながらヒトエはぐてりとへたり込んだ。


「今から自首した方がいいかな?」

「……止めた方がいいだろう。多分、逃げたことで犯人だと思われた可能性は高い」

「だよねぇ」


 コーリッヒもあれだけ攻撃してきた。犯人と確信しなければあそこまで熾烈な攻撃は仕掛けてこないとヒトエは思った。

 実際は、ソーカが避けれるギリギリのラインを見極めてコーリッヒは攻撃していたのだが、ヒトエにそれを知るすべはない。


「それじゃあ、外へ逃げるしかないんだね。逃げ道確保したって言ってたよね」

「あぁ、協力者が秘密の通路で外へ連れていってくれる」


 正規のルートである、南門と北門は兵士がいるので使えないそうだ。




 そしてソーカに連れられてやって来たのは西側の城壁の袂。高い壁がそびえており、出られる気がしない。


 そこには二人の見知った人物が待っていた。


「ミュッコさんと子離れ出来てないミュッコさんのお父さん……」


 ミュッコとはフィンキーに操られた弓師の女の子で、ギルドではその実力と男嫌いさで有名である。男嫌いの一端は、その父親にあることは間違いないが今は関係ないことだ。


「それじゃ、準備して。あと父は口閉じてろ」


 挨拶や会話もそこそこに、ミュッコは矢をつがえて空に放った。綺麗な放物線を描いたそれは高い城壁を飛び越え、外へと落ちたようだ。さらに矢には糸がくくりつけてあったらしく壁から細い糸が垂れ下がっていた。


「矢尻には重りとなる重い金属を使ってたからよじ登っても平気」

「糸は?」

「大丈夫、切れないから。早く行って。これ手袋」


 ミュッコに急かされるまま、二人は黒い皮手袋をつけ、糸をつかんで登っていく。たしかに、重い金属と頑丈な糸だ。二人が体重をかけてもびくともしなかった。

 数分かけてよじ登ると、城壁の上から町の姿が一望できる。


「うん、怖い。早く降りよう」

「……そうだな」


 ソーカもプルプル足を震わせていた。ヒトエもぞくりとするあの感覚が不快ですぐに降りようとした。そして気付く。


「あれ? どうやって降りるの?」

「同じ金属を中側にもつけてるんじゃないか」

「そうだよね」


 一応、恐る恐る下を覗くと親指をぐっと立てる怖い顔をしたミュッコがいて、その隣には太いロープでぐるぐる巻きになってる父親がいた。おそらく、糸とロープが結ばれている。あの父親が重り代わりという訳だ。

 どことなく恍惚の表情であったが見なかったことにするヒトエだった。


「行こっか」

「わかった。慎重にいくぞ」


 こうして二人は無事に町から脱出した。


 だが、魔の手はすぐ目前まで迫っているのである。

 喜びに手を合わせる二人はそれを知らずにいたのであった。

二章終了。ここまでお読みいただきありがとうございました。

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