我が城探し
「間違えた、新しい我が宿を探しにいくんだよ」
「宿ですか?」
「うん、今はギルドに手配してもらった高級なところに泊まってるんだけど、さすがにお給料足りなくてね」
払ってもらった分が終わっても、自分で払い続けていたがついに限界を迎えたのだ。
「今日は元々、ツケウさんに頼んでいい宿を一緒に探そうって予定だったんだ。それでヒオさんとのデートだから、また今度って思ったけど気が変わった。いくつかピックアップしてるから回ろ? 物件探しデートだよ」
こんなこと、ヒオは絶対に経験してないだろうとヒトエは思ったのだ。
その読みは当たっていたようで「行きましょ行きましょ」と元気に歩き出した。だが、ヒトエは言わなければならない。
「そっちは今来た道だよ」
ヒオはうっかりさんである。町を自由に歩ける機会なんてそう訪れないから仕方ないだろう。
ヒトエは手を引いて、最初の宿へ向かった。
「そっちでもないですよ、ヒトエちゃん」
九十度方向転換して、二人と手を繋ぎ、歩き出した。
さぁさぁ、最初にやって来たのはボロ宿。
「パス」
木造で隙間だらけとか、ご冗談でした。
気を取り直しての二軒目。
「うん、外見は普通。後は中だね」
「そうですね、入ってみましょう」
そう言ってツケウが扉に手をかけると異様な振動が中から響いてきた。
ヒオが勘を働かせ、ツケウに扉の前から退避するよう促したので、それに従ったところで勢いよく扉が開く。
筋、筋、筋肉。上半身裸で筋肉ムキムキの男達が宿から出てきた。中には獣人っぽい毛むくじゃらな筋肉もいる。
「この世界には獣人もいるんだね。見れてよかったよ。パス」
何が悲しくて筋肉の行進を毎日見なければいけないのだろうか。あと、ラーくんもふんふん威嚇している。彼にとっても筋肉たちは怪しい集団のようだ。ご近所付き合いも大切なんだとヒトエは学んだのだった。
あと暑苦しいので、すれ違い様に背中へ湿布を貼ってあげたら、ひゃあっ、て可愛らしい声を皆だしていた。筋肉の鎧とはなにか。それも考えさせられた。
でもって三軒目。至って普通な石造りの宿である。
そして中も至って普通であった。
さらには利用客も男性が多めだが普通で、料金も普通であった。
「でも、パス」
刺激を求めたわけではない。普通が一番。
だが、お風呂がないという、至って普通な理由でこの宿を選ばなかったのである。いい風呂付き宿が見つからなかったら、ここにするだろうから、キープという表現の方が妥当かもしれない。
ということで四軒目。外は問題なし。後は中――
「お、奇遇だな。いや、奇遇ですね。こんなところへどうしたんですか?」
チョデとまた遭遇した。ヒオを見てキョドってしまっている。権力に弱いタイプなのかもしれない。何かに使えるかもしれないので覚えておくことにした。
「チョッスはここ住んでんの?」
「おう、ここはいいとこって、俺はチョデだよ! いい加減覚えろ、って、どこへ行くんだよ!」
彼と同じ宿などお断り。なかなか、条件に合致する物件はないものである。
それからも数軒の宿を回ってみた。けれど、高かったり、風呂がなかったり、魔物不可であったりと、どれも決め手にかけた。
「いいとこ体験しちゃったから、なかなかランク落とせないんだよねー」
「贅沢病ですね」
「うっ」
ツケウの指摘に返す言葉もない。
やはり、風呂なしのお手頃宿で妥協し、公共のお風呂を利用するしかないのかとヒトエは悩んだ。そもそも、銭湯みたいなお風呂があるのかも調べてないのだが。とりあえず、部屋にお風呂がついた宿は諦めるしかなさそうである。
「世知辛ぇ、世知辛ぇよぉ」
「なら、私の別荘に住みませんか?」
「えっ? 別荘?」
贅沢病で心が肥えたヒトエの耳になにやら素敵なワードが飛び込んできた。別荘、それは庶民の憧れ。勝ち組の証である。多分。少なくともヒトエにはそういう認識だった。
そしてヒオは王妃様。城のトップの奥さんである。言わば勝ち組。別荘を一つや二つ持っていてもおかしくはない。そこへ住んでみては、と、提案なんてされてしまったら……。
「はい! 住みます!」
即決してしまうしかない。しなければ庶民とは名乗れないだろう。
「もしかして、南門近くにあるあそこですか?」
ツケウには心当たりがあったようだ。
「はい、そこです。利用するのは時々ですから、勿体ないと前から思っていたんです」
「でも、お城があるのにどうして別荘なんてこの町にあるの?」
「城から南門までは少し距離がありますからね。外での公務から戻った際にそこで夜を過ごしたり、朝早くから急いで出掛けるため利用したりします」
「なるほどね」
よくわからなかったが、わかったフリをしたヒトエである。
「あ、でもそこに住むならお掃除頑張らなきゃいけない感じかな?」
広い屋敷を雑巾でしゃしゃしゃとダッシュする自分の姿が鮮明に思い描けた。ふんぞり返る姿よりも、そっちの方がしっくり来るような気がするのは悲しいことである。
とは言え、ダイエットにはいいかもしれない。ラーくんも一緒に走ってもらって、お掃除散歩というのも悪くないかもしれない。ヒトエは前向きに想像を膨らませた。
けれどそんな心配は無用だって。
「いえ、メイドさん方がお手入れしていますので、すぐに使えますよ」
「メイド生活!」
心が踊りまくる。至れり尽くせりではいか。
もう決定だ。そこに住もう。今すぐ住もう。
ヒトエはビックドリームを掴んだのだ。
自分の力ではないが、掴みとって逃さなかったのだ。
「ツケウさんも遊びに来てね。むしろ一緒に住む?」
もはや我が家気分。ツケウは困ったような顔で、ヒオに本当にヒトエが住んでいいのか確認をとっていた。
そこへ水を差すような形で兵士が焦った風にやって来た。コーリッヒに話があったらしい。その表情は険しいものであった。
「王妃様……ちょっとお耳を」
報告を聞き終えたコーリッヒはヒオに何かを告げる。
そして、ヒオを隠すようにヒトエの前に立ちはだかった。
「聖女ヒトエ、城まで来てもらいましょうか」
別荘に住むことがバレた、とかそんな話ではなさそうだ。もっと別の悪事で逮捕しようとしている。そんな印象をヒトエは受けた。
「コーリッヒ待ちなさい」
「いいえ、出来ません。王からのご命令ですので」
ヒオの言葉に耳を貸さず、コーリッヒは纏う気配を戦闘色の濃いものへと変化させていく。城で戦ったあのとき以上の迫力がある。さらに何か言ってくれようとしたヒオであったが、兵士に連れていかれてしまった。
「あー、なんでか理由を聞いてもいい?」
「城への無断侵入、及び、人殺しの嫌疑が貴女にはかかっている」
「ヒトエちゃんがそんなことをするはずがありません!」
「それを判断するのは私ではない。とにかく城に来てもらおうか」
ツケウが擁護してくれたが、コーリッヒの意思は固いらしい。
「……それに犯人の二人を私は見たんだ。全身を隠した男と、ピンクの服を着た黒髪の女をな」
「それだけではヒトエちゃんとは――」
「そのピンクの服が、聖女ヒトエの泊まる宿の部屋から発見された」
コーリッヒの告げた事実にヒトエは驚愕した。
「高級宿なのにプライバシー守ってくれないなんて……」
「そこじゃないですよヒトエちゃん! そのピンクの服を持っている黒髪の女性なら別にもいますでしょう?」
「いや、いない」
一人の兵士がコーリッヒの隣にやってくる。そして持ってきた服を二人に見えるように広げる。
「私のジャージ……」
それはヒトエがこの世界にやって来たときに着ていたピンクのお洒落なジャージであった。
「見たこともない服だろう。少なくともこの町では販売されてないことは確認済みだ。それに私は見たと言ったはずだ。顔も見たんだ。間違いなく聖女ヒトエだった」
ツケウは黙りこんでしまった。ファッションが大好きな彼女だからこそ、コーリッヒの言葉が真実であるとわかってしまう。たしかにあのジャージはこの町にはないのだ。
「とは言え、私も王もヒトエが犯人だとは思っていない。だから今日のデートだって私の警護付きで許可が出た。途中でこうなってしまい申し訳ないがな」
「え?」
まさかの言葉である。
「一度戦ったからわかる、と言ったら可笑しいだろうか。だが、私は貴女が悪人だとは思えない。フィンキーもそうだったように、貴女も真の黒幕に犯人へと仕立てあげられているとしか」
コーリッヒはヒトエの目を真っ直ぐに見た。サングラスでその瞳は見えないが、きっと真剣であろう。
「だから保護させてくれないか。抵抗するなら腕ずくでも連れていく」
「えっと」
甘い言葉の後、即座に物騒な言葉を続けるものだから、迷ったヒトエ。
無意識にツケウを見ると、顔面蒼白ながらコクりと頷いた。
信じていい、と。
「わかりました。私――」
「ヒトエ!」
突然、物陰から突進してきたソーカにヒトエは拐われたのだった。




