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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
二章
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値切りの極意

 ツケウに教えてもらった行きつけのお店に一行はやって来た。

 安全確認のため、銀色で怪しい格好のコーリッヒが最初に入るとざわりとしたが、続いて入ってきた王妃はその比ではなかった。キャーキャー黄色い声が響く。絶大な人気だ。

 ヒトエも手を振ってみたが、そちらはノーリアクションであった。聖女ヒトエは王妃ヒオの足元にも及ばない知名度なのである。


「私もまだまだだなぁ」

「ヒトエちゃんはどこへ向かおうとしてるんですか?」

「自分でもわかんない」

「それで、そのラモ耳はどこで売ってるのでしょうか」


 王妃は優雅な手つきで声援に答えつつ、輝かせた目で垂れウサミミを探している。よっぽどラーくんをもふもふしたいようだ。

 その気持ちはヒトエにもよくわかる。ラーくんは野生育ちなのに驚くべきほど毛が柔らかく、もっふもっふするのだ。いつまでも頬擦りしたくなる肌心地。触らなければ人生の十分の一は損したことになるだろうと、ヒトエは常々思っていた。


「えっと、どっちだったっけ?」


 ヒトエもわざとらしくキョロキョロする。本当はこの店のどこに何売り場があるか完全把握しているが、あえてツケウに頼るのである。コーリッヒを盾にして店員をガードするのも忘れない。目付きの悪い変な銀色の帽子を被った彼の迫力に、店員は近づけなくなった。


「こっちです」


 ファッション好きなツケウにとってこの店は言わば庭みたいなもの。すぐに帽子やカチューシャが置いてある棚まで二人を連れていく。銀色の誰かさんは置いていかれた。


 棚には色とりどりの帽子と、様々な種族を模した耳カチューシャが置かれていた。なんでも、耳カチューシャは一部で既にブームだそうで、もうすぐ爆発的に広がるだろうと界隈では言われている。だから品揃えがいいのだ。


「これは面白いですね」


 王妃がまず手に取ったのは山羊角タイプ。重厚感があり、それ単体ではまったく可愛くない。だが、王妃がつけるとどうだろう。ぐるっと曲がった角に挟まれた綺麗な小顔が眩しい。


「くっ、大人の魅力と山羊角の野生が混ざりあって、凄まじい破壊力!」

「そうですね、トギャーゴの角だと侮っていました」


 犬猫兎がいないのと同様に山羊もいないのだろう。トギャーゴはギルドの資料あたりで見た記憶がうっすらあるだけで、どんな魔物かはわからなかった。小型のもふもふではないことだけは確かだ。


「やはり似合いませんか?」


 二人のの評価が遠回しだったため伝わらなかったらしく、残念そうにしたが、すぐさまヒトエが親指を立てグッドだよとストレートに誉めると王妃は買おうか迷いだした。そこへ大人しくしていたラーくんがフンフンフンッと抗議する。トギャーゴよりもラモビフトの方がいいと言いたいようだ。王妃にもなんとなく伝わったようで、「そうですね、当初の目的を忘れていました」と山羊角を元の位置に戻した。


「さて、どの色が似合うでしょうか」


 垂れウサミミには様々なカラーバリエーションがあった。ヒトエが装着しているのは黒、ツケウは艶を消した金色で、ラーくんは茶色だ。ラーくんのは本物なのだが。


「髪の色と合わせるのが無難だけど、緑はないねぇ」

「緑色のラモビフトはいませんからね。まずはこの色はどうですか」


 あれだけ恐縮していたツケウが自然に黄色の垂れウサミミを王妃に装着した。おしゃれは立場の垣根をも越えるのだ。


「うーん、色がボヤけるかな」

「ですねー。あ、鏡をどうぞ」


 王妃も自分の姿を確認すると首を横にふった。


「もうちょっと淡い黄色か瞳の色に近ければマッチしそうです」


 それを聞いたツケウはすかさず、山吹色の垂れウサミミを見つけて手渡した。


「うん、いいですね」


 気に入ってくれたようだ。鏡を見てニコリとする。ヒトエとツケウはもちろんのこと、ラーくんもフンフンフンッと王妃に似合ってると誉めていた。


「これを買いましょう」


 そう言った王妃の目がきらりと輝く。ヒトエにはわかる、あれはなにかに挑戦しようという目だ。このタイミングで挑戦しようということはアレしかない。


「値切り、一度やってみたかったんです!」




 会計所にて、王妃は店長らしき小太りの男と相対していた。王妃がニコッと笑いかけると、店長は汗をだらだらかいていた。妙な緊迫感がある。なぜ、王妃はなにも言わないのか。兵士から説明とメダルをもらったお客さん達も固唾を飲んで見守る。

 このままではいけない、と、店長が打って出た。


「なにかお気に召すものはあったでしょうか」

「これ下さい」


 王妃は着けていた垂れウサミミを店長に差し出した。


「あ、はい、どうぞ。お持ち帰り下さい」


 王妃から直接代金をいただくのは憚られるため、そう告げると、王妃は首を横にふった。先程の発言を聞いてなかった店長はわけがわからず困り果ててしまった。そこでヒトエが店長の汗を、作成したスクイジー、窓に使う道具でワイパーのようにさっと掃除してから「値切り勝負がしたいそうなので普通に売ってください。ガチ勝負ですよ」と、耳打ちする。


「わ、わかりました」


 商人だけあって頭の回転の速い店長は、さらに大量の汗をかきつつも頷いた。そして目付きが変わる。仕事モードだ。

 おもむろに短い指を二本立て、己を鼓舞するように声を張り上げた。


「大銅貨、二枚になります!」

「これは中銅貨五枚で売ったかとがあると思うので、中銅貨五枚で売ってください!」


 いきなり強烈なカウンターパンチだ。しかし、店長も歴戦の猛者。数々の値切り人を相手にしてきている。この程度でおたつくタマではなかった。


「いやいやー、中五枚では厳しいなー。うちも商売だからね売り上げがないと店が潰れちまうよ」

「ですが、私の勘では中銅貨五枚で売ったことがあると思うんですけど……私ではダメなんですか?」

「え? ちょっとヒオ王妃様?」

「ダメですか?」


 目を潤ませる。泣き落とし、いや権力がある人が行えば泣き脅しだ。


 確かに中銅貨五枚で垂れウサミミを売ったことはあった。でもそれは、毎日のようにやってきては「足りる?」と貯めたおこずかいを差し出してきた幼い子供相手。親の手伝いを頑張っていたらしく、ちょっとずつ差し出されるお金は増えていて、それを見るのが楽しみだった。そしてある日、原価である中銅貨五枚を越えたので売ってあげたのだ。その子の熱意勝ちと言えよう。


 しかし王妃は王族とは言え大人。接待ならともかく、むしろタダでいいのだが、本気勝負であれば話は別。原価で売るわけにはいかない。続行だ。


「わかった大一枚と中銅貨八枚にしましょう! これ以上は下げられません!」


 この手の攻撃だって何度も撃退してきた。求められた以上、手を抜くわけにはいかない。


「もう一声ください。中銅貨五枚でお願いします」

「なん……ですと……」


 王妃は全く引く気がないようであった。強気すぎる。


 これは本当のガチの勝負なのだろうか。接待としてここで負けた方がいいのではないか。頑なな中銅貨五枚も、あの一件を知っているんではないかと。

 疑問に思った店長がヒトエと目を合わせると、いい感じだよ、とウインクされた。なにがいい感じなのか。吹き出る汗をハンカチで抑え、店長は思いきって仕掛けにいく。


「いえいえー、さすがに原価を割ってしまいます。その値段では売れませんよ」


 ここで暗に、値段を上げないと交渉決裂で終了ですよ、と告げたのだ。聡明と評判の王妃ならわかるだろう、と。

 しかし、彼は知らない。王妃が優れているのは勘であり、中銅貨五枚という値段で過去に売っただろうというのも、あくまで勘なのだ。しかし、勘が外れたことのない王妃はそれを信じ抜く心を持っていた。

 だからこそ笑顔で言い放つ。


「わかりました、中銅貨五枚でお願いします」

「王妃様、値切り下手すぎますよ!?」


 黙ってみていたツケウが思わず突っ込んでしまった。


「あら? 値切り方が間違っていましたか」


 人差し指をくちびるに当てて首をかしげる。


「間違いではないのですが、いささか店長が可哀想です。本来であればあ互いに値段をすり寄せていくんですよ」

「難しいんですね。では、ツケウ、あなたが挑戦してみてください。そこから値切りの極意を学びます」


 王妃はツケウと立ち位置を交代した。向き合うツケウと店長。見守る王妃とヒトエ。


「わかりました。やってみます」






 ツケウの奮闘虚しく、定価で買わされたのだった。

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