メダル
ヒトエの号令の元、飛び出してきた兵士たちはまだ周囲を取り囲む一般人達に手を出した。文字通りだ。
母親に手を引かれて、何が起きていたかわからない小学生にも満たないだろう年頃の少年にも一人の兵士が勢いよく手を出す。
「これ、記念品です」
「きねーひー?」
出した両手の上にはメダルが乗せられていた。男の子がたどたどしい手つきでそれを持つと太陽光でキラリと金色に光る。これは一千万円相当の金貨、ではなく、金色のメッキ加工されたメダルだ。そして特殊な塗料で絵が描かれている。
「ゆーくん、ありがとうは?」
「おじちゃん、ありとーね」
促されてお礼を言った男の子は両手を広げた子供特有の変なお辞儀をした。その際、メダルを落としてしまって、じわっ、としたがすぐに母親が拾ってあげていた。実は母親も貰っていて、サイフの中にしまってあるのだが、そちらは家に帰ったら家宝にするつもりであった。
「さて、みんなに行き渡ったかなー? でも一つお願いがあるよ」
ヒトエは企みをたたえた悪い笑みを浮かべる。
「今日このドッキリはもうちょっと続けるの。だから、王妃様が来ていることは口外無用でお願いするよ」
一人の見物客が質問を飛ばす。
「もし、うっかり喋っちまったらどうなるんだ?」
「うん、その記念メダルに絵が描かれているでしょ?」
七色のリョク城が中央にドンと描かれている。
「それは魔方陣になっていて最初に触った人とリンクしてるの」
もちろん兵士は手袋を着用し、肌に触れぬよう細心の注意を払っている。
「その状態でとある言葉を言うとね、インクが反応して無職透明になるんだよ。絵が消えちゃうって寸法さっ」
ヒトエが茶目っ気たっぷりにウインクすると、メダルを持った人たちはざわついた。
「察しのいい人ならキーワードがなにかわかっているだろうけど、王妃様とかドッキリといった今回のドッキリに関する言葉が設定されているよ。詳しくは秘密。抜け穴があるかもしれないからね。筆記でも反応するからご注意あれ!」
「おいおい、それじゃあ、これの絵が消えちまわねぇようにするには一生喋れねぇ言葉があるってことじゃねぇか」
「んーん、魔法の効果時間は次の朝日まで。そしたらインクが残ったまま魔法が切れるから、話してもオーケー! 他に質問があったら兵士にね」
王妃とデートできるのは今日だけなのだ。時間は惜しい。最初だから特別にヒトエが説明したが、次からは兵士にさせることにした。
「よし、行こっか」
するとさっきメダルを落とした男の子が一人でとてとてと近づいてきた。手を離して一人ですり抜けてきたようだ。メダルを掲げてにぱっと笑う。
「これ、ありとーね、おーひたま、こねーたまー」
くれた大元が二人だとわかってどうしても言いたかったらしい。ヒトエは「どういたしましてー」と頭を撫でた。王妃様もそれに続こうとしたが、コーリッヒにダメですと止められた。頭が固い男である。
ヒトエはUFO帽子を奪い目を潰し、残念そうにする王妃様が頭を撫でれるようにした。万が一の時はヒトエがクッションでも作成するつもりだが、まず、ないだろう。
ヒトエには彼が純粋にありがとうと言いたかっただけとわかるのだ。
その証拠に撫でられた少年はえへへーと嬉しそうに笑う。
「二人の美人に撫でられるなんて、この子、将来大物かもね」
「そう……ですね」
「ん? 一人では――また目がぁっ!」
ツケウは困ったように微笑み、帽子を被り直したコーリッヒは作成した懐中電灯の餌食となった。
「ゆーくんっ」
「おかーたまー、おーひたまがいい子してくれたー」
「ゆーくん!?」
遅れてやって来た母親がやってしまったとショックを受けていた。
もちろん王妃様は禁止ワードで、どれだけ崩して言おうとも喋ろうとした意思に反応して魔法が発動してしまうのでインクは消えてしまう。母親はそれに気がついたのだ。しかし、男の子のメダルにはリョク城がしっかりそびえていた。
「さすがに子供用のメダルには魔法かけてないから。お母さんがしっかり誤魔化してねー」
ヒトエはそう言ってツケウと王妃と手を繋ぎ、歩き出した。
両手に花。肩にもふもふ。幸せである。二人とも黒い服なので見ようによっては危険だが、ヒトエとしてはデートで手を繋ぐのは当然であり、楽しくもあるので外す気はさらさらなかった。
「さて、どこ行こっか?」
「王妃様は行ってみたい場所はありますか?」
「今日はデートなんですよ。ヒオと呼び捨ててください。口調も崩して結構ですよ」
「め、滅相もない!」
王妃のお願いに、ツケウは慌てふためいた。
「うーん、ツケウさん、気後れしすぎだよね。なんか仲良くなるきっかけが欲しいなー。ラーくん、なにか案はない?」
聞いてみても、ふんふんふんっ、としか返ってこなかった。
「ずっと気になっていたんですがその子は魔物ですか?」
「そうですよー」
そんなラーくんに王妃は興味を持ったようだ。ラーくんはツケウ側の左肩に乗っているので、王妃は少し前に出て回り込む。前を向いて歩かないと危ないが、そこはコーリッヒがどうにかするだろう。
視線を合わせられたラーくんは、体毛を逆立てもふもふの毛玉と化した。ふんふんと威嚇も忘れない。
「嫌われてしまいましたか?」
「あー、違うよ。ラーくんは垂れウサミミを付けた人にしか懐かないからねぇ。城行くときにツケウさんに預けてたんだけど、迎えにいったら今と同じように威嚇されちゃった。あの時は驚いたなー」
「あら、それでは私もそれを付けさえすれば?」
「懐くと思うよ」
「まぁ。それでは買いに行きませんか?」
買わなくても作成してしまえばいいと思ったヒトエだったが、ラーくん越しに、未だに困り眉のツケウを見て気が変わった。作成したものはいずれ消えるが、買ったものは思い出にもなる。なにより、仲良くなるきっかけになるかもしれない。
「じゃあ買いに行きましょう! 代金はコーリッヒさんだっけ? 彼持ちで」
「何故そうなった!?」




