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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
一章
4/76

バイトしたい

 レベルアップのことはよくわからなかったが、もっと不思議なことが起きていた。


 倒したという“ぶたこびっと”こと豚鼻。その亡骸が消え失せていたのだ。代わりに汚い茶色の石っころがそこに落ちていたのである。


「これ、なんだろうねー」


 小さいので嵩張らないから一応拾っておいた。あとで役に立つかもしれない。




「おう、そいつは魔石か。お嬢ちゃん若ぇのに魔法使いなんか。金がねぇならそいつを換金してきてやるぞ。手数料はきっちり頂くがな」

「はい、お願いします」


 数時間後すぐ役立った。




 高い塀に囲まれた町を見つけたヒトエ。入口らしき門には行列ができている。中に入るには並ばないといけないようだった。

 馬じゃない謎生物に引かれた馬車に乗る商人らしき人や、皮や金属の防具っぽいものを着た荒っぽそうな人と一緒なため、ヒトエは落ち着けなかった。布を巻いた斧や槍を持っている人もいる。怒ったら錆びにされそうである。

 悪戯は控えよう。

 そう決意したヒトエは、目の前にいる二メートルを越えるであろうゴツいおっさんのゴワゴワの髪の毛に道中拾った引っ付く丸い草を張り付けた。


「これは芸術だよ」


 独り言である。読者に対する言い訳ではない。


 そんなこんなで回ってきた順番。

 待っている間ジロジロ見られたりして居心地が悪かったが、今はもっと居心地が悪かった。門番の兵士から身分証明を求められたのだ。もちろんヒトエはそんな手段は持ち合わせていない。生前の学生証がスマホと同じ原理で再現できたが睨まれた。

 融通のきかない男である。舌打ちしたらまた睨まれたので、にこりとあざとい笑顔を放ったら、なお睨まれた。

 この野郎である。その金属鎧に落書きしようかと思ったが止めて、頭の上に花飾りを乗っけるだけにした。スピードは悪戯の友である。

 威厳が損なわれ接しやすくなったところで、なんとかならないかと訊ねたら、お金を多く払えばいいとのこと。けれど再現した故郷のお金では受け付けてくれなかった。万札なのに本当に困ったものである。

 じゃこれはと、ダメ元で拾っておいたぶたこびっとの石を出してみたら換金してくれる運びとなったのだ。手数料を取るとは金の亡者である。あと、帰ってきた兵士の頭に花飾りはなかった。そして睨まれた。


 めでたしめでたし。




 中に入ったヒトエの手元に残ったのは大銅貨二枚中銅貨八枚だった。それとなく新たな花飾りを被った兵士との会話から価値を確かめてみると、二千八百円ぐらいかな、とヒトエは感じた。


「心もとないなぁ。バイトって募集してるのかな。コンビニとか……」


 ヒトエは盛大にため息をついた。


「うん、これ絶対コンビニないね」


 目に飛び込んでくるのは石造りの家々ばかりであった。古き良き町並みを保存し使っているという風でもない。電気の欠片も見つけられないここに二十四時間毎日便利なコンビニはありはしないだろう。

 バイトどうしよ。

 悩みつつ、見つけたパン屋でサンドイッチっぽいものを二つ買った。挟まれている肉も野菜も謎であるが気にせずぱくり。お腹もすいていたヒトエにはとても満足な味であった。


 あの店覚えとこ。


「で、ここはどこかな?」


 目的も曖昧なままぶらぶらしていたおかげで、すっかりヒトエは迷子であった。すでにパン屋も門もどこにあったのかわからない。あの味や、兵士の睨みがもう懐かしい。ちょっと心細くなってきた。

 こんな時にあの子がいればなぁ、と次元を越えた地に住む親友の顔を狭い雲混じりの空に思い浮かべた。まるで彼女こそが亡くなっているようだ。


 そんないるかもわからない読者以外には伝わらないささやかな悪戯をしていたヒトエの耳に石畳を走る足音が聞こえてきた。

 このタイミング、まさか――。

 そんなご都合的な展開があるわけがない。それでも期待せずにはいられなかった。

 ヒトエは振り返る。


「だれだろう?」


 あの子ではなかった。全く見知らぬ金髪の女性であった。親友は今もお空の向こうである。ヒトエは空を見上げて合掌した。


 視線を戻すと、走ってきた女性はヒトエの手前で止まっていた。膝に手をつき、息も絶え絶え。疲れきっている。ちょっと意外であるが、自分に用があるのではないだろうとヒトエは思った。彼女の体力の限界地点に自分がたまたま立っていただけのことだと。

 過度な期待はしてはいけない。さっき学んだことをきっちり活用。ヒトエはそんな女の子である。


「こ、こんな裏道にいたんですか」

「はい?」


 息を若干整えた彼女が顔をあげる。スーツみたいな格好と相まって受付嬢みたいな雰囲気である。鼻もすっと通っていてお綺麗だ。そんな彼女の緑の瞳はしっかりとヒトエに向けられていた。振り返っても誰もいない。

 自分に用があるようだった。

 まさか自分に用があるようだった。

 ほんとまさかまさかであった。


「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

「あぁ、すみません。初対面ですよ。私はツケウ。リグンの町のギルドで職員として働いていまして貴女をスカウトしに来たんです」


 ギルド。その響きにヒトエは心当たりがあった。

 フットサル同好会を辞め暇になった中三の夏、小説投稿サイトと出会った。受験は推薦で決定し、時間をもて余したヒトエは読み専で入り浸ることとなる。

 最初は恋愛ものばかりを読んでいた。乙女だった。しかし、ひょんなことから読んだ異世界ものがヒトエの心を強く揺さぶった。空想の世界を冒険、熱い戦闘、読むだけで心が踊った。そこに行ったような気分になった。

 で、そこにはテンプレートのようにギルドと言うものが存在していることが多かった。はっきり言えば意味不明な仕組みとなっていることが多い組織である。でも、それがいい。それでいい。

 だからヒトエはこう宣言した。


「命を賭けるのはちょっと」


 ヒトエは夢と現実を区別する女の子である。空想は空想、憧れは憧れでいいのだ。自分が物語の主人公になりたかったわけではない。……なってしまってはいるが。

 チート能力を貰ってもヒトエは普通の人間で、一度死んだとはいえ二度目も普通に死ぬ。よって危険なお仕事はノーサンキューである。死ぬ気になってお金を稼ごうなんて思わない。

 決然たる意思を持ってヒトエは誘いを断った。


「そこをなんとか。稼げますよ」


 それでも職員さんは食い下がる。なんでも、魔法使いは貴重なんだそうだ。

 ここでヒトエは疑問に思う。


「あの、私、魔法使えましたっけ?」

「え? だってラミニさんは貴女が魔石を持ってきたって」


 ……沈黙。ヒトエはラミニって誰だろうと考え、すぐにあの兵士さんだと思い至った。魔石は魔法使いじゃないと採取できないことは話の流れでなんとなく察した。自分が魔法を扱えるかどうかは不明なままだが。

 そして新たなる疑問。


「なんで私がその美少女だと?」

「自分で美少女だと言うんですね。たしかに可愛いですけど」


 ヒトエは誉められたので胸を張った。平均サイズだ。その姿に職員は絶妙な営業スマイルを見せてくれたあと、理由を教えてくれた。

 犯人はピンクのジャージだと。少なくともこの国にはこんなオシャレ着はないとのことだった。


「どおりでジロジロ見られると思いました」

「黒髪も目立ちますからねぇ」

「ん、いないんですか?」

「多くは来られませんね。クロノス国は離れていますから」

「なるほどね」


 ヒトエはクロノス国出身という設定が今この瞬間に決まった。ついでに田舎の方の出だとも。ぼろが出たら学がないで押し通すつもりだ。異世界出身だとは出来ればバレない方がいいとの判断からだった。


「さぁ、質問には答えました。ギルドに加入してください!」

「いたいけな女の子をここまで執拗に誘うなんて、よっぽど人材不足なんですね」

「そうなんですよ……」


 あれだけ笑顔を崩さなかった職員の顔に陰りが帯びる。

 なにか事情がありそうだし、ここまで頼まれたら仕方ない。お金も必要としている。

 ヒトエは覚悟を決めた。


「わかりました」


 職員の表情がぱぁっと明るくなる。


「私も受付嬢としてバイトします!」

「それは結構です」


 営業スマイルで断られたヒトエだった。

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