提案
城門の地下には、城の牢屋とは別に留置場が存在する。そこは門で引っ掛かった怪しい人物を一時的に留置する場所で、加えて、封魔の腕輪を外した際のワープポイントとしての機能も備わっていた。
ぶっちゃけた話、牢屋と遜色ない造りである。
魔力を別の存在に変換される魔法が常に発動しており、魔法もこの空間では構築できない。
壁床天井檻、全てが形状記憶機能を有した石材なので、とある特殊な液体を用いらなければ傷つけてもすぐに修復されてしまう。
脱獄を成し遂げたものはいまだかつていなかった。
そんな留置場の隅でヒトエは体育座りをしていた。顔を膝に埋め、しくしく泣いている。
予想外の場所に飛ばされショックで、というわけではない。むしろ予想通りであった。お洒落なカフェであった方が驚いただろう。
ではなぜ、泣いているのかというと、破片で傷ついた体が痛くて泣いていたのだ。こんな怪我をしたのは生まれて初めてである。地球ではもちろん、この世界でだって怪我らしい怪我はなかった。チート能力万歳であるが、今回はそう上手くいかなかった。
「でもまぁ、これで王様たちに悪戯できるなら安いもんだよね」
二度とやりたくないけど。
ヒトエはしゃくりあげる。さすがに涙は枯れてきた。
「迎えと治療まだかなぁ……」
そうして待っていると、足音が聞こえてきた。
「ソーカさん?」
喜びで顔をあげたヒトエの真っ赤な目に映ったのはただの兵士であった。
ファンファーレが鳴る。牢屋で反響するそれはとても物悲しいものであった。
【傷ついたあなたは牢屋で期待を裏切られたことで経験値が規定値に達しました。
ヒトエ レベル9
戦闘能力+09逃走能力+05
悪戯能力+30悪戯点数+29
道具召喚+11道具活用+05
精神抵抗+02聖女能力+10
魔物使役+02意志疎通+02
称号
――祝福の聖女
――変種テイマー】
「……うん、聖女の称号パワーアップしたね」
まぁ、なんやかんやで治療してもらい、王様の間へヒトエは戻ってきた。ソーカやオンテに事態の顛末や怪我の具合など軽く会話していると王様たちが魔方陣で降りてきた。ソーカだけがまた頭を垂れたが、王様はすぐに上げさせた。
「コーリッヒのせいで迷惑かけたな」
「……んーん」
危うく「うん」と言いかけたが耐えた。そんなヒトエの心中を察しているのか王様は苦笑いだ。真面目な顔をしながらも腕に抱きついたままの王妃に対してかもしれないが。
「普段はあそこまで短慮ではないのだがな。遅刻してきたことから推測するに寝起きだったようだ。あやつは朝が弱くてな」
「え?」
ヒトエは困惑した。最初に王様たちと会った時点で十時は回っていたはずである。この世界では日の出と共に起きる人が多い。今日の日の出は五時過ぎ。さすがは引きこもりである。
そんな寝坊助で本当に城が守れるのかな、とも思ったが、寝ぼけていてもあそこまで強いなら問題ないことに気づいた。それに兵士は彼一人でないのだ。最悪、彼が目覚めるまで時間を稼げばいい。
「でだ」
王様の言葉でヒトエは意識を引き戻した。
「改心したようだし許してやってくれないか」
「許すのは構わないけど、改心?」
「そうだ、改心だ」
ヒトエは彼を三階から突き落としただけで改心させるようなことは何もしていない。
頭の打ち所が悪かったのだろうか。
「直接言いたいことがあるらしい。呼んでもよいか?」
よくわからないがヒトエは頷いた。さすがにもう攻撃はしてこないだろう。
「入れ」
王様に促され、ヒトエたちが入ってきた扉から冑を脱いだ黒い鎧の騎士がやってきた。頭は丸刈りで不良みたいな顔つきである。しかし、サーモンピンクのその瞳は清々しいまでに澄んでいる。
ヒトエはなるほどと思った。この目は引きこもりの目ではない。なにかが変わった目である、と。
騎士、コーリッヒはヒトエの前に来ると膝をついた。ちょうどい位置に頭がきたので、じょりじょりしてしみた。かなりじょりじょりであった。撫でられる騎士は何事も起きてないかのように語り始める。
「あなたに敗れ、私は大地にめり込んだ。こんなに惨めな敗北を喫した私の目にも太陽は変わらず攻撃を加えてきた。同時に知ったのだ。太陽は痛くもあるが暖かくもあるとな」
そりゃそうでしょ。太陽なんだし。
「私は世間知らずだった。知らなさすぎた。それを知るために少しずつではあるが城から出る仕事も引き受けようと思っている」
まだまだ太陽は怖いがな、と照れくさそうにつけ加えた。
「こうしたきっかけをくれたのは聖女ヒトエ、貴女のおかげだ。だから言わせてくれ」
コーリッヒは頭の上のヒトエの手に自らの両手を重ねた。面白いポーズなので残る手にスマホを作成したが彼は不器用な笑みを浮かべた。
「ありがとうございました」
「どういたしましてー」
記念写真が増えた。
そんな様子を嬉しそうに見ていた王様は「さすがは聖女だな。死霊師に続いて、コーリッヒまで成長させてくれるとはな」と呟いたそれをヒトエは聞き逃さなかった。
「なら王様? あの約束、いい?」
「あの約束とは?」
「悪戯の件でしょう」
ずっと黙って推移を見守っていた王妃が口を挟んだ。
「ヒトエ、残念ながら私たちに悪戯をするのは諦めていただけないでしようか」
「え?」
雷に打たれたようなショックを受けた。
イタズラデキナイ? アンナガンバッタノニ?
「王族にも威厳というものが必要でしてね。おいそれと弄ばれてはいけないのですよ。ごめんなさいね」
口から魂が出ていかんばかりのヒトエに王妃はすまなそうに微笑む。
「それでもあなたが悪戯好きなのは理解しています。だから、これならどうでしょうか」
王妃は一つのプランを話し出す。とても分かりやすく、具体的なそれは、ヒトエの口角をこれでもかとばかりにつり上げさせた。満面の笑みである。それはもう最高の提案であった。
「その話、乗った!」
これに慌てたのが王やコーリッヒ、それにソーカであった。
「ヒオよ、ちょっと待つんだ!」
「そうですよ、王妃様! そんなことをしたらっ!」
「危険ですよ!?」
「決まりですね。楽しみにしてますよ」
しかし、王妃は聞こうとしなかった。これで話はおわりです、と王を連れて魔方陣を上昇させていく。
「またねー」
「はい、またですよ」
「話はまだぁーーーーーっ」
王は王妃と共に消えていった。
「あ? 話終わった? じゃあ、仕事に行こうぜ。コーリッヒも仕事戻りなよ」
ずっと枝毛の数を数えていたオンテは王達がいなくなったことに気づくとヒトエとソーカの手を引いた。まるで、あまりそこに止まりたくないようであった。
一人残されたコーリッヒは首をかしげる。
「やけに馴れ馴れしい口ぶりであったな……」




