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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
二章
33/76

小細工(後)

「ここか」


 消え行くスマホを見て、ようやくヒトエの偽装工作に気づいた騎士は、すぐさま深呼吸した。怒りに身を任せても捕まえられない。認めたくないが彼女は逃げのプロである。冷静にならなければ、と心を落ち着けようとしたのだ。


 その甲斐あって騎士の頭はクリアになった。こうなった彼は強い。この城は言わば、騎士にとって第二の家のようなもの。ヒトエが逃げ込みそうな場所はすぐに絞れた。


 音や気配を探りつつ、退路を絞るように騎士は動いた。そして残すは最後の一ヶ所。ここにヒトエはいる。騎士は確信をもった。

 なぜなら、入口が石で埋められているからだ。魔法でだろうか、綺麗に埋められた様に感心してしまいそうになるが気を引き締めた。

 ここからは一瞬の油断が命取りとなる。


 力を込めた拳が、綺麗にはめ込まれた石を吹き飛ばした。


「うわー、エッチー」


 騎士の読みは合っていた。そこには疲れたのか、肩で息をして座り込んでいるヒトエの姿があった。


 最後の抵抗だろう、彼女の前には石の壁が築かれていた。騎士の顔と同じ高さに、大きな四角い穴が空いていて、ヒトエの姿が確認できる。

 そこから入ったり攻撃すれば罠が発動すると騎士は睨んだ。ヒトエはトイレの入口を見事に穴を埋めていたのだ。わざわざ開けておく理由もない。


 ここは女子トイレ、水魔法で流す水洗タイプ、土魔法で腐らせる肥料タイプのどちらにも対応している。

 もちろん、男が入っていい場所ではないが、危険人物が逃げ込んだとあっては仕方ないことだろう。


「観念して、こちらに来い」

「やだよ」


 ここは三階相当の高さがある。彼女の後ろにある空いた窓から落ちれなくはないが、そうしたら騎士は剣を投げ下ろして串刺しにするだけである。周囲には飛び写れるような箇所はない。事実上逃げ場はないのだ。


 不用意に四角い穴に近づけば、やはり矢のようなものが飛んできた。即座に炎で燃え尽きたので意味をなさなかったが。


「最終通告だ」

「お断り、だって。勝つ、のは……私だよ」


 息も絶え絶えだが、穴から見下ろす騎士に向かってヒトエは不敵な笑みを浮かべる。本当に勝つ気なのだ。


 ここでふと騎士は疑問に思った。今の矢や、この石壁や先ほどの石はどうやったんだ、と。見た限り、彼女には魔法を封印する腕輪がまだつけられている。

 少し考えた騎士であったがすぐに止めた。


「まぁ、いい、どんな小細工をしようと全て跳ね返してやる」


 それは自信の現れ。どんな攻撃であろうと対処してきた実績もある。

 騎士は剣を納めて腰を低くした。

 流石に石の壁を剣で斬りたくない。斬れなくはないが拳で殴った方が効果的である。そして金属と石がぶつかる激しい音が響いた。

 騎士の全力を込めた一撃は、壁を粉砕し、砕けた破片がヒトエに突き刺さる。苦悶の表情を見せたヒトエであるが、体を丸めていたことで急所は守っていた。しかし、満身創痍である。先ほどのように素早くは動けないだろう。


「終わりだ」


 騎士は石ころを踏みつけ前に出た。


「いーや、私の勝ちだよ」

「ほざけ」


 背後からきた矢を、振り返りもせずに燃やし尽くした騎士は、剣を抜いた。


「貴様の小細工は通用せんと言っただろう」

「たしかに、通用、しないね」


 ヒトエはわかってるよ、と咳き込みながらもまだ笑っている。


「だからさ、大細工、仕掛けさせてもらいました」

「む?」


 ヒトエは手品の種明かしのように指をならした。すると、床の石材と、石柄の天井と壁のベニヤ板が光の粒子となって消えた。


「なっ、なんだ!?」

「太陽の光、くらえっ! 引きこもり、騎士さん!」


 城の外、三階の空中に躍り出る形となった二人に太陽の光が降り注ぐ。それはヒトエですら慣れ親しんだ光である。


「うわぁぁぁぁぁぁ外は嫌だぁぁぁぁぁっ!」


 しかし、騎士は取り乱した。黒い鎧が日の光を取り込んで熱くなる、からではない。




 彼の名はコーリッヒ。幼少の頃から内気な少年であった。一般家庭に生まれた彼は五歳頃、上を向いたら太陽に目をやられたという理由で引きこもりとなった。

家にずっといるなど、すぐに飽きるだろう。そう考えた父も母も彼を放っておいて好きにさせた。

 それから十年。コーリッヒは頑なに家から出なかった。一度たりとも出なかった。しかし、本人も寝たきりになるのを危惧して部屋の中で独自の体力トレーニングと魔法のイメージトレーニングを欠かさず行っていた。だから体はムッキムキ。魔法も憎き太陽をイメージした火魔法が手足を操るように使えるようになっていた。

 引きこもりの人生、全てをかけた結果である。

 転機が訪れたのはさらにその一年後、当時リョク城で騎士長を務めていた男が謀反を起こした。目的は不明。部下を二十名あまりの手にかけ、城から脱出し、グリンの町までやってきた。

 男が潜伏先に選んだのがコーリッヒのいる家。共働きの両親は不在で、留守番という引きこもりを満喫していたコーリッヒの前に血走った瞳をした男が現れた。鎧は固まった返り血で黒く染まっている。

 ただただ恐ろしかった。人間だとは思えなかった。

 男はコーリッヒを排除しようとしたのだろう、剣を高くかかげた。


 直後、その剣は壁に刺さっていた。事態が飲み込めず棒立ちの男の腹に拳を叩き込むコーリッヒ。腐っても騎士長を務めていた男はそこでようやく理解した。この子供が剣を弾き、素手で鎧を砕いたと。血を吐きながらも男は耐えた。騎士長としての意地であった。


 そこから二人の全力の戦いが始まった。


 騎士長は壁に刺さった剣を引き抜き、コーリッヒに振るう。実力はあったが所詮は子供。経験値の差で、騎士長が優勢であった。怪我さえなければすぐに終わったであろう。

 打ち合うこと数分、傷む腹を庇いながら戦う騎士長は、ふと異変を感じ取った。コーリッヒが段々と己の技巧が詰まった剣技に対応し始めたのである。恐るべき成長スピードであった。


 当の本人、コーリッヒは無我夢中であった。恐いからかわし、恐いから殴るだけ。増えていく怪我がそれの気持ちを肥大させていく。どんどんと視界がクリアになった。最初は見えなかった剣筋も捉えられる。

 その時、見た。

 男の剣に眩い炎の蛇が巻き付くのを。それはまるで、自らの目を攻撃してきた太陽のようであると錯覚した。


 次の瞬間、騎士長だった男は業火に包まれた。自信の魔法ではない。あまりの恐怖で錯乱したコーリッヒが放った魔法で鎧ごと焼かれたのだ。

 その炎は男だけならず、周囲数件の家を焼いたのであった。


 さて、その事件でコーリッヒにお咎めはなかった。なにせ相手は騎士長である。被害がそれだけで済んで、逆に感謝されたぐらいである。褒美として、コーリッヒの家族には立派な家が与えられ、他の被害を被った家族にも同等の家を建て事件は終息を迎える。


 最後に王は言った。


「コーリッヒよ、我が城で働く気はないか?」


 悩んだコーリッヒであったが一つの条件を出して了承した。




 それから五年、コーリッヒはいかなる魔の手からも城を守りきった。あの死霊の大群が攻めてきても一人で対処できただろう。


 ただ、彼の太陽への恐怖心は消えていなかった。炎や太陽光は、もう問題ないが、直接太陽の元に出る勇気が湧かなかったのだ。例え、雨や雪の日だろうと、いつ雲が裏切るかはわからない以上太陽の危険は常に付きまとう。日傘もいつ折れるか信用ならない。


 そう、コーリッヒは騎士に就任してから一度も城の外に出たことはなかった。


 ゆえに、彼はこう呼ばれる。


 最強の引きこもり騎士である、と。





 そんな彼が太陽を直接見たのは何年ぶりだろうか。少なくとも城に住まうようになってからは一度もない。


 雲ひとつない青空の元、騎士は駄々をこねる子供のように落下していく。勝負は決したのだ。


「ギルドで騎士さんの話を小耳に挟んでなかったら勝てなかったよ」


 ヒトエが仕掛けた大細工とは、城の外に一室を作り出すことであった。その中に誘い込み、部屋を消してしまうことで、太陽の世界に連れてくるという手口である。

 そのためには彼がよく知らない場所に作る必要があった。そこで選んだのが女子トイレである。さすがに入ったことはないだろうと踏んだのだ。

 仕上げに女子トイレの入口を石で塞ぐことで、本来の外壁をヒトエが作り出した壁であると誤認させ、まんまとおびき寄せた。後は部屋を消すだけでご覧の有り様である。

 騎士は喚きながら地面に叩きつけられた。受け身もなにもとってないが、彼ならば大丈夫であろう。

 それよりも問題はヒトエであった。

 三階の空中に一室を作り出すのはかなり消耗して、もはや満足に動けない状況である。

 一応、糸で体を吊っていたのだが、切れてしまった。このままでは騎士の二の舞である。


 しかし、心配は御無用。ヒトエは腕輪に手をかけた。


「騎士さん、約束は守ってねー」


 腕輪を外すと、ヒトエの姿は空中から消え去ったのであった。

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