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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
二章
32/76

小細工(前)

 ヒトエは石の廊下をひた走る。巡回する兵士という、歩く障害物などなんのその。軽やかに避けて逃げていく。すれ違われた兵士たちが振り向けば、すでにヒトエは角を曲がり、足音だけとなっていた。

 それから数秒後、その兵士の元に黒き鎧が疾走してきた。それはヒトエと遜色ないスピードであり、鎧をガチャガチャ言わせながら、すぐに角を曲がっていく。

 風のように二人が去った後、兵士は状況が掴めず唖然とするのだが、一つだけ理解できたことがある。

 それは手出しする必要はないだろうということ。あの黒き騎士に追われて逃げ切れた者など一人もいないのだ。


 ヒトエのスピードには段階が三つある。

 地球での基礎能力にチートの恩恵が乗った基本速度。それに逃走ボーナスが加算されてさらに早くなった逃走速度。そして一番早いのは悪戯をするための悪戯速度である。


 黒き騎士は、その鎧というハンデキャップがあってもその速度に着いてきていた。とはいえヒトエも追い付かれてないわけで、まだまだ勝機はある。

 ヒトエは小手試しのつもりで次の角を曲がった直後、足を止めずに、蛍光セロハンテープを張り巡らせた。

 チョデを撃破し、タマスを苦戦させたそれは、見事、騎士の鎧に張り付いた。しかし、彼の動きを阻害することなく突然火がつき、燃えてしまった。なにかの魔法だろう。残るテープ全てに火がついた。


「わお、やっるー。あ、そだ、ダイオキシンといった有害物質は発生しないタイプだから安心してねっ!」

「なにを訳のわからぬことを! おちょくるなぁッ!」


 今の攻防で距離が少し縮まっていた。張る際に足を止めなかったとはいえ、スピードは最高速より少し落ちるのだ。対して騎士にとってセロハンテープは所詮小さな蜘蛛の巣に過ぎなかった。彼は虫でない以上、なんの妨げにもならなかった。


「うーん、どうしよっかー。小細工は通じなさそうだしなぁ」


 と呟きつつも、まだヒトエには余裕があった。後方にいる騎士は「逃げきれるつもりか! この賊がぁ!」などと叫んでいる。


 そもそもそれは勘違いなのだ。ヒトエは賊なんかではなく、王様たちをどうこうするつもりはない。悪戯はするつもりだが。

 そしてもう一点、逃げているのは逃げているのだが戦うつもりはある。逃げることこそがヒトエの真骨頂なのだ。ぶたこびっと、死霊、ラーくん。思えばヒトエの戦いは全て逃げてばっかりだった。逃げた先にこそ活路がある。


「よし、決めた」


 ヒトエは走りながら騎士に勝つ手段をずっと考えていた。それには事前に得ていた、とある情報がとても有用であった。これは致命的な弱点である。

 作戦は決まった。

 そこをつくために、まずはすることは――


「振り切らないとね」


 ヒトエはふふりと笑みをこぼす。

 自分と同等のスピードを持ち、城の中という相手が知り尽くすであろう場所でとなると、かなり骨が折れるだろう。それでも、ヒトエは最初の一手を打った。


「む?」


 騎士はその変化をすぐさま捉えた。彼女から足音が消えたのだ。それも振動と共に。走りながらの抜き足差し足というわけだ。


「なにか仕掛けるつもりだな。おそらく次の角」


 見抜かれていた。それを知らないヒトエであるが、どちらにせよ、やるしかない。ヒトエは速度を緩めることなく角を曲がった。


 遅れて騎士も曲がる。しかし、先ほどのテープの一件もあり、今日最大の警戒心を持っていた。ヒトエの実力では、今の彼にどんな不意打ちも通用しないだろう。

 しかし、騎士は鎧の中で目を大きく見開いて足を止めた。


「消えた?」


 走っていたはずのヒトエの姿がどこにもなかったのだ。そこは長い廊下である。騎士が姿を見失うなどあり得ない。


「近くにいるな」


 騎士が目をつけたのは、廊下に立っている鎧だ。それは飾りとしての鎧であり、中に人は入っていない。有事の際には別の用途もあったりするのだが、その鎧からは魔力は感じられなかった。


「そんな子供騙しで逃げられると思うな!」


 怒りの声と共に剣で斜め一線を描く。その一撃は確実にとらえていた。しかし、鎧は無傷であった。

 それも当然、彼が放ったのは鎧通し、中の人間だけを斬る技である。鎧は城の備品であるので、できるだけ傷つけたくなかったのだ。

 そんな騎士は戸惑っていた。


「いないだと?」


 手応えがまるでなかったのだ。鎧の中は空っぽであった。

 しんと静まり返る廊下。ヒトエはどこへいったのか。

 騎士は警戒を続けつつ、床に耳を当てた。

 先ほど、ヒトエは走る音も振動すらも消してみせた。だが、厳密には最大限に抑えたに過ぎない。騎士の鋭敏な感覚でもってすれば、捉えられるはずだった。


「いた」


 それは階下からだった。聞こえる音から考えみてヒトエで間違いないと騎士は判断した。


「おのれ、窓から降りおったか。猿みたいなやつめ」


 忌々しげに呟いた騎士は階段のある方へと走り去った。


 それから一分後。


「いや、猿でも無理でしょ」


 鎧が光の粒となって消えた。その後ろからはヒトエが現れる。手には石壁柄の布を持っていた。


「忍法、雲隠れの術、なんちって」


 余裕ぶっているが、かなりの賭けであった。布の柄はヒトエの体のラインに合わせて歪んでいるが、膨らみに気付かれたらアウトであった。だからこそ、囮の鎧を作成したのである。

 王様の間にいくまでに、城を観察していたヒトエだからこそ打てた博打であった。そもそも、観察して城内の構造を覚えていなければすでに捕まっていたただろうが。下見は大切なのである。


「じゃ、戻ってくる前にいっちょやりますか」


 騎士が勘違いした音の正体はスマホ。こんなこともあろうかと、あらかじめ録音していた音を階下で鳴らしたのだ。スマホ自体は、天井までの高さと床の厚みを計算して、隠れている間に直接作成した。それを自動再生させるのも賭けであったが、うまくいってくれた。と言っても、すぐバレるであろうから、猶予は数分しかない。時間的余裕は全くない。

 彼にぎゃふんと言わせるべく、ヒトエは動くのだった。



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