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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
一章
3/76

豚鼻

 眩い光が周囲を包み込み、気がつけばヒトエは見知らぬ青緑の草原に立っていた。緑ではない青緑だ。

 ふさっとした草を踏み締める感触、暖かな風、流れ行く曇。ヒトエはここが使命を託された世界だと理解し、眉をしかめた。


「うわー、まだ聞くべきことあった気がするのに放り出されたー。ちょっと放置したから拗ねたのかな」


 ずばりであろう。あの神様の懐の狭さは中々である。けれど、もう手遅れ。神はこの世界に干渉してこないはず。でなければ、神自身がこの世界を救えばいいのだ。それが出来ないから託したのだろう。

 まぁ頑張るかどうかは別の話だよね、とヒトエはひとまず棚上げすることにした。


「よーし、って、あれ? ミニ神もいないなぁ。じゃあ、人でも探そうかな。すみませーん、誰かいませんかー?」


 自称とは言え、神がここに送ったのだ。近くに人がいるに違いないとヒトエは考えた。呼べば来るかな、と。


 少しして、近くの茂みががさりと音をたてた。ヒトエの腰よりも低い高さ。嫌な予感しかしない。


「あー、獣さんはノーサンキューだよ?」

「ぶもぉぉぉぉぉッッ!」


 獣じゃなかった。でも人でもなかった。それは毛むくじゃらの小人。豚鼻に小汚なく醜悪な顔つき。その身には何もまとっておらず、手には石を持っている。


 あー、ヤバイやつだ。


 本能がヒトエの体を動かした。逃げあるのみ。けれど、毛むくじゃらの小人も


「追って来るよねぇーっ」

「ぶっふぃィィィッ!」

「鳴き声にバリエーションつけんな!」

「ふんふぁぁぁんッ!」


 ヒトエの願いは聞き届けてもらえなかった。通じるなら、鳴き声よりも、追うのを止めてもらうところだが。


 全速力。それでも距離は徐々に縮まっている。百メートル十七秒を切るぐらいでは野生生物は振り切れない。しかもその自己ベストは中学生の時、それもフットサル同好会で汗を流して青春していた頃のものである。悪戯と言う天職に目覚めてからは体を鍛えていない。もともと運動は得意でないので現状は「マジでヤバい」という一言に尽きる。


「って、あれ?」


 おかしい。ヒトエは自身の体のある変化に気づいた。見た目の変化ではない。足も早くなってない。でも、百メートル以上全力で走っているのに、まだ全力で走れているのだ。疲れてはきている。息も荒くなったきた。足場も草原なので良いとは言えない。でもまだまだ走れる。

 もしかしたら逃げ切れるかも?

 ヒトエは期待を込めて背後をチラリと見た。


「きょここくぉぉッ!」

「あたしが甘かったよ! あと豚鼻の面影もない鳴き声だねっ」


 相手も全然疲れてなかった。むしろ無駄な動きが増えている。元気が増しているようだった。このままではいずれヒトエの体力が尽きて二度目のリタイアとなってしまう。そんなこと絶対に嫌だった。

 どうにかしないと。

 ヒトエの必死に思考を巡らせた。

 人は獣を狩るとき数を使う。武器を使う。知恵で補う。今のヒトエは一人で武器もない。ならば知恵だけで乗りきるべき。

 ヒトエは自問自答する。

 人類の叡知とはなんだろうか、と。

 そしてその答えは――


 神は言った。能力の大半は使われてしまっている。……あくまで大半なのだ。全てが使われてないなら、【悪戯するのに困らない能力】は残っているはず。ヒトエはそう考え足を止めた。


 悪戯を職業にしてから様々な技を磨いてきた。それは膝カックンであったり、肩トントンプスリであったり。そして、今ヒトエが使用としている技も万に届くほど練習を重ねた、極みの技巧。大技ゆえに本来であれば時間は足りない。相手に見られながらやるような技じゃない。けれどヒトエはやると決めた。悪戯から逃げるわけにはいかないのだ。

 そして信じる。今までの練習の日々と、神より授かったチート能力を。むしろチート能力の方を強く信じる。でないと、正直、成功する見込みはない。ぶっちゃけ無理ですよねー、って感じだ。


「あぁ、もう、怖いなー!」


 迫る豚鼻の下衆い表情はヒトエの背筋をぞわぞわと撫でる。口を開け舌をなびかせ、ぶひぶひ。あんな奴に捕まったらどうなるか、想像しただけで吐き気がした。


 緊張の一時。あと数メートル。もう目前。


 今だ。


 ヒトエは動いた。後ろへと猛ダッシュ。追い駆けっこの再開だった。

 距離が一気に縮まったせいで豚鼻はいよいよ捕まえられると思ったのか、テンション爆アゲである。

 ただ、豚鼻は勘違いをしている。これは先程の焼き増しというわけ、ではないのだ。既にヒトエは手を打っていた。


「ぺぺぺっきょちゅいん!?」


 豚鼻の足が止まり盛大に転んだ。生える草々に鼻からダイブである。しこたま打ち付けたのだろう、苦悶の鳴き声をあげて転げ回った。


「やった……」


 小さく拳を握った。その手は見事な仕事をやってのけてくれていた。

 タネは簡単だ。草を結んで輪っか状にして、豚鼻の足を引っ掛けただけである。

 ここで重要かつ難関だったのは相手にバレないようにやることだった。いくら頭が悪そうでも石という武器を使う知能がある敵である。堂々と草を結っていれば察知される可能性があった。

 ならばどうしたか。ヒトエがとった方法もまた簡単なものである。

 目にも止まらぬ早業という言葉があるだろう。それをやってのけた。作成時間を限りなく減らすことで相手の目に止まらぬようにしたのだ。

 普段のヒトエあれば屈んでから十秒程かかる作業だが、チート能力が作用してくれたのか、立った状態からコンマ三秒で仕上げられた。手抜きなしである。渾身の出来であった。


 とまぁ、どや顔を決めたヒトエであるが、ここで二択を迫られることになる。逃げるか倒すかだ。まだあの豚鼻は生きている。しばらくすればまた追ってくるだろう。

 ここは異世界。ヒトエは迷わなかった。


 逃げる。


 ここが異世界だろうがヒトエは地球の平和な地域に住んでいた女子高生。生きている魚にキャーキャー言うお年頃である。では命を奪いましょう、そうしましょう、と、すぐさま出来るわけがなかった。


 であれば安全圏まで逃げ切るのみ。


「ブダァァァァッ!」


 復活は想像よりも早かった。怒り狂っているのだろう。目を血走らせ、しっちゃかめっちゃか体を揺らす走りで追ってくる。非効率的な走りにも関わらず今までで一番スピードが出ている。距離はあっという間に詰められてしまうだろう。


 なにもしなければ、だが。


 豚鼻は怒りで視野が狭くなっている。足下の注意も疎かになっているわけで、


「ゲボォ!?」

「グロドォ!?」

「ホホロテン!?」

「ヒニュルー!?」

「ポッカ!?」


 走っては転び。起きては怒り。また引っ掛かる。

 ヒトエの作成した大量の草の輪は豚鼻を翻弄し続けた。いくらなんでも引っ掛かり過ぎである。


 もうヒトエから恐怖は消え去り、逆に笑いが込み上げてきた。悪戯ハイである。あの滑稽な姿に笑わずにはいられなかった。


 何度目だろうか。数えるのを止めた頃、転んだ豚鼻が動かなくなった。

 あれだけ転んでいるのに、その度追い付いてくるのは凄い根性であるが、ついに力尽きたようである。

 結局、最後の最後まで学習しないやつだった。武器使うから頭がいいとか、なんだったろうかとヒトエは思ったが、アホで助かったと安堵していた。諦めの悪さは一級品で、ヒトエの体力も限界が近かったのだ。


 このままトンズラ、豚面からトンズラ。

 そんな下らないことを考えながら、ジョギング程度の力加減で逃げていると、不意に軽快な電子音が聞こえた。どうやらスマホからのようである。タイミング悪いな、と思いつつもチェックしてしまうのは現代っ子の性であろうか。設定した覚えのない着メロだったというのもある。ディスプレイを灯すとそこにはレベルアップのお知らせとあった。


「は?」


 まるでゲームのようであり足こそ止めなかったが呆気にとられた。


【ぶたこびっとを倒したことで経験値が規定値に達しました。

 ヒトエ レベル2

 戦闘能力+1逃走能力+1

 悪戯能力+5悪戯点数+5】


 なんだかよくわからなかったヒトエはとりあえず――


「勝利のポーズッ」


 スマホを持ったことで小説投稿悪戯を思い出したので、読者サービスをすることにした。今回は豚鼻を倒してレベルアップしたので、それを意識したあざといポーズをとった。


 恥ずかしいので具体的な姿は読者の想像に任せる、と、私の執筆に規制が入ったのは余談である。

 ちなみに五分で止めていた。一人草原でポーズをとるのは豚鼻よりもヤバかったそうだ。

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