がたんごとん
ガタンゴトン。ガタンゴトン。電車の揺らぎに身を任せる。半覚醒状態なのか、寝ていることを自覚しながらも思考もできる、夢と現実の狭間。
ヒトエはこの時間が大好きであった。悪戯と女子高生という身も心も削りかねない二足のわらじ。そんな彼女に許された休息の時間が高校まで向かう十駅だった。
あえて早めの時間の各駅停車を選ぶ。これで確実に座れる。ゆったりまったり。寝られるのは十五分程度だが、ヒトエはこの時間を大切に全力で寝るのだ。
起きたら楽しいお仕事と楽しくない副業が待っているだろう。だから寝る。意地でも寝る。それでも時折、起きてしまうことがあって――
「あれ!? 乗り過ごした!?」
ふと目を開けたヒトエはその光景にまどろみも吹き飛んだ。リーマンがいない。高校生もいない。誰もいない。
無人の電車の中、窓の向こうではのどかな景色が移ろっていたのだ。そこには見覚えがあった。親友の古いけどでっかい屋敷へ行くときに見る景色だ。それはヒトエの最寄り駅から高校を過ぎた先にあるわけで、つまり十五分以上寝てしまったことになる。
ヒトエは、あちゃー、と、おでこに手を当て、次の駅はどのくらいだろ、と、外を見る。
すると見覚えのある純和風の屋敷が見え、首をかしげた。
「ここから屋敷、見えたっけ?」
行儀悪く窓にへばりつき、まじまじ見てみても、やはりあの屋敷であった。
いつも一緒に行ってたから会話に夢中で見落としていたのかも。
そう結論付けたヒトエは大きな樹に目を移す。あれはなんの木だったか、おじいちゃん樹だということは知っている。けれど触ってみるとみなぎる生命力を感じるすごい樹なのだ。だからこそ、タイムカプセルを埋めるための目印にして、逆に祟られそうなので近くには埋められなかった。名前にちなんだ歩数を設定し、方角は二人の名字に入っていたので、それに決めた。
「仲良くなったきっかけもその名字だったんだよねー、あれ?」
そのタイムカプセルを埋めたあたりに誰かがいた。いや、誰かじゃない。あの見覚えのある小さな背中は親友のもの。悪戯するためによく見たそれだった。
なんであそこにいるのか不思議に思い、目を凝らすと、太陽光で銀色に光る大きなスコップっぽいものを持っているではないか。その目的は明らかでヒトエは嘆いた。
「どうして!? 二十歳になったら二人で掘り返そうって約束したのに!」
胸がキューっと締め付けられる。親友の裏切りとも言える行為に、怒りよりも悲しみが強かった。
「そんなこともわからんか?」
突然、背後から威嚇するような低い声で耳元で囁かれた。驚き、振り返ると、そこには黒い目出し帽を被った男が立っていた。
その顔を見た途端、脇腹に熱が灯る。視線を落とせばそこにはナイフが突き刺さっていた。
「お前があの世に行ったからさ」
「あんたはッ」
ヒトエは全てを思い出した。自分はこの男に命を奪われたんだ。怒りと痛みで全身が燃えるように熱かった。
男は狂ったように笑う。笑い続ける。
ヒトエは掴みかからんと力を込めるが、逆に体からは力が抜けていく。あの時と一緒であった。なにもできやしない。
違うのは場所が車内であること、そして、
「あんたの目的はなにさ?」
問いかけられるということ。
男は笑うのを止めた。睨み付けるヒトエを見て、露出されている口がつり上がる。
「お前の体さ」
迷うことなく答えた男は再び狂ったようにケタケタ笑う。
「ゲスがッッッ」
ヒトエは力を振り絞り、脇腹から流れる血を指にとり――
「――エ! ヒトエ! おい、起きろ! 着いたぞ!」
「ふぉあっ?」
目が覚めた。オンテが揺さぶって起こしてくれたらしい。
「なんか変な夢を見てたような……」
無意識に口を拭うと柔らかい紙のような感触が。
「あ、マスクか……」
まだ、頭がぼーっとしているヒトエはゆっくりとマスクを外し、一気に覚醒した。握りつぶすようにマスクを丸める。なにも垂らしてない。垂らしてないのだ。能力を解除して証拠は隠滅した。ヨダレは最初からなかった。
「それでここは?」
なにげない調子を装うヒトエは、鏡で顔のチェック。最低でも口紅は直した方がよさそうだった。
「だから城だよ。着いたって言ったろ?」
「あー、ごめん、寝ぼけちゃって。ちょっと待ってもらえる?」
メイク道具を作成した。
「全く、冒険者なら寝起きよくないと大変だよ? 魔物に夜襲を受けたらどうするのさ」
「そうだね、って、私、か弱い女子高――ギルド職員だよ!?」
「不意打ちとはいえ、あたしをやれるやつがか弱いわけあるかよっ!」
バシンと背中をはたかれたので口紅がズバンとなった。また、やり直しである。
「私、頑張った……」
あまり待たせ過ぎるのもあれなので数分で仕上げた。ここまで本気で頑張ったのは悪戯以外では何年ぶりだろうか。充実感があった。
それから魔車を降りる。続くオンテは食用の口紅をかじっていた。ヒトエがあげたものである。イチゴ味で食べても体に害はないのでお子さまにも安心な品である。もちろん、お礼参り的な意味でのお礼であげたのだ。
しかし、ヒトエは知らない。これが驚異的なブームを生み出す一本になろうとは。
「これが城かー」
呑気に大きくそびえるリョク城に感心しているのであった。




