事件終わって
あの事件以後、ヒトエの聖女としての名声は確固たるものとなっていた。なにせ、死霊事件の首謀者とおぼしき男を一人で更生させたと噂になっているのだ。しかも武力を行使せずに、と。
実際のところは、ボコボコにしているのだが、その前に更生していたような気もするし、大きくは間違ってはいないだろう。憂さ晴らしを兼ねてボコボコにしていたが。それはもうボコボコであった。彼がそっちの方向には目覚めなかったことが唯一の救いではないだろうか。
なにはともあれ、事件が終結したとあって町の人も冒険者もギルド職員も、一様にホッと胸を撫で下ろした。死霊化してしまった者達は残念だったが、これ以上の犠牲者は増えない。それが大事なのだ。
あの日は終日、お祭り騒ぎであった。フィンキーに魅了されて連れ去られた女性たちと抱き合うものの姿も多くあった。娘に抱きつこうとして、制圧されている男もいたが。
それから二日ほどしてようやく事後処理を終えたギルドの会議室。この日の業務を終え、休暇の方も含めた職員が勢揃いしていた。手には飲み物が注がれた木を削って作られたコップが握られている。
「んじゃ、全員に行き渡ったな?」
中央に立つ三角帽を陽気に被っているタマスが確認をとると皆、頷く。実はチョデがまだだったが、タマスは気づくことなくコップを高く掲げた。
「よし、死霊事件の解決と、ヒトエの歓迎を兼ねて」
――乾杯!
ギルドでも二日遅れのささやかなお祭りが始まるのであった。チョデは結局出遅れた。コップを持って掲げたころには皆歓談していたのである。
三十人近くいるので立食パーティーである。白いテーブルクロスが敷かれた長方形のテーブルには手の込んだ料理から、不格好で怪しげな料理まで並んでいる。どれも立ちながらでも食べやすい料理である。
それでもって怪しい料理の犯人だが、「私も作れますから!」と意気込んでいた本日の主役のヒトエであった。見た目はかなり残念である。これを参加者たちは手をつけなければならないのだ。主役がわざわざ作ったのだから。
ヒトエもパクリと真っ黒で不格好なそれを一口と食べると、ほのかな甘味が広がる。さながら薄皮のシュークリームだ。いい出来である。
実のところ料理は苦手ではない。味付けはそこそこと自負している。しかし、それ以上に盛りつけ飾りつけが大の得意だ。手先は器用なのである。
つまり、あの不定形生物のような見た目はわざと。
食べざるをえない状況を作りだし、諦めの心境で食べたら意外と美味しい――とは、ならない。
「ねぇ、ねぇ、これ私が作ったの。食べてくださいなっ」
「えっ」
ヒトエが声をかけたのは出遅れたチョデ。ちょうど一人寂しそうにウロウロしていたので実験がてら声をかけた。名前を呼ばなかったのは覚えてないからだ。そんな事情など想像もしてないだろうチョデは、声をかけられて嬉しそうにし、料理を見てげんなりとした。しかし、主役が作り、勧めてきた料理を断るわけにはいかない。毒々しい緑なシュークリームもどきを目をつぶって口に放り込んだ。
もぐもぐごくり。
ヒトエの予想通り、ろくに味わうことなく飲み込み、「まぁまぁだな」と嘘をついた。顔にはありありと不味いと書いてある。
しかし、そんなことはない。好みの差はあるだろうが、そこそこの出来なのである。
人は見た目で不味いと判断すると、その通りに感じがち。ほとんどの人はろくに味わうことなく飲み込んでしまうだろう。これぞ、見た目不味そうだけど本当は美味しいのに食べると不味く感じる悪戯なのだ。
「ふーん、ヒトエがそれ作ったのか」
そこへ現れたタマス。その横にはツケウもいた。二人はヅラっぽい黒いのとハニワっぽい緑のシュークリームもどきを取って口に運んだ。
「お、見た目はアレだが味はいいな」
「ほのかな甘味がちょうどいいですね」
「さすが、見る目あるー」
二人の反応にチョデは「そんな嘘だろ」って顔をしていた。なのでもう一つあげてみた。
「普通にうまい……お前、味変えただろ?」
「どうやって変えるのさ。味覚音痴さんっ」
ヒトエは眉間に全力のデコピンをこました。人体急所を的確についたのでなかなかの痛みだろう。
そんなことは、どうでもいい。
「ツケウさん、久しぶりだね」
「ええ、ヒトエちゃんは元気でしたか?」
実のところ二日ぶりなのだ。能力を強くかけられていたということで、大事を取って今日まで休みをとっていた。ソーカも冒険業は休んだようである。
ツケウとは異世界に降り立ってから毎日会っていたのでちょっと恋しかったので存分に甘えようと思ったヒトエは手始めに抱きついた。今日も隠れたアレがふかふかであった。
「あの日はフラフラだったけど今は元気だよ」
「そうですか」
頭を撫でてくれる優しい手つきも健在だ。その時、視線を感じた。ねっとりとした視線だ。
ヒトエが振り返ると羨ましそうにしているチョデと目があう。思わず「うわー」と言ってしまったヒトエだ。
「若いからってそいつはアウトだぞ」
さらにチョデの背中へタマスの強めの張り手が叩きつけられたのであった。
――ギルドの屋根の上。星明かり照らされたそこには黒き人影がいくつかあった。
「……ふむ、察知されたな。新たな聖女様はなかなか鋭いようだ」
別の声が答える。
「しかし、正義感に溢れた性格ではないじゃろう。使命には興味を示さないじゃろう。のう?」
二人目のしわがれた声が同意を求めた先にいる、背中に穴の開いたピンクのジャージを着た人物は頷きもしなかった。
「それが答えるわけないだろう。貴様とは違うのだ。会話や思考までこなす貴様とはな」
屋根に「ふぉっふぉっふぉっ」と笑い声が響く。最初の男はやれやれと首を振り、それから城がある方角を見る。
「さて、都合よく目を欺けた」
「あぁ、偶然という天からの贈り物じゃな」
「ライールよ、待っていろ。共にあの盾女を消すぞ」
一陣の風が吹く。すると音もなく周囲の建物の屋根に影のような存在が出現していた。
しかし、その形は揺らいでおり、今にも消えてしまいそうだった。
「死霊の体がまだ馴染まぬか。今日はうってつけな日であったが、また別の日にするか」
「その日が楽しみじゃな」
再び風が吹くと全ての姿は影も形も無くなっていた。
死霊事件はまだ終わってなどいない。
そうとは知らず、ギルドには笑い声が響いているのだった。
一章はこれで終わりです。
読んでいただきありがとうございました。
次の章のお話を考えるため、次の更新まで間が空くと思います。
申し訳ありません。