能力
「ヒトエちゃん、怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」
「う、うん」
駆け寄ってきたツケウはビックリするぐらい心配してくれた。ヒトエは「平気だよ」と言うが、隠しているかもしれないと思ったのか、あちこち体を触ってくる。くすぐったい。ヒトエは身をよじって悶絶した。脇腹はダメなのである。絶対にダメなのである。
「堪忍してくんなましー」
「ちょっとじっとしててください」
よいではないかよいではないかー、とは言ってくれなかった。くるくるも回してくれなかった。悪代官など知らないだろうから当然であるが。
「よかった、本当に怪我はないみたいですね」
徹底的にチェックしてようやく安心してくれたようだ。ツケウのほっとしたようなその笑顔にちょっと申し訳なくなった。次はもっと安全に戦おう。そう誓うヒトエだった。
「はい、これ」
ソーカはナイフを拾ってきてくれた。紙で血を拭いてから渡してくれたようだ。草よりも弱いナイフ。本当にこれがナイフなのか疑問だった。
「ヒトエ?」
「あ、うん、ありがとね」
怪しんでいたら、ソーカに怪しまれてしまった。この事はあとで考えようとナイフを皮のベルトに収める。
「にしてもヒトエちゃん、さっきの戦闘はどういうことですか?」
「どういうことって?」
ツケウが言わんとしていることが全くわからなかった。ただ、転ばせてから刺したら固くて倒せず、逃げて引っ掛けて転ばせて倒しただけだ。
しかし、ツケウの目にはそう映っていなかった。
「遠くにいるぶたこびっとが転んだタイミングでヒトエちゃんが高速移動したかと思えば、普通の女の子ようにナイフを刺そうとして失敗したじゃないですか」
「え? そんなにショボい攻撃だったの?」
驚きである。あの一撃はヒトエにとって渾身の一撃だった。チート能力で身体能力は強化されているはずなので、かなりの威力だと思っていた。
「そうだね、ショボかった。あんなへっぴり腰じゃ最下級の魔物だって倒せない」
しかし、ソーカにも非力な少女の攻撃に見えたらしい。わけがわからな――ヒトエの脳裏にある可能性が浮かぶ。
――悪戯に必要な能力だけパワーアップしてる?
逃げ足は悪戯した相手から逃げるために必須で、持久力も逃げ切るために有効だろう。仕掛けるスピードなんかは相手にバレぬよう重要となっているので超強化されている。
逆に元々非力だったこともあり、力がいる悪戯はしてこなかった。だから普通の腕力のまま。そして相手をナイフで刺すのは悪戯の範疇を越えている。だから全てのチート能力が発動しなかった。そう考えるとしっくりくるのだ。
魔石化だけは意味不明だが悪戯になにか関係しているのかもしれない。
「なにはともあれ、腕力鍛えるために力業の悪戯はしたほうがいいかもしれないね」
「急になに言ってんだよ」
「ソーカちゃん……肩車チャレンジしてみようか!」
「本当になに言ってんだよ!」
ソーカは手をわきわきさせ始めたヒトエから距離をとった。目が本気だったのである。この子ならやりかねない。ソーカはいつでも逃げられるよう中腰で構える。
「あれって……」
「騙されないから」
ヒトエの視線はその奥へ吸い込まれていた。ソーカはそれを罠だと思ったようだがそうではなかった。ツケウがそこにいた。
「ヒトエちゃんの元気がないようなので、ラモビフトの耳を装着しました」
戦場に咲くもふもふ耳。ヒトエが能力で作り出したものではない。そう、あれは二人が出会った時に買った垂れウサミミであった。ヒトエが落ち込んだ時に元気付けようと密かに持ってきていた。
実際は落ち込んでいたのではなく、考え込んでいただけなのだが、そんなのどっちでもよかった。
ヒトエは超ダッシュでツケウに抱きつく。このやり取りも何度目だろうか。しかし、全く飽きない。
「ふぇぁー! やっぱりツケウさんには垂れウサミミが似合うよー!」
「ありがとうございます。ヒトエちゃんは本当にラモビフト耳が好きですねぇ」
「うん、垂れウサミミー」
「はい、ラモビフト耳ですよ」
「うさうさー」
「らもらもー」
「あれ?」
違和感を覚えた。なぜツケウは頑なにラモビフトと言うのか。垂れウサミミ、長いならウサミミでもいい。しかし、わざわざラモビフトと言う。確かにラモビフトはウサギに似た生物である。
「あっ、まさか……」
またもヒトエは閃いた。ラモビフトがウサギに似ているんじゃない、ウサギがラモビフトに似ているんじゃないかと。
ここは異世界だ。ウサギが存在しない可能性は十分にある。
そしてヒトエが発するウサギという単語はチート能力によって翻訳され、ツケウの耳にラモビフトと聞こえている。逆にツケウのラモビフトが素通りなのはヒトエが既にラモビフトを知っているからと考えれば辻褄があう。
そもそも、最初から言葉が通じていたのがおかしいのだ。ヒトエの母国語が異世界でも使われているなんてあり得ない。だが、言葉が通じなければ悪戯に支障が出る。なので能力発動の対象になった。
私って天才かも、と思ったヒトエは確かめてみることにした。その方法は簡単である。
「ねぇ、ツケウさん、私の言う単語を復唱して?」
「いいですよ」
脈絡のない意図も読めないであろうお願いに、余計な疑問を挟まず快諾してくれた。ヒトエの表情からなにかを読みとったのかもしれない。微笑む彼女はどこか真剣さをたたえていた。
そんな二人をソーカは静かに見守る。イケメンなのに影が薄い。
「まずは小手調べね。ウサギ」
「ラモビフト」
やはりツケウにはラモビフトと聞こえていたようだった。ウサギがこの世界にいないとはほんの少しショックであるが、ヒトエは涙を堪えた。まだもふはいる。次である。
「犬」
「ケルベロス」
首が三つになった。ペットとして飼えそうにない。ヒトエの涙腺は今にも決壊しそうだ。
「ね、猫」
「ニャルガーフシャットビョウニャニャーキャッター」
「長っっ!?」
たった二文字が長くなりすぎて、涙も吹っ飛んだ。でもすぐに猫カフェが無い事実に気付き、うちひしがれる。
「長い」
そしてツケウがまた言葉を返してくれた。もう、翻訳されている事実と、地球のもふ達がいない現実を確認できたので終わりでもよかったのだが、ここでヒトエはふと思い付いてしまった。それで傷ついた心を癒そうと。
ヒトエは甘え声でその単語を口にした。
「愛してる?」
「愛してますよ」
「わぁい! 大好きー!」
「私も大好きですよ」
再び抱き合う二人。一人真剣に見守っていたソーカは途方にくれるのだった。




