再来
翌日、準備万端の三人は南の門番の兵達に見送られ町を出発した。
彼らはツケウの冒険者用の衣装で強調された解放されし夢に釘付けだったので、ヒトエによる鎧の間接部分への釘差し込みが行われたのは秘密である。
草原に敷かれた街道を歩く三人。順番はツケウ、ソーカ、ヒトエだ。しばらくしてツケウがスピードを緩めてヒトエの横にきた。なぜだか不思議そうに首をかしげている。
「……ヒトエちゃん、どうして一直線に並んでるんですか」
「えっ? 魔物が出るフィールドを歩くときはこうじゃないの?」
小学生の頃にちょっとやっていたRPGのゲームでそうなっているものがあった。そのイメージだ。
「狭いところや大人数であれば斥候や殿は大切ですが視界が広く少人数であれば、そこまで厳密じゃなくていいんですよ。話しづらいじゃないですか」
ツケウの言葉にソーカもうんうん頷く。
「……たしかに!」
目から鱗だった。言われて気づいたがこの状態では、特に一番前にいるツケウへ、声が届かせにくい。せっかく三人でお出かけ、でなく研修なのに黙々と歩くのは淋しいものである。並んでもいいんだ。
ヒトエはまた一つ賢くなった。
その時、電子音がなる。ヒトエのスマホだ。
【一つ学んだことで経験値が規定値に達しました。
ヒトエ レベル6
戦闘能力+03逃走能力+01
悪戯能力+17悪戯点数+19
道具召喚+04道具活用+02
精神抵抗+01聖女能力+05
称号
――聖女】
「何ででもあがるね!」
画面を見て叫ばずにはいられなかった。しかも知力は上がってないようである。そもそもこのレベルが上がって+が増えても能力が増えてる実感は全くない。謎数値だった。
「ところでヒトエちゃん、それって何なのですか?」
「これ?」
ヒトエがスマホを振るとツケウは頷いた。
どうやらスマホに興味津々だったらしい。なんでも時おり使っているスマホや油性ペンを見て疑問に思っていたそうだ。あれはなんだろうと。油性ペンはインクペンの一種だろうとなんとなく理解できたがスマホは全くわからなかったそうだ。この世界にはスマートフォンはないようである。
やっぱりかぁ、と残念がりながらも複雑なからくりだよ、と教えてあげた。チート能力で作り出したことはさすがに伏せたが。
「この小さいのがからくり。凄い技術ですねぇ」
「あぁ、こんな近未来的なもの初めてだ」
感心しきりの二人に手渡してあげると子供のように目を輝かせた。操作を教えればすぐに使い方を習得したツケウは指をぴんと立ててフリック。ぎこちなくフリック。アイコンの並んだ画面が横にずれる度に表情に花を咲かせた。ソーカも横から覗きこんで「ほぉ」となお感心している。
癒された。荒んだ現代社会に生きていたヒトエは心が清らかになった気がした。今なら欲望という邪さを捨てて悪戯ができる。そう断言できた。
悪戯自体は職業なのでやめられない。ギルド職員は副業である。
「これはなんでしょうか。……わぁ」
ぱしゃり。シャッター音が響くと同時にツケウが感嘆の声をあげた。いつの間にかカメラを起動していて写真をとったのだ。
「ツケウちゃん、ソーカちゃん、見てください。風景が切り取れました。それとも複製でしょうか」
「ここについてるカメラで見えるものを絵に出来るんだー。写真って言うんだよ」
「なるほど。シャシンですか、シャシンシャシン」
なんの変鉄もない青緑の草原と雲がかった空と遠くの山々の写真。ピンボケまでしている。けれどツケウにとっては最初の一枚。記念なのだ。はしゃぐのも当然だろう。なんだかいつもの立場と逆だなー、と思いつつ、ヒトエは「ちょっと貸して」と返してもらい写真を保存した。これでいつでも見られる。そう教えてあげるとツケウはとても嬉しそうだった。ヒトエはキュン死しそうになった。
なので、ぱしゃり。横で穏やかなイケメンスマイルのソーカもぱしゃり。最後は記念に三人で自撮りした。
それを待ち受けにするとツケウはまた驚き、ソーカはにっこりとした。
これから戦いの場へ赴くというのに至福のときであった。
そんな時間にも終わりはくる。草原の向こうの林から一体のぶたこびっとが歩いてきた。
「あ、タマスさんだ。どうしてここに」
「似ているけどアレはぶたこびっとだな。小さいだろう?」
「あ、ほんとだ」
ヒトエはもちろんとして、何気にソーカも酷い。
「で、どこへ行くんですか?」
「え?」
ツケウは、さりげなく後退していくヒトエの革鎧を掴んでいた。
バレたか。その一言に尽きる。
「ちょっと用事を思い出して」
「……戦ってくださいね」
「は、はぁい」
ツケウは笑顔であるが、なぜだか写真は撮りたくならない。スマホの出番は終わりなようである。
肩を落としたヒトエはナイフを取り出して構えた。その後ろにツケウとソーカ。
「あれ? 私が一番前?」
「ヒトエちゃんのための研修ですから。相手はぶたこびっと一体だけなのでいけますよね?」
「はぁい」
ヒトエ涙目である。ラモビフト以外にも相手をさせられるとは。しかも今回はガチンコバトルである。逃げながら転ばせて倒す戦法をとろうかとも思ったが、怒られるかもしれないので止めておくことにした。
「げんぶもぼぉぉぉっ!」
ぶたこびっともこちらに気づいた。
もうすでに懐かしい意味不明な言葉を撒き散らし駆け出してきた。
次の瞬間、ヒトエの姿がブレた。耐えられなかったのだ。嫌悪しかなかった。
「かさまさばぁぁぁッ!?」
だからヒトエは草を結んだ。逃げられないなら前で草を結べばよかったのだ。ぶたこびっとは高速で仕掛けられた罠に気づかず、盛大にすっ転んだ。顔面から豚鼻をぶひひーである。
これは決定的なチャンス。ヒトエは背後に回り込み、ナイフをさらけ出された太い首へ突き刺した。
鈍い感触に顔をしかめる。けれど終わったとほっとした。
「怖かったー」
「ヒトエちゃん!」
「ヒトエ、まだ!」
「え?」
そんなヒトエの耳にツケウとソーカの慌て声が届いた。
「ぶぐっぶぐらんふぉぉぉぉぉッ!」
ぶたこびっとはまだ生きていた。ナイフは喉を傷つけはしているが引っ掻き傷程度の傷しかつけていなかったのだ。
全力で突き刺したのに!
そう思うが事実は変わらない。
ぶたこびっとは転がって起き上がるとヒトエに掴みかかった。
小さな体に似合わず手がでかいし、握力もありそうだから、掴まれたらマズい!
ヒトエは咄嗟にその手にナイフを刺し、少し怯んでくれた隙に距離を取った。しかし、ヒトエの手にはナイフは残っておらず丸腰になってしまう。
ナイフはぶたこびっとに刺さったままだった。豚鼻の魔物はニヤリと笑う仕草を見せるとナイフを握りつぶした。いや、握りつぶせず、痛そうに顔を歪めて投げ捨てた。アホである。
さらに手を怪我したことで怒り狂ったぶたこびっとは再び突進してきた。
その背後にはツケウが魔法を放とうと構えているがヒトエがいるため撃つに撃てない状況だ。
そんなことは露知らず、ヒトエは逃げ出した。彼女にはこれしか勝つ手段は残っていなかった。しかし、必勝の一手でもある。すでに足元には結われた草が大量に仕掛けられていた。理性を全て吹き飛ばしたぶたこびっとが発見できるわけもなく、
「ぶよがぁぁぁぁぁ!」
「つるりょあぁぁぁぁぁッ!」
「えびぇぇぇえまぇぇぇぁッ!」
「まぢゃあるぎゃぁぁぁぁッ!」
四連続足を引っ掛けて転び、ついに動かなくなった。それからの魔石化。ヒトエの勝利であった。
しかし、ヒトエは不思議そうに自分の両手を見つめていた。怪我した訳ではない。重大な事実に二つ気づいたのだ。
一つは自身のパワーアップである。前回は十回以上転ばせてようやく倒せたのに、今回は軽い傷二つに五回の転倒でもって倒せた。なにか釈然としないが強くなっているのは間違いない。
そしてもう一つがさらなる驚きだ。ヒトエの全力の突きでも浅い傷しか負わない頑丈な相手に、転ばせるだけで倒してしまったのだ。
「……私、ナイフで刺すより草結んだ方が強いの?」
つまりはそういうことである。