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祝福と悪戯は紙一重  作者: ヒトエのミニ神
一章
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帰り道(前)

 就職してから早数日、慣れたとはとても言い難いが、それでも仕事は大分覚えてきた。受付であればツケウの補助なしでもこなせている。時折、助けを求めるのはご愛敬だろう。


「これでよし」

「おう、あんがとよ。聖女様」


 ヒトエは油性ペンのキャップを閉めた。目の前で礼を述べるガタイのいい冒険者のハゲたツルツルのキャンパスにはとぐろを巻いた蛇のイラストが書いてある。念のためもう二度書こう。蛇である。蛇なのだ。


 聖女としての認知度が爆発的に増えてしまい隠し通せなくなったので、見物にきた冒険者に対しては油性ペンによる落書――おまじないを書くサービスを始めた。一回、中銀貨三枚。なかなか好評だ。そのお金は全部ギルドに入るがヒトエも好き勝手書けるので特に不満はない。もともと聖女だからギルドに雇われたのだ。こうなることは覚悟していたし、むしろ悪戯出来ない可能性もあったのに許されるのだからラッキーである。

 ツケウだけはヒトエを聖女として公表するのは時期尚早ですとタマスに抗議してくれた。それだけでいい。知り合って間もないのに、こんなに優しくしてくれる人がいる自分は幸福者だとヒトエは思っている。

 その優しい人から出された課題に苦しんでいたりするが。この周辺に出没する魔物の特徴や対策を暗記するとはなかなかヘビーである。こればかりは気長にやっていくしかない。もふもふ系の魔物だけは一日で丸暗記できていたが先は長い。ぶたこびっとに亜種がいるとか反則なのである。ちなみにタマスは人間だ。


 そのタマスが受付にやってきた。


「今日はもうあがっていいぞ」

「はーい」


 今日は平和な一日であった。ぐーっと伸びをしてから帰り支度をし、まだ資料を作っているツケウに声をかける。


「ツケウさん、お先に失礼しまーす」

「お疲れ様です、気をつけて帰ってくださいね」

「はーい」


 外に出るとすでに日が暮れていた。石造りの家々がほんのりと星々に照らされて、なかなかロマンチックである。ヒトエのお気に入りの光景の一つだ。

 この世界の夜に太陽の光を反射してくれる月はない。日が落ちると町は星明かりだけが便りとなる。だが、星々は地球で見たものよりも明るく照らしてくれていた。さすがに日の光とは比べられはしないが、電気を抜きにすれば地球の満月の夜よりも明るいだろう。

 この日も雲のない快晴の夜だった。街灯を必要としない夜道、一人高級宿へと向かう。


「もうすぐ、次の宿探さないとなぁ。ツケウさんに聞いとけばよかった」


 ギルドが払ってくれたのは一週間分。いくらお給料をつり上げたとは言ってもヒトエの収入では不相応なお値段の宿だ。ご飯がおいしく、お風呂もあり、なかなか快適に過ごせるので未練はあるが、たらたらであるが、もう未練しかないが、だからと言ってお金は有限なので浪費はできない。


「お風呂付きの宿が借りたいなぁ」


 百歩譲ってシャワーが欲しいところである。


 そんなことを考えながら歩いていたヒトエの目の前に誰かが現れた。道を塞ぐように立っている。

 歓楽街からやってきた酔っぱらいかな、と思ったがどうやらそうではなさそうである。なぜなら、聖女を訪ねてきたあの爽やかな黒髪黒ローブの青年だったのだから。

 ただ、星明かりに照らされる彼の俯いた顔には影が射していて表情は窺えない。なんだか不気味であった。

 自分が聖女だとバレたんだろうなぁ、と思いつつも問いかけてみることにする。


「また会いましたね。聖女に会いたい理由、教えてくれる気になりましたか?」

「…………い……」


 男はぶつぶつとなにかを答えたが、声が小さすぎる。何を言ったのかわからないのでヒトエは耳を極限まで澄ませた。すると聞こえてきたのは繰り返す同じ言葉であった。


「……どうして生きている。どうして生きている。どうして生きている」


 抑揚ないその言葉にヒトエはぞくりとする。彼から感情が感じられなかった。ギルドで会ったあの時とは別人のようだ。まるで――。

 その時、男が顔をあげた。

 虚ろな目、だらしなく開き呟き続ける口、そこに生気はない。

 ヒトエは確信した。


 ――この人、死霊になってる。


 ヒトエは先日教われたばかりだ。そして、もふもふ系の魔物をさしおいて、真っ先に勉強し暗記したから間違うはずもない。


「これって不味いよねぇ」


 死霊は意思が高いほど強力な魔物である。ヒトエが戦った上級個体でも喋りはしなかった。ゾンビみたいな顔でも、あれ以上の戦闘力を有している可能性が高いのだ。状況を理解する前に襲われて無我夢中で戦ったあの時はなんとかなったが、今回もそうなるとは限らない。

 悪戯が、膝カックンがどこまで通用するのか。試すのは危険かもしれない。

 ヒトエはちらりと後ろを見た。そこには別の人影はなく、死霊はこの一体だけのようである。一筋の光明が見えてきた。

 なんとかギルドに逃げよう。

 ギルドに逃げ込めばタマス達がいる。協力すれば一体であればなんとかなるはずだと。


 男がローブの中から細身の剣を抜く。ついにやるつもりである。星明かりで尖った切っ先が鈍く光っていた。

 そして動く。

 ヒトエの予測通り、死霊のスピードはあの時の上級死霊を遥かに凌駕していた。直線的な突きの狙いは心臓だ。

 ヒトエは咄嗟に横っ飛びでなんとか回避したが、塀に頭をしこたまぶつけてしまった。

 くらくらする。

 それは僅かな時間だったが、致命的な時間だった。


 死霊はすぐ背後まで迫っていた。今度の狙いは首。すでに振るわれたその突きを防ぐ手だてはヒトエに残されていなかった。

 手に持っていた油性ペンを除いては。


「いや、それじゃ無理でしょ」


 銀の一閃。同時に、細身の剣の切っ先が宙を舞った。さらに銀の線は止まることなく、死霊の顔面を叩きつけた。


「命を取りはしません。腹打ちです」


 助けに入ってくれたのはギルドで見たことのある男であった。名前は知らないが同僚であるはず。しかし、今はそんなのとどうでもよかった。男は手応えを感じたのか警戒を解いているのだ。「同郷同士で痴情のもつれ?」なんて聞いてくる始末である。あの死霊をあれぐらいで倒せるはずがない。だからヒトエは叫んだ。


「油断しないで! そいつは死霊です!」

「――っ!」

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