第陸話『序06 紫苑と紬』
紫苑「さぁ~て、準備も整ったし、早く優斗の所に行かないと」
私は自宅に戻り、自分に必要な物を持って、優斗の家に向かっていた。
紫苑「あの時、私が逃がした鬼人は相当下層の鬼と契約してるはず」
鬼人の強さは、契約した鬼によって変わってくる。
より深い地獄にいる鬼の方が、強い力を持っている。
地獄は八つの階層で成り立っていて、地獄の中でも、特に第六階層から下層の鬼の力は、私達にとって絶望的とも言える力だ。
そして、あの鬼人はかなり下層の鬼と契約をしているはず。
――今の優斗にやつを倒せる?
いや、無理だろう。対峙したら、確実に殺される。
――もし、その場に私がいたら?
自分で言うのは情けないが、相手の攻撃を躱すので精一杯だろう。
それにやり合うなら、相手の能力を知って置かなくてはいけない。
能力次第でこちらの戦い方も決められる。
私がそんな事を考えながら歩いていると、突然、巨大な術力を感知した。
紫苑「――!? 何、この術力は!? 近い……」
私は術力を感じた場所に向かって走った。
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紫苑「確かこの辺りのはず」
私が辺りを見回すと、倒れている男と女を見つけた。
紫苑「……酷い傷……」
男の方は脇腹を何か大きな刃物で貫かれ、多量の出血をしていた。
女の方は大きな外傷は見当たらないものの、術力を使い過ぎて弱っていた。
私が近付くと女の方がうっすらと目を開けた。
?「……あなた……は……? ……や……大和を助けて……」
紫苑「あっ!? ちょっと!?」
女はそう言って、気を失った。
紫苑「このまま頬って置いたら確実に死ぬわよね…………はぁ~、仕方ない」
紫苑『我解くる、汝が呪縛。我が言霊の導きに従いて、我を守る矛となれ。戦の式鬼 戦鬼よ』
紫苑『我解くる、汝が呪縛。我が言霊の導きに従いて、我を守る盾となれ。守護の式鬼 妃戦よ』
私は人の形をした紙を取り出し、宙に放った。
紫苑「出てきな、戦鬼、妃戦」
宙に放った人を形どった紙が姿を変えた。
一つは、強靱な筋肉に包まれた身体を持つ鬼。
そしてもう一つは、物静かだが、その瞳に強い力を秘めた鬼。
戦鬼「久し振りだな、我が主人よ」
妃戦「お久し振りです。主よ」
紫苑「久し振りね。戦鬼、妃戦」
軽く挨拶を交わすと、戦鬼は腕や首をパキパキ鳴らして言った。
戦鬼「――っで、相手はどいつよ?」
紫苑「そこ」
そう言って、私は倒れている男と女を指差した。
戦鬼「なんだよ。もう終わってるじゃねぇか」
呆れる様に言った戦鬼と違い、妃戦は状況を掴んだ様で私に言った。
妃戦「かしこまりました、主。この者達の治療ですね」
紫苑「さすが妃戦ね。その通りよ」
妃戦は二人に視線を向けた。
妃戦「危険な状態ですね。特に男の方は、血液が体外に出過ぎています」
紫苑「いける?」
妃戦「はい。少々手間ですが、どうにか」
紫苑「そう。じゃあ、すぐに始めて」
妃戦は男に近付くと、傷口にそっと触れた。
そして、次の瞬間、妃戦の身体は光となり、男の身体を覆った。
紫苑「あとは戦鬼。あなたの役目よ」
戦鬼「ちっ! 俺達をこんな事で呼び出すなよな」
文句を言いながら、戦鬼は男と女を担ぎあげた。
紫苑「だって、私は人二人も持てないもの。それに、これをやっている間、妃戦は完全に外敵から身を守る事が出来ないのよそのためにあんたがいるんじゃない」
戦鬼「わかってるよ。式鬼の扱いが荒い主人だぜ。これでも俺と妃戦は、最上級クラスの式鬼なんだぜ」
紫苑「あら? そのあんた達を呼び出せる主人が他にいるの?」
戦鬼「はい、はい。ちゃんと、主人の言う事を聞きますよ。その代わり、今度は思いっ切りやり合える相手の時に呼んでくれよ」
紫苑「私の気が向けばね」
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大和「……ッ……」
紫苑「やっと気が付いたみたいね」
私は窓際で外に向けていた視線を男に向けた。
大和「お前は!? ――そうだ。お嬢様!?」
紫苑「お嬢様? あなたと一緒にいた人なら、隣よ」
男は隣りで眠っている女を見ると、ほっと安堵の表情を浮かべた。
紫苑「それから、ここは私の家。少なくとも、私はあなた達の敵じゃないと思うわよ?」
その言葉を聞いた男は、私に深々と頭を下げた。
大和「助けて頂き、ありがとうございました」
紫苑「別にお礼なんていいわよ。それより、あなた達がやられた相手は鬼人なんでしょ?」
大和「――!?」
一瞬、驚いた表情をした男だったが、すぐに元に戻した。
大和「なるほど。あなたも紬お嬢様と同じなのですね」
紫苑「そっちのお嬢様が錬成移法を使ったのは知っているわ。――っで、あなた達は何故、鬼人と戦っているの?」
紬「……ぅ……」
その時、眠っていたお嬢様が目を覚ました。
大和「紬お嬢様!?」
紬「……や、まと……? ――あなた、怪我は!?」
大和「こちらの方に助けて頂きました」
すると、お嬢様は私に視線を向けて、深々と頭を下げた。
紬「この度は、ありがとうございました。私は真城 紬と申します」
大和「私は紬お嬢様のお世話をさせて頂いております、海神 大和と申します」
真城の名字を聞いた瞬間、私の中にあったパズルのピースがハマった。
紫苑「なるほど。あなたが真城家の後継者か。錬成移法みたいな高度な術を使えるのも納得がいくわね」
紬「あなたが何故それを?」
紫苑「私は京澄 紫苑。これでわかったかしら?」
紬「なるほど。京澄の者でしたか」
すると、お嬢様は小さく笑った。
紬「ふふっ……、不思議なものですね。真城の者が京澄に助けてもらうとは」
紫苑「本当ね。まぁ、真城と京澄の関係なんて、親達が勝手に作ったものでしょ? 私には関係ないけどね」
紬「あら、奇遇ですね。私も同じ考えです。それに今は、そんなくだらない争いをしている場合ではありません」
私は壁に身を預け、腕を組んだ。
紫苑「そうね。あなた達が戦った鬼人についても聞きたいしね。とりあえず、場所を変えましょう」
紬「場所を? ここではまずいのですか?」
紫苑「別にまずい事ないけど、自分で鬼を制御出来ない奴がいてね。そいつが何するかわかんないから、早めに戻らないと」
紬「鬼……ですか? でしたら、私も一緒に行かせて頂きます。大和、傷の具合はいかがですか?」
大和「問題ありません」
私はその言葉を聞き、忠告する様に言った。
紫苑「あなたの傷、まだ癒えていないわよ。今は、私の式鬼があんたの破壊された細胞の変わりになっているだけ無理をすれば、傷が開いて死ぬわ」
紬「……式鬼ですか……あなた、相当な使い手ですね」
紫苑「あら、あなたも錬成移法は真城の秘術と聞いてるわ。それを使える時点で、相当なものよね?」
紬「ふふふ……では、参りましょうか」