第肆話『序04 真白 紬』
私の中で暴れる強大な力。
それはいつか、私自身を飲み込むかもしれない。
――死は怖くない
嘘
――自分を犠牲にしてまで、誰かを助けたい
嘘
――世界中の人々を幸せにしたい
嘘
真っ白な風景の中に現われた、黒い影が私に言っている。
お前は偽善者だと…………
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?「――ッ!?」
私が目を覚ますと、見慣れた部屋の風景があった。
?「……また……ですか……」
私は額にかいた汗を拭い、布団から身体を起こした。
そして、寝間着の上に一枚羽織ると、庭に降りた。
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庭に出た私は、雲一つない空を見上げた。
?「紬お嬢様」
突然、私の側に男が現れ、地面に片膝をつけて頭を下げていた。
私は驚く事はなく、いつも通りに答えた。
紬「おはようございます、大和」
大和「おはようございます、紬お嬢様。今日はお早いのですね」
紬「………………」
大和「……また……ですか?」
大和は何も言わない私に呟く様に言った。
紬「彼のモノの力が強まっています」
大和「はい。それに合せ、鬼人達が動き出しています。いかが致しますか?」
紬「いずれ、私の居場所もつき止められるでしょう。ならば、こちらから仕掛けます」
大和「わかりました。では、早急に準備を整えてまいります」
そう言って、大和は姿を消した。
私はまた空を見上げた。
紬「幾千の時を越え、歴史は繰り返すもの。でも、その歴史は決して繰り返してはいけない。そう、もう二度と…………」
この青い空を消してはいけない。
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準備を整えた私は玄関を出て、大和を待っていた。
大和「遅くなりました」
紬「では、行きましょう」
大和「お待ち下さい!」
一歩踏み出した私を、大和が呼び止めた。
大和「一つ、失礼ながら、よろしいでしょうか?」
紬「どうしました?」
大和「紬お嬢様。御身体は大丈夫でしょうか? 少なからず影響を受けているはずです」
私は大和の言葉に、一瞬反応した後、笑顔を向けた。
紬「大丈夫ですよ」
大和「……わかりました。ですが、いくら紬お嬢様といえ、それを封印したまま鬼人の相手をするのは危険です。戦闘は私にお任せ下さい」
紬「わかりました。では、頼みますよ、大和」
大和「はっ!」
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家を出た私と大和は、鬼人の吐き出す邪気を追っていた。
大和「――!? 紬お嬢様、おさがり下さい」
そう言って、私の前に出た大和の前方から複数の異形なモノ達が向かってきた。
大和「下級鬼か」
下級鬼「ぎゃ~はっはっ!! このムカつく感じ。それに俺達の姿が見えてるって事は、お前、あの方を封印した奴等の末裔だな?」
下級鬼の一匹が、私を指差した。
紬「だとしたら、どうだと言うのですか?」
下級鬼「その身体を切り刻み、お前の血肉を献上するのよ! そうすれば、俺達はもっと強い力を頂ける」
紬「そうですか。――――大和」
大和「はっ!」
紬「このモノらに道を聞く事にしましょう」
大和「かしこまりました」
大和は私の前に構える事なく立った。
下級鬼「ぎゃ~はっはっ!! 人間の分際で出しゃばると痛いじゃすまないぞ! 先ずはお前からだ!!」
下級鬼の一匹が、大和目掛けて攻撃を仕掛けて来た。
しかし、その攻撃は空を切り、同時に大和の蹴りが異形のモノをとらえた。
下級鬼「ぷっ、ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
大和の蹴りをくらった下級鬼は、数メートル吹き飛んだ。
だが、まるでダメージがなかった様に、あっさりと立ち上がった。
下級鬼「びっくりした~。お前も俺達が見えるのか。だが、体術だけじゃ俺達は痛くも痒くもないぞ?」
大和「やはり、駄目か」
そのやり取りを見た私は、後方で術を唱えた。
紬『我、汝に矛を与える。我、汝に盾を与える。汝、我が矛と盾を用いて悪しき魂を浄化したまえ』
私が術を唱え終わると、両手に持っていた2枚のお札が宙を舞い、大和の両手と両足を包んだ。
大和「感謝致します。紬お嬢様」
そして、大和は素早く下級鬼との間合いを詰めて、先程と同じ蹴りを入れた。
下級鬼「ぐっぱぁ!!」
下級鬼は同じ様に吹き飛ばされ、起き上がろうとした。
下級鬼「ぎゃ~はっはっ!! だから、普通の打撃じゃ……俺……は……」
その瞬間だった。
下級鬼の足の先から、小さな光の粒に変わっていった。
下級鬼「な、なんだ、これは!? お、おおお、お前、一体何をした!?」
大和「紬お嬢様からお借りした浄化の力だ。あいにく、私に浄化の力はない。そのため、紬お嬢様にお借りしたのだ」
下級鬼「そ、その、両手足の光が浄化の力か……くっ、くっそ~~~~!!」
一匹の下級鬼の身体が全て、光の粒になり消えた。
大和「さて、残りのモノも始末しないとな」
紬「大和。一匹は残しておいて下さい。道案内がいなくなってしまいます」
大和「はい。紬お嬢様」
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私達は異形のモノに道案内をさせて暫く、それは突然だった。
道の真ん中には、年端もゆかぬ少女が立っていた。
少女「あなたが持っているのね?」
紬「――大和!?」
少女から感じた殺気で、私は声を上げた。
背中からは冷たい汗が素肌を伝い流れて行くのを感じた。
私は自分でもわからない内に、大和に補助の術を使っていた。
大和「――鬼人だな。さっきの奴等とはレベルが違う」
大和の表情から余裕がなくなり、目の前の少女に対し、最大の警戒をしていた。
少女「……さようなら……」
そう言った瞬間、少女の小さな手に不釣り合いなほど、大きな鉤爪が装備された。
大和「くっ!?」
まるで生き物の様に見えるその禍々しい大鉤爪は、触れるモノ全てを切り裂く様な唸りをあげて襲ってきた。
大和は少女の繰り出す大鉤爪の一撃を、補助の術で強化された拳で弾いた。
大和「くっ……紬お嬢様に強化された拳で弾いても、腕が痺れる」
少女は武器の重量など関係ないとでも言うように、何度も大鉤爪で大和を刈り取ろうと襲った。
その少女の攻勢に対し、大和は防戦一方になり、身を守るのが精一杯だった。
大和「……っ……はぁ、はぁ……」
まずい。
まさか、鬼人の力がこれ程とは…………
私が大和に加勢出来れば、少なくともあの子を退けるくらいは出来る。
でも…………
私は拳を固く握った。
大和「ぐっ!?」
遂に、少女の攻撃が大和を捉え始めた。
いつの間にか大和の両腕は力無くうなだれ、既に使い物にならなくなっていた。
紬「大和! この場を退きます!!」
大和「はっ! ――!?」
一瞬だった。
大和が私の声に答えた隙に、少女の大鉤爪は大和の脇腹に深々と突き刺さった。
大和「――ごぷっ!?」
紬「大和!?」
大和「ぐぅ……」
大和は私に視線を送ると、自分に突き刺さった大鉤爪を抜かずに抑え込んだ。
紬「――ッ!?」
紬『汝、我を誘え。我、汝の示す場所へ行かん』
私は宙に五芒星を描き、術力を込めた。
紬『錬成移法』
紬「大和!!」
素早く大和を掴み、その場から姿を消した。
少女「いなくなっちゃった? ダメ……あの人達は逃げる鬼。私はそれを捕まえる鬼……」
そして、少女もその場から姿を消した。