第弐話『序02 出会い』
優斗「うぃ~す」
教室に入ると自分の席に腰を下ろした。
すると、俺の到着を待っていたとばかりに、クラスメイトの一人が声を掛けて来た。
輝弘「おっす、優! 今日の勝敗は?」
優斗「輝弘か。今日も俺の勝ちだ」
輝弘「よっしゃ! よくやった、優!!」
優斗「は? 別にお前に…………」
俺が後ろを見ると数人が輝弘に悔しそうにお金を手渡していた。
あいつら、また賭けてやがったな。
輝弘「へっへ~、馬鹿だよな。優が負けるわけないじゃないか」
優斗「ほぉ~ぅ、それは前に飛鳥に賭けてボロ負けした自分に言ってるのか、輝弘?」
輝弘「なんだよ。あの時の事、まだ根に持ってるのかよ」
こいつはクラスメイトの長瀬 輝弘。
入学当初からの付き合いで、いつの間にか俺の周りにいる様になった。
とにかく、輝弘は人と仲良くなるのがうまい。特技に入れても良いと思うくらいだ。
他人の心にふっと入ってくる。
もし、こいつなら、戦場のど真ん中でも生きていけると勝手に思う。
優斗「――っで、今日は勝ったんだろ? 昼飯、奢れよ」
輝弘「へいへい。全然、O.K!」
輝弘は得意げに自分の懐をぽんぽん叩いた。
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優斗「ふぁ~ぁ。やっと、昼か」
この時を待ちわびたぞ!
優斗「輝弘~、飯行こうぜ!」
輝弘「おう! いつも通り、購買で何か買って屋上で食うか?」
優斗「だな。昼くらい、教室から解放されたいからな」
輝弘「じゃあ、俺が飯を買ってくるから、優は先に行っていてくれよ」
優斗「わかった」
飯の買い出しを輝弘に任せて、屋上に向かった。
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優斗「ん~……やっぱ、昼はここだよな」
狭い教室から解放され、目一杯、伸びをした。
そして暫く輝弘が来るのを待っていると、屋上の入り口が開いた。
優斗「おせ~ぞ、輝弘!」
そう言って、振り向いた俺の目に意外な人物が飛び込んで来た。
飛鳥「輝弘じゃなくて悪かったわね」
優斗「――飛鳥? お前が来るなんて珍しいな」
すると、飛鳥は何も言わずに近付いて来て、俺の前に皿を差し出した。
優斗「なんだ?」
飛鳥「あんた、お昼まだでしょ?」
優斗「あぁ」
飛鳥「これ、あげる」
そう言って飛鳥が差し出した皿には、見事なオムライスがのっていた。
飛鳥「家庭科の自習で作ったんだけど、私はお弁当あるから、し・か・た・な・く! 優斗にあげる。いい? 仕方なくなんだからね!」
優斗「そっか。なら、遠慮なく貰うよ」
俺は必死になっている飛鳥から皿を受け取ると、早速、スプーンを使い、一口食べた。
飛鳥「ど、どう?」
そう聞いてきた飛鳥の目は、真剣そのものだった。
優斗「……うん。美味い。美味いよ!!」
飛鳥「そう」
俺の感想を聞いた飛鳥は、嬉しそうな笑顔を作っていた。
優斗「しかし、飛鳥がこんなに料理が上手いとは意外だったな」
飛鳥「なによ、その意外だったって言うのは? 私だって……その……女の子……だもん」
優斗「ん? 途中、声が小さくて聞こえなかったんだけど、何て言ったんだ?」
飛鳥「え? べ、別に!?」
飛鳥は顔を赤くして、慌てながら言った。
輝弘「お~い、優! お待たせ…………って、なんだそれ!?」
優斗「おっ、輝弘!? 遅かったな」
輝弘「おっ、輝弘!? じゃねぇだろ!? 何でそんな豪華な食事してんだよ?」
優斗「これか? 飛鳥が授業で作ったけど、食いきれないって言うから貰ったんだ」
すると、輝弘は買ってきたパンをかじり始めた。
輝弘「まぁ、いいや。それより、優と飛鳥ちゃんは仲が良いのか、悪いのかわかんねぇよな?」
優斗「まっ、良くもなく、悪くもなくだな」
輝弘「ふ~ん」
何となく相づちをした輝弘は、ふと空を見上げた。
輝弘「そう言や、今日は皆既日食ってやつなんだろ? クラスでもあちこちで話をしてるぜ」
優斗「皆既日食ねぇ……俺はあんま興味ないし」
飛鳥「私も」
その瞬間、朝と同じ様に、俺の頭の中で映像が流れ始めた。
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男は幼い俺を見下ろしながら言った。
?「お前にこいつをくれてやろう」
そう言って、男が開いた手の平に、白く小さな珠が乗っていた。
?「こいつは特別だ。運がよければお前は助かるかもな」
男は幼い俺の口に白く小さな珠を押し込んだ。
?「おっと、こいつも一緒じゃないとな」
そして、男は自分の指先を傷付け、溢れる自分の血を、白く小さな珠と一緒に俺の口に流し込んだ。
?「…………(こくり)…………」
/////
優斗「――ッ!?」
――なんだ?
――身体の中で何かが暴れ出そうとしている
――熱を感じる
――何かが俺に呼び掛けている
輝弘「優? おい、どうした?」
優斗「……輝弘?」
治まった……?
何だったんだ?
優斗「いや、何でもない」
輝弘「そっか? なら、良いけどよ」
その時、授業開始5分前を知らせるベルがなった。
優斗「――っと、もうそんな時間か。飛鳥、これありがとな。すげ~美味かったよ」
飛鳥「う、うん」
飛鳥は少し照れた様に頷いた。
優斗「じゃあ、教室に戻るか。輝弘~!」
輝弘「ちょ、ちょっと待てよ!? まだ、全部食ってねぇぞ!?」
優斗「あとで食うために、とっとけばいいだろ!?」
輝弘「いや、残しておいたら優に食われる」
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輝弘「じゃあな、優!」
優斗「おう! またな!」
俺はいつもの場所で輝弘と別れて、一人、家路についた。
そして、歩いている途中、俺はふっと、空を見上げた。
優斗「そう言えば、今日は皆既日食がどうこう言ってたな」
俺は学校で聞いた話を思い出していた。
優斗「皆既日食……太陽を月が食べる日、か……」
その時だった。
突然、視界がぼやけ、足がもつれた。
優斗「なんだ?」
疲れでも出たのか?
俺はふらふらしながら、近くの公園によって休む事にした。
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優斗「何、なんだ?」
脳がぐちゃぐちゃに揺られて、血が熱を帯びた様に熱い。
優斗「はぁ……はぁ……」
次第に俺の呼吸は乱れ始めた。
――身体が酸素を求めている
――心臓が早鐘の様に鳴り響く
優斗「くっ……ぁぁ……」
?「くくく、どうしたのだ?」
すると、突然地面に膝をつけた俺に、後ろから声を掛けてきたやつがいた。
?「生きていたか」
優斗「……だ、誰だ……?」
?「忘れたとは言うまい。私はお前の命を救ってやったのだぞ?」
優斗「……俺の命?」
その時、頭の中で映像が流れた。
/////
優斗「う……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男の血を口にした俺の体は、豪華で焼かれたように熱を帯び、激しい痛みに襲われた。
幼い俺にとってその痛みは、地獄にいる様な感覚だった。
?「もし、お前がそれに耐えられれば生きることが出来るはずだ。私はチャンスを与えたに過ぎない。後はお前しだいだ」
そう言うと、男はその場から姿を消した。
/////
優斗「……そ、その声は……」
?「やっと思い出したか?」
男は俺を見下ろしながら言った。
優斗「よくも、よくも……」
俺はその声に聞き覚えがあった。
いや、忘れるはずもない。その声はまさしく、俺の親父や母さんを殺したやつの声だ。
俺は体中に走る痛みを耐えて立ち上がり、男の方を振り返った。
優斗「お……まえ……だけは、許さない!!」
俺は自分の持っている限りの力で男に殴りかかった。
男の顔を狙ったはずの拳だったが、痛みのせいで狙いがずれてしまい、男の肩に直撃した。
優斗「なっ!?」
すると、男の腕は、拳が当たった部分から先が全て吹き飛んだ。
拳を振るった自分自身もその光景には目を疑った。
しかし、何故か男は声を上げて笑い始めた。
?「くくく……あ~はっはっはっは!! 良いぞ! 期待以上だ!!」
優斗「かっ……ぁ……っ……」
俺は痛みで再び地面に膝をついた。
――熱い……身体が焼ける……
――俺の中の血液の全てが、沸騰している様だ
?「まだ未完成にして、この力。まさか、片腕がもぎ取られるとは」
俺を見下ろしている男の右腕は、肩から先が地面に転がっていた。
だが、男は声を上げ笑っている。
?「くくく……贄に相応しい」
……くそ……何なんだよ……一体……
霞み行く意識の中で俺は男の顔を見上げた。
すると、男の後ろに、二つの影が現れた。
?「夜鬼様。封印の一つ『天明冷仙』を持つ者を見つけました」
?「………………」
夜鬼「そうか。わかった。ならば、すぐにでも手に入れてくるのだ」
?「はっ!」
夜鬼がそう言うと、二人は姿を消した。
夜鬼「残念だ。私は急用が出来たので、これで失礼する。もっとも、お前の身体はそのまま頬っておけば、あと数日と持つまい。助かりたくば、私を探し、私の下に来るのだ」
その時、公園の入り口から一人の女が飛び込んできた。
?「見つけたわ!!」
女はすぐにお札のようなものを取り出し、空中に五芒星を描き、呪文のような言葉を唱え始めた。
?『古より伝わりし力よ、我が剣となり、邪気を封ぜよ! 悪鬼封印!!』
そして、呪文を唱え終わるのと同時に、女は持っていたお札を夜鬼に投げつけた。
だが、夜鬼はお札が自分に届く前に姿を消した。
?「くっ、逃げられたか!?」
優斗「くっ……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、今度は苦痛に声を上げた俺の方を向いた。
?「邪気!? 不安定だわ。それに、この邪気大きい!?」
女は新しいお札を取り出すと、先ほどと同じように呪文を唱えた。
?『古より伝わりし力よ、我が剣となり、邪気を封ぜよ! 邪気封印!』
女は俺に向かいお札を投げつけたが、俺の身体はそのお札を拒み、近づくことを許さなかった。
?「ちっ! やっかいね。しょうがない、ちょっと大変だけどあれをやるか」
そう言って、女は俺の周りの地面にお札を置き始めた。
?『五行結界!!』
すると、地面に置いたお札が光を発し、五芒星を作り出した。
?『五行破邪!!』
その瞬間、俺の身体を光が包み、痛みも苦痛もなくなっていった。
優斗「あれ? 痛くない?」
突然の事で驚いている俺に、女は話しかけてきた。
?「とりあえず、あなたの中で暴れていた鬼は抑えたわ」
優斗「鬼?」
?「あなた、以前に何らかの形で、鬼の力を体内に入れられたわね?」
女にそう言われ、俺は子供の頃、夜鬼に血を飲まされた事を思い出した。
優斗「そうだ。あの時、あいつが自分の血を俺に!?」
?「そう。じゃあ、あなたの鬼は逃がした奴が源なのね」
優斗「なぁ、さっきから、鬼やら源やら、一体何なんだ?」
?「そうね。それは場所を変えて話しましょう」
そう言って、女は俺に背を向けた。
優斗「じゃあ、俺の家でいいか?」
?「構わないわ」
優斗「それと、名前を聞いてもいいか? 俺は優斗。桜耶 優斗」
紫苑「桜耶? なるほど。――私は京澄 紫苑。紫苑でいいわ」