第参拾陸話『後編01 短き休息』
//優斗の家
目を開けた俺が見たのは、見慣れた天井だった。
静かな夜がこんなにも怖く感じるのは初めてだ。
俺は天井に突き出した拳を握り締めた。
優斗「……月ちゃん……」
奴らはなんで月ちゃんをさらっていった?
いや、俺に力があれば……
外はまだ暗く、月明かりで照らされている。
俺は布団から起き上がり、廊下に出た。
//廊下
外の風に当たりたくて、縁側に腰掛けた俺は、空に浮かぶ月を見上げていた。
紫苑「……優斗?」
後ろからした声に振り返ると、そこには紫苑がいた。
優斗「紫苑? 大丈夫なのか?」
紫苑「えぇ。時斗達から聞いた。――ありがとう」
そう言った紫苑の横顔は、月明かりに照らされて綺麗だった。
そして、紫苑は少し頬を赤らめ、俺に言った。
紫苑「……その……たんでしょ……」
優斗「紫苑?」
紫苑「だから、見たんでしょ。私の記憶……」
優斗「ぁ……」
術力供給をした時に見た紫苑の記憶。
優斗「あの……俺……」
紫苑「いいわよ、別に」
優斗「でも……」
すると、紫苑は何も言わずに、俺の隣に座った。
紫苑「私の身体は特異体質らしくて、自分でも知らない内に外部から術力を取り込んじゃうんだって」
優斗「他の奴より、術力を多く取り込めるって事だろ? それって、良いことじゃないのか?」
紫苑「優斗は見たんでしょ? 術力を取り込みすぎた私を……」
俺は言葉に出せなかった。
紫苑の気持ちを考えると言葉は見つからなかった。
紫苑「自分でも、いつ術力が暴走するかわからないの。あぁなったら、何もわからない……何も感じないの……気付いた時は……」
優斗「止めろ! もう、いい……いいんだ」
俺は怯えるように震えた紫苑の言葉を遮断し、抱きしめた。
咄嗟の事で、その後どうすればいいのかわからず、俺は紫苑を抱きしめたまま止まっていた。
紫苑「…………」
静かに優しい夜風がほてった頬を撫でていった。
俺は恥ずかしい気持ちから、紫苑に背を向けた。
すると、紫苑は俺にもたれ掛かる様に、身体を預けてきた。
紫苑「ねぇ、優斗」
優斗「何だ?」
紫苑「優斗は怖くない?」
優斗「何がだ?」
紫苑「自分がこのままだったら、鬼人になっちゃう事。自分が自分じゃなくなっちゃう事」
優斗「そりゃあ、怖いよ。怖くて、怖くて、仕方ない」
紫苑「そう、だよね……」
優斗「でも、俺は皆がいるから、こうして頑張れるんだ。もし、俺が鬼になっちまったら、皆が俺を止めてくれる。だから、もし、紫苑の術力が暴走してわけわからなくなっちまったら、その時は全力で紫苑を止める」
俺の言葉を聞いた紫苑は、悲しそうに俯いた。
紫苑「……やめて……あの時の時斗みたいに、優斗を傷つけちゃう……」
優斗「……紫苑……」
俺はそう言った紫苑に背を向けたまま言った。
きっと、俺に今の表情を見られたくないと思うから。
優斗「大丈夫だよ。今までは一人で溜め込んでいた術力が、今度は二人になる」
紫苑「え?」
優斗「俺から紫苑に術力を供給出来たって事は、逆も出来るんだろ?」
紫苑「あんた、まさか……」
優斗「そう。術力が暴走する前に俺に送り込めば、今までよりはずっと許容量が増えるだろ?」
紫苑「…………」
そこから暫くの沈黙の後、紫苑は呟く様に言葉を漏らした。
紫苑「……ありがとう……」
優斗「ん? 何か言ったか?」
紫苑「な、何でもないわよ!?」
紫苑は立ち上がり、いつもの口調で言った。
紫苑「早く休んで体力を回復させるのよ、優斗」
優斗「お前もな、紫苑」
//東明寺 地下
炎鬼「片瀬、結界は発動したのか?」
片瀬「あぁ。4つ全ての鬼門は開いていないが、3つあれば十分だ」
片瀬も炎鬼も逃げた紫苑を追わず、街全体を包む結界の発動に力を入れた。
そして、結界は発動され、街全体を覆った。
炎鬼「これでゆっくりと魂が刈れるな」
片瀬「いや、それがそうも言えないのだ」
炎鬼「どういうことだ?」
片瀬「結界の発動は成功した。だが、人間共の魂を奪う為には、神霊鏡をあの場所に持っていく必要がある」
炎鬼「あそこか……」
表情を強張らせた片瀬とは違い、炎鬼は表情一つ崩さなかった。
炎鬼「いいじゃないか。鬼神というやつを一目見ておきたいと思っていたところだ」
片瀬「正気か!? 今まで鬼神に近付こうとした奴は何人もいる。だが、奴らは鬼神に近く前に命を絶たれている」
炎鬼「それがどうしたんだ?」
片瀬「あの方の力を持っても、まだ抑え切れるかわからない程の力だ。我々ではどう足掻いても無理だ。殺されに行く様なものだ」
炎鬼「く……くくく……面白いじゃないか」
炎鬼は不気味に笑い続けた。
片瀬「行くのならば一人で行け。まだ、扉を開ける鍵も揃っていない」
//居間
紫苑と別れた後、喉が渇いた俺は冷蔵庫に飲み物を飲みに来ていた。
優斗「……ん……ん……っ、はぁ……」
紬「……優斗さん?」
俺が振り返ると、そこには寝間着を来た紬がいた。
優斗「紬? どうしたんだ?」
紬「優斗さんと一緒です」
優斗「そっか」
俺はコップにお茶を注いで、紬に差し出した。
優斗「はい」
紬「ありがとうございます」
紬は一口、二口とお茶を口に運んだ。
紬「ところで優斗さん。身体の方はいかがですか?」
優斗「俺は大丈夫だよ。紬の方こそ大丈夫なのか?」
紬「私の方はなんとか……」
笑いながら言った紬だったが、その腕には痛々しく、白い包帯が巻かれていた。
優斗「……紫苑に治してもらったんじゃないのか?」
紬「えぇ、なんとか自分で歩けるくらいには……」
完全には治せなかったって事か。
紬「それでは、私はこれで」
優斗「あ、あぁ……」
紬「おやすみなさい、優斗さん」
優斗「おやすみ、紬」
俺は部屋に戻る紬を見送った。
紫苑の術力は直ぐに戻るだろうけど、1日、2日の休養は必要だろう。
紬の傷もまだ時間が掛かりそうだし、何処かに行ってしまった時斗も、満身創痍の状態だった。
さすがに、休養を入れた方が懸命だと思う。
明日にでも、みんなに言ってみよう。




