第弐拾玖話『中編15 それぞれの戦い08』
片瀬「ちっ!?」
紫苑の後ろ姿を見て、片瀬は舌打ちをした。
炎鬼「片瀬、お前が動いては意味がないぞ」
紅蓮「――なっ!?」
動き出そうとした片瀬に、炎鬼は変わらない口調で言った。
次の瞬間、炎鬼の身体を縛り上げていた龍蛇鞭が、一瞬で溶解していった。
炎鬼「俺の身体は、摂氏数億度の炎の塊だ。下手に触れると、この様になるぞ」
そう言って、炎鬼は溶解した龍蛇鞭に視線を向けた。
紅蓮「――全く、割に合わねぇ……」
紅蓮の頬に一粒の汗が流れた。
紅蓮「あの女が帰って来たら、とことんサービスしてもらわねぇとな……」
炎鬼「片瀬。こいつの始末と、あの女は俺に任せて、お前は結界の完成に集中しろ」
炎鬼の言葉を聞き、片瀬から焦りが無くなった。
片瀬「わかった。お前がそう言うのならば、任せよう」
炎鬼「――って、事だ。貴様には、早々に死んでもらう」
紅蓮「誰が死ぬかよ。――龍蛇鞭!!」
すると、数十本もの龍蛇鞭が紅蓮の手を離れ、それぞれが意思を持つ様に、炎鬼に襲い掛かった。
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紫苑「はぁ、はぁ……」
私は身体に風を纏い、自分の持つ限界のスピードで移動していた。
紫苑「優斗、紬……」
ひらひらと舞い落ちる木葉が、素肌を切り裂く。
だけど、今はそんな些細な事はどうでもいい。
私が間に合わなければ、街の人達の命は、全て神霊鏡に吸われてしまう。
紫苑「間に合って……」
祈る様に言葉を漏らした。
その時だった。
?「紫苑……か?」
紫苑「――!?」
その声に私は聞き覚えがあった。
紫苑「時斗?」
振り向くと、そこには確かに私の良く知っている、時斗の姿があった。
時斗「紫苑が何でこないな場所におんねん?」
紫苑「説明は後でする! とにかく、皆の所に行って、鬼門を壊すのを止めさせないと!」
時斗「鬼門の破壊を止める? なに言っとるんや、紫苑。そんなことしたら、奴らの思う壷やで!?」
紫苑「だから、そんな事、言ってる――――――!?」
その瞬間、私の全身に鈍い衝撃が響き渡った。
紫苑「……と、きと……?」
やがて、私の口内を逆流してきた生暖かい液体が満たした。
紫苑「――ごほっ」
僅かに外気を吸った瞬間、私の口内に鉄の臭いと味が充満した。
紫苑「――ごほ、ごほっ!?」
たまらず、私は口内にある液体を全て吐き出した。
傷口と口内から溢れ出す多量の血液で、私の身体は真っ赤に染まっていった。
そして、全身の痺れが切れ、少しずつ痛みが広がってきた。
紫苑「……とき、と……なんで……」
時斗は不気味な笑いを浮かべ、私を見下ろしていた。
時斗「紫苑。困るんだよ。そんな事をしてもらったらな」
紫苑「――!? あ、あんた……だれ……?」
こいつは時斗の姿形をしてるけど、時斗じゃない。
時斗(偽)「さぁな。誰だろうな?」
そいつは表情を変えず、私を見下ろしていた。
次第に、私の手足の感覚が無くなってきていた。
紫苑(しゅ……出血が……多すぎる……)
私は震える腕を懸命に動かし、懐から術札を取り出した。
紫苑「……き……せん……」
失いかけた意識の中、自分に残っている術力を込めて、式鬼を呼び出した。
妃戦「――!? 主!?」
私の姿を確認した妃戦が、慌てて駆け寄ってきた。
妃戦「主。直ぐに手当てを致します」
紫苑「……う、しろ……」
妃戦「――!?」
私の言葉で妃戦は、背後から襲ってきた拳をかわした。
妃戦「あなたは!?」
妃戦は相手の姿を見て、困惑している様だった。
私は、そんな妃戦の心に直接語りかけた。
紫苑(……妃戦……そいつは……時斗じゃ……ないわ)
妃戦(主? この方は時斗様ではないのですか?)
紫苑(……す、姿、形は一緒だけど……そいつは時斗じゃない……それから、私を皆の所へ連れていって……)
妃戦(主?)
紫苑(急がないと、やばいの……お願い……き……せん……)
妃戦(わかりました。皆さんとの合流を最優秀とします)
私の目の前は、妃戦へとの会話が終わると、真っ黒な闇に侵食させていった。
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妃戦「主!?」
妃戦は主の方に振り返り、声を上げた。
時斗(偽)「気を失ったか」
妃戦「――貴様」
妃戦は鋭い目つきで、相手を睨みつけた。
時斗(偽)「そんなに怖い顔をするな。その娘なら大丈夫だ。殺してはいない」
妃戦「――――」
時斗(偽)「信じられないと言った目だな? では、教えてやろう。本気で殺すつもりなら、その娘は今頃、姿形など一切残っていなかった事を」
そう言った男は、一本の刀を取り出した。
時斗(偽)「これは鬼との契約時に得た力だ」
男は何もない場所で、刀を軽く振るった。
その瞬間、刀は自分の意思で動き、周りに在るものを喰らい始めた。
妃戦「――これは!?」
時斗(偽)「これでわかっただろ? この刀を使えば、貴様の主人は今頃、跡形もなくなっていただろう」
すると、妃戦は交戦の構えのまま、男に問い掛けた。
妃戦「何故、主の命を奪わなかったのです」
時斗(偽)「まだ使い道があるからだ。しかし、結界の完成を邪魔されては困るのでな。少々、寝てもらう事にした」
妃戦「――そうですか」
妃戦は普段、感情を表に出すことは少ない。
だが、今の妃戦は、自らの感情を押さえ付けるように、拳を固く握っていた。
妃戦「主の命がなければ、貴様を殺している」
時斗(偽)「主人の命令に従うなど、見上げた式鬼だ。――だが、どうするのだ? 主人を守りながら、逃げられると思っているのか?」
妃戦も主人を守りながらでは、目の前の男から逃げることは難しいとわかっていた。
だからと言って、引き下がる訳には行かない。
一刻も早く主人の傷を手当てしなければ、命に関わる事がわかるからだ。
妃戦「――連弾炎」
空中に作られた数多の炎が、四方八方から男を襲った。
時斗(偽)「――ふっ」
だが、その炎は男の刀によって、食べ尽くされてしまった。
刀鬼「まず!? こんなまずいもん喰わせやがって!」
時斗(偽)「そうか。お気に召さないか」
男は何かを確信した様な笑みを零した。
すると、男の手から刀が消えた。
時斗(偽)「貴様の相手は嫌だと言う事だ。全く、わがままな奴よ」
妃戦「なるほど。ではこちらは遠慮せずに、この好機を利用させて頂きましょう」
時斗(偽)「好機……か」
すると、男はゆっくりと目を閉じた。
時斗(偽)「では、貴様にチャンスをやろう。10秒だけ待っていてやる。その間に主人を連れて、逃げてみろ」
男の言葉に、一瞬戸惑った妃戦だったが、次の瞬間、主人を抱えて、その場から移動した。
時斗(偽)「――1、2……」
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妃戦「主。もう少しです」
主人を抱え、懸命に移動する妃戦。
既に10秒経ってしまったかなど、検討もつかない。
妃戦はまず、安全な場所へ行きたかった。
一時的にでも主人の手当てをしたかったからだ。
だが、次の瞬間、妃戦の身体に衝撃が走り、主人を抱えたままバランスを崩した。
妃戦「――主!?」
妃戦は咄嗟に、自らの身体を使い、主人を庇った。
妃戦「――ッ……」
時斗(偽)「随分とのんびりしていたのだな?」
妃戦の前には、時斗の姿をした男が立っていた。
そして、妃戦が自分の足に視線を落とすと、使い物にならなくなった片足があった。
時斗(偽)「その足では、もう逃げられまい。主人からの術力供給も見込めない。さて、どうする?」
片足を失った事は、妃戦にとって絶望的であった。
片足では、主人を連れて移動するにしても、遅すぎて相手に背後から襲われてしまう。
かと言って、戦うか、と言うと主人を守りながらでは、本来の力が出せない。
そんな中で妃戦は、真っ直ぐに男を見据えていた。
妃戦「――例え、この命尽きようが、主は守り抜く」
時斗(偽)「今の貴様に何が出来る? それとも、相打ち覚悟で、私の命を取りに来るつもりか?」
その瞬間、妃戦と男の周囲を吹き上がる炎の壁が覆っていった。
妃戦「――そのつもりだ」
時斗(偽)「――なるほど。炎獄か」
妃戦「……はぁ、はぁ……」
炎の壁を作った直後、妃戦の呼吸は今まで以上に乱れていた。
時斗(偽)「しかし、良いのか? 炎獄は炎の結界内に術者の術力を極限まで圧縮して放出する術だ。その威力上、結界内にいる術者も命の補償はない。そして、その周囲にいる者も」
妃戦「主に炎獄は届かない」
すると、紫苑の身体がまばゆい光に包まれた。
時斗(偽)「これは?」
妃戦「これが我が能力。発動時、自身が代償を支払い、支払った代償の大きさにより強固な結界を作り出す」
時斗(偽)「言葉通り主人のために、自らを犠牲にするか」
そうしている内にも、結界内には妃戦の術力が注がれていた。
時斗(偽)「そろそろだな」
男は結界内に詰まった妃戦の術力を感じながらも、余裕のある表情を見せた。
時斗(偽)「主人を間違えたな!」
妃戦「――黙れ! 私の主は、この世にただ一人。紫苑様だけだ!!」
その瞬間、結界内の温度が急上昇していった。
妃戦「地獄へ帰れ! ――炎……」
?「――ストップや!!」
妃戦「――!?」
妃戦が炎獄を発動しようとした瞬間、結界内に侵入してきた者の声によって、一時的に発動を止めた。
?「この炎の結界…………炎獄やな」
妃戦「――その声は、時斗様……ですか……?」
妃戦は目の前に立っている時斗に向かって言った。
時斗「――妃戦? お前、俺が見えんのか?」
妃戦「主を守るための代償として、支払いました」
時斗「紫苑は?」
妃戦「深い傷を負い、今はあちらで気を失われています」
時斗は紫苑に視線を向けた。
時斗「酷い傷や……わかった。妃戦、お前は、早う紫苑の手当てをしてやれ。ここからは、俺がこいつを食い止める」
妃戦「しかし……」
時斗「しかしも何もないやろ!? 紫苑を治せるんはお前だけや! 早うせな、ほんまにくたばってまうで!!」
視力を失ったせいか、妃戦には時斗の身体がどの様な状態なのか感じられた。
時斗自身も、自分の身体の状態をわかって言っているのだと、妃戦は出しかけた言葉を飲み込んだ。
妃戦「――申し訳ありません。よろしくお願い致します」
妃戦はそう言うと、炎の結界を解き、紫苑の下に移動した。
妃戦「主! 直ぐに手当てを致します!」
妃戦は手探りで紫苑に触れ、傷口を癒していった。
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妃戦が紫苑の下に向かい、時斗は男と正面から対峙していた。
時斗(偽)「久しぶりだな。藤平 時斗」
時斗「まさか、あんたが動いてたなんてな」
時斗は小さく笑みを零した。
時斗「四精鬼なんて馬鹿げた奴らが動くわけや」
時斗(偽)「奴らも所詮、噂だけだったな。貴様の様な奴らにやられるとは」
時斗「あんたもその一人になるかもな?」
時斗(偽)「――く、くくく……面白い。やってみろ」
その瞬間、時斗は先手必勝とばかりに、ありったけの氷の刃を男に叩き込んだ。
時斗「――はぁぁぁぁぁぁ!!」
氷の刃の爆煙で、男の姿が見えなくなった頃、時斗は一時、攻撃を止めた。
その瞬間、爆煙の中から時斗目掛けて刃が襲ってきた。
時斗「――くっ!?」
時斗はかろうじて刃を交わすと、爆煙に視線を向けた。
すると、爆煙が薄れていく中から、刀で武装した男の姿が現れた。
時斗「なるほど。そいつが噂に聞いてたあんたの武器か」
時斗(偽)「その通りだ」
時斗「しかも、誰かの姿に化けるなんて能力、俺がいた時にはあらへんかった。つまり、あんたの能力の噂。他の鬼人の力を取り込めるってのは、ほんまやったんやな」
時斗(偽)「ご名答。私の能力まで知っているとはな。――では、話は早い。私に勝てないことはわかっているだろう?」
時斗の頬に一粒の汗が流れた。
時斗自身もわかっていた。自分が勝てないことを。
たが、今回は目の前の男に勝たなくても良いのだ。
とにかく、妃戦が紫苑を連れて逃げ出せる時間を稼ぐ事が、今回の勝利である。
時斗「そんなんやってみんと、わからんやろ! 氷壁!!」
男の周りにある空気中の水分を氷結させ、氷の壁の中に閉じ込めた。
時斗「……はぁ、はぁ……こいつでどうや?」
だが、次の瞬間、氷の壁は轟音と共に、全て砕け散った。
時斗(偽)「このような子供だましの術で私を止めようなど、馬鹿馬鹿しい」
時斗「――くっ……」
時斗(妃戦。早く紫苑を連れて逃げるんや!!)




