第壱話『序01 日常』
?「くくく……あ~はっはっはっは!! 良いぞ! 期待以上だ!!」
?「かっ……ぁ……っ……」
――熱い……身体が焼ける……
――まるで俺の中の血液が、全て沸騰している様だ
?「まだ未完成にして、この力!? まさか、片腕がもぎ取られるとは!?」
俺を見下ろしている男の右腕は、肩から先が地面に転がっていた。
――だが、男は声を上げ笑っている。
?「くくく……贄に相応しい」
……くそ……何なんだよ……一体……
霞み行く意識の中で俺は男の顔を見上げた。
…………………
………………
…………
……
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優斗「……ん……」
携帯のアラームが鳴り、時間を確認する。
優斗「ふぁ~ぁ~~」
携帯の画面には、『6:30』の表示。
服を着替えると、庭にある井戸に向かった。
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俺は井戸の滑車に桶のついた紐を掛け、水を汲み上げ、顔を洗った。
優斗「ぷはぁ!? 冷てぇ~」
井戸の水は季節に関係なく冷えているので、バッチリ目が覚める。
優斗「よし! 今日も始めるか!」
準備を整え、庭の外れにある道場に向かった。
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道場に着くと、軽くストレッチをした後、壁に掛けられている木刀を手に取った。
俺の日課とは、朝のトレーニングだ。
小さい頃から、毎日嫌々、親父にやらされていたが、今ではやらないと一日が始まらないとまで来ている。
まぁ、親父も名の知れた武術家だったから仕方ないと、今さら思う。
何でも俺の家は家系を辿ると、立派な人に行き当たるらしいが、俺は知らない。
――いや、正確には、わからない。
親父と母さんは、俺が小さい頃に死んでしまった。
俺もその場にいたらしいが、小さかったからかあまり覚えていない。
両親を失った俺は、一時的に親戚の家に引き取られたが、数年前、親父達の残してくれたお金を使って、家を再築した。
だから、このくそ広い家にいるのは、俺だけ……俺、一人だけだ。
優斗「…………999! 1000!!」
朝の日課を終え、道場に掛けてある時計に目を向けた。
優斗「今日は早く終わったな。まぁ、いっか。さぁ~て、汗流して飯にするか」
朝食作り。これも朝の日課だ。
一人暮らしだから、身の回りのことは大抵一人でこなせるようになっていた。
白米に味噌汁、焼き魚と言った定番の和食で朝を済ませた。
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優斗「アッチィ~」
いつもより少し早かったが、家を出て学校に向かっていた。
照りつける太陽は朝の気分を晴れやかにしていった。
優斗「――ッ!?」
突然、背後から迫る殺気に持っていた鞄を素早く振り下ろした。
すると、カランッ! っと、言う音と共に一本の矢が地面に転がった。
優斗「こいつは……」
?「優斗~! 今日こそ白黒ハッキリつけてやる~!!」
向かってくる見慣れた顔を見て、呆れる様に言った。
優斗「やっぱりお前か、飛鳥。いい加減、諦めたらどうだ?」
飛鳥「なら、負けを認めて、これをくらいなさいよ!!」
優斗「うわぁ!? ば、ばか野郎!? そんなのくらったら死んじまうだろ!?」
至近距離で弓を引く飛鳥の前に立ち、持っていた木刀を構える。
もちろん、これで飛鳥に攻撃を仕掛ける気はない。
あくまで護衛に使うだけだ。
優斗「はぁ!!」
構えた木刀を使い、飛鳥の打ってくる矢を弾いた。
飛鳥「やるわね。――でも、これはどうかしら?」
すると、飛鳥は三本の矢を手に取り、弓の弦に矢の筈を掛けた。
優斗「三本同時!?」
飛鳥「覚悟しなさいよ……あんた用の特別!!」
優斗「そんな特別いらん!!」
飛鳥「いけ~~!!」
三本の矢が同時に迫ってくる。
しかし、三本の矢が全く同時と言うわけではない。
必ず、それぞれの矢が向かってくる時間には誤差があるはずだ。
そいつを見極める。
優斗「――――こいつだ!?」
向かってくる一本目の矢を木刀の刃の部分で弾いた。
続いて、二本目を柄の部分で払いのけた。
飛鳥「さすがね、優斗。でも、あと一本を防ぐ物はないわ!!」
優斗「はぁぁぁぁ!!」
最後の一本は、二本目を払った柄の部分を盾にして受け止めた。
飛鳥「う、うそ……?」
優斗「はい、残念。今日も俺の勝ちだな」
飛鳥に近づいていき、頭をぽんぽんと叩いた。
飛鳥「うぅ~~、なんでよ……なんで、最後のやつを避けられたのよ?」
優斗「あぁ~、あれか。お前の技術はすごかったけど、最近、弓の手入れをあまりしてないだろ?」
飛鳥「なっ!?」
優斗「それが微妙にだけど、3本の矢の到達を遅らせたんだよ」
そう言うと、飛鳥は悔しそうに俺を睨んだ。
飛鳥「くぅ~……次こそは、次こそは絶対……」
優斗「はいはい、がんばってな」
そう言って、木刀を納めて鞄を拾った。
優斗「んじゃ、俺は学校行くからよ」
飛鳥「あっ!? 待ちなさいよ! 私も行く!!」
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飛鳥「ところでさ、優斗。今日は皆既日食なんだってさ」
優斗「皆既日食? 別に興味ないな」
飛鳥「あんたね、人がせっかく話題を振ってやってるのに、盛り上げようとする努力とかないわけ?」
優斗「だって、別に俺の生活に影響ないし…………!?」
その時、俺の頭の中で映写機が回り始めたかのように、映像が流れ込んできた。
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映し出されたのは、真っ赤な部屋。
しかし、この部屋が初めから真っ赤ではなかったと、床に転がった肉塊を見れば一目でわかる。
そんな中、部屋の中心では、じっと肉塊に視線を落とす男がいた。
やがて、男は肉塊から視線を外すと、こちらに近付いて来た。
?「まだ生きているのか?」
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飛鳥「ぉ~ぃ……優斗……優斗~!」
優斗「――!?」
俺は飛鳥の声で気が付いた。
どうやら、ぼ~っとしてしまっていたらしい。
飛鳥「ちょっと、どうしたのよ?」
優斗「な、何でもねぇよ」
飛鳥「そう」
飛鳥がそう言った瞬間、前方から武装した数十人の生徒達が、雄たけびを上げて向かってきた。
優斗「またか」
俺は呆れながら飛鳥に言った。
優斗「あいつらも、毎朝懲りずによくやるな」
A.I.S会員1「飛鳥さ~ん! 今日こそ、あなたを倒して僕と付き合ってもらいます!!」
飛鳥「はぁ~……仕方ないわね」
そう言って、飛鳥は弓矢を手に取った。
優斗「お~い、飛鳥。手伝おうか?」
飛鳥「誰があんたの力なんか借りるもんですか!!」
俺の言葉を無視し、飛鳥は一番先頭の男に狙いを定めて矢を放った。
A.I.S会員1「ぐわぁ!?」
飛鳥の放った矢は見事に先陣を行く生徒を捕らえた。
さすがは、我が校期待のホープだな。
しかし、あれだけの人数だ。
先頭の一人を倒した程度でその勢いは収まらず、飛鳥目掛けて突っ込んできた。
飛鳥は二本、三本と素早く、そして正確に相手を撃っていった。
A.I.S会員2「くっ!? なんの! これくらいの事で、我等、A.l.S(飛鳥・LOVE・親衛隊)! が、憶するとでも思いますか!!」
見ているこっちが関心する。精神は肉体を凌駕するとはよく言ったものだ。
そうして、一人二人と倒れていく中、奴等は仲間の屍を超えて飛鳥に辿り着いた。
飛鳥の武器は弓で接近戦ではその本領を発揮しない。
だが、飛鳥もその様な事態に備え、独自に接近戦用の武術も身に着けていた。
A.I.S会員2「飛鳥さ~ん!!」
飛鳥「あんた達、いい加減にしなさいよ!」
男達に攻撃を掻い潜り、飛鳥は自らの拳で男達をK.Oしていった。
しかし、始めの内は危なげなく戦っていた飛鳥だったが、多勢の前に疲れが出始めた。
そんな飛鳥に、僅か一瞬の隙が生まれた。
そして、飛鳥の隙を待ちわびていたように、一人が持っていた木刀を振り下ろした。
A.I.S会員3「取ったぁ~! これで飛鳥ちゃんは俺の物だぁ~!!」
振り下ろされた木刀は、飛鳥に当たる前に間に割って入った木刀に止められた。
優斗「ほ~ら、言わんこっちゃない。だから、手伝おうかって言ったのによ」
A.I.S会員3「なんだ、お前は!?」
男がいくら力を込めようが、木刀はビクとも動かなかった。
飛鳥「別にあんたの手なんか借りなくたって、あのくらい躱せたわよ」
優斗「嘘つくなよ。ありゃ、完璧に入ってたぜ」
俺は空いている方の手で飛鳥の頭をぽんぽんと撫でた。
A.I.S会員3「だから、お前はなんなんだ!?」
優斗「全く、素直にお礼の一つくらい言えないのかよ」
飛鳥「だ、誰があんたなんかに……」
A.I.S会員3「だから、俺の話を聞け~!!」
突然現れた謎の人物に木刀を止められ、いくら力を込めても動かない不安から、男は声を荒げた。
優斗「全く、うるせぇな」
俺は相手の木刀を弾き、距離を取った。
優斗「あんたらさ。一対一じゃ飛鳥に勝てないからって、大勢で襲うのはどうなのよ? 仮にも飛鳥は女だぞ?」
A.I.S会員3「うるせぇ! 大体お前は何なんだ? 飛鳥ちゃんが危ない所を助けに来た王子様のつもりか?」
優斗「いや、別にそんなつもりはねぇよ。ただ…………あんたら、ムカつくんだよ」
俺は男を睨み付けた。
その視線に腰を引く奴もいたが……
A.I.S会員3「ほぉ~、言うねぇ。じゃあ、飛鳥ちゃんの前で、お前をギタギタにしてやるよ」
まぁ、こう言う奴もいるってことだな。
その言葉を聞いた飛鳥は声を上げて笑った。
飛鳥「ふ……あはは……ははは!! 無理よ、無理!! あんた達、怪我しない内に帰った方がいいわよ」
すると、男は飛鳥に馬鹿にされたのが気に入らなかったのか、ムキになって攻撃を仕掛けて来た。
A.I.S会員3「うぉぉぉぉぉぉ!!」
優斗「おっと!?」
男の豪椀から繰り出された攻撃は、凄まじい唸りをあげながら襲って来た。
優斗「へぇ、見た目通りだな。いかに木刀の一撃だからって、真面にくらうと死ぬかもな」
そう言った俺の中で、別の感情が生まれ始めていた。
優斗「――っで、あんたさ。その一撃を飛鳥に打ち込もうとしたのか?」
俺は再び男を睨み付けた。
今度のは、さっきの遊びの様なものではない。
怒りを込めた威嚇だ。
A.I.S会員3「うっ…………」
優斗「――気分が変わった。あんただけじゃなくて、後ろの奴等も来いよ。全員まとめて相手してやる」
それを聞いた飛鳥は、驚いて言った。
飛鳥「ちょっ!? ちょっと、優斗!? いくらあんたが強いからって、人数が違い過ぎるわよ!?」
俺は飛鳥の言葉に対し、笑いながらノーテンキに答えた。
優斗「大丈夫だよ、これくらい。――そうだ!? もっとあいつらのやる気が出る様にしてやるか」
飛鳥「優斗? な、なにするつもりよ?」
俺は男達の方を向いて、声を大にして宣言した。
優斗「いいかぁ! この中で俺を倒せた奴がいれば、飛鳥が付き合ってくれるってよ!」
飛鳥「…………はぁ!?」
俺の言葉を聞いた男達は、目付きを変えて武器を構えた。
優斗「いいねぇ。それでこそ、ちっとは面白みが出るってもんだ」
飛鳥「面白みが出るってもんだ……じゃな~い! あんた、何言ってんのよ!? もし負けたらどうするつもりよ!?」
優斗「どうするも何も、俺はあんな奴等に負けねぇよ。――でも、もし負けたらさ…………死んでもお前を取り返しに行くよ」
飛鳥「えっ?」
A.I.S会員3「みんな~! 目標はあの男だ!!」
俺の言葉に驚いた飛鳥を置いて、男達の掛け声と共に、全員が突っ込んで来た。
俺は両手で持っている木刀を片手に持ち替え、地面に落ちている木刀を蹴り上げて拾った。
飛鳥「二刀流?」
飛鳥は、初めて目にする俺の二刀流に困惑していた。
A.I.S会員3「おらぁ!」
A.I.S会員4「でりゃ~!!」
四方八方から木刀、拳、様々な武器が俺に襲い掛かる。
俺はその全てを両手の木刀でいなしていった。
飛鳥「うそ……あの攻撃を全て捌いてる!?」
その光景に飛鳥は目を疑った。
自分では到底出来ない芸当を、目の前で見せられていたのだ。
そして、俺が男達の間を通過し終えた時、その場に立っている奴はいなかった。
A.I.S会員3「つ……つぇぇ……」
優斗「さて、まだやるか?」
木刀の切っ先を男に突きつけそう言うと、男は顔を引きつりながら言った。
A.I.S会員3「い、いや、俺達の負けだ。勘弁してくれ」
優斗「よし! ――お~い、行くぞ、飛鳥!」
そいつらの姿が見えなくなるのを見届けると、飛鳥が撃った矢を拾った。
優斗「今度から、俺の時もこいつにしてくれないか?」
そう言って飛鳥に手渡した矢の先は、安全のため矢尻にゴムをつけて刺さらないようになっていた。
飛鳥「絶対に嫌!! あんた、私の時は手加減してたのね!?」
優斗「そんな事はないぞ。あれが一本の時の俺だからな」
飛鳥「一本の時?」
優斗「ほら、早くしないと置いてくぞ!」
飛鳥「あっ!? 待ちなさいよぉ!!」