第弐拾漆話『中編13 それぞれの戦い06』
//////京澄家
月「……ぁ……」
月の身体は翔の血で、真っ赤に染まっていた。
炎鬼「突然割り込むから、苦しめてしまうじゃないですか」
月を助けに入った翔の片腕が地面に転がっていた。
翔は自分の血で真っ赤になった月を見て言った。
翔「た……確かに、予知通りの光景だ……」
炎鬼「鬼人は片腕を飛ばしたところで、死にはしないですよね?」
炎鬼は不気味な笑みを浮かべていた。
翔「……月……早く、行け……」
翔は片腕になりながらも、何とか立ち上がった。
炎鬼「良いですか? ナイト様には、力がないと何一つ守れないのですよ」
そう言って、炎鬼は翔に止めを刺すため、腕を振り上げた。
翔「力か……ねぇ、あんたの契約鬼はどこの鬼?」
炎鬼「君がいくら足掻こうが辿り着けない、第七階層の鬼ですよ」
すると、翔は小さく笑った。
翔「……は、ははは……」
炎鬼「何がおかしいのですか?」
翔「あんたさ、自分が一番だって思ってるでしょ?」
すると、突然、翔の腕から流れる血液が止まった。
翔「別にあんた達だけが、第七階層の鬼と契約してるわけじゃない」
翔の言葉と同時に、部屋の壊れた箇所が元に戻っていった。
翔「あんたの契約鬼の名前は炎鬼だっけ? 僕の契約した鬼は、あんたと同じ第七階層の鬼。名を……刹那」
先程、炎鬼に切り落とされた翔の腕が、元に戻っていた。
炎鬼「これは!?」
炎鬼は辺りを観察するように見渡した。
翔「切り札だったけど、四精鬼を相手に温存は無理だったか」
炎鬼「時間を逆行させたのですか?」
翔「さぁ、どうだろうね」
翔は足元に落ちていた石ころを拾い、炎鬼に投げた。
すると、途中まで行った石ころが突然消え、炎鬼の頭に直撃した。
炎鬼「これは!?」
翔「時間を飛ばしたんだ。その石ころがあんたに当たる寸前までね」
炎鬼の表情から笑みが消えた。
炎鬼「時間を操る能力か……確かに、切り札と呼ぶに相応しい能力ですね。しかし、能力を発動する前に君が死ねば、能力は発動されない!!」
翔「あんたの能力なら、僕を一瞬で溶かす事が出来るだろう。――ただし、僕に触れられたらね」
そう言って、翔が炎鬼に向かって走り出した。
翔の手には、先程、炎鬼に溶かされた鎌が握られていた。
翔「はぁぁぁぁ!!」
翔の鎌の刃が空間を越えて炎鬼の身体に触れた。
だが、鎌が炎鬼に触れた瞬間、溶解していった。
炎鬼「それは無駄ですよ……!?」
次の瞬間、溶解したはずの鎌が炎鬼に深々と突き刺さっていた。
炎鬼「これは……? また、時間を……」
翔「時間はこの世界の全てだ。あんたの能力も、僕の前では無力に等しい」
炎鬼は、前に自身が傷付いた時を思い出そうとしたがわからなかった。
それ程までに、長い期間、炎鬼は傷を付けられた事がなかったのだ。
炎鬼「ふぅ……」
炎鬼は溢れ出す感情を抑える様に、深く息を吐いた。
炎鬼「あなたを甘く見すぎた様です。その能力は厄介ですね」
そう言うと、炎鬼は自分の前にある床と天井を溶解させた。
炎鬼「今回のところは退かせて頂きます。これ以上は、抑えが効かなくなる。――次に会いましたら、その時は殺し合いをしましょう」
炎鬼は丁寧にお辞儀をすると同時に、姿を消した。
炎鬼の姿が消えたのを確認した翔は、月の側まで行った。
翔「月、これでわかったろ? 月は戦いの螺旋から外れたんだ。もう、こちらに来るな。じゃないと、次は命の保障なんて出来ないからな」
そう言って、翔はある場所を指差した。
翔「月の探してる鬼門ってのはあれか……」
翔は鎌を振るい、鬼門を破壊した。
翔「これでいいんだろ? もう、こんな場所に来るなよ、月」
翔は月に背を向けて、その場から去っていった。
//////東明寺内
紫苑「離しなさいよ!」
私は両手を鎖で縛られ、牢屋の様な鉄格子の中に閉じ込められていた。
片瀬「うるさい女だ。あの方の命さえなければ、神霊鏡の餌にしてるところだ」
紫苑「街の人達の命を神霊鏡に吸わせたりさせない!」
片瀬「くくく……自分の状況をわかっているのか? 今のお前に何が出来ると言うんだ?」
私は片瀬を睨みつけ、溢れ出す怒りと何も出来ない悔しさに歯ぎしりをした。
片瀬「あと少しの辛抱だ。もうすぐ見れるぞ。街を阿鼻叫喚の悲鳴が包み、人間はいけにえに捧げられる」
紫苑「この野郎……離せ! 離せ~!!」
片瀬「!?」
突然、街を覆っていた結界の力が弱まった。
片瀬「これは!?」
紫苑「まさか、優斗と紬が……?」
片瀬「馬鹿な!? 鬼門の守りには四精鬼が付いているはず!?」
四精鬼!?
そんな化け物が……
――だとしたら、優斗達もただじゃ済まないはず。
私は不安になる気持ちを抑えながら、必死に笑った。
紫苑「ふふふ……四精鬼ってのは聞いていたより役に立たないのね」
片瀬「そのようだ。だが、結界の発動に支障はない」
私は何も出来ない自分に、ただ、ただ、悔しさと怒りを覚えた。
紫苑(……優斗、紬……)
//////通常の道
優斗「はぁはぁ……」
俺は北の京澄に向かって、全力で走っていた。
何故かわからないが、安里家で気絶していた俺が目を覚ました時、周りには戦闘をした形跡があったが、誰もいなかった。
優斗「一体、何がどうなってるんだよ。紬と時斗のやつは無事なのか?」
二人の無事を確認するためにも、早く集合場所へ行かないと。
//////京澄家
優斗「な、なんだ、これは?」
ここが京澄家だよな?
俺の前には、ボロボロになった家があった。
優斗「ここが最後のはずだ。まさか、紬か時斗が先に来て、敵と!?」
俺は急いで京澄家の扉をくぐった。
//////京澄家
優斗「なんだ、これ?」
京澄家の壁や床が溶けて固まった跡が残っていた。
優斗「これは鬼人の能力なのか?」
俺は溶けた壁や床を追って奥に進んで行った。
そしてある部屋に入った瞬間、その光景に息が詰まった。
優斗「る、な、ちゃん……? 月ちゃん!?」
何故、月ちゃんがここに!?
俺の目の前には、血で赤く染まった月ちゃんがいた。
俺は急いで駆け寄り、月ちゃんに呼び掛けた。
優斗「月ちゃん!? 月ちゃん!?」
月「……ゆ……う……と……?」
優斗「そうだよ、俺だよ、月ちゃん!? 一体何があったんだ!?」
よく見ると、月ちゃんに傷はなく、誰かの血を浴びているようだった。
俺はほっと一安心すると、月ちゃんに聞いた。
優斗「月ちゃん、ここで何があったの? 誰が俺より前に来て戦ったんだ? 時斗か? 紬か?」
月ちゃんは小さく首を横に振った。
月「翔……」
優斗「翔? 翔って、夜鬼の側にいたあいつか?」
俺の言葉に月ちゃんの反応はなかった。
でも、もしあいつなら、何で月ちゃんを助けたんだ?
その時、入り口の方から物音が聞こえた。
優斗「今のは……」
俺はゆっくりと刀を鞘から抜いた。
敵か?
物音はよく聞こえなかった。
一人? 二人? それ以上か?
足音が段々近付いて来た。
優斗「誰だ!?」
そこには、すらっとした細身に黒のスーツを着こなした男の姿があった。
男は月ちゃんを見つけると、優しく笑い、月ちゃんの前で片膝をついて、手を差し延べた。
男「お迎えに上がりました。夕陽様」
男「夕陽? この子は月って言うんだ。人違いじゃないか?」
男は俺を無視し、話を進めた。
男「夕陽様。御召し物が汚れていますね。失礼致します」
そう言って、男が月ちゃんに触れた瞬間、血まみれだった服は綺麗になっていた。
男「さて、では行きましょうか」
優斗「待てよ」
俺は男の手を掴み、それ以上、月ちゃんに近付かないようにした。
優斗「月ちゃんをどこに連れてくつもりだ?」
男「貴方には関係のない事です。さぁ、その手を離して下さい」
優斗「――!?」
不意に男の拳が、俺の顔を目掛けて放たれた。
俺は、男の拳が直撃する前に受け止めた。
優斗「外見に似合わず、セコい事するな」
男「受け止めましたか。わかりました。私も無理に夕陽様をお連れする様にとは言われていません」
すると、男は拳を納めて、数歩後ろに下がった。
男「では、本日はこれで……夕陽様をよろしくお願い致します」
男は深々と頭を下げ、にこりと笑って、去って行った。
優斗「何だったんだ、あいつは?」
初めて会ったはずの男の姿が、俺の記憶の中にいる誰かと重なっていた。
幼い頃の記憶で思い出せるのは、あの日の出来事の一部だけ。
そんな事を考えていると、聞き慣れた声が聞こえた。
時斗「こんなとこで、何しとんのや?」
優斗「と、時斗!?」
振り返り時斗の姿を確認した。
時斗「兄ちゃんだけか? 真城のねぇちゃんはどうしたんや?」
優斗「わからない。まだ、来ていないんだ」
時斗「そうか。せやけど、藤平と京澄の鬼門は破壊されとる。そして、兄ちゃんがここにおるっちゅう事は、安里の鬼門も破壊されとるはず。――だが、鬼門の気配は残り二つ」
時斗はゆっくりと俺に視線を向けた。
優斗「俺を疑ってるのか!? 俺はちゃんと壊してきたぞ!?」
時斗「せやったら、何で鬼門の気配が二つなんや?」
優斗「俺が知るかよ。それに、お前の言ってる気配ってのが間違ってる事はないのか?」
時斗「なんや? 俺が嘘言ってるゆうんか?」
優斗「さぁな。でもお前は敵じゃないか。今回の件で俺達を罠に嵌めようとしてるとも考えられる」
俺は時斗に鋭い視線を向けた。
すると、時斗は調子が狂う様に笑って言った。
時斗「――なに怖い顔しとんのや? すまん、すまん。兄ちゃんがちゃんと鬼門を破壊したのか聞きたくてな」
俺は何も言えず、その場で立ち尽くしていた。
そもそも、時斗の奴がこんな冗談を言うと思ってなかったからだ。
時斗「さぁ、あとは真城の鬼門のみや。皆で真城に行って、破壊しようや」
優斗「――ちょっと、待ってくれ!?」
俺の中に拭いきれない違和感が沸いて来た。
その違和感の原因はわからないが、何故かこの場から動く事を俺の身体が拒否している様だった。
優斗「お前、時斗だよな?」
時斗「何言っとんのや。誰に見えるっちゅうんや?」
そう、姿も話し方も時斗の奴と一緒なのに、一体、何を疑ってるんだ。
優斗「そ、そうだよな……なら、一つだけいいか?」
時斗「なんや?」
優斗「お前の式鬼を見せてくれ」
時斗「式鬼を?」
優斗「あぁ。式鬼は陰陽の力を持つ者しか召喚出来ないと紫苑から聞いてる。お前が本物だったら、式鬼を召喚出来るはずだ」
すると、時斗はその場で俯き、笑いはじめた。
時斗「くくく……まぁ、合格だな」
その瞬間、時斗の声が別人に変わった。
優斗「誰だ!?」
時斗(偽)「よくぞ見破った」
その言葉と同時に、俺に向かって刀が振り下ろされた。
優斗「くっ!?」
甲高い金属音が響き渡り、俺と相手の動きが止まった。
優斗「くっ……誰だ……鬼人か……」
時斗(偽)「鬼人にはかわりないな」
そう言って男が力を込めると、男の刀が口を開け、俺の刀を喰った。
刀「まずい……」
男の刀が言葉を発し、意思を持っているかのように話しはじめた。
刀「ちっ!? こんなまずいもん喰わせやがって」
時斗(偽)「贅沢な奴だな。今喰った刀は業物の名刀だぞ?」
刀「あんなもん喰っても、腹の足しにもならねぇぜ。早く、鬼共の血肉を喰わせろ!!」
時斗(偽)「そう言うな。お前の望むペースで喰えば、食い物がなくなるぞ」
刀「そうなれば、俺様は貴様を喰らうまでよ」
な、なんだ?
あいつ、自分の刀と話しをしてるのか?
俺は目の前で行われている奇妙な光景に驚いていた。
そして、時斗の姿をしたそいつから、異様なまでにどす黒く、吐き気がするような殺意を感じた。
優斗「お前は何者だ?」
時斗(偽)「先程言っただろう? 鬼人だと」
鬼人。
確かにこいつは鬼人だ。
だけど、他の奴と違う
何が違うかわからないが、こいつがヤバいことくらいはわかる。
時斗(偽)「さて、今度はこちらが質問をさせてもらおう。お前は人間か? それとも、鬼人か?」
唐突な質問だったが、そんなもの考えなくとも答えは決まっている。
優斗「そんなの決まってる。俺は……」
時斗(偽)「人間とでも言うつもりか?」
男は俺の話しに割って入った。
優斗「決まってる。俺は人間だ」
時斗(偽)「くくく……」
優斗「な、何がおかしい!?」
時斗(偽)「愚かな答えだな。ではお前の中に見え隠れしている物は何だ?」
優斗「これは俺のじゃない!」
時斗(偽)「いや、お前の力だ。実際、そのお嬢さんに殺されかけた時、その力のお陰で生きている」
月ちゃんに殺されかけた時は、確かに、鬼の力のお陰だって紫苑や紬が言っていた。
時斗(偽)「人間の心を満たす物は何だと思う?」
優斗「…………」
時斗(偽)「それは欲だ。果てしなく、底のない欲望だ。人間は己が欲を成せば、また、新しい欲を抱く。繰り返し、繰り返し、欲を満たし続ける。そして、至福を得るのだ」
優斗「そんなの、ただの自己満足じゃないか!」
男は俺に向かい、不気味な笑みを浮かべた。
時斗(偽)「だが、それが人間だ」
優斗「違う! 全ての人がそうじゃない!」
時斗(偽)「では、お前はどうだ?」
優斗「俺だって我慢してる。欲のままなんて出来るわけない」
時斗(偽)「違うな。お前は恐れているのだ。欲のまま行動すれば、自分の力以上のもので押さえ付けられる事を」
俺は何も言い返せなかった。
なぜなら、男の言葉は外れていないからだ。
実際、俺だって欲はある。
でも、その欲が強すぎれば社会に受け入れられず、力によって押さえ付けられる。
時斗(偽)「だが、そんな奴らよりも力を持てば、どうだ? 自らが望む時に喰らい、欲のままに過ごす。力無き者は強き者に平伏し、媚びを売る。それが世の摂理であろう? その頂点に自らが立つのだ」
優斗「ふざけるな! そんな世界を誰が望むんだ!!」
男は嘲る様に笑った。
時斗(偽)「くくく……、では、貴様はどうだ? 貴様に力があれば、彼女を助けられる……いや、それ以前に、我々に捕まる事はなかっただろう」
――我々?
優斗「お前は紫苑をさらった奴らの仲間か!?」
時斗(偽)「紫苑と言うのか。彼女の血肉は旨そうだ。なぁ、刀鬼」
刀鬼「あぁ、あれは良い。術力も申し分ねぇ」
俺はその言葉を聞き、男に対する畏怖が消え、怒りが込み上げてきた。
優斗「……そんな事させるか……」
時斗(偽)「ん? 何か言ったか?」
優斗「そんな事させるか!!」
俺はありったけの力を拳に込めて、男の顔面を殴った。
だが、男は微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。
時斗(偽)「人間の力では、しょせんこの程度が限界か」
男が俺の腕に軽く触れた。
優斗「――!?」
その瞬間、俺の身体を伝い、吐き気のする耳障りな音が響いた。
優斗「――ッ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
激痛が走った腕に視線を向けると、俺の腕は可動範囲外に向いていた。
時斗(偽)「脆いな。まぁ、今日は貴様を殺しに来たのではない。これで失礼する」
男はそう言って、側にいた月ちゃんを抱えた。
月「ぁ……」
優斗「……ま、待て……月ちゃんをどうする気だ」
時斗(偽)「貴様には関係の無いことよ」
優斗「く……」
俺は痛みで意識が朦朧とする中、男の去って行く姿を見ていた。
優斗 (……る……な……ちゃん……)




