第拾玖話『中編05 藤平家』
紫苑が藤平に向かって、暫く。
俺はいつでも戦闘が開始出来る様に、武器を持っていた。
紬「優斗さん。もう少し楽にしてはいかがですか?」
そう言って、紬はお茶を差し出した。
優斗「あ、ありがとう」
紬「今からそんなに気を張ってたら、いざと言う時に動けませんよ」
優斗「…………」
俺は紬が入れてくれたお茶を一口啜った。
優斗「はぁ~……」
紬「ふふふ。結界も張ってありますし、鬼人は容易に入って来れないはずです」
優斗「結界って言えば、時斗の奴はあっさり入って来てた様だけど?」
紬「あぁ~、人間には効果は薄いんです。因みに、優斗さんが鬼人になったら、結界によるダメージがあるはずですよ」
紬はさらりと恐ろしい事を言った。
紬「今は紫苑さんの帰りを待ちましょう」
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紫苑「……何、これ……?」
私の目には、昔の面影など何もなく、壁や床には僅かに赤い血痕が飛び散り、ボロボロになった部屋が映っていた。
ここは確かに私が昔来たことのある藤平の家だ。
紫苑「…………」
その光景に言葉を失い、暫く、部屋を見渡していた。
紫苑「そうだ!? もしかしたら、伯父さん達が何処かに。伯父さん! 紫苑です。京澄の紫苑です! いたら返事をして下さい!!」
私は声を出しながら、家中を探し回った。
だが、家の中から一つの返事も返って来なかった。
紫苑「どうして誰もいないの? 伯父さん! 叔母さん!」
?「無駄や」
紫苑「!?」
突然の声に振り返ると、いつの間にか時斗の姿があった。
紫苑「時斗? ねぇ、これはどう言う事なの!? 伯父さんと叔母さんは!?」
私は時斗の胸倉を掴みながら、感情を高ぶらせて言った。
時斗「……見ての通りや……」
紫苑「見ての通りって、伯父さんは!? 叔母さんは!?」
時斗「親父もおかんも死んだ」
紫苑「……うそ……」
私の身体から力が抜け、その場に座り込んだ。
時斗「俺が弱かったんや。俺を生かすために、親父もおかんも命を張りよった」
紫苑「ここで何があったの?」
時斗「……ッ……」
時斗は一瞬ためらう様に口を閉じ、拳を堅く握り締めた。
時斗「紫苑には関係あらへん」
紫苑「関係無いわけ無いでしょ!? 教えて。何があったの!?」
時斗「…………」
時斗は暫く口を閉ざしたままだった。
時斗「……鬼人や……鬼人が襲ってきたんや」
紫苑「鬼人が?」
時斗「せや。1年前、突然鬼人が襲って来たんや。親父とおかんは、俺を逃がすために鬼人と戦った」
紫苑「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。鬼人に伯父さんと叔母さんを殺されたのに、何であんたは夜鬼といるのよ!?」
私は高ぶった感情を吐き出した。
そんな私に対して、時斗は声色一つ変えずに言った。
時斗「夜鬼さんは俺を助けてくれたんや。殺されそうになった俺を、自分の身体に傷を負って……あの人は他の鬼人と違う。だから俺は、あの人について来たんや」
鬼人に良いも悪いもあるはずない。
それに、夜鬼は優斗の身体に血朱玉を入れ、関係の無い人達にまで苦痛を与えていた。
紫苑「時斗。あんた、夜鬼に騙されてる! あいつの本性は冷徹非情な鬼だ!!」
時斗「紫苑。お前が何を見て来たのか俺にはわからん。でも、俺は俺自身がこの目で見たものを信じる」
紫苑「何を言ってもダメなのね」
私は時斗に鋭い視線を送った。
時斗「紫苑のその目、久し振りに見たわ。その目をした時の紫苑は、必ず自分の思った事を通していたな」
紫苑「何を見て夜鬼と一緒にいるかわからないけど、時斗がそう言うなら、私は力ずくでもあんたを止める」
私は臨戦態勢をとった。
時斗「ちょ、ちょい、待ち~!? 俺は紫苑とヤル気はない!?」
紫苑「じゃあ、大人しくしてなさい!!」
私は懐から術札を取り出し、宙に投げた。
術札は炎を発し、次第に球体へと変化していった。
紫苑「飛翔の火炎! ―-連弾炎!」
時斗「ちっ! 牢固な氷塊! ――氷壁!!」
時斗の投げた術札からは水が溢れ出し、水はやがて氷へ変わっていった。
時斗「紫苑。無駄や! お前の持つ火属性に対して、俺の持つ水属性は天敵や!」
紫苑「はぁぁぁぁ!!」
私は連弾炎を一つにまとめて行った。
紫苑「弾圧の火炎! ――弾炎!!」
時斗「炎をまとめて、火力を上げてきたか。だが、無駄や!」
ぶつかり合う炎の玉と氷の壁。
次第に行き場を失った力は、その場で弾けた。
紫苑「くっ……」
時斗「ちっ……」
そして、辺りを包む煙の中、私はまっすぐに時斗を見ていた。
時斗「さすが紫苑や。まさか俺の氷壁を壊すとはな」
紫苑「……止める……」
私は人型の札を取り出した。
紫苑『我解くる、汝が呪縛。我が言霊の導きに従いて、我を守る矛となれ。戦の式鬼 戦鬼よ』
紫苑『我解くる、汝が呪縛。我が言霊の導きに従いて、我を守る盾となれ。守護の式鬼 妃戦よ』
時斗「式鬼!? どうなっても知らんで!?」
すると、時斗も同じ様に人型の札を取り出した。
時斗『悠久の眠りより目覚め、我が前に姿を現せ。水の豪 式鬼 羅蕭』
時斗「羅蕭。きいや!」
私と時斗の札が姿を変え、対峙した。
羅蕭「久し振いな。戦鬼。妃戦よ」
戦鬼「テメェは、羅蕭!?」
妃戦「お久し振りですね、羅蕭」
羅蕭「相変わらずだな、お前達」
羅蕭の姿を見た戦鬼は、あからさまに殺気を放っていた。
戦鬼「忘れねぇぞ。お前に付けられたこの傷」
そう言って、戦鬼は折れている自らの角を指した。
羅蕭「そうか。やはり完治はしなかったか」
戦鬼「俺はテメェをぶち殺して、こいつの借りを返させてもらうぜ!」
羅蕭「妃戦。お前はどうなんだ?」
妃戦「私は主の命に従うだけです」
羅蕭「避けられぬか」
羅蕭が目を閉じた。
一見、不防備に立っている様に見えるが、全く隙がなかった。
そして、その場の空気の質が一気に重たくなった。
戦鬼「あの時と同じか」
紫苑「戦鬼!」
戦鬼「わかってるよ。身を持って体験済みだ」
身動き一つしない羅蕭に対して、戦鬼も妃戦も攻撃を仕掛けられずにいた。
そして、戦鬼が背中越しに言った。
戦鬼「主人よ。あれを使う許可をくれるか?」
紫苑「ダメよ! ここじゃ危険だわ!」
妃戦「主。私からもお願いします」
紫苑「妃戦?」
妃戦の表情は、今までに見た事の無い程、緊張していた。
紫苑「……わかったわ。でも、攻撃はダメよ。周りのものを巻き込む可能性がある。それが最低条件よ」
戦鬼「わかったよ。攻撃しねぇでどうにかなると思わねぇけどな。妃戦、頼む」
妃戦『鳴神よ。我が言霊に答えその力を解き放て……解……雷……』
妃戦が合わせた両手の間から、帯電音が響き渡った。
妃戦『雷装一式。――駿雷』
妃戦の両手から放たれた雷が、戦鬼の身体を包んで行った。
その様子を感じた羅蕭は、目をゆっくり開いて言った。
羅蕭「準備は整った様だな。そちらが来ないなら、こちらから行かせてもらうぞ」
戦鬼「くっ!?」
交わる拳から火花が飛び散った。
戦鬼「ぐっ……おぉぉぉぉ!!」
戦鬼は羅蕭の拳を弾き返した。
羅蕭「気合いの籠った良い拳だ」
そう言って、羅蕭は時斗の方に振り向いた。
羅蕭「主時斗。これ以上の戦い、今は必要無い」
時斗「せやな。こちらも戦力は出来るだけ欲しい」
戦鬼「何をごちゃごちゃと言ってやがる!」
私は、再び、羅蕭に襲いかかろうとする戦鬼を制した。
紫苑「待ちなさい、戦鬼!!」
戦鬼「あぁ!?」
明らかに不満そうな表情の戦鬼に念を押した。
紫苑「こいつらに話があるの。少し静かにしてなさい」
戦鬼「ちっ!」
戦鬼は構えを解いた。
時斗「悪いな、紫苑。こっちもちょうど話をしたかったんや」
紫苑「その話、聞いてあげるから言ってみなさい」
時斗の視線が、真剣なものになった。
時斗「紫苑とこの兄ちゃんと姉ちゃんが戦っとった奴等が、神霊鏡の完成のため、近く、必ず動く。神霊鏡は命を吸って輝く魔性の鏡や。神霊鏡の完成にどんだけの命が必要になるか、俺も検討がつかん」
紫苑「だから、何なのよ?」
時斗「俺はそれを止める」
紫苑「止める?」
時斗「神霊鏡は、代々藤平が守り役を担ってきたもんや。俺の親父もおかんもじいさんもばあさんも、みんな、その使命を全うしてきた。俺は藤平の人間として、奴等を止める義務がある」
紫苑「時斗……」
でも、それが敵の手にあるって事は、藤平を襲った鬼人達の狙いは神霊鏡だったって事?
時斗「今回の件は俺個人のものや。せやけど、今は関係ない人達の命が掛かってきとる。俺一人じゃ、奴等を止めるのは難しい。だから……」
紫苑「だから、私に力を貸せと?」
時斗「せや。紫苑なら信じられる」
ドクン! っと、私の心臓が跳ねた。
私は時斗から視線を外した。
紫苑「な、何を……」
時斗「俺は紫苑だから信じられるんや」
こいつ、歯が浮く様な台詞をあっさりと~……
戦鬼「おい、主人。もう良いだろ?」
痺れを切らした戦鬼が言った。
紫苑「うるさい! ちょっと、黙ってなさい!」
戦鬼「うっ……」
私は煮え切らない感情をぶつける様に、戦鬼を睨み付けた。
紫苑「とにかく時斗、あんたの言いたい事はわかったわ。私も関係の無い人達が巻き込まれるのは避けたい」
時斗「さすが紫苑や」
紫苑「その変わり、一つ条件がある」
時斗「条件?」
紫苑「藤平の秘術を教えて」
その瞬間、時斗は驚いて声を出した。
時斗「秘術やて!? あかん!」
紫苑「何よ。こっちだって命を張るのよ? それくらいはいいでしょ?」
時斗「何がいいでしょ? や。ダメに決まっとるやろ!? あれは、藤平に伝わる秘術や!」
紫苑「どうしてもだめ?」
私はおねだりする様に、上目遣いに言った。
時斗「な……だ、ダメなもんはダメや」
紫苑「何よ、ケチ! じゃあ、いいわ。その代わり、私達に敵の居場所を教えて。それなら、藤平の秘術を教えるわけじゃないからいいでしょ?」
時斗「ちっ! わ~たわ! それで手を打つ!」
時斗は渋々と言った感じで了承した。
紫苑「よし。交渉成立! ――っで、奴等がいつ動くかくらい、検討はついてるんでしょ?」
時斗「あぁ、動くとすれば、明日や」
紫苑「明日? また、急ね」
時斗「この街の術力は、恐らく明日、最高まで高まる。それを利用して、奴等は大規模な物を仕掛けるはずや」
紫苑「大規模?」
時斗「あぁ。紫苑。気づかへんかったか? この街に張られた結界に」
紫苑「結界?」
時斗「まだ発動はしてへんからな。気づかなくてもしゃ~ないな」
私は空を見上げた。
そして、ゆっくりと目を閉じ、神経を集中させた。
紫苑「……なるほどね。集中しなければ気付かない程微量な物だけど、確かにこの街を覆ってる」
私の頬をツーっと、汗が流れた。
私でもこんな規模の結界を見た事がない。
この結界が発動すれば、恐らく、この街の人達は……
時斗「わかったやろ? 奴等をこのままほっとくのはあかんって事が」
紫苑「えぇ、一時休戦で、まずはこいつを始末した方が良さそうだわ」
そして私は、殺気立っている戦鬼に向かって言った。
紫苑「戦鬼。そう言う事だから、羅蕭と戦っちゃダメよ」
戦鬼「なっ!? マジかよ!?」
紫苑「妃戦もいいわね?」
妃戦「はっ!」
時斗「羅蕭もやで」
羅蕭「かしこまりました」
そして、私は戦鬼と妃戦を。
時斗は羅蕭を。
それぞれ、元に戻した。
時斗「じゃあな、紫苑。気をつけろよ」
紫苑「私より自分の心配をするのね、時斗」
時斗は一瞬、口元を緩め、姿を消した。
紫苑「命掛け……か……ううん。そんな事、気にしてる場合じゃない。私も早く戻らないと……」




