第拾陸話『中編02 藤平 時斗(ふじひら ときと) 』
夜鬼「まずは一つか……」
暗闇の中、夜鬼は目の前に置かれた天明玲仙を眺めていた。
夜鬼「……何の用だ……?」
すると、暗闇の中から、男は姿を現した。
?「お久し振りです」
夜鬼「お前か……早かったな」
?「あなた様の命とあらば」
夜鬼「ふふふ……一つ目が手に入った。残るは二つ」
そう言って、夜鬼が男に何かを投げて渡した。
?「こ、これは!?」
夜鬼「今はまだ使えん。それを復活させるには贄が必要だ」
?「……なるほど……それで私を……」
男は少し口元を緩ませた。
?「かしこまりました。では、こちらはお預かりいたします」
そして、男は暗闇の中へ消えていった。
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優斗「ふぁ~……」
大きなあくびをしながら、俺は居間に入った。
少しでも寝た方がいいと、朝食後、各自の部屋に戻り、短い時間だが、俺達は今後に備え体力の回復にあてた。
紬「あっ、優斗さん」
すると、紬が台所でご飯の準備をしていた。
優斗「紬、言ってくれれば手伝ったのに」
紫苑「……あ゛~……」
優斗「し、紫苑?」
後ろから低音の唸り声が聞こえてきた。
そこには、いかにも寝起きと言う感じで、髪がボサボサの紫苑がいた。
紫苑「紬、飲み物~……」
紬「はい」
紬は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップについだ。
紬「どうぞ」
紫苑「ありがとう……んく……んく……ふぅ~……」
紫苑は麦茶を飲み干すと、居間に座った。
優斗「お、おい、紫苑」
紫苑「何よ?」
優斗「いや、なんだ……仮にも年頃の女の子が、その姿はまずいんじゃないか?」
紫苑「何? 優斗の中にある私のイメージと違った? 私、寝起きはダメなのよ。起きてすぐに動ける奴等がおかしいのよ」
確かに、俺の中にあるイメージは、音を立てて崩れたな。
その時、地鳴りの様な轟音が家に響いた
優斗「な、なんだ!?」
紬「庭の方からしましたよ」
俺達は庭に向かって走った。
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紬「優斗さん。あそこです!?」
紬の視線の先に、男が一人立っていた。
?「イッッッ……あ~、着地失敗やわ~……ん?」
男は俺達に気付き、話し掛けてきた。
?「よぉ。あんたらか? 夜鬼さんの邪魔しよるのは?」
優斗「夜鬼!?」
その名前を聞き、俺も紬も構えをとった。
優斗「お前、夜鬼の仲間か!? はぁぁぁぁ!!」
紬「優斗さん!?」
拳を固めて飛び込んだ俺を、そいつは軽々と地面に組み伏せた。
?「血気盛んなやっちゃな。今日は戦う気ないわ」
その時、さっきまでの寝起き姿はどこにいったのか、いつもの紫苑が遅れて庭に到着した。
紫苑「優斗!? あんた、そいつから手を……」
紫苑は男の顔を見ると動きが止まった。
紫苑「時斗?」
時斗「おぉ~!? 紫苑やないか!? 久しゅうな」
男は紫苑に笑顔で手を振っていた。
紫苑「何であんたがここに!?」
時斗「いやぁ~、夜鬼さんの話聞いて、もしかと思ってな。――やっぱ、紫苑か」
紫苑「時斗。あんた、まさか……?」
時斗「紫苑、一つ言っといたるわ。夜鬼さんの邪魔すんな。――殺されるで?」
紫苑「時斗。あんた自分が何言ってるかわかってんの?」
紫苑は威嚇する様に語尾を強めた。
時斗「あぁ、わかっとる。十分にわかって言っとるんや」
紫苑「そう……あんたが私達の邪魔するなら、私はあんたを力ずくで退す」
すると、男は笑って言った。
時斗「紫苑。戦鬼と妃戦の奴は元気か? 羅蕭が会いたがっとったわ」
紫苑「――ッ!?」
男の言葉を聞いた紫苑の表情が曇った。
時斗「紫苑。今ならハッキリわかるやろ? 悪い事は言わん。――今回は手を引け」
男は俺を組み伏せた手を解いた。
時斗「あんたらも命は大事にせえよ」
そう言って、男は姿を消した。
紫苑「……時斗……」
優斗「イテテテテ……何だったんだあいつは?」
紬「紫苑さんはあの方について知っているみたいでしたね? とりあえず、中に入って伺いましょう」
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優斗「それで紫苑。あいつは何なんだ?」
紫苑「あいつの名前は、藤平 時斗」
紬「藤平!?」
その名前を聞いた紬が驚いて声をあげた。
優斗「紬、どうしたんだ?」
紬「紫苑さん。藤平とは、あの藤平ですか?」
紫苑「えぇ、その藤平よ」
紬「何故、藤平の者が鬼人に味方を!?」
紫苑「私にもわからない。あいつ、昔からあんな感じで、何を考えているんだかサッパリ」
紬と紫苑の話が進む中、俺は一人取り残されていた。
優斗「あの~……、藤平って何なんだ?」
紫苑「全く、あんたは……」
紫苑は呆れた表情をしながら、ため息を吐いた。
紬「優斗さん。藤平とは、真城や京澄と同様、この街に古くからある陰陽の家系です」
優斗「え? それじゃあ、俺達の味方のはずじゃないか」
紫苑「だから、それがわからなくて困ってるんでしょうが」
そこで全員の言葉が途切れ、暫く静寂な時間が流れた。
そして、そんな中、紫苑が始めに口を開いた。
紫苑「わからない事をぐだぐだ悩んでいても仕方ないわ」
優斗「確かに紫苑の言う通りだな」
紫苑「次に会ったら、直接聞いてやるわよ。それよりも、太古の鬼を蘇らせる神器。三つの内、一つはあいつらに渡り、一つは優斗の体内」
紬「すみません。私が不甲斐ないばかりに……」
俺はすかさず紬にフォローを入れた。
優斗「そんな事ないって、相手はあいつだし、仕方ないよ」
紫苑「過ぎた事はしょうがないわ。私も何も出来なかったしね。それよりも、残りの一つ。これをあいつらより早く見つけ出すのよ」
優斗「よし! ついでに、取られたやつも取り返そうぜ」
そこで俺に重大な疑問がわいた。
優斗「ところでさ。最後の一つの場所はわかってるのか?」
俺の質問に紫苑はあっさりと答えた。
紫苑「そんなのわかるわけないじゃない。今から探すのよ」
優斗「今からって、そんな事してたら奴等に先を越されちまうぞ!?」
紬「手掛かりならあります」
紬が会話に割って入った。
優斗「手掛かりがあるって、本当なのか?」
紬「確信は持てませんが」
優斗「今はどんな事でも構わない。言ってくれ」
紬「では……現在、行方がわかっている物は二つ。血朱玉は優斗さんの中に、天明玲仙は夜鬼の下にありますが、元々は私の中に。いずれも、陰陽に深く関わりのある者の下にありました」
優斗「そうか!? 最後の一つも陰陽に深く関わりのある者が持っている可能性が高い」
紬「そうです」
紫苑「確かに紬の言う事はもっともね。京澄と真城の他は、藤平と安里か」
皆が一斉にお茶を口に運び、間を開けた。
優斗「藤平ってのは、さっき来たあいつだろ?」
紫苑「えぇ、時斗は藤平よ。だけど、藤平は時斗だけじゃない。伯父さんだっているし」
紬「紫苑さんが顔見知りなら話が早いですね。まずは藤平から行ってみませんか?」
紫苑「そうね。時斗の事も聞きたいし」
優斗「決まりだな」
俺は立ち上がった。
優斗「じゃあ、早く準備して行こうぜ」