第拾伍話『中編01 束の間の日常 』
優斗「……はぁ、はぁ……や、やっと着いた」
長い戦いの夜を終えて、俺達は帰ってきた。
俺が気を失っている月ちゃんと紬を背負い、さやちゃんの手をひいて、妃戦は紫苑を背負っていた。
ここにいる全員、大なり小なりの傷を負っていた。
優斗「妃戦。悪いけど、中まで連れて行ってもらってもいいかな?」
妃戦「かしこまりました」
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全員に部屋を準備し、それぞれの部屋に寝かせた。
そして、俺は自分の部屋の布団に入り、真っ暗な天井を見ていた。
優斗「まだ残ってる」
初めて生き物を切った感触。
姿は違えど、俺はさやちゃんの父親を斬った。
そして、血を流す仲間の姿。
優斗「――ッ!? クソッ!!」
何も出来なかった自分への行き場のない怒りが、俺の中に広がっていた。
優斗「ふぅ~……、シャワーでも浴びてくるか」
頭を冷やしてこよう。
早く寝ないと、今日のダメージが抜けなくなる。
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優斗「それにしても静かだな」
あれだけの激しい戦いの後だからなのか、やけに静かに感じた。
優斗「あれ?」
風呂場の扉から明かりが漏れていた。
優斗「行く時に消し忘れたのかな?」
俺は何も気にせず扉を開けた。
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優斗&紫苑「え?」
洗面所にいたそいつと声が重なった。
優斗「紫苑!? な、何で!?」
紫苑「何でって……眠れないからシャワーを浴びてただけだけど……? あんたは何をやってんの?」
優斗「お、俺も眠れないからシャワーを浴びようと」
紫苑「これは偶然?」
優斗「そ、そう、偶然だ!?」
紫苑「じゃあ……、いつまで見てる気だ!!」
紫苑の手元から、お札が飛んできた。
優斗「ま、まて……べびがばば!!」
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優斗「いてて……紫苑の奴は、手加減をもっと知ってくれよな」
それにしても、紫苑の肌は綺麗だっ……
優斗「はっ!? いけない、いけない! 何考えてんだ、俺!」
チラッと見えた紫苑の背中。あの傷は、今日の……
紫苑の背中には、今日の戦いの傷跡がクッキリと残っていた。
優斗「情けねぇ……」
女の子一人も守れないなんて……
いや、逆に守られてるよな。
そんな事を考えながら、廊下を歩いていると、庭の方に人影が見えた。
優斗「ん? 誰だ、こんな時間に……?」
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紬「――ッ!? 大和!?」
優斗「え?」
紬「あっ……、ごめんなさい……」
紬は俺の気配を、大和と間違えてしまったらしい。
優斗「いや、気にするなよ。紬はここで何をしてたんだ?」
紬「朝靄の中に浮かぶ月が、何だか綺麗だったので……」
優斗「月?」
紬「もうすぐ消えて行く月が、まだ頑張って輝いている。それが何だかすごく綺麗に思えて」
大和があんな事になって、紬の気持ちが整理出来ないのは仕方ないよな。
俺だって、あいつが死んだなんて信じたくない。
優斗「なぁ、紬」
そう話し掛け様とした瞬間、
紫苑「あっ、いた!? エロ優斗!?」
優斗「げっ!? 紫苑!?」
紬「……エロ優斗……?」
紫苑「そうなのよ。こいつったら、私の裸を見たのよ」
優斗「ばっ!? あれはわざとじゃないし、それに俺は紫苑の顔を見ていたんだ」
すると、紬が小悪魔のように小さく笑った。
紬「……ふふ……優斗さん。紫苑さんって、結構、胸ありますよね。それに、形も綺麗なお椀型で」
優斗「そうそう、紫苑って、意外と着痩せするタイプなんだな」
優斗&紫苑「………………」
一気に場の空気が張り詰めていった。
そして、鬼人に勝るとも劣らない殺気を感じた俺は、ゆっくりと視線を上げていった。
そこには、恐ろしい程ニコニコ笑っている紫苑がいた。
紫苑「優斗? あんた、最後に言い残す事はある?」
優斗「し、紫苑……その笑顔は怖いぞ……?」
すると紫苑は、右手と左手に一枚ずつ術札を持って、俺の前に差し出した。
紫苑「これから私は、この術札を放ちます。一つは陽の印を書いた術札。もう一つは陰の印を書いた術札。好きな方を選ばせてあげるわよ」
え、選ぶったって、どっちがどっちだか、サッパリわかんないぞ!?
紫苑「ん~? どうしたの? 選ばないなら、両方放つけど?」
優斗「わぁ~!? 待て!? すぐに決める!!」
――とは言え、これじゃあまるで、確率二分の一のロシアンルーレットみたいじゃないか!?
どうする、俺?
この選択に俺の人生が…………
紫苑「はやくぅ~」
くっ……こいつ……
いや、今はそんな事より、こっちに集中するんだ。
紫苑の思考を読むんだ。
――そうだ!?
確か、前に本で読んだぞ。人間は無意識の内に心臓のある左側を、安全な状態にすると。
その心理から推測すれば…………
優斗「左だ! 俺は左の術札にする」
紫苑「そう。左でいいのね?」
優斗「……(ごくり)……」
紫苑「じゃあ、行くわよ?」
………………
…………
……
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優斗「――ッ、はぁ、はぁ!? あ、危なかった……」
紫苑「あ~、残念……」
優斗「ざ、残念とかじゃねぇだろ!?」
俺は紫苑から放たれた術札を辛うじてかわした。
しかし、術札は今も俺の目の前で黒い炎を吐き出していた。
優斗「本当に死んだらどうすんだよ!?」
紫苑「その時は、その時よ」
紬「まぁまぁ、紫苑さんも優斗さんも落ち着いて下さい」
月「……ん~……」
すると、騒ぎで目を覚ましてきた月ちゃんが、眠い目を擦りながら俺達を見ていた。
優斗「月ちゃん? 起きちゃったのか」
月「……ん~……優斗……何してる?」
優斗「何でもないよ。騒がしくして、ごめんね」
そう言った俺の目に眩しい光が飛び込んできた。
優斗「いつの間にか、太陽が登ってたんだな」
紬「優斗さん。ご飯食べませんか?」
優斗「ご飯? そう言えば、何も食べてなかったな」
紬「私、朝食の準備をしてきますね」
優斗「あぁ~、俺も手伝うよ」
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優斗「さぁ、召し上がれ!」
テーブルの上には、出来たての料理が並んだ。
紫苑「召し上がれって、殆ど紬が作ったんでしょう」
優斗「俺だって、米研いだり、材料を洗ったり、盛り付けたりしたんだぞ」
それを聞いた紫苑から、ため息がこぼれた。
紫苑「はぁ~……、結局、あんたは料理に触れてないじゃない」
優斗「――はっ!? まさか、紬……」
紬「い、いえ、私はただ、優斗さんのお料理の腕前もわからないですし、変な物を食べて体調を壊したら戦いどころじゃないと思いまして」
紫苑「――紬。それは、フォローになっていないわよ」
くっ……刺さったぜ。
俺の純粋な心に、冷たいナイフがグサリと……
優斗「そ、それより、早く食わないと冷めちまうぞ」
紫苑「そうね。折角の出来たてが台無しになったゃうわね。いただきま~す!!」
紫苑は玉子焼きを一切れ口に運んだ。
紫苑「……あ~ん……(もぐもぐ)……」
優斗「さぁ、月ちゃんもどうぞ」
月ちゃんは、一度、何かを確認する様に俺を見た後、まだ上手く使えない箸で玉子焼きを刺して、パクリと食べた。
優斗「――月ちゃん?」
月ちゃんの瞳から頬を伝い、涙が流れていた。
月「……おいしい……温かいご飯……」
その言葉を聞いて、俺はふと思った。
そう言えば、月ちゃんは人間だった頃、病気で長い間入院生活をしていたんだっけ。
食事も制限されて、一人で死の恐怖と戦っていたんだ。
優斗「……そっか、美味しいか。じゃあ、どんどん食べな! おかわりもあるからね!」
月「……ん……」
俺は月ちゃんの髪をそっと撫でた。
すると、月ちゃんは自分の髪を撫でている俺の手に視線を向けた。
月「……優斗の手……温かい……」
優斗「前もそんな事を言ってたっけ。別に俺の手なんか……」
月「……温かい……」
月ちゃんはゆっくりと目を閉じた。
紫苑「優斗」
優斗「な、何だよ、紫苑?」
紫苑「あんた、犯罪行為はしないでね」
優斗「なッ!? ……す、するわけないだろ!!」
紫苑「あははははは!!」
でも、こうやって笑える事が、こんなに嬉しいなんて初めてだ。
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優斗「ふぅ~……」
朝食を食べ終え、熱いお茶を啜っていた。
優斗「さぁて、紫苑、紬、ちょっといいか?」
紫苑「なによ?」
紬「どうしました?」
優斗「二人に話があるんだ」
紫苑「改まって、どうしたのよ?」
優斗「月ちゃんだけど、この家に住んでもらおうと思う。こう言うのは、一緒に住んでる紫苑や紬にも了承を得ておかないといけないだろ?」
すると、紫苑は興味なさそうに、あっさりと答えた。
紫苑「別にいいんじゃない。あんたの家だし、それにその子はもう力を失ってる」
紬「その点は安全ですね。私も紫苑さんと同じです」
優斗「ありがとう。ありがとな、紫苑、紬」
紫苑「ば、ばかじゃないの!? こんな事で喜んじゃって」
紬「ふふふ……」