第拾肆話『序完 長き夜の終わり 』
優斗「な、なんだ、この音は!?」
妃戦「――これは……まさか、主!?」
俺達の耳に、凄まじい帯電音か聞こえてきた。
紬「ま、まさか、紫苑さんが金属性の術を……いけない!? 妃戦さん。あなたは紫苑さんの所へ行ってあげて下さい!」
妃戦「いえ、我が主は、私に貴方達を守る様に言われました。私は主の命を遂行致します」
妃戦の言葉に、紬は声を荒げた。
紬「自分の主人の命が危ない時に、何が命ですか!? あなたが行かないのならば、私が行きます!!」
すると、紬は俺に言った。
紬「優斗さん。私は紫苑さんの加勢に行きます。この場をお願いします」
優斗「わかった」
俺は小さく頷いて、紬に返事を返した。
大和「……お、お待ち……下さい……」
紬「大和!? 気がついたのですね!?」
大和「……い、今、戦力の分散は危険です……行くならば、この場にいる全員で……」
そう言って、大和は立ち上がると側まで来て俺に触れた。
大和「……お……お嬢様を頼む……」
優斗「お前、何を?」
すると、大和は自分の拳で、自らの胸を突いた。
大和「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!?」
紬「大和!?」
優斗「何してんだ!?」
大和「……はぁ、はぁ……あ、あの子を助けるのに、鬼人の心臓が必要なのだろ?」
紬「まさか、大和……あなたは!?」
大和の行動を理解した紬の表情が、一瞬で変わった。
それと同時に、大和を取り巻く雰囲気が変わっていった。
優斗「どういう事なんだ!?」
紬「優斗さん! 大和は、優斗さんの血を使って、鬼と契約をしているのです」
優斗「鬼と契約!?」
紬「優斗さんの血には、鬼の血が含まれています。それを使えば、鬼との契約が可能となります」
優斗「でも、何故そんな事を!?」
大和「こうするためさ」
次の瞬間、胸から拳を引き抜いた大和の手には、自らの心臓が握られていた。
そして、大和は発狂している月ちゃんの攻撃を掻い潜り、地面に押さえ付けた後、心臓から滴る血を月ちゃんの左腕に垂らしていった。
月「……ぅ……」
すると、月ちゃんの心臓に向かって伸びていた鬼印が元に戻っていき、跡形も無く消えていった。
優斗「月ちゃんの左腕の鬼印が消えた」
月「……鬼印が……」
大和「……これで……早く……加勢に……」
力を使い果たした大和は、その場に崩れる様に倒れていった。
紬「大和!?」
紬と俺は二人の近くまで駆け寄り、紬は大和を、俺は月ちゃんを抱き起こした。
紬「大和!?」
優斗「月ちゃん!?」
大和「……その子は……大丈夫……し、暫くすれば……目を覚ます」
紬「大和!? 何故、この様な事をしたのです!?」
大和「……お嬢様を一人で行かせるのは、危険でしたから……」
紬「それだけの理由で……」
紬の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
大和「……そ、それだけでは、ありません……あの子が……お嬢様に拾って頂いた頃の自分と重なって見えたからです」
紬「大和……あなたは……」
大和「申し訳ありません……最後まで……お供……出来ず……」
紬「何を言っているのですか!? あなたにはまだやってもらいたい事が、教えて頂きたい事が沢山あるのですよ、大和!!」
すると、大和は精一杯の力で、俺の前に手を上げた。
大和「……お、お嬢様を……頼む……」
俺は大和の手を両手で握った。
優斗「あぁ、大丈夫だ。絶対に紬を死なせたりしない」
大和「…………」
紬「……大和……大和!!」
最後の瞬間、大和は笑った。
俺に紬を託して、眠りについたんだ。
優斗「つむ……」
紫苑「優斗! 紬! 逃げて!!」
俺の声をかき消し、紫苑の声が部屋全体に響き渡った。
優斗「紫苑!?」
紬「――!?」
ピシャッと、俺の頬に何かが飛んで来た。
俺は確認をする様に、隣にいる紬に視線を向けた。
紫苑「紬ーーーー!!」
激しい帯電音と共に、紫苑の姿が目の前に現われ、夜鬼に拳を振るった。
しかし、夜鬼は紫苑の拳より早く、紬を連れて距離を取った。
夜鬼「ふ……ふはは……ふははははははは!!」
夜鬼の手は、紬の身体に突き刺さっていた。
そして、声を上げて笑う夜鬼の手が……いや、紬の身体が光を発し始めた。
夜鬼「この時を待ち焦がれた! 遂に手に入れたぞ! 鬼神の封印を解く鍵の一つ『天命玲仙』を!!」
そして、夜鬼が紬の身体から手を抜くと、夜鬼の手には刀が握られていた。
優斗「あれは!?」
紫苑「遥か昔に封印された鬼を復活させるための物よ」
優斗「それよりも、何であんな物が紬の身体から……」
紫苑「何故、気が付けなかったの。最初に紬と会った時の術力の消耗は、これの封印に当てられていた事に」
紫苑は鋭い視線を夜鬼に向けた。
夜鬼「この器に、もう用はない」
夜鬼は紬に止めを刺すため、拳を振り上げた。
優斗「紬!!」
紫苑は一瞬で夜鬼の前に移動し、振り下ろそうとした腕を掴んだ。
紫苑「殺らせないよ……」
夜鬼「ほぅ……これは驚いた」
妃戦「主。紬様を取り戻しました」
紫苑が夜鬼の拳を抑えた隙に、妃戦が紬を夜鬼から取り戻していた。
それを見た紫苑は、妃戦と一緒に素早く夜鬼との距離を取った。
夜鬼「良いコンビネーションだ。まぁ、良い。この『天命玲仙』さえ、手にはいればな」
すると、夜鬼の身体から殺気が消えた。
夜鬼「目的は果たした。あとは好きにしろ」
夜鬼は俺達に背を向けた。
優斗「待て!!」
夜鬼「ん? お前か。お前とはいずれ、また会う事になるだろう。その時まで、暫くの生を堪能するがいい」
そう言った瞬間、夜鬼の姿はその場から消えていた。
優斗「うぁぁぁぁぁ!!」
俺は溜め込んだ感情を吐き出す様に、持っていた刀を地面に叩き付けた。
紫苑「と、とりあえず……命は助かったみたいね……」
優斗「紫苑? お前、その傷は!?」
よく見ると、紫苑の服が血で真っ赤に染まっていた。
紫苑「き、気が付けなかった……じゅ、術の代償で……痛覚を……失っていた……みたい……」
優斗「紫苑!?」
紫苑「私は大丈夫……妃戦がいる……か……ら……」
そう言って、紫苑は気を失ってしまった。
優斗「紫苑!?」
妃戦「ご安心下さい。主は私の命に賭けても死なせはしません」
倒れる紫苑の身体を、妃戦は抱き留めた。
その時、突然、激しく建物が揺れた。
優斗「な、なんだ!?」
妃戦「恐らく、激しい戦闘で建物の耐久力が限界を超えたのでしょう」
この建物が崩れるって事か!?
そんな事が起きれば、俺達は地下に閉じ込められる。
優斗「妃戦! さっきの風を、もう一度俺につけてくれ!」
妃戦「疾風を?」
優斗「時間が無い! 早く!!」
妃戦「わかりました」
妃戦の手に集められた風が、俺の身体を包んだ。
優斗「よし! 妃戦! 直ぐに、紫苑をつれて来てくれ!」
俺は妃戦にそう言った後、紬、大和、月ちゃんを自分の近くに連れてきた。
妃戦「何をされるのですか?」
優斗「ここから出るんだよ! 階段で登ったんじゃ、間に合わない!!」
風が俺を中心に、紬、大和、月ちゃん、紫苑、妃戦のいる半径を丸く包んだ。
優斗「行くぞ。妃戦、みんなの事を頼むぞ!」
その瞬間、足元で風が爆発し、全員の身体が天井に向かって飛ばされた。
妃戦「まさか!? このまま、地上に出るつもりですか!?」
優斗「それしかないだろ!!」
妃戦「天井にぶつかります!?」
優斗「はぁぁぁぁぁ!!」
俺は持っていた刀に風を纏わせ圧縮した。
妃戦「分厚い天井を斬った!?」
思った通りだ。
月ちゃんの武器を斬ったこいつなら、イケると思ったぜ。
優斗「うぉぉぉぉぉ!!」
しかし、いくら上昇しようが、地上の出口は見えてこなかった。
まだか?
早く……早く……早く!!
俺は頭上に現われる天井を斬りまくった。
優斗「くそ! 俺達はどれだけ深い地下にいたんだ!? 早く……早く……地上に出てくれーーーーー!!」
そして、俺が次の天井を斬った時、空が映し出された。
優斗「……やった……やった! 空だ! 空が見えたぞ!!」
妃戦「本当に地上まで!?」
優斗「――っと、感動してる場合じゃない。皆を早く治療しないと」
妃戦「治療ならば私にお任せ下さい」
優斗「わかった。よろしく頼むよ」
既に空は薄明かるくなり、長かった夜の終わりを告げようとしていた。
俺達に得るものはなく、失うだけの戦いだった。
だけど、必ず夜鬼を見つけ出して、償いをさせてやる。
あいつらに殺された人達の分も。
この戦いはまだ始まりに過ぎない。そう思ったのは、俺だけじゃないはずだ。
明けない夜は無い。きっと、俺達の戦いにもゴールはある。
…………きっと…………