第拾参話『序13 戦闘―月/夜鬼』
優斗「何だ、今のは!?」
轟音が響いた後、建物が激しく揺れた。
紬「恐らく、紫苑さんとあの少年の戦いによるものでしょう」
優斗「紫苑の奴は大丈夫だよな?」
紬「わかりません。ですが、今は紫苑さんを信じて、先に進むしかありません」
そうして走り続ける俺達の前方に、次の部屋が見えた。
優斗「あった!? 次の部屋だ!?」
紬「優斗さん、十分に注意して下さい」
俺が扉に手を掛けると、不気味な音をたてながら、扉はゆっくりと開いていった。
優斗「月ちゃん!?」
紬「待って下さい、優斗さん」
駆け出そうとした俺の前に紬が立ち、俺を制した。
紬「もう一人います」
すると、暗闇の中から夜鬼が姿を現した。
優斗「お前は、夜鬼!?」
夜鬼「随分遅かったな? 地獄の鬼共に肉体を奪われてしまったのかと思ったぞ?」
紬「あの鬼人が、優斗さんや紫苑さんが言っていた…………。確かに今まであった鬼人とは別格ですね」
夜鬼は紬の存在に気がつくと、観察するように紬を見た。
夜鬼「ほぅ、お前が真城の者か」
紬「な、何故私の事を!?」
夜鬼「なに、簡単な事だ。お前と同じ術力を持っている者を、知っているだけだ」
紬「私と同じ?」
大和「お嬢様。鬼人の言葉に惑わされてはいけません」
大和が紬と夜鬼の間に入り、話を切った。
夜鬼「ふむ……、どうやら招かざる者もいる様だな。貴様は真城のイヌか?」
その瞬間、瞬きすらしていない俺達の前から、夜鬼の姿が消えた。
そして、肉を抉る様な、不快な音が響いた。
大和「……ごぷっ…………な、に……」
俺達の目に映ったのは、大和の身体を突き抜けた、夜鬼の腕だった。
優斗「なっ!?」
紬「大和!?」
夜鬼は大和を貫いた腕を強引に抜き去った。
支えを失った大和は、崩れる様に倒れた。
夜鬼「さて、これで邪魔者はいなくなったわけだな」
優斗「ッ!?」
俺と紬は即座に臨戦態勢をとった。
優斗「紬。夜鬼はどうやって大和をやったんだ!?」
紬「わかりません。私も気付いた時には既に……」
嫌な感じだ。
心臓を鷲掴みにされているように感じる。
俺の足は、その場から一歩も動かなかった。
夜鬼「真城の者。あれを渡せ。そうすれば、命までは取らないでおいてやる」
あれ?
紬「馬鹿を言わないで下さい。私の命を賭しても、これを守ってみせます」
夜鬼「そうか。ならば、仕方あるまい」
その瞬間、再び、夜鬼の姿が消えた。
優斗「紬!!」
夜鬼の腕は紬の前で、別の腕によって止められていた。
戦鬼「ぐっ……主人! 早くその嬢ちゃんを!?」
その間に素早く、紬と優斗は何者かによって、その場から移動させられた。
紫苑「――何してんのよ、あんた達は?」
優斗「紫苑!? お前、無事だったのか!?」
紫苑「無事も何も……あんた達の方がヤバかったでしょうが」
紫苑は視線を夜鬼に向けた。
紫苑「また、会えたわね」
夜鬼「また、ねずみか。貴様に用はない。さっさと失せろ」
紫苑「あんたに用が無くても、こっちには用があるのよ」
そして紫苑は小さな声で、俺に言った。
紫苑「あいつは私が何とかするわ。あんたはあの子に用があるんでしょ?」
優斗「紫苑?」
紫苑「勘違いしないでよ。私はあいつとの戦いに集中したいだけ。余計なものはあんたに任せる」
俺は紫苑の顔を見て小さく笑った。
優斗「ありがとう、紫苑」
紫苑「それから、これを使いなさい」
紫苑がそれを俺に向かって投げた。
優斗「これは?」
紫苑「来る途中で見つけた。あんた、武器くらいは持ちなさいよ」
紫苑に渡された刀を鞘から取り出した。
優斗「――綺麗な直刃だ」
夜鬼「それは!?」
刀を見た夜鬼の表情が一瞬変わった。
夜鬼「そうか。あれを持ち出したか」
俺は背中に背負っていたさやちゃんを紬の所に寝かせた。
紫苑「じゃあ、死ぬんじゃないよ!」
優斗「お前こそ!」
そして、俺と紫苑は同時に、自分の相手に飛び込んで行った。
紫苑「妃戦! 優斗の補助と大和の傷を見てやって! こっちは、戦鬼と二人で何とかするわ!!」
妃戦「わかりました」
妃戦は素早くステップを踏み、俺や紬の後方に移動した。
そして、手のひらに風を集め始めた。
妃戦「疾風」
妃戦の手に集められた風が、俺を優しく包んだ。
優斗「な、なんだ!?」
妃戦「ご安心下さい。風の力が貴方を保護してくれます」
優斗「保護ったって、足が地面についてないし、どうやって移動すればいいんだよ!?」
妃戦「思い描いて下さい。風達は貴方の思い描いた通りに動きます」
――思い描く?
わかんないけど、とりあえず移動しなきゃ。
――動け!!
その瞬間、俺の足を包んでいた風が、ジェット機のエンジンの様に、風を噴き出した。
優斗「なっ!? ちょ、ちょっと待て!?」
すると、今度は風が前方に立ち塞がり、身体にブレーキを掛けた。
優斗「……ははは、すげぇ……」
なるほど、思った通りにか……
優斗「ありがとう。――えっと、妃戦でよかったか?」
妃戦「はい。お好きな様にお呼び下さい」
そして、俺は後ろにいる紬に背中越しに言った。
優斗「紬。わるいけど、手を出さないでくれ」
紬「わかっています。――ですが、優斗さんの命の危険を感じたら、私は迷わずに戦います」
優斗「わかった」
紬に言葉を返した後、目の前にいる月ちゃんに視線を向けた。
優斗「――月ちゃん」
俺がそう口にした瞬間だった。
月ちゃんは両手に大鉤爪を装着し、一直線に向かってきた。
優斗「なっ!?」
俺は咄嗟に持っていた刀で、月ちゃんの大鉤爪を受け止めた。
優斗「止めてくれ! 俺は月ちゃんと戦いに来たんじゃない!!」
しかし、鬼の力を持つ月ちゃんの力に俺は押されていた。
優斗「くっ……」
押される。
力じゃかなわない。
俺は身体に纏った風の力を利用し、月ちゃんと距離を取った。
優斗「……はぁ、はぁ……」
さすが、鬼の力だな。
力比べじゃ分が悪い。
紬「優斗さん! 風を刀に纏って下さい!!」
紬が声を上げた。
優斗「風を刀に?」
紬「研ぎ澄まして下さい。限り無く薄く、そして、鋭く」
俺は紬の言葉の通りに、刀に風を集め、イメージをした。
――限り無く薄く
――限り無く鋭く
やがて、身体に纏っていた風は、刀にピタリと吸い付く様に、薄くなっていった。
優斗「これは……?」
しかし、月ちゃんは俺のことなどお構いなしに、両手の大鉤爪を振るった。
優斗「くっ!?」
月ちゃんの鉤爪を受け止め様とした俺の刀に触れた瞬間、五指に装着された大鉤爪の内、一本が宙を舞った。
優斗「なっ!?」
大鉤爪が宙を舞う光景に、切られた月ちゃんより、俺が驚いていた。
優斗「何だよ、こいつは……? 紬!?」
紬「私は言いましたよ? 優斗さんの命が危険と判断すれば、戦いに参加すると」
優斗「だけど、こいつは一つ間違えば月ちゃんを!」
紬「優斗さん!!」
突然、穏和な紬が声を上げた。
紬「これは殺し合いですよ!? その子を殺さなければ、自分が殺されます!!」
そう言った紬の表情が、少しずつ悲しみを帯びていった。
紬「……優斗さん。鬼人に殺された人間の魂は、安息を得る事なく、地獄を彷徨い、苦しみ続けるのです。――それがどんなに苦しい事か…………優斗さんにも、他の人達にも、そんな苦しみをしてほしくないです」
優斗「……紬……安心しろよ。俺は死なないし、月ちゃんも助ける」
紬「優斗さん!」
俺は紬の方に振り向いた。
優斗「俺は欲張りで、女の子の涙にめっぽう弱いんだ」
そう言って、再び、月ちゃんの方に視線を向けた。
優斗「今、悪の手から月ちゃんを解放してあげるからね」
――足に力を込める
――全力で地面を蹴る
――同時に月ちゃんも俺に向かってくる
優斗「月ちゃん!」
俺は持っていた刀を放り投げた。
紬「武器を捨てた……? 優斗さん!!」
//SEザク
優斗「くっ……」
俺は月ちゃんの鉤爪を、自分の肩に突き刺して止めた。
優斗「月ちゃん……こんな所で何やってるんだよ? か、帰ってアイスを食べに行こう」
月「おにい……!?」
月ちゃんは俺の肩に突き刺さった大鉤爪を抜いて、素早く距離を取った。
そして、突然、左腕を抑えて苦しみ出した。
月「ぁ……ぅ……ご、ごめんなさい。月……ちゃんとやるから……」
月ちゃんは独り言の様に、誰かに向かって話をしていた。
優斗「月……」
月「――――!? いやぁぁぁぁぁ!!」
優斗「なっ!?」
月ちゃんは発狂した様な声をあげて、大鉤爪を振り回した。
月「来ないで!? 来ないでーー!!」
優斗「月ちゃん!?」
その時、月ちゃんの左腕の服からちらりと見えた物を、紬は見逃さなかった。
紬「……あれは……?」
優斗「どうしたんだ、紬?」
紬「今、あの子の鬼印が心臓に向かって伸びていました」
優斗「鬼印?」
紬「鬼と契約した証に、身体につけられる印です」
優斗「それが今の月ちゃんと、どう関係があるんだ?」
俺が紬と話している間も、月ちゃんの様子は変わらなかった。
紬「鬼印は契約の証だけではありません。契約者に契約の破棄を考えさせないための物でもあるのです」
優斗「どう言う事だ?」
紬「鬼印は、契約者が契約の破棄を考えた際に、契約者の心臓に向かって伸びていくのです。そして、鬼印が心臓に到達した時、契約者は契約している鬼によって命を奪われるのです」
――逃げれば死、か
優斗「何か月ちゃんを助ける方法はないのか?」
紬「一つだけ、鬼印を消す……つまり、鬼との契約を破棄する方法があります」
優斗「それはどうすればいいんだ!?」
紬は一度、間を取った。
紬「自分以外の鬼人の心臓の血を、鬼印に吸わせるのです」
優斗「鬼人の?」
紬「鬼同士の血は反発しあい、身体に止どまれなくなるのです」
それはつまり、月ちゃん以外の鬼人を殺して……
俺の視線は、自然と夜鬼のいる方に向いた。
月「いやぁぁあぁぁあぁぁ!!」
優斗「月ちゃん!?」
くそ!!
こうしている間にも、月ちゃんは苦しんでいる。
どうする? 俺が紫苑の所に行って、夜鬼を倒すか?
//////
夜鬼「くくく……、あちらは賑わってるみたいだな?」
紫苑「えぇ、そうね。ところであんた、何が目的? 恐らく、優斗の体内にある血朱珠だというのはわかったわ。でも、あんたはさっき紬にも用があると言っていた。――それは何故?」
夜鬼は私の前に拳を突き出し、人差し指、中指、薬指と、順番に立てていった。
夜鬼「知っているか? 鬼神を蘇らせるには、三つの神器が必要なのを」
紫苑「三つ?」
夜鬼「そう、三つだ。その内の二つは、今、この場に揃っている」
二つ?
優斗の体内には、血朱珠がある。
それとは別に、もう一つ?
紫苑「――紬!?」
夜鬼「そう。もう一つは真城の者が持っている」
すると、話を聞いているだけだった戦鬼が一歩前に出た。
戦鬼「そんなに喋らなくても、要はこいつを片付ければそれでいいんだろ?」
紫苑「待って、戦鬼!?」
戦鬼は私の言葉を振り切って、夜鬼に向かっていった。
戦鬼「おぉぉぉらぁぁぁぁ!!」
戦鬼の振るった拳は、夜鬼の顔面にヒットした。
しかし、いくら力を込めようが、それ以上夜鬼の身体はピクリとも動かなかった。
夜鬼「――その程度か」
戦鬼「なに!?」
夜鬼「話にならないな」
夜鬼は戦鬼の腕を握った。
戦鬼「ぐっ!」
すると、戦鬼の腕に夜鬼の手が深く食い込んでいった。
そして次の瞬間、耳障りな渇いた音と、吐き気を呼ぶ音が聞こえた。
戦鬼「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
夜鬼「脆いな」
そう言って、夜鬼はねじ切った戦鬼の片腕を捨てた。
紫苑「戦鬼!?」
戦鬼「来るな!! ……く、来るんじゃねぇよ、主人」
戦鬼は片腕を失いながらも、全身に力を込めて立ち上がった。
戦鬼「今、来られたら、主人を守れる自信がねぇ…………だから……だから……主人はそこにいてくれ。あいつは、俺が何とかする」
紫苑「何とかって……あんた、その傷でどうしようってのよ!?」
戦鬼「さぁな」
戦鬼は私を見て笑った。
戦鬼「式鬼は主人がいれば、何度でも蘇れるんだろ?」
確かに式鬼は主である術者がいれば、何度でも蘇れる。
但し、首と胴を切り離されて息絶えた式鬼以外は……
紫苑「一度、退きなさい、戦鬼!!」
戦鬼「――悪いな。その命令は聞けねぇ。俺がいなければ、奴は主人を……そして、あいつらを襲う。せめて、あいつらがあの鬼人を倒して主人と合流するまでは…………」
夜鬼「合流するまでは、なんだ? お前が戦うとでも?」
戦鬼「――ッ!?」
先ほどまで目の前にいた夜鬼が、戦鬼の背後に立っていた。
紫苑「戦鬼!? 戻りなさい!!」
一瞬。
紙一重の差だった。
夜鬼の手が戦鬼の首に掛かる前に、私は戦鬼を強制的に元の紙に戻した。
夜鬼「――戻したか。しかし、お前が死ねば結果は変わらぬ」
紫苑「誰があんた何かに!」
強がってみたは良いけど、実際の状況は最悪ね。
でも、これ程の力を持った鬼人は初めてだわ。
それにあいつは、まだ力を全て出していない。
試行錯誤する私に、夜鬼が話し掛けてきた。
夜鬼「今の状況はわかるな? お前に選択肢をやろう」
紫苑「選択肢?」
夜鬼「一つは、手出しをせずこの場から立ち去る。二つ、敵わないとわかっている俺と戦い、仲間のために死ぬ」
紫苑「馬鹿じゃない!? そんなの……」
夜鬼「決まっているとでも?」
私は夜鬼に鋭い視線を向けた。
紫苑「当たり前よ! 誰があんたなんかに背を向けるものですか!!」
夜鬼「なるほど。せっかく、命が助かると言うのに……誤った選択だな」
――来る!?
――これだけは使いたくなかったけど、仕方ない
夜鬼「死ね、ネズミよ」
夜鬼の手が私に触れた瞬間、夜鬼の身体に数百万ボルトの電流が流れた。
夜鬼「これは!?」
紫苑「出来れば使いたくなかった。私自身の身体に起こる代償がわからないから。――でも、殺されるよりはマシ、よね」
すると、夜鬼は私の身体から発した電流を見て笑った。
夜鬼「まさか、金属性の術を使えるとは……」
紫苑「式鬼は術者の持つ力を写す鏡でもある。だから、私の式鬼が出来る事は、イコール、私にも可能!!」
次の瞬間、帯電の轟音と共に、私の身体を電流が覆った。
紫苑『鳴神よ。我が言霊に答えその力を解き放て』
紫苑『雷装一式……駿雷……』