第拾壱話『序11 過去(海神 大和)』
紫苑「さっきから同じ様な道を進んでいるけど、これ本当に出口があるの?」
大和「さぁな。――だが、どんな事があろうが、紬お嬢様に会うまでは、進むだけだ」
私と大和は薄暗い地下の道を進み続けていた。
同じ景色が続き、自分達がどのくらいこの地下にいるのか、時間の感覚さえ薄れてきていた。
紫苑「ねぇ、あんたは何でそこまで紬に仕えるの?」
大和「何故そんな事を聞く?」
紫苑「別に何となくよ。あんたは元々、真城とは関係なさそうだからね。話したくなければ、それでいいよ」
大和は何も喋らず、ひたすら前に進んだ。
すると、薄暗い地下道の先に、不気味な階段が現われた。
紫苑「階段?」
大和「どうやら下に続いているようだな」
そう言って、大和は階段を下り始めた。
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大和「ぅ……」
真城家の前に倒れていた俺は、その時偶然、紬お嬢様のご両親によって命を救われた。
俺の両親はわからない。物心ついた頃には、自分が生きるために色々とやった。
だが、結局、俺はこの世界に潜む闇に食われた。
その日も俺は今日を生きるために手を汚していた。
大人は嫌いだった。俺を捨てた両親。自分勝手に命を生み出して消していく大人。
俺はそんな大人達から奪う事を、そして、その大人の力の前に抗えなかった。
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命を助けられ、真城家に住む事になったが、大人を信用していなかった俺は誰とも話しをしなかった。
紬「……じー……」
そんな俺に興味をもった女の子がいた。
大和「…………」
紬「……じー……」
大和「…………」
紬「……じー……」
大和「なに見てるんだよ」
小さな女の子は、珍しいものを見るように俺の事を見ていた。
紬「あなたのお名前は?」
大和「名前? そんなの知らないよ」
紬「お名前ないの? 私は紬だよ」
そう言って、その女の子は俺に小さく微笑んできた
大和「って、言うか。お前誰だよ?」
紬「だから、私は紬だってば」
大和「だから、お前は誰だって聞いてるんだよ!?」
紬「だから、私は紬だってば!!」
故意にやっているのか、天然なのかわからないが、俺はその時その女の子に対し怒りが込み上げてきていた
理由はわからない。でも、イライラとする自分がいるのは確かだった
?「あら? 紬じゃない」
紬「お母さん!」
大和「お母さん?」
お母さん?
そこには、自分を助けてくれたこの家のあの人がいた。
大和「お前、ここの家の子供なのか?」
紬「そうだよ。だから、紬って言ったじゃんか」
?「あらあら。紬が何かしたの? この子はおてんばで」
大和「別に何もしてないよ」
そう言って、俺はその場を立ち去ろうとした。
?「よかったら、この子と遊んであげてくれない?」
大和「なんで、俺がこいつと」
俺は嫌だった。
その子の幸せそうな表情が……
その子の濁りのない綺麗な瞳が……
紬「それじゃあ、行こう!」
大和「え? おい、ちょっと!?」
いきなり手を引かれて、俺はその子に連れていかれた。
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俺がその子に連れてこられた場所は、家の外れだった。
大和「なんだよ、こんな所に連れて来て」
紬「みて、みて」
そう言ってその子が見せたのは、小さな子犬だった。
大和「犬?」
紬「可愛いでしょ?」
大和「別に」
俺は素っ気なく答えた。
紬「この子、死にかけていたの」
そう言われてみると、その子犬は後ろ足の片っぽの指が数本なく、小さな犬歯は半分に欠けていた。
大和「お前が助けたのか?」
紬「うん。生まれてきて、何も楽しい事も出来ないで死んじゃうなんてかわいそうだから……」
大和「逆だよ。そいつは死んだ方が良かったんだ。生きていたって、苦しいだけさ」
その瞬間、俺の頬がジワリと熱くなり、ひりひりと痛み出した。
紬「死んでいい事なんてあるわけない! そんなの、私が許さない!」
初めてだった。
俺と同じくらいの女の子に頬を打たれたのも。
俺を見下す事なく、対等な立場で叱られるのも。
紬「苦しくたって、生きていたら良い事が絶対にあるよ」
そう言ったその子の笑顔がとても眩しく感じた。
大和「ふ、ふん!」
俺は急に熱くなった頬を隠す様にそっぽを向いた。
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大和「お前って、変な奴だな」
紬「そうかな?」
大和「へんもへん。お前は変わってるよ」
紬「ひど~い。何もそこまで言う事ないじゃない」
大和「ははは……!」
俺は久しぶりに笑っていた。
いつ振りかなんて長すぎてわからないくらいだ。
大和「あれ? そう言えば、あの犬は?」
紬「あれ? さっきまでついてきてたのに」
あの犬が散歩の途中でいなくなった事は今までなかったらしく、リードは繋いでいなかった
大和「もしかしたら、あの河原の近くで遊んでるのかもな」
そう言って私達は河原に向かった
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大和「おーい! どこ行ったんだ!?」
紬「いつもは離れても呼んだらくるのに……」
大和「!?」
その時、俺の鼻についた嗅ぎ慣れた臭い。
大和「お前はここにいろ!」
紬「え?」
そう言って俺は走り出した。
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走り出して、その場所に近づくに連れて嫌な予感とその嗅ぎ慣れた臭いは強くなっていった。
化け物A「久しぶりの飯がこんな犬一匹かよ」
化け物B「仕方ないだろ。てめえがヘマばかりやるから人間が掴まらねぇんじゃんか」
そこには、腹を裂かれた犬とそれを喰らう化け物がいた。
大和(な、なんだ、こいつらは!? 人じゃないのか!?)
紬「ねぇ、どうしたのよ?」
大和「ば、バカ!?」
俺は慌てて紬の頭を抑えたが、既に遅かった。
化け物A「あれ? これはちょうどいいな。人間のガキが2人だよ」
化け物B「俺達はついてるな」
見つかったか。
どうする?
あいつらから逃げるか?
いや、逃げられるのか?
その時だった。
紬がそいつらの足元にある物に気が付いた。
紬「あっ……」
紬は拳を握り、歯を小さく鳴らした。
紬「その子……」
大和「ん? こいつか? 腹が減ってたから、食っちまった。あまり美味くなかったけどな」
紬「…………」
大和「お、おい……」
化け物A「もしかして、お嬢ちゃんのだったか?」
紬「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
紬は声をあげて、化け物に向かって行った。
化け物A「まずはお嬢ちゃんからか」
大和「くっ!?」
俺は突っ込んで行く紬の身体を掴み、力ずくで止めた。
大和「ば、ばかやろう! お前、死んじまうぞ!」
紬「離して! あいつら……あいつらぁ!!」
な、なんなんだよ、こいつの豹変は。
このまま正面からやっても殺されるのは目に見えてる。何とか逃げないと
俺は紬を抱き起こすと、手を引いて走った
大和「紬、走れ!!」
化け物B「馬鹿が! 逃がすとでも思ったか!?」
とにかく、今は走るんだ
逃げるんだ
捕まったら確実に殺される
俺は紬を背にし、化け物共の正面に立った
大和「早く行け!」
そうしている僅かな間に、化け物共は俺たちに追いついていた
化け物A「ぎゃはは……! メシだ! メシ!! ……がぼっ!?」
化け物の大口に巨大な岩が押し込まれた
化け物A「ぺっ! 誰だ!?」
化け物が目を向けた先には紬の姿があった
紬「お前ら……全員消えろ~!!」
辺りを包む空気が瞬間変わったと思ったと同時に化け物の姿が黒い塵となって宙を漂っていった
紬「はぁ……はぁ……」
大和「紬!?」
俺は気を失って倒れる紬の身体を受け止めた
大和「……こいつは一体なんなんだ……」
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紬「……んっ……」
大和「起きたか?」
紬「……大和……?」
起きた紬の表情はすっかりと元に戻っていた
大和「もう、大丈夫なのか?」
俺が一言聞くと紬は思い出した様に小さく声を漏らし、涙を流し始めた
紬「あ……私……あの子を……」
大和「……紬……」
俺はこんな時どうしたらいいのかわからなかった
普段なら突き放すか、干渉すらしない俺が何故か紬の事となるとどうしていいのかわからなくなっていた
大和「お前のせいじゃない。お前のせいじゃない」
紬「でも……でも……」
俺は泣きじゃくる紬をぎゅっと抱いた。